表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マジュウ・コラージュ  作者: 若庭葉
序──頭蓋編
11/46

アンノウン②

 自分を見下ろす紫郎に対し、宰はさりげなく鞄を肩から下ろしながら、


「……あなたは、いったいどこの誰なんですか……? どうして棺桶の中にいたんです?」


 意外にも毅然とした態度で、少年は問うた。


「……私は緋沼紫郎だよ……」

「違う。その人は、あなたがさっき殺しました」

「私が、殺した……?」

「そうです。──なんで、あんな酷いことしたんですか? 何か、()()があるんですよね?」

「り、理由……私は、どうして……わ──私は」


 呟くうちに、少しずつ様子がおかしくなって行く。


「……私は、()()()()? ……どうして、ここにいる……? な、何故──()()()()()()()ぁぁぁぁぁ!」


 怪物は髪の毛を掻き毟るように掴み、苦しそうに叫んだ。


「鵺、鵺、鵺! ──鵺の声がぁぁぁぁ!」


 咆哮しながら身をよじった紫郎は、やにわに少年に掴みかかる。

 それを見た宰は、とっさにトートバッグで殴り付けるようにして応戦した。右腕を弾くことには無事成功したが、それを喜ぶ間もなくもう一方の手が突き出された。

 襟首を乱暴に掴まれた彼は、そのまま真横へ放り投げられてしまう。


「バイトくん!」


 未だ苦しみの声を漏らすその存在は、この場から立ち去ろうとしているようだった。

 少年は痛みに顔を歪めつつも、トートバッグを放り出して立ち上がり、横からシャツを着た体にしがみ付いた。


「行かせるもんか!」


 怪物はそれを振り払おうとしたが、彼は頑なに手を離そうとはせず──

 結局少年に纏わり付かれた状態のまま、地面を蹴飛ばした。

 予想どおり跳び上がった老人は、入場口となった窓枠や、その上の窓の鎧戸を足がかりにし、軽やかに屋根に飛び乗った。

 スレート葺きの上に立ったその姿を、燎子は這ったまま見上げる。彼女の瞳のに映ったアンノウンは、すぐさま屋根の向こうへと消えて行った。

 最後まで意地を貫いた、()()()()

 頭蓋館の周囲は深い雑木林となっている。逃げ込むには絶好の場所だろう。


「……くっ!」


 燎子は長い髪を流して俯いた。そうして、歯を食い縛りながら、地面に爪痕を残すかのように指に力を込めた。

 ──が、ほどなくして顔を上げた彼女は、すでにいつもと同じ表情(、、、、、、、、)をしている。まるでもう「やるべきことは決まった」とばかりに。


(……取り戻す)


 探偵は立ち上がり、左手の甲で顔の血を拭った。


 ※


 雑木林の中を、アンノウンは猿のような身軽さで、木から木へと飛び移りながら進んでいた。


「うわっ⁉︎」


 枝が顔にぶつかりかけたり、手を離してしまいそうになったりする度に、宰は悲鳴を上げた。それでも彼は意外な根性を発揮し、両脚も使って、必死に相手にしがみ付く。

 朱みを増して行く陽の光が、木々の枝葉の間から、強く差し込んで来ていた。しかし、異形の存在を恐れて逃げ出したのか、蜩の声は聞こえない。


(い、いったい、どこに向かってるんだろう? て言うか、そろそろ手が痺れて来たんだけど……)


 目を瞑りながら宰が頑張っていると、やがて森の深くまで来たところで──

 新たな枝に飛び移ろうとしたアンノウンは()()()()()()に脚を取られ、突然()()()()()()()()()()

 まるで「空中で転ぶ」かのように、彼はそのまま頭から落ちて行く。

「え?」と、声を漏らした宰もろとも。

 直後、二人は断末魔を上げる間もなく、落ち葉や枝の敷き詰められた中に、肩から飛び込んでいた。

 幸いあまり高さがなかった為、大怪我を負うほどではなかったようだ。それでも、十分痛そうだったが……。


「……痛た……な、何が起きて……」


 左肩を庇いつつ体を起こした彼だったが、そこで自分が手を離してしまったことに気付いたらしい。

 ハッとした様子で少年は顔を上げたが、探していた姿はすぐ近くにあった。

 アンノウンは跪き、戦慄(わなな)く両手を見つめていた。


  「……()()()()()()……。頭蓋(あたま)の中に……何も、ない……」


 つまり、()()()()()()()()のだろうか?

 宰は何と声をかけていいかわからない様子で、その姿を見つめていた。

 するとほどなく、老人の体にある変化が現れる。

 陽炎のような「揺らぎ」に包まれたかと思うと、瞬く間に最初と同じ、木乃伊じみた不気味な姿に戻ったのだ。

 巨大な蚕蛾は、震える手付きでお面に触れた。


「……声ガ、聞コエテ……ソレデ、ソレカラ、コ、殺シテ……」


 その呟きを哀しげな表情で聞いていた宰は、徐に立ち上がり、そいつの(そば)へ歩み寄る。


「……君には、何が聞こえるの? もしかして、誰かが君に()()しているの?」


 マジュウを見下ろした少年は、静かな声で尋ね、首を傾げた。彼はこの得体の知れない存在を怖れるのでも憎むのでもなく、憐れんでいるようだ。


「僕に、教えてほしいんだ……」

「ウ──(ウルサ)イ!」


 マジュウは癇癪でも起こしたように腕を振り回して、彼を突き飛ばした。

 尻餅を突いた宰はすぐにまた体を起こそうとしたが、中空に目を向けた途端、動きを止める。

 木々の間に、何かを認めたらしい。


(あ、あれは……()?)


 一見すると、何もないように思われるそこには、()()()()()が軽く(たゆ)ませながら張ってあり、揺れる度にチラリと西陽を反射していた。どうやら、先ほどマジュウの脚を絡め取ったのも、これのようだ。

 しかも、糸が渡されているのは一箇所だけではなかった。よく見てみれば、彼らの周囲の木と木の間、枝と枝の間には、無数の「見えない糸」が巨大な蜘蛛の巣のように張り巡らされている。


(……な、何、これ……⁉︎ なんで森の中にこんな仕掛けが……)


 頭上を見回しながら、宰は喫驚した表情を浮かべた。

 不気味なほど静まり返った雑木林の中、透明な糸が揺れ動く様子は、まるで何かよくないことが起こる前触れのようだった。

 ──そして、実際その他にも、()()()()()()はあったのだ。


(……臭い。……何か、()()()()が──て言うか、これ!)


 再び何かに気付いた様子の彼の顔を、汗が輪郭に沿って流れた。


(──()()()()⁉︎)


 刹那、時が静止(とま)ったかのような静寂を迎え──

 ()()

 辺りは一瞬にして──本当に「一瞬」に感じられたのは、それが()()()()的に()起こったからだ──()()()()()()()()

 森のどこかで放たれた火が、張り巡らされた糸を伝って一気に燃え広がったのだろう。

 爆風に煽られ倒れ込んだ宰は、黒煙に(むせ)ながら上体を起こした。彼の瞳が映し出したのは、灼熱地獄のような光景だった。圧倒的なまでの熱と光が、まるで意思を持つ侵略者のように、森を蹂躙している。


(そ、そんな⁉︎ ……いったい、誰がこんなこと!)


 少年はもう一度激しく()せてから、口許を抑えて立ち上がった。

 そのすぐ(そば)で、マジュウは呆然と周囲のを見回していた。どうやら、彼にとってもこの山火事は予想外の現象らしい。


「……モ、森ガ、燃エテイル……。コレモ、()()()()()、ナノカ……? ……オレハ、イッタイ──()()()()()()⁉︎」


 お面に蠢く炎の影を映しながら、マジュウは誰にともなく──あるいは失ってしまった自分の過去へと──問うた。

 しかし、答えなどあるわけはなく、聞こえて来るのは轟々パチパチと、木々が焚殺(やか)れて行く音だけだった。

「正体」を失くした怪物を、少年はまるで自らが苦しみを味わうように、痛切な目差しで見つめていた。

 それから、何事か決意を固めるように拳を握った彼が、口を開きかけた時──

 ()()()()()()()()()が、マジュウの背後から響く。

 宰が何かを伝えるよりも先に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


「なっ、危な──」

「……エ?」


 彼が迫り来る「死」に気付き振り返った時には、到底避けることも防ぐことも不可能な距離に、炎を纏った幹が迫っていた。

 そして、次の瞬間──

 巨大な木炭のような燃え狂った塊は、恐るべき力で、頭上から()の背中にのしかかる。

 まるで、頬杖を突いた神様が、片手間に指で弾いたドミノのように。

 いとも容易く、造作もなく、あっけなく──

 一つの生命(いのち)が、()()()()()()()()()()()

 尻餅を突きながら、その非情な光景を目の当たりにした彼は、やがて茫然自失とした声で呟く。


「ナ、何故──ドウシテ、()()()()()()⁉︎」


 そう。

 ──残酷なドミノの下敷きになったのは、アンノウンではなく()()()だった。

 怪物が大木に押し潰される寸前、とっさにその体を突き飛ばして、少年は()()()()となったのだ。

 業火を背負わされた彼は、両手を投げ出して倒れながら、煤だらけの顔を歪めて絶叫した。少年の姿は、さながら火刑に処された罪人──焚殺される魔女その物だ。


「……ナ、何デ、オレナンカノ為ニ……。オレハ、得体ノ知レナイ怪物デ……シカモ……人ヲ殺シタノニ!」

「……()()、だから」ゴボゴボと血の塊を地面に吐き出しつつ、宰は薄目を開けた。「……僕は、()()()()()()()

「ナ、何ヲ言ッテ」

「……僕もね──()()()()()()()()()()()()()


 こともなげに放たれた言葉に、マジュウは声を失う。

 そうなるのも当然なほど、予期せぬ発言だった。


「……それも、()()()()を殺したんだ。……自分の()()を、まかり通す為に……。君よりも、僕の方がよっぽど化け物、かもね……」


 彼は、血と煤で黒ずんだ唇を震わせて、自嘲するように微笑んだ。「自らの家族を手にかけた」と言う告白を裏付けるには、その表情だけで十分だろう。

 少なくとも、彼がただ暢気に生きて来ただけの子供でないことは、確かなようだ。


「……だから、僕の本当の家族は、もういない……けど、それでも、一緒に暮らしてくれている人たちが、いるんだ……。僕の帰りを、待っていてくれる人たちが……。──ねえ……君は……変身、できるんだよね? ……だったら、お願い……」


 宰は、熱に炙られもうロクに視力も残っていないであろう瞳で、彼を見上げた。

 そして、カラカラに掠れた声で、


「……僕の代わりに、『()()()()()よ。……君が、『古神宰』を、()()()()()()()()()()()……?」


 この申し出に、彼は再び驚きを隠せない様子だった。お面越しにも、動揺しているのがよくわかる。


「……お願い、だよ……姉さん、たちを……悲しませたく、ないんだ。……それに、あの人の……篝さんの元にいれば、君の正体も、調べられる、かも……。マジュウと戦う、のが、『副業』、らしい、から……」

「……ダ、ダガ、今ナラマダ助カルカモ知レナイダロ!」

「無理、みたい……()()()()()()()から。……たぶん、これを抜い、たら……血が、止まらなく、なる……」

「ソ、ソンナ……!」

「……だ、だから、早く……体が全、部……燃えちゃう前、に……ぼ、僕を──()()()()()……ね?」


 その言葉を聞いたマジュウは、やがて呆然とした声で、


「オ、オ前ハ……イッタイ、()()ナンダ……?」


 そんな問いが出て来るのも、無理からぬことだろう。彼らの立場は、今や探る側と探られる側がひっくり返ってしまっているのだ。

 宰はやはり痛みを超越したような──あるいは、それすらもう感じられなくなったのか──、笑みを湛えた。

 そして、幽かに唇を動かし、


「……いたってふつう、の……ちゅうがくせい、だよ……?」


 その一言だけを遺し──

 宰の首は、ガクリと倒れた。食虫植物(ハエトリグサ)を思わせる瞼を閉ざされ、そして、もう二度と開くことはない……。

 マジュウは最後まで迷っていたようだが、ほどなく意を決するように拳を握り、立ち上がった。


「……スマナイ」


 直後、「少女」のお面が裂け、蠕動する暗黒が顔を覗かせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ