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前世からの約束 〜恋なわけ、ないじゃない〜

作者:銀月
 きっちりとスーツを着込み、目の前を過ぎる人々を眺めながら、少しでもこちらに興味を示すものはいないかと目を光らせる。
 ポケットにはたっぷりと用意した名刺。手にはカタログを詰め込んだ紙袋と、機能詳細をわかりやすくまとめた資料を挟んだ薄いクリアファイル。

 ここは国際展示場だ。
 現在、いわゆる企業向け展示会の真っ最中だ。
 大手企業の派手などでかいブースから、四畳半に満たない小さな中小企業ブースまで、さまざまな企業が自社製品のアピールを目的に集まっている。
 訪れる人々のほぼ九割も、どこぞの企業から派遣されたビジネスマンだ。
 大手の気になる最新製品から中小企業の知る人ぞ知る掘り出し物までをいっぺんに見て回れるのが、こういう展示会の良いところだろう……たぶん。



 まだ始まったばかりの会場で、はあ、と小さく溜息をついて、素通りしていく人々を眺めやる。人出はまだ少ない。一般向けとは違って、開場と同時に焦って回るものもほとんどいない、企業向けのイベントだ。
 それに、今回は大手ながら初出展の企業もあるとあって、皆の注目はそちらに集中している。ほかの地味な企業を回るのは、後回しなんだろう。

勝瀬(かつせ)、どうだ?」
「まだまだ始まったばかりですし、これからじゃないでしょうか」

 今日、一緒にブース当番に割り当てられた先輩に声をかけられ、勝瀬みのりは慌てて顔を引き締める。
 中高時代は「女顔」と揶揄されたものだが、社会人三年目、二十五となった今は、もう少しそれなりに男らしくなったんじゃないだろうか。
 残念ながら、身長は日本人平均にやや届かない程度で止まってしまったため、今では“ちょっときれいめの男子”程度の扱いだ。これであとせめて五センチ伸びてくれればそこそこモテるだろうに、と、つい、毎朝未練たらしく牛乳を飲むことがやめられない。

「お前、結構他人受けするんだから、頑張ってくれよ」
「他人受けってどういう言葉ですか。それにそれ、買い被りですよ」

 あははと先輩の軽口を笑い飛ばして、みのりはまた、目の前を行き来する人たちを眺め始めた。とはいえ、あまりにじっと待ち構えていても敬遠されてしまうから、資料を確認したり展示をチェックしたりするそぶりを見せながら、だ。
 先輩の言うように、みのりは人好きがするらしい。
 たぶん、どことなく柔らかい顔立ちと低身長のおかげで他人にあまり警戒心を抱かせないからだろう、と自分では考えている。
 だから、こういう不特定多数を相手にするような場には必ず引っ張り出されるし、取引先の新規開拓だという場にも連れて行かれることが多い。
 みのりがいると、何故か場が和やかになるので、取引が成立しやすいんだとかなんだとか。おかげで先輩たちには重宝され、可愛がられている。



 ふと、気がつくと、あたりがにわかに賑やかになっていた。どうやら、大名行列よろしく幾人もが連れ立ってブースめぐりをしているようだ。
 聞こえてくるざわめきに注意を向ければ、どこぞの大企業の偉いさんがブースをひとつひとつ見回っているという。
 これは、ビジネスチャンスというやつではないか。

「せ、先輩!」
「勝瀬、まずはお前が声を掛けろ」
「え、でも、詳細説明は先輩のほうが……」
「こういうのは、第一印象だ。第一印象なら、お前の得意分野だろう?」

 それ、得意分野と言うのだろうか。
 一瞬ジト目になりながらも、たしかに話を聞いてもらうためには、まずこちらに好印象と興味を持ってもらわなければいけないのだと思い返す。

 じわじわ集団が近づいて来る。
 その中心にいるのは金髪の女性だ。
 パンツスーツをばっちりと着こなして、ボンキュッボンの美人なのにどことなく硬派な雰囲気を漂わせていた。いわば、“できるお姉様”な雰囲気を纏った油断ならない金髪美女という人物だ。
 まだ若いのに、結構な地位についてるんだろう。これぞ外資系企業、ということか。日本の企業とは大違いなんだなとみのりは考える。

 と、くるりと振り向いたその女性と目があった。
 みるみるうちに、驚愕に目を見開く彼女に、みのりは思わず首を傾げてしまう。思わず先輩を見やれば、先輩も訳が分からないという顔で見返した。
 少なくとも、みのりにも先輩にも、見た目に不審な点はないはずだ。
 彼女はつかつかとみのりに向かって一直線にやってくる。そのあまりの迫力に、自分が何かしでかしたような気になって、みのりはすっかり及び腰だ。いったい何事かとじりっと一歩下がり……このまま逃げ出してしまいたい。
 けれど、待て、と鋭く呼び止められ、反射的にぴたりと足を止めて、みのりはごくりと唾を飲み込んだ。

「アナタ! アナタ……っ!」

 次の瞬間、ざわ、と周囲の人間が戸惑いにざわめいた。
 目の前までやってきた彼女が、いきなりみのりの手を取って跪いたのだ。

「あ、あの……ミズ?」
『ああ、お会いしたかった……ようやく巡り会えた。姫、あなたに忠誠を誓ったセレディルクです。ずっとあなたを探しておりました。
 よもや、こんな東の果ての小さな国にいらっしゃるとは……!』
「あ、あの、待ってください。すみません、英語、そんなに早口ではあまりよく聞き取れなくて……と、とにかく、立ってもらえませんか」

 助けを求めて先輩に視線を投げるが、先輩はついっと目を逸らしてしまった。酷いと思うが、しかし、自分が先輩の立場だったら助けを求められても困るだろうことはわかる。わかるが、やっぱり酷いとみのりは泣きたくなる。
 慌てた頭にこの場に有効な英会話など浮かぶわけもなく、みのりはただひたすら必死に「立ってください」と言い続ける。
 しばらく続けて、ようやく我に返ったらしい通訳が、やはり慌てて彼女に英語で囁いた。彼女も、不承不承といった顔でゆっくりと立ち上がる。

「ええと、ミスター?」

 ホッとしたところで、みのりは通訳に話しかけられた。

「は、はい」
「申し訳ないのですが、今から少しお時間をいただけませんか」
「え、その、仕事……」
「構いませんよ」

 仕事中だから、と断ろうとしたみのりを遮って、先輩が口を挟む。小さく「断る奴があるか馬鹿」と囁いて、にっこりと女性と通訳にビジネススマイルを向けて、「勝瀬のことは、上司には私から伝えておきます。どうぞ」と頷いた。

「では、ミスター勝瀬? しばし同行をお願いします。ミズ・セレスティナ・エイリーが、あなたと少しお話ししたいと申しております」
「はい……」

 みのりは、念のためとカタログとファイルを慌ててカバンに突っ込んで、まるで連行されるように会場の外へと連れていかれた。



 移動の間中、ミズ・セレスティナ・エイリーという金髪美女は、なおもじっとみのりを見つめていた。
 こんな外国人に知り合いなんていただろうかと首を捻るくらいに熱く見つめられて、みのりはどうしたものかと戸惑いしか感じない。
 誰かと間違えてるにしては、しつこすぎる。

 タクシーに乗せられ、一番近くの喫茶店の会議室へと連れ込まれ、人数分のコーヒーが運ばれてからようやく、「あの……?」と口を開いた。
 もちろん、どう考えたところで商談という雰囲気などではない。
 心なしか、彼女以外のメンバーも困惑しているようだ。
 ミズ・セレスティナだけが感極まったという面持ちで、ひたすらにじっとみのりを見つめて目を潤ませている。

「あの……申し訳ないのですけど、事情がさっぱりわからなくて」

 通訳が、ミズ・セレスティナに耳打ちする。
 今のみのりの言葉を伝えたのだろう。

『姫、英語はわかりますか?』
『あ、ゆっくりなら、どうにか』

 営業職なのだからと駅前留学の補助を出してくれた会社に感謝しながら、つっかえつっかえでも意思の疎通はなんとかなりそうで、みのりはホッとする。
 ミズ・セレスティナはにっこり微笑み頷いて、また口を開く。ゆっくりとなるべく平易に話そうと考えたようだった。

『姫、私はずっとあなたをお探し申し上げておりました』
『その……“姫”というのは、どういう意味なのでしょうか?』

 いかに女顔で低身長だからって、明らかに姫呼ばわりは気になる。

『姫……あなたは、アルルフェン王国の至宝と謳われたミルニオレイナ姫ではないですか。私はあなたにお仕えし、かの魔将軍の手よりあなたをお救いした騎士、セレディルクです。まさかお忘れなのですか、姫』

 え、と間抜けな声をひとつ漏らして、みのりのコーヒーカップががちゃんと音を立てた。横に座った通訳もこれには呆然としているようだ。少し離れた位置に座る部下らしきふたりも、呆気に取られた顔で彼女を凝視していた。
 たぶん、これまで優秀なビジネスマンとしてここまで能力を示してきたはずの上司が、いきなりよくわからない妄想語りを始めたのだ。
 いきなり姫呼ばわりされたみのりだって、ただ呆然とするだけで精一杯だ。

 が、『アルルフェン?』とみのりは首を傾げる。どこかで聞いたことがあるような? としばし考えて……『あ!』と思わず声を上げる。

『思い出していただけたのですか、姫!?』

 ミズ・セレスティナは、たちまち喜色満面となる。

「いや、待ってよ。どうして俺の子供時代の黒歴史知ってるの!? ってか、俺があのふわふわ姫!? 勘弁してよ!」

 みのりの素っ頓狂な叫びに、ミズ・セレスティナはきょとんと目を丸くした。

 子供の頃、みのりには繰り返し見る夢があった。

 夢の主要登場人物は、綺麗なドレスで着飾ったふわふわの可愛らしいお姫様に、マントと鎧と剣が似合う長身の騎士だった。

 騎士はとても強かった。剣の腕は国一番と讃えられたし、北の魔国と呼ばれる国との戦いでも多くの戦績を納めた。さらには、人質に取られそうになった姫を、敵の将軍の手から救い出すことまでしてのけたのだ。
 まさに英雄、これぞ主人公……とばかりの大活躍。
 互いを好ましく思っていたという必然の成り行きもあり、英雄となった騎士は褒賞としてふわふわのお姫様を娶りたいと申し出た。そのまま英雄を囲い込めるとあって、王も二つ返事で承諾する。

 騎士も姫も国民には人気があったから、この結婚は誰からも祝福された。
 騎士も姫も愛する同士、お互いを慈しみ、良い夫婦になれるだろう。神の前で永遠の愛を誓い、共に末長く幸せに暮らして……とは、しかし、ならなかった。
 英雄の存在を疎んだ性悪な大臣の手によって、戦いではなく暗殺という手段で、騎士と姫は生命を落としてしまったからだ。
「姫……来世でも、必ずあなたを見つけます。見つけ出して、また、あなたに恋をします。どうか待っていてください」
「待つわ。いつまでも待つから、必ずわたくしを見つけてね」
 悲恋ものにありがちなそんな約束を交わして、ふたりは生を終えたのだ。



「俺、大きくなったら、こんな騎士みたいにすっげえ強くなるんだぜって、散々自慢してたのに……」

 そう、毎日夢に見ていた、まるでヒロイックファンタジーめいた話の中で活躍する騎士は、めちゃくちゃかっこよかったのだ。
 子供心に憧れて、憧れて……将来絶対背が高くて強くてかっこいい、騎士みたいな男になるんだと信じていたくらいには、憧れていたのだ。
 友人たちにも、あの騎士が自分の前世なんだと散々自慢して、背が伸び出すのを今か今かと待っていたくらいだった。

 なのに、いつまでたっても背の順での並びは前から数えたほうが早かった。
 第二次性徴を迎える歳になっても女顔で、髭も体毛も薄くて……しまいには、「お前、実は騎士じゃなくて姫だったんじゃねえの? なあ、お・ひ・め・さ・ま」なんて、からかわれる始末で……。

 きっと、夢に裏切られたんだ。

 どう考えてもそうとしか思えず、みのりは、夢のことなんてきれいさっぱりと忘れることに決めたのだ。

「なのに、俺、まさかマジで姫の方だったの?」

 考えてみれば、夢の目線は俯瞰だったけれど、騎士ではなく姫についてまわっていたように思う。
 戦場での騎士のことは話に聞くばかりだったし、どちらかといえば姫に起こった出来事ばかりを追いかけていたような気もする。

 けれど、みのり自身は男なのだ。
 まさか自分が姫の立場だなんて、それこそ夢にも思わなかった。自分は騎士の立場なんだと、ずっと思い込んでいた。
 騎士以外ありえない、そう思っていたはずなのに。

 抱えていた頭から手を退けて、ゆっくり顔を上げると、ミズ・セレスティナがじっとみのりを見つめていた。
 何かを期待する顔で。

「じゃ、あんたが……」

 ハッと気がついて、みのりは言い直す。

『では、あなたが英雄になった騎士だというのですか?』

 ミズ・セレスティナの顔がぱあっと輝いて、ものすごい勢いで頷き返した。

『ひ、姫、姫、私は……』

 言葉に詰まり、うっと涙をこぼすミズ・セレスティナの顔を改めてよく見れば、確かにあの騎士の面影があった。
 純日本人のみのりに姫の面影など皆無だが、ミズ・セレスティナは白人だから、こんなにはっきりわかるのか。
 みのりは、はあ、と大きく溜息を吐く。
 自分があの姫だというなら、今の平凡な人生はあたり前だ。あの美姫と名高かった容姿も王女という身分も、今のみのりにあるわけがない。
 よくよく考えてみれば、あのふわふわ姫自身だって容姿と身分を取っ払ったら光るところなんてなかったんじゃないだろうか。
 みのりはなんとなくへこんでしまう。

『落ち着いて、話をしましょう』

 溜息混じりのみのりの言葉に、ミズ・セレスティナは姿勢を正す。
 表情は、やっぱり期待に輝いている。

『確かに、私にはあなたの言う“アルルフェン王国”ですとか、“騎士セレディルク”、“ミルニオレイナ姫”という固有名詞に心当たりはあります。
 ですが、すべて子供の頃の空想が生み出した夢の話です。現実ではありません。正直なところ、いきなり姫と呼ばれて、男の私は戸惑うばかりです』

 ミズ・セレスティナの表情がいっきに曇った。そんな言葉を期待していたわけじゃないのにと、いっぱいに目を見開いている。

『ですが、姫、私は……』
『きっと、偶然、たまたま重なる夢を見てしまっただけですよ。そういうこともあるのだと、以前、何かで読んだことがあります』

 何かを言いたげにぱくぱくと口を動かすミズ・セレスティナの言葉を待たず、みのりはさらに続ける。

『それに、私は日本生まれの日本育ちで、これまで海外に出たことはないんです。あなたのような海外の方と知り合う機会もありません。きっと、何かの勘違いでもなさってしまっただけですね』

 しゅん、と萎れたようにうつむくミズ・セレスティナには申し訳ないが、みのりにだって社会的生活というものがあるのだ。
 ここで前世がどうとか意気投合したところで、はたして良いことなんかあるのか。ただの痛い中二病患者がふたりいると見られるだけじゃないのか。
 懐疑的な気持ちしかわいてこない。
 だったら、ここですっぱりと、前世など所詮妄想の産物だったのだと気持ちを切り替えてもらって……。

『ですが、これも何かのご縁でしょう。せっかくですので、ここはぜひ当社の製品についてご説明させてください』

 にっこりとビジネススマイルを浮かべて、みのりはカバンから資料とカタログを取り出した。
 転んでもタダで起きるな、ビジネスチャンスは掴んだ藁にも繋がっているのだ……とは、入社してからの三年間、みのりの教育を担当した上司の言葉だ。

 ちょっと痛い黒歴史を掘り起こされたが、これもきっと縁なのだ。これを機に取引先をゲットできれば、結果はプラスになるだろう。
 魂がどこかに飛んで行ってしまっていた通訳や部下たちも、みのりの話題転換のおかげで息を吹き返したようだった。


 * * *


 怒涛のような四日間の展示会も終えて、二週間が過ぎた。
 結局、会期中に製品の購入を前向きに……という企業は現れなかったが、名刺交換は何社かとできた。
 それを踏み台に、本格的に営業活動をすればいい。

「勝瀬、聞いたか?」
「何をですか?」

 昼飯に誘われて近所の食堂に出た先で、先輩がにんまりと笑う。

「他社との業務提携が決まったらしいぞ」
「へえ? どことですか?」
「詳細は来週の朝会で発表だ。だから、ここでの話はオフレコにしとけよ。
 ……で、どこだと思う?」

 さっぱり見当もつかず、みのりは目をぱちくりとまたたかせる。

「全然わからないんですけど、そんなにすごいところなんですか?」
「お前が売り込んだところ」
「――は?」
「あの、初日にいきなりお前に跪いた、金髪美人の会社」
「は、はああああ?」

 呆気に取られるみのりに、先輩はおかしくてたまらないと笑う。

「今期の社長賞はお前だな。金一封出たら奢れよ? この調子なら、次のボーナスも期待できるんじゃないか?」
「いえ、いや、その、なんで……」

 戸惑うみのりの肩をバンバンと叩いて、先輩はすこぶる機嫌が良い。

「ほら、大名行列やってただろ? なんでも、この業界に進出するのにパートナー契約を結ぶ先を探してたらしいんだ。
 で、先日のお前の売り込みで我が社の製品に興味を持って、よくよく検討した結果、共同開発の打診をすることに決まったんだと」
「いや、え、あれで?」
「来週半ばからはあっちから人も来るし、お前も担当に付くことになってるはずだ。午後あたり、部長から内々に話が来るんじゃないか? さすがにお前ひとりに丸投げってわけじゃないだろうが、がんばれよ」
「はあ……」

 あんな経緯の後、ダメ元で通りいっぺんの説明をしただけなのに、本当にそんなことがあるのだろうか。
 半信半疑だったが、週が明けたら先輩の言葉どおりの発表があり、みのりはその新チーム内での二社間の調整役みたいなものに配属され……。

「やっぱり」

 もしかしたらと思ったら、先方から派遣されて来たのは、ミズ・セレスティナ・エイリー率いる開発チームだった。
 艶やかな微笑みを浮かべて片言の日本語とゆっくりの英語で挨拶を述べる彼女に、みのりは「マジか」と呟いた。

 前世の騎士だ姫だは、あれで終わりにするんじゃなかったのか。
 ミズ・セレスティナは、まだ前世に拘っているのか。

 いやいやいや、と頭を振り、さすがにそれはないだろうと思い直す。
 さすがに、ビジネスに私情は厳禁だし、前世がどうのこうので提携先が決まるわけがない。そんな理由で稟議が通るわけがない。

『みのり』
『ミズ・セレスティナ、先日はお話をお聞きくださり、ありがとうございます。この度は、当社の技術を高く評価していただいたこと、感謝しています』

 ぺこりとお辞儀をするみのりに、ミズセレスティナは笑顔を向ける。にこにこと機嫌よく……というよりも、みのりに会えてうれしくてしかたないと、顔に書いてありそうな笑顔だ。

『そんなにかしこまらないで、みのり。今日から同じ職場で肩を並べて働くのです。コミュニケーションをより密にしましょう?
 日本では、夕食の席を共にして親睦をはかるのだとも聞いています。まずは今夜、いかがですか? もちろんふたりで……ね?』
『……へ?』

 今なんか、流暢すぎる英語でうまく聞き取れなかったけれど、夕食はどうかと聞かれたようで?
 建前としては対等な契約だが、それでも立場は向こうの方が上だし、とみのりは急いで計算する。
 ならば、誘いは無碍にできないだろう。

『ええと、喜んでお供いたします。何かご希望があれば、手配しますが』
『ありがとう。店は任せても良い?』
『わかりました』

 頭の中で、これまで接待に使った店のリストを急いで思い浮かべるみのりの頬に、ミズ・セレスティナの指が触れた。

『――今夜を楽しみにしています』

 ミズ・セレスティナの目が、きらりと光る。



 前世がどうとか、絶対恋だの愛だのであるわけがない。
 あれはただの夢だったと、あの場できっちり結論づけたのだ。だからミズ・セレスティナが醸し出すコレが、そんなものであるわけがない。

 みのりは「これもビジネス、ビジネスなんだ」と自分に言い聞かせた。


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