第5話 異世界の名前みたいな感じ
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ドアが完全に閉まったのを確認して呟く。
「ホントに良いの?」
それは誰に対して呟いた事なのか。
周りには誰も居ない。それもそのはずで、ここは彼女の自室だからだ。
彼氏や友人を読んでいるわけも無いから一人きり。
そもそも彼氏なんて居ないし友人と呼べる人もこの世界には居ない。
それでも呟いた言葉に返事があったのか彼女は独り言を続ける。
「そう……じゃあどこまで話していいの?…………ホントに?まぁ、貴方が言うなら良いけど。私は自由になれたんだし。……それは絶対に嫌。…………あんたよりは遥かにマシだから。……はいはい。その辺はちゃんとしますよ、そう言う約束だし。…………言われなくてもそのつもり。」
それからは呟く事もなく、荷物を片付けて着替えてから出掛ける。
ちょっと買い物に行くだけだからなのか、その格好はTシャツにGパンとかなりラフな格好。
髪もさっきまでとは全く変わり、ウィッグを外したのかウェーブのかかった茶髪から、流れるような綺麗なストレートになり、胸に少し掛かるぐらいの長さにまでなっている。
スニーカーを履いてさっき閉めたばかりのドアから出る。
鼻唄を歌いながら。
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バイクに乗り、だいぶ予定が変わったが様々な支払いを終わらせて、スマホを買って、ついでに昼飯用に弁当を買って家につく。
そこで念話を試してみる。
「あー、あー、テステス。こちらHQ、ブラボー応答せよ」
ドッペルゲンガーの核を握りながら話しかける。
頭で念じれば良いと思うけど何となく。
『こちらブラボー、感度良好、問題無し。どうぞ』
すぐに返事が来た。
にしても感度良好って何だ。もっと良い感じの返しがあっただろ。自分の事ながら引き出しの少なさにへこむ。
「ちゃんと使えるな。頭に直接聞こえるってのが変な感じだけど」
『確かになー。で?今どこよ?』
「家についた。昼飯もついでに買ったし、ちょっと試しにそっちから開けてみてー」
『ん?あぁ、ハイハイ』
家に来るまでの間に色々考えてみた。
あの扉は確かに管理者が開けば行きたい所に繋がる。
どこにでもドアが現れる訳じゃなくて、行き先のドアと繋がる感じ?
一応自分でやったときは家に繋がったけど、俺のドッペルゲンガーがやっても出来るのか確認だ。
ガチャ。
「ちーっす、三河屋でーす」
「お、普通にいけたな」
「だな。て事は俺も一応管理者って事になるんかな?」
「いや、どっちかってーと副管理者って感じじゃないか?」
「あぁ、そんな感じか」
「じゃあ昼飯とスマホ持ってそっちに行っといて」
「オッケー。今度は逆か」
ドッペルゲンガーが荷物を持ってカフェに入ってく。
そう。今度はカフェのドアじゃなくて管理者なら他のドアからでも繋がるのか試してみる。
いちいち言わなくても理解してくれるってありがたいな。
さすが、思考も俺と同じなだけはある。
結果は成功。
他にもドッペルゲンガーが家のドアから開けてみたりしたが、このパターンも成功。
これで二人共問題無く異世界館に来れる。
そして、昼飯を食べながら名前を考えたり残った諭吉さんの使い道を話し合ったり。
更には諭吉さんの束でビンタし合うという、一度はやってみたい事をやって、痛いけど嬉しいっていうドMの人の気持ちが少しわかったり、富士山にでも登頂したのか、上がりまくったテンションさんの影響で札束握りしめて高笑いをしてみたり。
実に有意義?なお昼を過ごした所で。
丁度名前が決まった時に気になる事が出来た。
それは、このお店の営業。
営業時間や料理をどうやって出すか、その材料の仕入れや電気やガスなどの光熱費、更にビルの1室だから家賃とかあるんじゃないか?とか、何がどこにあるかとか。
後はお店の名義とか、役所に届け出た方が良いんじゃないかとか。
「そういや、この店の事何も聞いてなかったな」
「客来たらやばいし今日は臨時休業で良いんじゃね?」
「オッケー。じゃあ俺は林さんにその辺の事聞いてみる。ついでに俺のLINEと林さんのLINE送っとく」
「俺は奥でスマホの設定イジリながら、他の世界がどんな感じか見てくるー」
以心伝心もここまで来るとかなり楽しいな。
まるで新婚さん。
…………無いわ。
で、林さんにLINEで聞くよりも直接電話した方が早いと思って電話してみる。
「あ、もしもし、林さんですか?」
『あら、早速デートのお誘い?』
「それも良いんですけど、色々聞きたい事があって。今大丈夫ですか?」
『ええ、大丈夫よ。何かあった?』
「いえ、何もないんですが、お店の営業とか光熱費や水道代とかお店の経営者の名義とか、どうしたら良いかなと思いまして」
『……すっかり忘れてたわね』
ひょっとしてドジっ子なのか?
忘れちゃいかんと思うけど。
『じゃあ、その辺の事は明日そっちに行くから、その時に片付けちゃいましょう』
「オッケーです。何時ぐらいですか?」
『早い方が良いだろうし、8時位にはそっちに行くわ』
「何か準備する物とか有ります?」
『印鑑と身分証位ね』
「わかりました。じゃあ明日の8時に」
そう言って通話を終わり、俺も奥の部屋に向かう。
奥の部屋は普通の生活スペースになっていた。
部屋はかなり広く、30畳以上はありそうだ。
シングル位のベットに本棚、タンスに窓際には机とパソコン。
入ってすぐ右には風呂と脱衣所に洗濯機と乾燥機が置かれてて、ここで問題なく生活出来る感じになっていた。
そして、左の方にパソコンとは別のモニターが3つ壁に掛けられる様にあって、それが世界の監視用だとわかる。
そのモニターの前には小さいテーブルにソファーが置かれていて、そのソファーに座りテーブルに広げたお菓子を食べながら、スマホを操作しながら時折モニターを見るドッペルゲンガー。
ソファーは4人位なら余裕を持って座れるぐらい広いので隣に座りつつ声をかける。
「明日朝にこっちに来るってさ」
「うい。所で、2つの異世界はありきたりな設定の世界だぞ。マジゲームの世界」
「あぁ、やっぱそんな感じか。設定とか楽そうだからなー」
「逆にこの世界が複雑過ぎる。現実は無理ゲーってはっきりわかるわ」
「レベルとか無いし、魔物も勇者も居ないからな」
「別の意味での勇者なら居るけどな」
「確かに」
お互い笑いながらそんな事を言い、お菓子を食べながらモニターを眺める。
1つは異世界【パラディソス】
ギリシャ語で【楽園】の意味らしい。
2つめの異世界は【コラスィ】
これもギリシャ語で、意味は【地獄】らしい。
それぞれのモニターに付箋紙が貼られていて、それに書いてある。
じゃあ、この世界は?と思ってもう1つのモニターを見てみる。
そこには付箋紙で【パラティリティス】ギリシャ語で【観測者】の意味、と書いてあった。
なぜ全てギリシャ語?と思ったがこれも明日聞いてみよう。
「なんか、ネーミングが厨ニ病みたいだよなー」
「多分適当につけたんじゃね?」
「これって、モニター見てるだけ?なんか操作出来ないん?」
「俺もそう思って色々探したけどわからん。モニターにはスイッチとかボタンなんてついてないし、リモコンも見当たらんしでお手上げ」
そう言って肩を竦め、スマホをいじり直す。
確かにモニターには色々表示されてるけど全く操作出来ない。
横から見たり、下を覗いたり、裏を見たりしたけど何もなし。
周りを見回してもリモコンは無い。
マジでお手上げかーと思って画面をペシっと叩いたら反応した。
「お?まさかタッチパネル?」
「え?マジで?」
そして二人して画面を操作していく。
「おぉー。色々イジれるねー、でもこの世界だけはほとんど何も出来ないんだな」
「だな。これって、2つの異世界に行けるっぽいぞ?」
「え?どうやって?」
「ほら、ここをこうして……そしたらどこに行きますか?って出るから多分地図のどっかをタッチしたらそこに行けるんだはず」
「行って見たいけどその辺も明日詳しく聞いてみるか」
さらに林さんに聞くことが増えて、マジで何も教わってないなーと思いながら操作を続ける。
「これってその異世界、パラディソスとコラスィ?に居る人たちの話し声は聞こえないんかな?」
「それは多分ここを……こっちか?……あ、出来た」
タッチしたのはパラディソスのとある国の王様らしい。
その話し声や周囲の状況がモニターに映し出される。
「あ、なんか楽しいなこれ。合法的に覗き見出来るって最高だな」
話してる内容は良くあるどこの貴族がどうしたとかそんなもんだ。
それから暫くは二人してそれを眺めながらお菓子を食べていた。
夕方になった頃にそろそろ帰らないとなーとか思った時にドッペルゲンガーに聞いてみた。
「そういや、誰がリアルに帰る?」
そう言われたドッペルゲンガーはわかってるだろ?みたいな顔でこっちを見てきた。
「俺だろ?」
「だよねー。じゃあ俺が名前変える感じか」
さすが俺。分かってるじゃないか。
こんなニートみたいな生活を手放してたまるか。
「はぁ、じゃあ明日からまた仕事かー。俺もこっちに来てー」
「仕事辞めるにしても2、3か月後になるだろうしな」
「人いないからサクッと辞めるのは悪いからな」
「じゃあ仕事ガンバ」
「頑張りたくねー」
「確かに。じゃあ俺はこれからニール・ド・アシュリスで」
「呼ぶ時はニールで良いよな?」
「おう」
昼飯の時に話し合ったこっちに残る奴の名前。
クールでニヒルな男がカッコイイからそれからニールを取って、ドッペルゲンガーからドを取って、好きなゲームのキャラクターの名前を少し変えてアシュリス。
語呂も良い感じでコレに決まった。
現実世界に残るのはそのまま。
そして明日は林さんに姿が変えられるかも聞く。
姿が同じだと現実世界で二人で遊べないからな。
「んじゃ、明日も早いしサクッと帰って寝るわ」
「俺はもうちょっとストーキングを楽しむ」
「…………変態」
恨みったらしく睨みながらドアから帰っていくドッペルゲンガーに笑いながら手を振る。
そして一人になって、今度会う時に記憶の共有も試してみようと考えながら、監視と言う名のストーキングを続ける。
少しづつ話が進みます。
読んで下さいましてありがとうございます。