女神降臨
気がつくとそこは、高原だった。ベランダ以上に爽やかな風が吹く、現実味のない光景。
「なんだここは……」
突然放り出された現状に上手く頭が回らず首をかしげた。
とりあえず、一つずつ思い返してみる。
ベランダに出ると、トラックが突っ込んできた。終わり。
「って俺死んでんじゃねーか!」
あの時のビジョンが頭の中に流れた。トラックのナンバーすら覚えているほど世界がゆっくり流れ、思考が加速した。
どこかで見たが、危険な状況に陥ったとき世界がゆっくりに見えるのは、考える事が多くなって、頭が情報を多く取り入れるためらしい。視覚情報が多くなるから、ゆっくり見える。
と、そんなことは明日の天気よりどうでもいい。今のこの状況だ。
俺は死んだ筈だ。
それが何故こんなところに立っている?
「それは、私が貴方をこの世界に召喚したからですよ」
聞き覚えない麗しいボイス。びくりと体を強張らせて振り向くと、そこには絶世の美女が清廉に立っていた。話しかけてるのか?俺に。
「お、おい。ここはどこなんだ。お前は誰なんだ」
「質問の多いお方。まず順を追って話します。ここは貴方から見て、俗に異世界ということになります。貴方の世界は科学が発達しているようですが、こちらの世界では魔法が発達しています」
「嘘だろ……」
するとなにか。俺は異世界に転移してしまったのか⁉︎
おいおい……。冗談じゃないぞ。まだ見たいアニメがあるのにどうしてくれるんだ。
「い、今すぐ俺を帰せ!」
「あら、よろしいんですか?」
「勿論に決まってるだろ!」
「しかし……貴方の体は今、向こうの世界ではぐっちゃぐちゃの肉片なんですよ?今戻ると死んでしまいますが……」
「ど、どういうことだ?俺は生きてるだろ!」
「運悪く死んでしまった貴方を、こちらの世界に魂としてサルベージしたんです。そして、私が創り出した肉体にその魂を入れたから生きているんです。本来なら、死んでしまっているんですよ」
背筋がゾッとする思いだった。
そんな簡単に死んでいるとか言われてもーー。
「召喚……って言ったな。なんで俺を召喚したんだ」
「単刀直入に言いますと、世界を救ってほしいからです」
「世界?」
突然飛び出てきたワードに頭を捻った。スケールが違いすぎて思考が追いつかない。
目の前の美女は大きな胸を揺らして解説を始めた。
「この世界には今、悪い魔王が存在しています。その魔王はとても強く、私たちの世界の人間だけでは太刀打ち出来ないのです。なので、異世界にいるとても強い魂の持ち主である貴方を召喚させていただいたのですよ」
「待て。つまり、お前は俺をこの世界で戦わせる為に俺を殺したのか⁉︎」
「い、いえいえ違います!貴方が死んでしまったのは本当に偶然です!貴方にも貴方の人生がありますから、死ぬまで待ってたんですよ?」
「そ、そうか」
とりあえず、働かされる為に殺されたわけではなかったということに安堵した。
しかし冷静になってみると、社会経験も戦闘経験もない中卒ニートの俺が魔法を使えるような連中でも勝てないような魔王に立ち向かうだって?
いやだ。
「絶対に戦いたくない」
「ええ⁉︎お願いしますよ!何故貴方を召喚したかというと、貴方がこの世界の誰よりも、あちらの世界の誰よりも強いからです!魔王なんてすぐに倒せるほど強いからですよ!」
「本当か怪しいもんだなぁ。つーか、これも手の込んだ趣味の悪いいたずらとかじゃないだろうな?」
「違いますぅ!その証拠に、ほら。手を前にかざしてみてください」
「?……こうか?」
言われるがままに前は手を突き出した。
すると次の瞬間。
目の前が焼け野原へとジョブチェンジした。
「は?」
「これは貴方の力のほんの一端です。これほどの魔法があれば魔王なんてけちょんけちょんですよ!」
なんてこった。俺は本当に魔法の世界に来てしまったのか。しかも、最強の力も持って。
「……あんた、何者なんだ?」
「私ですか?私はミュウ。この世界の女神です」