85.恋患い
アリナとカヨウ、カイロウの面子で渡ってきた旅路。
アルンの国からトンタを連れ出し、ようやく実家まで帰りつきそうな時に、末の弟ヒソラが待ったをかけてきた。
焦りを前面に押し出す彼を落ち着かせ、主張を聞いてみる。
「んで?一体何があったってんだよ?」
「…言いたくない…」
「なんだそれ」
「言いたくないんだよ…でもこれだけは言える。カヨウ兄さんとカイロウ兄さんは、帰ってこないで。絶対、一歩も敷地に入らないで。ここで待ってて」
「いやなんでだよ」
「それで、アリナ。あんたは、俺についてきてほしい。キリカも…それが一番いいって言ってた」
「「キリカ?」」
アリナと、トンタの声が重なる。そこでようやく彼の存在に気づいたのか、ヒソラは憎々しげにトンタを睨みつけた。
「…こんな大変な時に…」
邪魔者め、と言葉にはせずとも態度にも目にもそれが滲み出ている。しかしそれを気にもせず切羽詰まってトンタは少年に問いかけた。
「キリカに、何かあったのですか?」
「…あんたに教えることじゃない」
「キリカが、あたしを呼んでるんですか?」
「…うん。あんたなら、きっと解決してくれるって」
何が、あったというのだろうか。
その詳細を絶対にヒソラは語りたがらないが、何かが起きていて、キリカがそれに対して「アリナならなんとかしてくれる」と言っているのなら、アリナが応じない訳にはいかない。
早速行きましょう、と逸るアリナ、頷いて先導するヒソラ、険しい顔つきのトンタ、そしてさりげなくついていくカヨウとカイロウ。
「…だからカヨウ兄さん達はついてこないでって言ったでしょ!」
当然弟にバレて即座に怒鳴られた。
「つってもよお、アリナに危険なことさせる訳にはいかねえだろ。心配すんなって、オレがいれば大抵なんとかしてやるから」
「当主が問題を放棄する訳にもいくまい」
「…それはそうだけどさ…」
苦悩を表に出しつつ、やがてヒソラは眉を寄せて忠告を口にした。
「酷い目に遭っても知らないからね」
「だから具体的に教えろってんだよ」
「やだよ、口にするにも悍ましい」
「…何があったんだよマジで…」
戦々恐々としつつ、彼らはヴァースアック領地へと帰還した。
「ああ、カイロウさん、カヨウさん…帰ってきてしまったのですね」
領地を囲む森を抜けた先で、使用人の長、イラは、疲れ切った面持ちで彼らを出迎えた。
疲労の色は濃いが、彼女のどこにも、異常な様子は見て取れない。
ヒソラの言い方だと領地全体の人々に何かしらの問題が発生していたかのような印象を受けたが、どうやらそうではなかったらしい。となると、屋敷内の人間ということだろうか。レイシン達に何かあったのか。
気を引き締めるカヨウの前で、イラは肩を落とし、「ひとまずは…屋敷でお寛ぎください。流石に急転することは、ないでしょうから…」と案内する。
―――不気味だった。
土地の風景に、何ら変わりはない。
しかし、人々は、彼らを遠巻きに見つめていた。いつものように朗らかに声をかけてくることもなく、じっと。
気になったのは、女性と男性であり方が違うことか。
イラと同じように、女性は皆一様に、疲れを見せていた。
反して男共は、何かを抑えるかのように、そわそわとしていた。
違和感を強めつつも、彼らは、屋敷に帰り着く。
そうして、玄関の扉を開けた。
「おかえりなさい!」
「うおっ」
飛び出してきた物体にカヨウが弾き飛ばされる。
それに見向きもせず、彼は、言葉を繰り返した。
「おかえりなさい、兄上!」
「…ああ」
「いってえな!何しやがんだてめえ!」
体の向きをずらすこともなく、首だけ動かしてレイシンは、体勢を崩した弟に冷たい視線を浴びせた。
「ふん、お前が鍛錬不足なのが悪い」
「ああ!?上等だよ表出ろオレだってやればできる子だって思い知らせてやるよ!」
「やればできるなら書類仕事の一つもこなして欲しいものだがな」
「それは…ううん…」
「アホが」
見慣れたやり取りだった。
―――それなのに、何故、ヒソラとイラは、戦慄した形相をしているのだろうか。
「おかえりなさい、カヨウ兄さん。カイロウ兄さんとアリナさんも…ああ、結局トンタさんも連れて帰ってきたんですね」
背後からひょっこりとミカゲツが現れる。ヒソラとイラの表情が恐怖に染まった。
「というかヒソラ、どこ行ってたんですか。最近全然帰ってこないから心配してたんですよ」
「う、うん…ごめん…」
「別に朝帰りなんて後ろめたく思う必要ないと思いますけど。カヨウ兄さんなんて過去何回朝焼けと共に帰宅したか分かりませんし」
「何を言う。ヴァースアック本家の男児たるもの規律を心掛けるべきだろう。ヒソラ、外泊するならちゃんと許可を取れ。兄上も叱ってください」
特に、言葉に異常は見受けられない。
そう、言葉の表面上は。
「あの…どうしたお前」
「何がです?」
「いや、あの…なんつーか。パーソナルスペースの侵害?」
「えっ?」
きょとんとミカゲツが目を瞬き、次いで「ああ、すみません」と苦笑いした。
謝っている。それなのにミカゲツは―――カヨウに絡めた腕を、解こうとしない。
「いえ、僕も…なんというか、カヨウ兄さんがいなくなってから、物寂しい日々を過ごしていたもので。多少は我慢してもらえたらなあって」
「……」
カヨウは愕然と、ヒソラとイラに視線をやる。
二人は大真面目な顔で頷いた。
「…なるほど」
カイロウが静かに呟く。それを至近距離で聞きつけ、「どうされましたか兄上」とレイシンが至近距離で尋ねる。それを目にしたカヨウはあまりに惨い現状に膝を折った。それをミカゲツが慌てて献身的に支え持ち上げる。カヨウの顔色は更に青みを増した。
混乱して、アリナは、ヒソラとイラに直球な問いを投げかける。
「な、なんですか、これは」
「…見れば分かると思うけど」
「…レイシンさんも、ミカゲツさんも…いえ、ヒソラさんを除いてこの地に住まう男は全員」
「カイロウ兄さんかカヨウ兄さんに、心を奪われているんだよ」
その真相を耳にし―――カヨウは、血反吐を吐いた。
カヨウとカイロウを生贄に捧げ、アリナとトンタ、ヒソラはキリカの元へと向かう。
聞けば、男の中で、唯一ヒソラが正常でいられているのは、キリカのおかげなのだという。彼女が何がしの「おまじない」をかけてくれたから、ヒソラは自分でいられた。しかし、それは永続的なものではない。故に災い渦巻く領地から逃げ、カヨウ達が帰るまで、ニラ街にて安息で閉塞な日々を過ごしていた。
というのも、彼女の「おまじない」は、おいそれと使えるものではなかった。
その証拠に、ヒソラを異常から守った引き換えとして、別れ際のキリカは己の何かを失ってしまった。
だから、今、彼女は自身の部屋に引きこもっている。
アリナは閉ざされた扉に、躊躇いがちにノックをする。返事はない。
「…キリカ。入るわよ」
声をかけ、鍵のかかっていないドアを押す。
音に振り返ることもなく、少女はじっと、部屋の真ん中に座り込んでいた。
「…キリカ」
ヒソラが声を詰まらせる。
アリナは、彼女に近寄り、膝をついて顔を覗いた。
瞼は開かれているが、光が宿っていない。何も映すことなく、ただ、無表情に膝を抱えている。かつてヴァースアックの過去の幻に入り込み、目撃した時と同じ。まるで空虚な人形のように。
アリナがキリカの肩に触れるのと、トンタが耐えきれず「キリカ!」と叫んで駆け寄ってくるのは、ほとんど同時だった。
「うわ!びっくりした!」
驚くほどに、いつも通りの反応をして、キリカは仰け反った。
「え、うわ、アリナ?わあ!トンタさんもいる!どうしてここに!?」
「…キ…キリカ…?」
「え?あっお兄ちゃん!帰ってきちゃったの!?もう!わたしの苦労を無駄にしないでほしいんだよ!このままじゃお兄ちゃんもカヨウお兄ちゃんとカイロウお兄ちゃんのトリコになっちゃうんだよ!」
「いや…」
「あっでも大丈夫!だってアリナが帰ってきたもんね!助かったんだよアリナ。アリナがいれば百人力なんだよ!一緒にイカれた悪魔をやっつけるんだよ!」
「…やっぱり、これ、悪魔の仕業なのね」
薄々、予感はしていたが。
超常現象が起きた時、その原因は、大抵悪魔だった。キリカがヒソラにかけた「おまじない」も、彼女の内にある魔石の力が影響しているのだろう。
ならば、魔力を血筋に宿すアリナならば、この問題を解決することもできるかもしれない。
そこまで考えて、はて、とアリナは首を傾げた。
キリカは、どうして、悪魔という存在を知っているのだろう。
軽やかに起き上がって背伸びをするキリカに、アリナは名を呼ぶ。
「ねえ、キリカ…」
「キリカ!本当に、大丈夫なのか?まだ体の具合が悪いのか?ちゃんと医者に診てもらわないと…!」
「もう、トンタさんったら心配性なんだよ!わたしは平気だよ。でも…えへへ。心配してくれて嬉しい。ますます好きになっちゃうよ」
声を荒げて気遣いを口にするトンタにはにかみ、絶対に振り向かせてみせるんだよ、とキリカが拳を握る。
その宣言に複雑な顔になるヒソラとアリナに反し、トンタは俯いた。
「…当然だろう。お前は…我が伯爵家のせいで、人生を奪われたのだから」
「は?」
「えっ」
ヒソラが目を見開き、アリナが声を漏らした。キリカは首を傾げている。
「…資料を見つけた。お前は…ヴァースアックの殲滅を目論む組織に拉致され、改造を…」
アリナは息を飲んだ。
過去の幻の世界にいた際見たもの。雪崩れ込んできたキリカの記憶。絶対に、記憶喪失である本人には知らせたくない、残酷な成り立ち。
とある有志の者達によって、黒い悪魔の殺気を無効化する研究が進められていた。その実験体の一人として拉致されたキリカの体には、魔石が埋め込まれた。
その組織はあくまでヴァースアックを恨む人々によるものであり、ココーン伯爵ら貴族が首謀者なのではない。
しかし、伯爵家が彼らの後ろ盾として支援をしていたのは、事実。
トンタはそれを生家の書類か何かから発見したらしい。キリカに聞かせるわけにはいかないと、アリナは眉を吊り上げて息を吸い込んだ。
「ええ!?何それ、トンタさんもしかして、負い目があるからわたしに優しくなったってこと!?屈辱なんだよ…!」
しかし、彼女の発声は、少女の元気な叫びによって、遮られる。
「そういうの無しにして考えてほしいんだよ。同情で相手されても嬉しくないんだよ!だってわたしがトンタさんを好きなことに過去のことは何も関係ないもんね!」
頬を膨らませ、憤りで細めた空色の瞳を、キリカは狼狽えるトンタに真正面から向ける。
ずずずと距離を縮め口をへの字にすると、自身の頭の天辺より高い位置にあるトンタの顔を咎めるように見つめた。
「…お前は…知らないからそんなことが言えるんだ。自分が何をされたか理解していないから…」
「知ってるよ。だってわたし覚えてるもん。心配されるのやだから言わなかったけど…思い出したもん。昔のこと」
ヒソラが瞠目した。アリナもまた、衝撃的な告白に言葉を失わずにはいられなかった。
キリカが記憶を取り戻していた。昔の記憶を。自分の身に何があったのかを。
それを、誰に伝えることもなく、黙っていたことも。
「あんまり昔の話したくないから。深く考えるとぐちゃぐちゃになってよく分からなくなりそうだし。だから、気にしないでほしいんだよ」
「そんなの無理に決まってるだろ…何言ってるんだ?」
答えたのは、正面のトンタではなく、彼女の背後にいるヒソラである。
腕を引き、無理やりにトンタの前から引き離すと、彼女の細い肩を掴んで揺さぶった。
「なんで教えてくれなかったんだ。思い出したんなら、お前の親とか、家とか…っそういうの探しに行きたくなるんじゃないのか。そしたらお前、ここから」
「いなくならないよ」
不自然なほど平然と、キリカは返事をした。
「それはもうしょうがないことだから。別にいいんだ」
ヒソラは、言葉を紡げずに妹の顔を呆然と凝視した。
―――これまで、違和感はあった。かつて眠りから目覚めた時を境にキリカが変化した。姿は同じでも、それまで共に過ごしてきた妹とは、確かに何かが違う感覚。
それが、今まさに、見える形となって現れたかのようだった。
「…お前、誰だ」
かつてと同じ問いかけを、ヒソラは口にする。かつては誤魔化された。茶化され、はぐらかされ、何事もなかったことにされた。
今回は、キリカは誤魔化すことなく答えた。
「わたしはわたしだよ。お兄ちゃん。何があっても変わらない」
ヒソラは顔を強張らせたまま動かない。アリナはヒソラと、平静なキリカの間で視線を彷徨わせている。トンタは張り詰めた雰囲気に顔を顰めつつ銀髪の少女をじっと見下ろしていた。
「もー、今はそんなこと話してる場合じゃないんだよ。早くあの人のところへ行ってどうにか皆を戻さないといけないんだよ!時間は有限なんだよ!」
強引に空気を打破し、キリカは人差し指を掲げて室外へ先行する。
その後を、アリナは慌てて追いかける。その途中、ヒソラが小さく呟いた文言が否応なしに飛び込んできた。
「変わったよ。だから、言ってるんじゃないか」
「変わっちまったよあんた!もう見てらんねえよ!助けてくれ!もう無理!もう無理!この悪夢いつになったら覚めんだよお!!」
「…喚くなカヨウ。気が散る」
「あんたはよく平気でいられるよなあ!そんなレイシン兄さんにベタベタされて平然と…ハッまさかあんた元からそっちの気が」
「殺すぞ」
「すいません」
流石に言葉が過ぎたとカヨウは口をつぐむ。
アリナとヒソラ、ついでにトンタは事情を多少知っているというキリカの元へ行ったきり帰ってこない。イラはカイロウとカヨウの荷解きをしていつも通り甲斐甲斐しく働いてくれている。
しかしイラの息子であるシキは通りがかった際カイロウに熱視線を向けていたので精神力を削らざるを得なかった。
シキだけでない。この屋敷で働く男全員、カイロウかカヨウに含みのある目を向けていた。
いや本当に、どうして男なのだろう。せめて女から好意を持たれるというのであればここまで疲弊せずに済んだものを。むしろちょっと嬉しいまであったものを(その場合だと血気盛んな亭主陣にボコボコにされていた気もするが)。
誰がこんな嫌がらせを、何の呪いだ、ひょっとして先日返り討ちにした賊の怨念…などと考えていると、右腕に生温い感触が戻ってくる。
「あああああ!くっついてくんじゃねえよ鬱陶しい!お前正気に戻った時にマジで死ぬから大人しくしてろ!?」
「…別に…死にませんけど…」
素っ気ない返事だが、鬱陶しいと言われて傷ついたのか声が多少沈んでいる。
クソッ、クソが、とカヨウは余裕なく地団駄を踏む。
せめて己の相手がレイシンだったら、容赦無く蹴り飛ばせた。殴って気絶させてもいいし、縄でふん縛ってどっかに捨てても良かった。
しかし、ミカゲツは。なんだかんだ言っても己の弟なのだ。暴力沙汰にはしたくない。
カイロウも同じようなことを思っているのか、レイシンに距離を詰められても抵抗する素振りも見せない。
誰か助けてくれ…と肩を落とす。その時、カイロウが椅子から腰を上げた。
「どうした兄貴」
「…限界が来た」
「唐突だなおい」
「元凶を叩く」
「元凶…っておい、ちょっと待てまさか呪いの犯人に心当たりあんのか!?何で最初から殺しに行かなかったんだよ!?」
「二度と顔を合わせたくなかった。故にアリナの働きで解決するのならと待機を選択した。だが遅い。限度がある。だから私が動く」
「顔を合わせたくねえくらいで我儘言ってんじゃないよマジで!!」
カイロウはレイシンを引き剥がし、躊躇い無く鳩尾に拳を叩き込んで気絶させると、次に無表情でミカゲツを見やる。
そうして同じ行為を繰り返しレイシン共々椅子に寄り掛からせると、速やかに居間を出た。
兄の容赦の無さに愕然としつつも、カヨウは後を追った。
行き先は地下のようだった。
当主以外は立ち入りを禁じられている、先祖代々伝わっているらしい一室。噂は聞けど狭っ苦しい場所に興味はなかったため特に詮索することもなかったが、拝める日が来るとは。
カイロウは特にカヨウの同行を拒否する様子もない。
ならば一緒に行っても良かろうとカヨウは多少のワクワク感を抱えて地下室、石の扉の前に辿り着いた。
亀裂が入っているし変な匂いもする。相当古い代物のようだ。
そんな扉を、兄はこれまた躊躇なく蹴り飛ばして開けた。
あんた実は相当イラついてるだろ、と内心思いつつ、中に続いて入る。
妙な、台があった。人一人横たわれるような石の台だ。
それ以外は何もない。石壁に囲まれた、閉塞的な空間。
こんなところに何があるのか、と聞こうとした時、先にカイロウが口を開いた。
「姿を現せ。全てお前の企みだろう」
「えっ誰かいんのここ、いやでも密室だろ?一体誰が」
悪魔。
低く呟かれた単語に、思わずカヨウは口をつぐんだ。
そして、程なくして現れた黒い塊を目の当たりにして、表情を引き攣らせる。
人の大きさほどの、黒い影。どこからか滲み出てきたそれは、ゆらゆらと空間に佇んでいた。
「私のいない隙に弟に手を出すとは良い度胸だ。打ち滅ぼされる覚悟はできていると見える」
『……』
「何を思って計画に及んだかなど知りたくもないが、お前が実害をもたらした以上、放置はできない。今ここで因果を断ち切ってくれる」
『………す』
「おいなんか喋ってんぞ」
真っ赤な口が開いた。耳を刺すような金属音と共に、言葉が、発せられる。
『殺す』
「うわ…ガチの敵かよ」
カヨウが嫌悪に満ちた反応を見せる傍ら、カイロウは口を閉ざし、微かに眉を寄せた。
「…だ」
「いやだ。殺したくない。どうしておれがそんなことしなきゃいけないんだ」
『殺す』
「関係ねえだろ、殺したいならジョン、てめえが直接殺せよ。どうしておれが」
『殺す』
「あああああうるせえ!うるせえ!うるせえ!」
『殺す』
「要はカイロウとカヨウに子孫を作らせなきゃいいんだろう!だったら別の方法でもいいよなあ!?」
『ころ』
「そいつらが!女とくっつかなきゃいーんだろーが!!」
『―――ミサも、アリナも、生きているのに?』
「じゃあ!こうすれば!文句ねえんだろうがあああ!!」
アリナ達は、キリカに先導され「この一件の重要人物」の元へと向かっていた。
ヴァースアックの機密であるという、地下の空間。トンタに知られるわけにはいかないため彼とは別れて一階に留まらせている。
かつてアリナがレイシンに教えてもらった裏道とは違い、既に地下への鍵が開いていたため、これ幸いと正規の道を使わせてもらう。ヒソラは地下室の存在すら知らなかったのかそわそわと周囲を見回していた。
やがて行き着いた、石造の扉。かつて悪魔と扉越しに語ったそこは、破損していた。
そして、中に、三つの人影があった。
一つは、苦虫を噛み潰したかのような表情の、カイロウ。
もう二つは。
会ったことのない、黒髪の女。
どちらもヴァースアックの一員なのか、どこか馴染みのある顔立ちをしている。
一人は難しい顔をして腕組みをし、カイロウを睨みつけている。
一人は、女にしては背が高く、オーバーサイズの衣服に包まれた己の体躯を驚愕の面持ちで見下ろしていた。
「…カイロウさん!悪魔は?」
「…あ…」
アリナの呼びかけに、背の高い女が振り返った。
そして、逃れる間もなく、縋りつかれる。
「アリナ…もうオレ駄目だ…訳わかんねえ…」
「…え?」
突然知らない女に抱きつかれて、アリナはなす術もなく固まる。
その間にも、女は聞き心地の良い音質で泣き言をこぼし続ける。
「つーか常識無視し過ぎなんだよ、なんだよ悪魔って。オレ幽霊とか苦手だっつーのにそんな得体の知れない存在が実在するなんてもう耐えらんねえって。どうしろってんだよもう…」
女と、面識はない。しかしその喋り方と、仕草と、大きな黒目を前にして、呼びかけずにはいられなかった。
「カ…カヨウ…?」
「分かってくれるのかよ…お前マジですげえよ…」
おいおい泣く彼女から一度顔を逸らし、ギギギ、とアリナはもう一人の女に視線に送る。そして、カイロウ…否、カイロウと全く同じ顔をした、彼にも。
「…最悪だ」
「いやほんと悪かったと思ってる」
黒髪の女が低く呟いて額に手を当てる。
カイロウの姿をした男―――悪魔は、今まで見たことのない深い謝意を表し、嘆息した。




