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79.頼みとは言うけどただの命令です

 カヨウと共にアルンの国に行くことになった。

 それはいい。アリナも多少は予想していたことだ。

 しかし、そこにカイロウも加わるというのは、全くの想定外だった。


 此度のアルン行きの目的を共有しており、かつ今まで一緒に「婚約者のふりをする」という苦渋をなめてきたレイシンは同伴しない。が、カイロウもまた、アリナとレイシンの事情…ヘンリー公爵からの求婚を断るために関係を偽装している、というのを把握している。

 あの公爵ヘンリー相手に身一つで立ち向かうのはなかなか手強そうだ。故に、一人でも内情を知っている人間が同行してくれるのは、心強い。

 とはいえ、ヘンリーもアリナの話を聞けばすぐに考え直してくれるだろう。


 アリナは、ヘンリーが執着している、救世の賢者ジルベルト女傑アンリの子孫ではない。

 全くの無関係というわけではなかったけれども…少なくとも、アリナはその二人の血は受け継いでいないのだ。

 ヘンリーがアリナを欲しがる理由は、もう何一つない。


 アリナが見てきた、英雄王の成り立ちを丁寧に交えて話せば、分かってくれるはずだ。


 残りの不安の種としては、カイロウがいない間、屋敷の治安はどうなるのか、というのもある。

 最近のカイロウは、どうやらアリナの知っている彼とは変化したらしい。そのため、悪魔を地下に封じ込め、今回堂々と旅にも同行することになった。

 カイロウがいない間、悪魔が脱走するとは考えないのだろうか。

 まあ、あの悪魔もただ過去の女性に心を囚われているだけで、邪悪と言い切るには躊躇われるし、事情を知るレイシンもいるし、大丈夫だろう。


 それよりも、アリナはキリカから託されたトンタ宛の手紙の方が心配だった。


 キリカは想い人トンタへの手紙を、五枚綴った。そしてそれを「トンタさんが元気かどうか、帰ってきたらたっぷり教えてね」と切実に渡してきた。

 正直、アリナはあの男のことが嫌いである。この手紙を渡さなかったところでキリカには分からないし、なんだったらキリカ以外の兄弟は「よくやった」と褒めるだろう。

 無論、そんな非道なことはしないが。

 それでも嫌いな人に自分から会いに行くの嫌だなあ、と愚痴るくらいは許してほしい。

 ヘンリーとけりをつけ、存分に観光して帰り際に渡すことにしようと思う。




 カヨウは当初、アリナと旅行ができる、と浮かれていた。

 しかし、その気分は今や地に沈んでいる。

 理由は簡単。旅路に長兄カイロウが同行するためである。

 色々考えていたのだ。レイシン兄さんだったらなんだかんだで押し切れるし、途中でどんどん寄り道して、アリナと漫遊を楽しもうと東の方面にある観光地に目をつけていた。

 しかし、カイロウはレイシンとは違う。

 あの男はきっと、最短距離から逸れるのを許さない。

 同行者を決める際、「アリナに旅行を楽しんでもらう」旨の発言はしていたが…それもおそらくただのリップサービスだろう。

 カイロウが何を考えているのかなど分からないが、ゆったり旅を満喫するなど、そんなに柔な男でないのはよく知っている。


「というわけで確認してえんだけど、カイロウ兄さんって何のためについてくんの?」

「私に聞くな」


 レイシンは苦々しい顔で答えを拒否した。

 アルン行きへの前夜。荷物も馬車に詰め込み準備は終わっている。

 旅路に最後に必要なのは心意気…と歌いながらカヨウはすぐ上の兄の部屋を訪れた。

 レイシンは今回の最大の犠牲者と言ってもいいだろう。本来婚約者のアリナと同行するはずが兄と弟に役目を奪われ、領主がいない間の代理を任された。

 思えば次兄はここ最近忙しかった。アルンから帰ってきてアリナと婚約し、アリナとデートし、アリナが原因不明の眠りにつき、目覚めたと思ったらまた彼女とアルンの国に行くことになり、結局行かないことになり…。


「大変だよなあ、兄さんも」

「そう思うなら自分の素行を改めろ」

「いやあ、オレが真面目にしたらモテモテになっちゃうから。世界の均衡崩れちゃうから」

「黙れアホ」


 刺々しい口調はいつも通りだが、どうにも様子がおかしい。

 随分疲労が溜まっているようだ。

 カヨウは兄への労りを込めて「まあ明日からはレイシン兄さんの天下なんだし好きにやったらいいんじゃね」と助言する。が、すぐに口をつぐむ。

 レイシンはこれまでにない追い詰められた視線をカヨウに向けていた。


「…もし、この旅の途中。兄上に異変を感じたら。即刻帰ってこい」

「何だよそれ」

「アルンの国についてからも…できればヘンリー公爵にカイロウ兄さんを会わせるな」

「いや無理言うなよ。本人が会う気満々だぜ?」


 食卓で「そういえばカイロウお兄ちゃんって外交できるの?今まで来てもらうだけだったよね」「…そうだな。今回で証明してやろう」という会話があったのはつい先刻のことである。


「キリカも余計なこと言うから…まあオレも思ってたけど」

「…頼む」

「えっ」

「お前がやれ。兄上を止めろ」

「頼むって言ってんのに命令形!?」

「お前の行動で世界が滅びるかもしれんぞ」

「何その責任重大!?オレに何が起きてんの!?」


 茶化してもレイシンは乗ってこない。殺意すら込められた目でカヨウを睨め付けてくる。

 兄に怒られ睨まれた回数など数え切れないが、どうにも今回は調子が狂う。カヨウは首を捻り頭を掻いて「分かったよ、できることはするって」とため息を吐いた。




「いってらっしゃーい!手紙よろしくねー!」

「お土産楽しみにしてますねー」

「気をつけてねー」


 キリカ、ミカゲツ、ヒソラが呑気に手を振ってくる傍らで、レイシンは兄に「道中くれぐれもお気をつけて」と頭を下げつつも、カヨウに「約束は果たせよ」と厳しい視線を向けてくる。カヨウはさりげなく目を逸らした。


「いやあ。一緒に行ってもらえて助かります。これでお叱りを受けないで助かるってもんですよ」


 家族との別れに、ニコニコのおっさんが割り込んでくる。


 もう一つ懸念があった。

 ヘンリー公爵の部下。アリナとレイシンの関係が本物かどうか見定めるため領地に駐屯していたエジット一行が、共にアルンの旅に付属するという点である。

 アリナとの決闘に割り込んだカヨウにボコボコにされて間もないが、エジットは意に介した様子もなく笑いが止まらない様相でカヨウの肩を叩いてくる。やっと帰れて嬉しいというよりは、もうこうなったからにはやるっきゃねえという一周回った気概を感じる。

 それほど上司に会いたくないのだろうか。


 ともかく、彼らが同行し、かつカイロウがいるのであれば、もう致し方あるまい。

 お気楽な旅はお預けだ。

 またいずれアリナを誘って行けばいいのだ。今度は何のしがらみもない、諸国漫遊を。

 …それに、まだアリナに渡せていないものもあるし。

 アリナとレイシンがニラの街へデートに行って、その見守りもとい尾行をしていた際に。カヨウはヒソラと揃って妹へのプレゼントを買っていた。

 アリナが寝込んだりとか色々忙しくて未だ渡せていないし、ヒソラの方も臆したのかまだキリカに届けていないようだが。

 今回の旅に限らず。ロマン的な、ここぞという時にスマートに渡せば、好感度も爆上がりのはずである。

 カヨウは、カイロウだのエジットだのレイシンとの約束だの、制約に縛られそれにちょっと戸惑いつつも、本題に燃えていた。


「ま、色々あるけど楽しく行こうぜ、アリナ」

「ええ、そうね」


 絶対に良い旅にするぞ。

 万感の思いを込めたカヨウの言葉に、アリナは控えめに笑って頷いた。






 光のない石に覆われた地下の祭壇で、悪魔は揺蕩っていた。


 複数のものが旅立っていった。

 魔力の持ち主の少女と、少し前から滞在していた異分子たちと、ヴァースアックの二人。

 一方はカイロウだろう、と悟った。

 奴は、自分をこの地下に閉じ込めてから、随分と変わった。

 その変化が、本来の姿を取り戻しただけであり、元々カイロウはそういう人間だったのだ、と結論づけるのは、あまりにも辛かった。

 自分が出会った時のカイロウは、本当に、あの子に―――スイによく似ていた。

 平和を好み、病に身を侵され退屈な時間を過ごしながらも、彼女は日常の幸福を何よりも大切にしていた。

 スイは、自分を形作る「 」そのものだった。

 スイは、自分に”アオ”という名前をくれた。

 英雄王の生まれるより遥か昔に生み出され、魔力の化身、悪魔として惰眠を貪っていた自分に、「 」をくれた。

 あの子のためなら、なんでもできた。


 「 」から生まれた自分に「 」を教えてくれたのは、スイだった。


 全てを与えてくれた彼女が、兄である剣王ライによって自分と引き離されたのは、正しく悲劇としか言いようがない。


「殺せ」


 そう、殺さなければならない。

 誰を?

 剣王はもうとっくに、英雄王の時代に没しているというのに。


剣王ライの再来を防ぐんだよ。今代のヴァースアックの当主となり得る男は二人。カイロウとカヨウ。どっちも憎きライにそっくりだ。殺さないと世界に悲劇が溢れることになる。殺せ」


 カヨウは確かに剣王によく似ている。

 しかし、カイロウ?

 あの子に似て、優しく、平和を愛する彼を殺せと?


「カイロウは既に変化している。分かっているだろう。言い分も聞かずここに閉じ込めたのはカイロウだ。優しい彼はもういない。殺せ」

「…誰だよ、お前」


 そこでようやく、悪魔は視界を開けた。


「…なんだ、見つかったか」


 発せられるのは平凡な男の声だ。灰色のローブに全身を包み、顔すら窺い知ることはできない。

 人間であれば、異質な雰囲気に飲まれ恐怖に心を染めるだろう。

 しかし自分は悪魔。スイに与えられた「 」以外に、支配されることはない。

 それなのに。


「久しぶりだな」


 気安く語りかけてくる男に、何故か戦慄が治らない。

 いつからここにいたのか、どうやって現れたのか、いつから自分に話しかけていたのか、この男の声があまりにも滑らかに耳に入り込んでくるのは、カイロウを殺せと言われるまでその状況に何の違和感も抱かなかったのは、それに従わなければならないと思うのは、何故か。


「知ってると思うが、おれはジョン。お前のお父さんだ」

「…は?」

「立派に育ってて嬉しいよ。さて。おれとマリーの「愛」から生まれたお前に、改めて使命を与えよう」

「何言ってやがる」

「結末を変えたいんだ。力を貸せ」


 ジョンと名乗った男は、具現化しておらず触れられないはずの悪魔の体に、あっさりと触れた。


「頼むよ。カイロウとカヨウを殺せ。どっちにも絶対に子孫を作らせないためにな」

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