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77.新たな事実

 最近、屋敷の中がバタバタしている。

 アリナとレイシン、そしてカヨウがアルンの国に行くため、その準備をしているらしい。

 伯爵、およびヘンリー公爵の部下にアリナが襲われた末にキリカがしばらく意識不明となった。そんなことがあった後でよく訪問する気になれるな、と思うが、アリナとレイシンにとっては「婚約」という重大な問題を解決するためだし、仕方ないのだろう。

 付属品カヨウについては閉口するしかないが。


 そんなことを考えながら、ミカゲツは居間で弟妹の相手をしてくつろいでいた。


「うわっ、ミカゲツお兄ちゃんの手つきいやらしいんだよ!素人とは思えないんだよ!」

「誤解を招く表現はやめてください」


 単に立方体のパズルを解いているだけである。

 滞在費のついでか決闘の賞品か何か知らないが、アリナ(とカヨウ)に負けたエジットが「良かったらどうぞ」と複数個差し出してきたものが流れ着いてきたのだ。

 ミカゲツの手先をキラキラした眼差しで見つめる妹の傍らで、対抗心を燃やした弟が悪戦苦闘している姿も勿論見えているが、特に攻略法を教えるつもりはない。


「…そういえば、ミカゲツお兄ちゃんは行くの?アルンの国」

「なんですか急に。行きませんよ。行く理由がないですから」

「ふーん」

「キリカは行きたいんですか?」

「わたしは行かないよ」


 平静な口調で妹は否定する。それに違和感を覚えた訳ではないが、ふと、何気なく名前を声に出した。


「トンタさんに会いたいとか思わないんですか?」


 瞬間、少女の顔色が一変した。

 始まりはぽかんとした顔で、続いて大きく青い目を見開き、頬を紅潮させ深く息を吸って「会いたい!」と叫ぶ。ギョッとしたヒソラがパズルを取り落とした。


「そうだ。そう、そうだよ、どうして考えつかなかったんだろ!わたしトンタさんに会いたい!だってあれっきりだもん!」

「…そうですね」


 妙にテンションが上がっている。苦笑しつつ、ミカゲツは思い出す。


 トンタとは、アルンの貴族の一端にして、かつて大胆にもヴァースアックの懐柔を企てた齢三十一の男。加えて、キリカの想い人である。


 「あれっきり」とは、アリナ、レイシンと共にアルンの国に赴き、その先でくだらない貴族の思惑に巻き込まれ、トンタとは意識を飛ばしたまま別れた際のことのはずだ。

 あの後トンタは兄である元凶ココーン伯爵と家の始末をするために、倒れたキリカを見届けることなく祖国に残った。

 それ以来、目覚めたキリカは彼のことを口にしなかったし、ミカゲツも気にかけることはなかった。興味がなかったからだ。

 それでも当人らは手紙くらいは交わしているものだと思っていたが、「あれっきり」だとは。


「あ、でも、向こうはエジットさんから何か聞いていたかもしれませんよ」


 エジットの目的はアリナとレイシンの婚約が真かどうか確かめること。その過程を書簡で送っていたなら、トンタにもこちらの状況が伝わっている可能性がある。

 いや、ないか。

 エジットの陣営、つまりヘンリー公爵は改革派の筆頭だ。対してトンタ属するココーン家は守旧派。長らく対峙している派閥なのである。細かな情報が行き渡っているとは考えにくい。

 となれば、トンタは「体調に異変があり意識のない状態で別れた、自分を慕っている少女」の現状を知らずにいるのかもしれない。

 そうなればミカゲツの奴への評価は「別れ際はあんなに心配そうにしていたのに手紙一つ寄越さない薄情者」に固定されてしまう。


「…キリカは、トンタさんから手紙とかもらってないんですか」

「もらってないよ」


 ランクは「薄情者」に固定された。


「多分トンタさんは忙しくしてるんだよ。会いたいなあ」

「…なあキリカ。なんで今更そんな興奮してんだ?お前、今まで何も言わなかっただろ」


 この話題を嫌ってかずっと無言を貫いていたヒソラが、口を挟む。

 確かに、キリカの性格からして「手紙が来ないんならこっちから出すんだよ!」とか言って行動に移しているはずだ。

 奴と出会った当初も、ミカゲツに恋愛相談を持ちかけてきた時も、ライラックの密会の時も、その後カヨウ達にバレて自身がコネ作りのために利用されていたと奴の口から明かされても「わたしはトンタさんが好きです」と言い切った彼女が、何もしていなかった。


 それは何故か。


「だって…忘れてたんだもん」

「はあ!?お、お前が!?」


 ヒソラが大袈裟にリアクションするが、内心ミカゲツもそれくらい驚いていた。

 キリカは、トンタのことが好きだ。それは既に兄弟全員が知っている。彼女があの男に熱を上げているのは、周知の事実というものだ。

 それなのに。


「しょ、しょうがないじゃん。色々あったんだから!」

「色々って、なんですか」

「だから…あったじゃん色々!アリナとレイシンお兄ちゃんがデートしたり、アリナが眠っちゃったり、カイロウお兄ちゃんが変わっちゃったりとか!」

「…カイロウ兄さんが…?」


 カイロウが変わった。

 その言葉に、ヒソラが首を傾げる。ミカゲツは顎に手を当て、「やらかした」と言わんばかりの妹の顔を眺めた。

 アリナが三日ほど眠っている間、レイシンが憔悴していたのは事実。カヨウが苛ついていたのも事実。

 カイロウについては、ほとんど顔を合わせていないので分からない。

 しかし、食事で同席する時には特におかしな気配は感じなかった。


「キリカ。貴女は、カイロウ兄さんの何が変わったと思うんですか?」

「…それは、その…趣向とか…」


 趣向?


「前はさ、ほら、純愛とか青春ものとか好きだったけど、今はSMもの好きみたいな…」

「なっ!?」

「ちょっと待ってください、それほんとですか!?カイロウ兄さんがよりによって緊縛好き!?」

「いや緊縛とまでは言ってないんだよ…」


 硬直するヒソラを横目に、視線を盛大に泳がせダラダラと汗を垂らすキリカにミカゲツは肩を掴んで問いかける。


「どっちですか、カイロウ兄さんはどっち側なんですか!?サド?マゾ!?」

「そ、そりゃ前の方なんだよ…」

「なんという…!僕はとうとうあの人の弱みを握ってしまったのか…」


 長かった。

 キリカの審美眼を持ってしてもカイロウからは「邪でない」「性欲がない」としか情報を得られなかった。だがここにきてまさかの大躍進。予想外にも程がある。


「カヨウ兄さんが胸部、僕が臀部、ヒソラが脚部、レイシン兄さんが足元ときていたのでてっきり顔のパーツか髪の毛かと思っていましたが…あの人は部位ではなく、方法にこだわりのある人だったんですねえ…」


 キリカを解放して遠い目になるミカゲツ。ヒソラが「ねえ、ちょっと大丈夫?これ知って俺達消されない?大丈夫?」としきりに肩を揺すってくる。


「平気ですよ。いざとなったら僕秘伝の…」

「あ、部位の話なら多分うなじだと思うんだよ」

「えっ」

「あっ!」


 また余計なことを言った、とばかりにキリカが口を両手で押さえる。


「頸…だと…!?」


 あの常に暗澹とした雰囲気で涼しい顔をしているカイロウの性癖が緊縛と頸。

 なんということだ。

 衝撃を受けるミカゲツに、「つーかなんでキリカはそんな詳しいんだよマジで」と半泣きになるヒソラ。心の波動から発せられる欲望…魔力と言い換えてもいいだろう…それを体質ゆえ読み取ってしまっているとは言い出せないキリカ。


 いずれにせよ、トンタの話題から完全に話が移ったので、少女は安心していた。

 アルンに向かう時は、あの人に会いに行こうと思った。人格が混ざった程度で彼に対する感情は変化しない。それを証明するのだ。

 一人頷いてキリカはひとまず、「もし性癖暴露したのがカイロウお兄ちゃんにバレたらカヨウお兄ちゃんになすりつけよう」と思った。

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