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7.雰囲気の魔法

 アリナにとっては気まずい朝食を終えて、アリナは与えられた部屋に引き込もっていた。

 キリカはいい子そうだし、実際よくしてくれるが、キリカ以外の人達に対して、アリナは明確な好意など抱けなかった。

 ヴァースアックは、悪魔だ。気に入らない者がいれば誰であろうと容赦なく殺す。

 それが、常識だった。

 今更、それを変えられるとも思えなかった。

 カヨウは、自分を助けてくれたし、あの怖い人の前で醜態を晒した時も庇ってくれたが、無理なものは無理だった。

 己は普通の人間なのだ。ヴァースアックに囲まれて生活するなど、命がいくつあっても足りない。

 早く逃げなければ。

 どこへ?


「うぅー...」


 アリナは膝に顔をうずめ、うなった。

 宛はある。姉、ミサのところだ。

 しかし旅立つ前に、ミサの行方を知らなくてはならない。

 行方を知る為には、誰かに聞かなくてはならない。

 キリカに聞いたとしても、あの正直な少女は、「アリナにこんなこと聞かれたよー」などと話してしまいそうだ。そうなれば、警戒までとはいかなくとも、目をかけられやすくなるかもしれない。

 全ては想像の域だが、慎重にならなければ今度こそ死ぬかもしれないのだ。

 何の計画も立てず逃げ出してしまえば、呆気なく捕まって殺される。アリナはその光景が容易に想像出来た。

 いや、待てよ。

 どのみち、ここにいてもいつかヘマをして殺されるのだ。ならば、賭けた方が良いのではないか?

 誰にも見つからずに、この土地を離れ、ミサを自力で探す。

 いくらヴァースアックといえども、人一人をこの広い世界から見つけるのは難しいだろう。

 ...いや、難しくない。だって事実己はここにいる。ヴァースアックに見つかっている。

 そもそもミサが頼んだとは何なのだ。何故ミサは己を、よりによってヴァースアックに頼んだのだ。アリナはほんの少しだけ、あの若干天然な姉を恨んだ。

 とはいえ、逃げ出すことはアリナの中で決まっていた。後はいつ逃げ出すか考えるだけだ。

 ...今日の夜。

 流石にこんな早く逃げ出すとは、彼らも思わないだろう。

 アリナは覚悟を決めた。





 アリナは部屋を出て、少しでもミサの情報を得られないか、屋敷を探索していた。

 時折使用人とすれ違い、会釈しあうことはあったが、キリカ他と会うことはなかった。

 それにしても、広い。迷子になってしまいそうだ。

 いや、嘘だ。既に迷子になってしまった。

 同じような配置に、特に目立つ置物などもなく、アリナは完全に自分の部屋への道が分からなくなっていた。

 大丈夫、使用人の皆さんに聞けばいいのだからーーー、などと先程まで考えていた自分を呪う。

 最初の頃は忙しく動いていた使用人の姿が、今や全く見当たらず、アリナは一人で途方にくれていた。

 しかし、所詮は屋敷だ。

 歩いていればそのうち見覚えのある場所に着くだろう。

 アリナは再び歩き出した。





「広過ぎじゃないのー!!」

 アリナは叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

 ヴァースアックの頭が暮らす家だ、狭い筈はないが、これはあまりにもひどかった。いくら歩いてもちっとも見覚えのある場所になどたどり着けなかった。階段を上っても、降りてもさっぱりどこだか分からず人の姿もない。

 時間も、最初の頃は朝だったのにすっかり昼を過ぎてしまっている。食堂に行けないせいで、昼食もとり損ねていた。

 やがて一階で、アリナは外に続く扉を見つけた。

 そうだ、外から改めて玄関に入ればいいのだ。ここは裏口なのか何なのかは知らないが、壁沿いに歩けば玄関も見つかる筈だ。

 玄関から、自分の部屋と食堂への道は把握している。

 勝った。

 アリナは確信し、その扉を開けて外に出た。

 違った。

 外は外だが、中庭への扉だった。

 何で中庭なんてお洒落なものがあるのだ。剣士のくせに!

 アリナはがっくりと膝をついた。


「どうしたんだ?大丈夫か?」


 柔らかな声に、アリナは顔を上げた。

 すぐそこに、真っ白なテーブルとイス、そこで紅茶をいれていたであろう青年がいた。

 その青年は例によって黒髪黒目であったが、カイロウやレイシンから感じられる威圧的といったものは微塵もなく穏やかであり、キリカを除けば一番親しみやすかった。

 しかしその青年の顔はカイロウやカヨウに少し似ていた。

 ああ、この青年も家族の一人なんだろうな、と思いながらも、アリナは立ち上がって青年に答えた。


「ええ、大丈夫よ。ただ、屋敷の中で迷ってしまったの」

「ああ、よくあることだな。俺も小さい頃は迷子になってばかりだった」


 青年は微笑を浮かべ、アリナにイスを勧めた。

 歩き回って正直くたくただったアリナは有り難くイスに座った。

 青年は慣れた手つきで新しい紅茶をいれ始める。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 紅茶を受け取り、礼を言ったアリナに、青年は静かに笑う。


「...あの、ところで」

「ん?」

「あなたの名前は?」


 青年の目が軽く見開かれた。

 何か嫌なことを言ってしまったかとアリナは慌てる。


「ごめんなさい、あたし...」

「いや、大丈夫、ちょっと吃驚しただけだから。名前か...そうだな」


 青年はしばらく考え込んだ後、ゆっくりと言った。


「...スイ」

「そう、よろしくね、スイ。あたしはアリナ」

「...ああ。そういえば、アリナ」

「何?」

「迷ったなら、大声でカヨウの名を叫ぶといい。屋敷の中ならすぐに来てくれる。ここは少し遠いから、中で叫ぶといい」

「え、そうなの?分かった、ありがとうスイ!」


 スイの助言に従い、再び中に戻るとアリナは息を吸い込み、カヨウの名を叫んだ。


「カーヨウー!!」


 この後確かに、すぐにカヨウは現れたが、アリナはやらかしたと青ざめた。どうもスイの柔らかい雰囲気にあてられ気が大きくなってしまっていたのだ。ヴァースアックの者を呼び出すなど、絶対に有り得ないことだった。

 しかしその後アリナは、無事に昼食にありつけたのだった。

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