67.停滞
カヨウに「アリナとレイシンは密接な関係にある」と勘違いされた。
元の世界ではミカゲツに「アリナとカヨウは仲が良い(意味深)」という誤解をされていたが、ヴァースアックの兄弟は兄が女の子と一緒にいると勘繰り深くなる習性でもあるのか。
このまま続けば今度はヒソラかレイシンに疑われる羽目になるのだろうか。
そんな馬鹿な。
意気消沈しつつも、アリナは現状を考える。
第一の目的は帰還することだ。そのためには悪魔の言う「条件」を達成する。その手がかりを探すために、カイロウ達には協力してもらっている。
カヨウは元々敵対していた人間だ。レイシンを半ば無理に引き入れたのは、彼を抑制するため。
最初から、防衛しようとはしてもカヨウを味方につけようなどと企んではいなかった。
だから、カヨウに何と思われようと、特に問題はない。
そう。
問題はないのだ。
気持ちが追いつかないだけで。
しかし、なってしまったものは仕方がない。
考えても変わらない。だから、気にしないことにする。
「とにかく、帰らなくちゃ」
思考をまとめたアリナは、呆然とするレイシンに頭を下げ、カイロウとミカゲツに向き直って「おかしなことになってしまってごめんなさい」と謝罪した。
「だぁから、おれの口からは何も言えねーんだっての!ヒント?ダメダメ、自分で考えろぃ!」
「それは言えない魔法にかかってるの?それとも自分の意思で言わないだけ?」
「どっちもだよ!…おれから情報引き出したいならスイちゃんでも連れてくるんだな!」
「…カイロウさんじゃ駄目?」
「馬鹿野郎!スイちゃんをそんな代用品と一緒にするんじゃねえ!」
カイロウの私室である。
悪魔とアリナに室内を騒がしく荒らされている部屋の主は、それでも穏やかな笑顔を崩さずに静かに見守っている。
カヨウとの仲が険悪になって数日が経つが、未だに解決への目星がついていない。
唯一正解を知っている悪魔から、少しでも糸口を見出せないかと押しかけたところだ。ちなみに本日の悪魔は当主トウセンの姿をしている。
悪魔との会合なので、ミカゲツは呼ばなかった。
「でも、本当に分からないのよ。領地の中には何も変なものは見つからなかったし、ミカゲツ達に聞き込みしてもらっても、誰も特別なことは知らなかった。手詰まりだわ」
「そんなんおれに関係ねえし。お前も一生ここで暮らすってのもいいんじゃねえの?ほら、懐かしくお話とかしてさ…」
「駄目よ。早く戻って、カイロウさんを探さないと…」
「―――カイロウが消えたから?」
「え?」
「あ…」
そういえば、それについては話していなかった。
悪魔は初日にアリナの記憶を読み取ったらしく、細かい状況を把握しているようだが、カイロウ本人には、現実の世界で自らが行方不明になっていることは、説明していなかったのだ。
「…俺がいないのか?」
「…ええ。街中で、急に消えてしまって」
「そうか。いい歳だろうに迷子になるなんて、面倒な奴だなあ」
「あはは…」
危機感の全くない発言に、思わず苦笑いを浮かべる。
しかし、実際問題、事態は「面倒」で表せられるものではない。
カイロウは、ヴァースアックの当主なのだ。
そして、カイロウが失踪し、悪魔が彼に変身してその場しのぎで誤魔化していることを知っているのは、アリナと、レイシンしかいないのだ。
ただ一人、問題を共有できていた人間と意思疎通が不可能になって、レイシンはどれほど焦燥しているだろうか。
あちらの世界の人々は、皆優しい。頼り甲斐もある。
だが、レイシンは彼らに頼らないだろう。悪魔の存在、嫡子にのみ伝えられる秘密を明かすことを、規律を重んじる彼が許さないのは容易に想像できる。
「…だから、早く帰って、力になりたいんです。あたしにできることは少ないけど、相談相手にはなれるから」
「ふーん、心配してんのね。お前レイシンちゃんのこと好きなんだ」
「ええ。良い人だもの」
頷いて答えると、悪魔は一瞬眉根を寄せて、「あっ」という顔をしてから、そっぽを向いて高音で喚き始めた。
「…やだわやだわ、これだから女ってやだわ!あんたそうやって弄んできたのね、これだから女は!」
「…はあ…」
どうでも良いがトウセンの大柄な姿で女性的な振る舞いをされると物凄く気持ち悪い。
一体何が逆鱗に触れたのか分からないが、悪魔の気分を害する何かがあったらしい。
首を捻るアリナをちらりと一瞥した後、悪魔は再び甲高く叫んだ。
「…だから女は嫌なのよ!等しく嫌よ女!」
「そ、そう…」
戸惑いゆえ気のない返事をすると、悪魔は「うぐぐ」と呻いて頭を抱え丸くなってしまった。
情緒不安定なのだろうか。
「…そういえば、アリナ。今度、父さんと俺と、何人かで出張に行くから、その間は探索を手伝えない。ごめんな。レイシンやミカゲツと仲良くして、守ってもらっていてくれ」
「そうなんですか?出張って…」
どこに行くんですか、と言いかけて、アリナは口をつぐんだ。
ヴァースアックが出張。となれば、それは戦場に他ならないだろう。
そんなアリナの顔色を読んだのか、カイロウは緩く笑って首を振った。
「いや、戦争ではないよ。それだったら俺を連れて行く意味がない」
「え?じゃあどこに…」
「行き先は知らされていない。ただ、珍しく父さんが俺を同行させるんだから…修行か何かかな」
大丈夫なのだろうか。
トウセンは、カイロウを嫌っている。レイシンを後継にして次期当主に据え、カイロウは出先にて始末するつもりなのでは…。
同じような考えに至ったのか、悪魔が身を起こして「…あんま無茶すんなよ」と低く呟いた。
「しないさ。俺は戦えないからな」
柔らかく微笑んで、カイロウは「無事に帰ってくるから」と確固に約束した。




