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65.味方を増やそう

 屋敷に住むこととなったアリナに与えられたのは、物置と見紛うような小部屋だった。

 カイロウの客人としての身分か、一応なりとも当主トウセンに滞在を認められたからか、使用人はアリナを物理的に害することはなかったが、あからさまな敵意を隠そうとしなかった。


 本来の世界で、家具の完備された一室をアリナに提供し、親切に世話してくれた彼らは一体どこに行ってしまったのか。

 そう思いかけて、アリナはぶんぶんと頭を振る。


 この世界の彼らは、自分の知る人達とは別人だ。

 加えて、そもそも、本来の世界で親しくなったシキを始めとする使用人の姿が、ここでは見受けられないのだ。

 元の場所では、使用人の長を務めているのはイラという中年の女性だった。その彼女の姿も、未だにアリナは捉えられていない。


 というのも、記憶と比べて明らかに、使用人の数が多い。人気のなかった廊下でも、ここでは往来が盛んなのだ。

 そのせいか、常に物々しい雰囲気が漂い、すわ戦かと焦ってしまうような光景が多々あった。

 このぴりぴりした空気に慣れるより前に元の世界に戻りたいと、そう思う。


 日の沈んで薄暮。トウセンに許可を得て、部屋を割り当てられてから、アリナはカイロウと共にミカゲツを見舞った。

 少年は意識を取り戻しており、自室に戻っても良い状態に回復していた。

 医師がアリナを不快そうに見ていたのもあって、彼らは連れ立って医務室を出て、カイロウの部屋で会合を開くことにした。


 ガーゼを顔に貼ったミカゲツは、相対するアリナを眉をひそめてじっと見つめ、口火を切った。


「…それで、結局あんたとカイロウ兄さんはどういう関係なんだ」

「まず、謝らせて。あたしの都合に巻き込んで、そんな怪我までさせてしまってごめんなさい。あなたに、カヨウがそんなことするって予測できなくて…」

「…別に、あんたが気にすることじゃない。あいつはいつもそうだ。横暴で傲慢で、気に食わなければ誰だろうとすぐ手を出す。そういう奴なんだよ」

「…そうなのね」


 悪魔によれば、この世界は、領地における悪魔の過去の記憶を再現したものだという。

 だが、事実を紡ぐ記録と違って、主観の入る記憶はいくらでもねじ曲がるものだ。

 悪魔は、記憶の補正で自身が「美化されているかも」と言った。

 裏を返すとあの悪魔が、何らかの理由で過去のカヨウを嫌な人間として記憶していたなら、この世界で誇張の表現がされているということで辻褄は合う。

 どちらにせよ、実際のカヨウが弟に暴力を振るう人間だったと確定されたわけではないだろう。


「…改めて。あたしの名前はアリナ。あたしは、訳あってここに飛ばされてきたの。あたしには魔法がかかっていて、詳しい事情は話せないし、この地からも出られない。それをどうにかして元の場所に戻るために、旧友のカイロウさんに協力してもらうことにしたの」


 悪魔の存在を、ミカゲツに明かすわけにはいかない。掟だから、とカイロウに頼まれてしまえば、アリナが拒否できるはずもなかった。

 故に、相当ぼかした説明になる。


 ミカゲツは案の定、不審げな面差しになり、自分達の中間に鎮座するカイロウに視線を向けた。


「旧友って。兄さんいつどこでこの人と知り合ったんだ」

「ああ、その。実は結構昔だから俺もおぼろげで…でも、彼女は悪人じゃない。それだけは確かだ」

「そりゃ兄さんから見たら世の中全員善人だろう」


 だから、助けてあげたいんだ。と柔らかに語るカイロウを、ミカゲツは半眼で眺めていたが、やがてため息を吐く。


「…まあ、別に、敵対する理由もないし。父さんにも許されたっていうなら僕が反抗しても意味ないし。ただ僕はあんたに、率先して力を貸すつもりはない。勝手にやってくれ」

「ありがとう、ミカゲツさん」

「…礼を言われるようなことは…それに、あんたの方が年上だろ。敬称はいらない」

「あ、そ、そうね」


 目の前にいるミカゲツは、アリナより三つ年下だ。本来なら彼は十九歳の青年で、アリナも彼には常に敬語を使って接してきた。

 「ミカゲツ」といえば無意識に「さん」と続けたくなってしまうが、別人と割り切る意味でも、少年の言う通りにした方が良いだろう。


「ありがとう、ミカゲツ」

「…どういたしまして」


 発言が止み、奇妙な生温かい空気が流れかけて(主に微笑ましそうに見守るカイロウのせいだが)ミカゲツは強引に咳払いで断ち切った。


「それで。あんたらこれからどうするつもりなんだ」

「力を貸さないって言っておきながらちゃんと計画を聞いてくれるあたり、やっぱり内心では協力しようって思っているんだろ?ミカゲツは本当に、優しい子だなあ」

「ちょっと黙っててカイロウ兄さん」


 ひと睨みで兄を黙らせ、再びミカゲツは仏頂面で話題を軌道修正していく。


「あんたがその魔法とやらを解いて、この領地から出て故郷に帰るのが最終目的なんだな?」

「…ええ。そうね」


 実際には帰り場所もヴァースアックの領地には違いないのだが、大概は合っているのでアリナは素直に肯定した。


 現実の世界では今頃、皆どうしているだろうか。

 街で買い物デートの道中、カイロウが行方不明になって。悪魔がカイロウに成り済まして一時をしのいでいたものの、その悪魔がアリナに危害を加えた今、残された皆が無事でいるか、不安しかない。


 カイロウを探すため、アリナと協力して動こうとしていたレイシンは。何も知らないカヨウは、ミカゲツは、ヒソラは。この世界では影も形もないキリカは。

 元気で、いるだろうか。


 密かに肩を落とすアリナをよそに、ミカゲツは細い顎に手を当て、じっと考え込む。


「魔法といえば魔族だろうが、彼らはかつて偏屈王リュカに倒されて、生き残りがいるとも思えない。あんた、誰に魔法をかけられたのかも分からないのか?」

「…いいえ、あたしは分かるわ。ただ、他の人に話せないだけで」

「ああ、なるほど。でもあんたはここから出られないから、そいつを追いかけて調べることもできないと。そいつの特徴は?それも伝えられないのか」

「…ええ」

「厄介だな」

「特徴を聞いて自分で調べに行こうと思ったのか?ミカゲツは本当に」

「だから兄さんは黙ってて」


 ギッ、と睨み付けて、ミカゲツは再三脱線しかける会議を保持する。

 拒絶されても和やかに傍観するカイロウに苦笑しつつ、アリナは考える。


 元の世界に戻る方法。

 悪魔曰く。それには、ある条件を満たす必要がある。

 その条件を設定したのは、アリナに魔法をかけた「現実の世界にいる悪魔」本人。

 この世界の悪魔には、その条件の検討はついているという。だが、他の誰かがその正解を導き出さない限り、彼は喋れない。そういう制限がある。


 ヒントも何もない。その条件が、アリナ自身の行動に関係するものなのか、それともこの地にいる誰かに委ねられているものなのか、それすらも定かではない。


 いや。

 本当に、手がかりはないのか?


 あの時、アリナに魔法をかける瞬間、影は―――悪魔はなんと言っていた?


「それはそれとして、ミカゲツ。カヨウのことなんだが」


 出し抜けにカイロウが口を開いた。思考に没頭していたミカゲツが切れ長の瞳を瞬く。


「カヨウは、アリナを気に入っている」

「…そうみたいだね」

「でもカヨウは俺の言うことを聞かない。ミカゲツも、立ち向かって今日みたいに痛い思いはしたくないだろう?」

「…そうだけど、じゃあどうするっていうんだ。あいつは、この人を放っておかないだろ。ただでさえ一つ屋根の下なのに」

「そこでだ」


 にっこりと、カイロウが笑った。指を立て、我ながら素晴らしいアイディア、とでも言いたげなテンションで、


「レイシンに頼んでみよう」


 今にも実行しようと動き出しそうな兄の前で、ミカゲツは、


「……」


 とても微妙そうな顔をした。


「…確かにあの人ならカヨウを止められるけど。でも、あの人…協力はしてくれないと思うけど」

「大丈夫だ。レイシンは良い子だから、きっと俺達の味方になってくれる」

「だから、カイロウ兄さんからすれば、皆等しく良い子じゃないか」


 言い争う(というよりミカゲツが一方的に噛み付いている状況だが)兄弟に、アリナは恐る恐る口を挟んだ。


「レイシンさんに頼むの、やっぱり難しいわよね…?」

「まあ…そもそも、あんたがここにいること自体、あの人は快く思ってないだろうし。カヨウが連れてきた女が我が物顔でうちに居座るなんて許せん、とか思ってそう」

「そ、そうよね…」


 アリナもそれは思っていた。

 カヨウと口論になった時、レイシンははっきり「どこの馬の骨とも知れぬ女を家に連れ込むな」「女を神聖な生家に持ち込むなど許し難い」と告げていたし、その後トウセンと共に再会した際も、何故女がカイロウと一緒にいるのかと驚愕していた。

 全体的に、レイシンからは好感触が得られていない。


「…ただ…でも、カヨウとかに比べたら、まともだから。あの人、真面目なだけだし、根気強く説得すれば、絆されるかも」

「え?」

「そうだ。だから、レイシンに頼もう、そうしよう。行こうアリナ、ミカゲツ」


 導き出された結論にアリナがきょとんとする中、弟の同意をもらえて嬉しかったのか、カイロウが柔和な顔を喜色に染めて、立ち上がった。

 やれやれ、といった風体でミカゲツも腰を上げる。

 慌てて二人に続き、アリナと兄弟はレイシンの部屋へと突撃した。




「何なんですか、何で兄上だけじゃなく、ミカゲツまでいるんだ。その女はそんなに、重要人物なんですか?」


 押し掛けられたレイシンは、形の良い眉を逆立て、兄弟のやや後ろに佇むアリナを睨め付ける。


 相変わらず物が少なくきちんと整頓された部屋で、直前まで勉強でもしていたのか、机の上には書物とペンが置かれている。「偉いなあ」とカイロウが褒めれば、彼はピッと背筋を伸ばして「ありがとうございます」と礼をした。

 その様子をミカゲツが生温い目で見つめている。


「お願いがあって来たんだ。レイシン、聞いてくれないか」

「…兄上の望みでしたら聞きはしますが。とはいえ聞くだけです。了承するかは約束できません」


 カイロウは頷くと、懇々と説明を始めた。


 アリナは訳あってこの領地に滞在すること。それは彼女の意思に関係ない、強制された行為であり、彼女は連れてこられた被害者であること。

 解放のため方法を探らねばならないが、カヨウが彼女をいたく気に入り、この先も彼女の身柄を狙ってくるだろうこと。

 それをレイシンに注意し、止めてもらいたいこと。


 途中から腕を組んで眉根を寄せ、終わりまでじっと静聴していたレイシンは、ぽつりと呟いた。


「納得いきませんね」

「え」

「自分の身は自分で守るべきだ。情け深い兄上はともかく、ミカゲツは重々分かっているはずだろう」


 鋭利な視線を真正面から浴びせられ、ミカゲツは目を逸らして答えた。


「…だってこの人、ヴァースアックじゃないし。女の子一人でカヨウに太刀打ちするとか、そんなの難しいでしょ」

「カヨウ兄さんと呼べ、無礼者」

「…すみません」


 俯いたミカゲツが、やっちまった、という顔をしているのがアリナの位置からチラリと見えた。

 レイシンは気づかず、説教を継続する。


「そもそもお前、屋敷の前でカヨウに戦いを挑んだと聞いたぞ。決闘する場合は訓練所か、そうでなくとも審判のいる正当な場で行うべきだ。殺し合いじゃあるまいし。それにカヨウに敗北したのだろう。何故負けたのか、自分で把握しているのか?毎回きちんと反省しなければ向上には繋がらないぞ」

「はい…はい…すみません…」


 めんどくせええええ!

 神妙な声とは裏腹に、ミカゲツの伏せられた表情は雄弁に煩わしさを語っていた。


「レイシン、もうそこらへんで勘弁してやってくれ。それに、俺との話がまだ途中だ」

「は!申し訳ありません、兄上。つい…」


 体勢をカイロウに向け直し、レイシンは真剣な面持ちで兄に対峙した。


「私は賛成しかねます。この女がどれだけの事情を抱えていようと、得体の知れないことに変わりはありません。それにカヨウとて、女子に乱暴はしないでしょう。せいぜい愛玩する程度で。この敷地内で行われると思うと不快ではありますが」


 それが問題なのだとアリナは叫びたくなったが、レイシンは切々と「ついでにカヨウに監視させておいた方が都合が良いのではありませんか?この女がいつ兄上の寝首を掻くか、知れたものではないでしょう」と言い募った。


 うーん、とカイロウが困った顔で首を捻る。

 ミカゲツがそれを見て、これは駄目そうだとアリナを一瞥する。

 そして、アリナは。


「…あたしが信用ならないっていうなら、カヨウ…さんじゃなくて、あなたが監視すればいいじゃないですか」

「な、何だと?」

「それとも、あたしを近くに置きたくない理由でもあるんですか?」

「ふ、ふざけるな!何故私が貴様のような女に時間と意識を割かなくてはならんのだ。居候の分際で!」

「恩はいつか返します。きっと、レイシンさんに、返しますから」

「お、恩返しとかそんな話はしていない!その…そう、利益がないと言っている!私がお前を監視して私に何の利がある!」

「あなた、あたしのこと怪しいって言ったじゃないですか。それに恩返しは立派な利益でしょ」


 弁に白熱し思わず、アリナはカイロウとミカゲツの間を通ってレイシンとの距離を詰める。すると、彼は「ギャッ」と短く叫び、カイロウの背後に逃げ込んだ。


「ん?」

「え」

「ちょっ…どうしたんですか?」

「ひ、む、無理だ」

「はい?」

「ああ、レイシン、さては恥ずかしいんだな?」


 優しく笑って、カイロウが隠れる弟の肩に手を置いた。


「同年代で、戦わない女の子と仲良くなったことないからなあ。一緒に住むのだってドキドキするのに監視の役目なんてものも加わったら、いっぱいいっぱいになってしまう。一定以上近寄られると、尻込みしてしまう。そういうことだろう?」

「あ、兄上…」

「へー。レイシン兄さんアリナをそういう目で見てたんだへー」

「ぃ、ミカゲツゥ!戯言を抜かすなアホそんなこと」

「アリナガード」

「ヒィッ」


 弟がぐい、とアリナを押し出すと、身を乗り出して怒鳴りつけていた少年は悲鳴を上げて、カイロウの後ろに引っ込む。

 何がアリナガードよ、と呆れつつも、レイシンが端正な顔を歪め怯えるという物珍しい光景にアリナは瞠目する。


「み、認めないからな!私は何をされようとぜっ」

「レイシンさん」

「な、何だ!」

「あたしを放っておくように、カヨウに言ってください」

「何だとふざけるな!」

「さもないと、毎日付き纏います。デートもします。婚約もします」

「き、貴様私を脅す気か!?次期ヴァースアック当主たるこの私に向かって…!」

「嫌ですか」

「うわあああこっち来るな!」


 赤髪の少女に追いかけ回され、時に腕を掴まれて「ヒイイなんか良い匂いする!」とパニックに陥りながら、レイシンはついにその首を縦に振った。


「わ、分かった!従うからもう止めろ!心臓おかしくなる」


 白旗を掲げ崩れ落ちた少年を解き放ち、汗を拭ってアリナは観客二名に大きく頷いてみせた。

 カイロウは眉を下げて静かに笑い、ミカゲツは真顔で親指を立てる。


 こうして、アリナは強力な味方を手に入れた。

こっちの世界


カイロウ 18歳。長男。ろくでなし

髪:真っ黒

目:髪と同じ色


レイシン 16歳。次男。次期当主

髪:紫がかった黒。男のチャラアレンジ撲滅派

目:黒。綺麗なのに睨んでくるから怖い


カヨウ  15歳。三男。ろくでなし

髪:真っ黒。最近毛先を遊ばせることを覚えた

目:黒。大きい


ミカゲツ 12歳。四男。割とノリが良い

髪:淡い茶色がかった黒。ややくせ毛

目:黒。まだ自分が美形だと気づいていない


ヒソラ  9歳。五男。人見知り

髪:青みがかった黒。サラサラ

目:黒。つぶらで潤んでいる


(キリカ) 8歳。未登場



アリナ  15歳。トリッパー

髪:深紅。長い。緩いウェーブ

目:緑。宝石みたい

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