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54.買い物組

「どうこれ、年頃の娘が好きそうな柄だと思わねえ?即決なだけじゃなくセンスもいいとかオレってばほんと男前!」

「…俺が決めるの遅いのは自覚してるから黙っててよカヨウ兄さん。今真剣に悩んでるんだから」

「つってもお前ずっと制止したままじゃねえかよ。このペースじゃ日が暮れちまうぜ」


 雑貨屋の中でこそこそと会話している二人は、長いことそのスペースを占拠している。

 片方はとっくに購入する物を決めて相方が決断するまで店内をうろうろしていたが、巡回も流石に飽きたのか、迷い続ける相方にちょっかいをかけ始めている。

 方や少年の方は白いハンカチと青いカチューシャを両手に比べ、穴が開くほどじっと見つめて固まった状態で一歩も動かない。


 無論、店内には二人の他にも客がある。多くが若い女性だ。

 が、その二人の近くには誰も立ち寄ろうとはしない。

 その姿には妙な圧迫感があった。

 故に、隅の店員の娘は二人をどうにか追い出そうと先ほどからタイミングを伺っているものの、彼らの気迫に押されて行動できないのだった。

 この調子では、いつまで経っても解決しない。

 遠目から悟った店長は、自ら動くことを選択した。


「お客様、何かお探しですか?」

「ああ、いや大丈夫、こいつが決めれば終わることだから。おら早くしろよヒソラ」

「分かってるってば!」


 少年が半ば泣きそうになっていたので、店長はそれ以上彼に声をかけるのをやめた。

 その代わり、この大柄な男だけでもどかそうと呼びかけを続行する。


「どなたかへの贈り物ですか?」

「そうなんだよ、下手やって機嫌損ねちまったから何とか許してもらおーってんで。いやあ、女の扱いって難しいよなあ!」

「何経験豊富みたいに語ってんのさ」

「黙らっしゃい、お前はとっとと決めるんだよ!」


 すかさず口を挟んできた少年にピシッと指を突きつけ男が喚く。

 お待ちの間に包装いたしましょうか、と尋ねれば、おっ、助かる!とくしゃりと笑う。

 気安い男だった。気を抜けば無意識にこちらも丁寧語を崩して会話しそうになってしまう。

 とりあえず男を会計まで誘いその場から引き離すのには成功して、改めて店長は不思議な二人組だ、と思った。


 男は背が高く、おそらく鍛えられていて、黒髪で、黒目で、剣も持っていて、その特徴だけを挙げれば、かの悪魔、ヴァースアックと同じであるというのに、彼からは全く危険が感じ取れなかった。

 初めに容姿を目にした時は怖い人かと若干ビビリもしたが、今では慣れてそれも失せている。


 あちらで悩んでいる少年もまた黒髪黒目で帯剣しているが、恐れはない。

 端正な顔立ちをした少年であり、それだけなら近付き難い印象も受けるが、何故か恐怖の対象ではなかった。女子用の可愛らしい模様の入った品を手に真面目な面持ちで苦悩しているからだろうか。


 もっとも、ヴァースアックがこんなところで呑気に買い物なんてするはずがないのだが。


 店長が安らかな気分で物品を包んでいるその後ろで、男はふと窓から覗き見える外に視線をやった。


「…殺気?誰だ。こんなとこで」


 ぽつりと呟き、眉を寄せる。

 誰が発したものか特定するべく、もっと近くに行こうと踏み出したところで、盛大に背を叩かれた。


「いって、おい!?何だお前」

「別に」


 長考の末に選んだ品を持った少年は素っ気なく答えると、店員の娘に自分も男と同じようにしてくれと整った顔で声をかけ、相手が頬を赤らめているのに気づくと優しく微笑んで更に上気させていた。

 男はそれらのやり取りを半眼で眺めた後、包装を待つ少年の肩にどっしりと手をかけた。


「当て付けか、おい。決断力イケメンなオレへの嫉妬か」

「うるさいな、生まれ持ったものなんだから仕方ないでしょ」

「それはどっちの意味だ、お前の顔か、優柔不断さか、それともオレの速決力か」

「全部だよ」


 二人の奇妙な客は互いに顔も合わさず応酬をしながら、会計を済ませてようやく店を出て行った。

 店長は店員達と顔を見合わせほっと息を吐きつつ、長時間居座りさえしなければいいのになあ、と密かに遠ざかっていく彼らの背中を目で追っていた。




 カヨウとヒソラの二人は、事前にミカゲツよりデートの道順を教えられていた。

 入念なミカゲツによって大体の時間配分も伝えられており、それに従えばまず問題は起きない。


 領地を出て、ニラに着いたら、最初にファッションショーで害したアリナとキリカの機嫌を治すためのプレゼントを買いに行く。

 それが終わり次第、ミカゲツとキリカの二人に合流し、共にレイシンとアリナの道中を見守る。

 その予定だった。


「まだお昼時だから、レイシン兄さん達もご飯食べてる途中かな」

「そしたら飯屋でミカゲツ達とも会えるだろうな。兄さんとアリナに気付かれないようにしねえと…」


 荷物を小脇に抱えのんびりと街中を歩いていると、突然カヨウは立ち止まった。

 ヒソラは何だと兄の顔を見上げ、それがかなり強張っていたため驚いて尋ねる。


「カヨウ兄さん、どうしたの」

「…いや…なあ、ここにいるのって、オレとお前、ミカゲツとキリカ、んでレイシン兄さんとアリナだけだよな?」

「何?身内でってこと?そりゃそうでしょ。他に誰がいるのさ」

「…そうだよな」


 そうだ。他に誰もいるはずがない。

 ヴァースアックの主の一家がほとんどいなくなるということで当家以外の者は皆気を遣って万一に備え領地に滞在してくれているし、ここにいるのは自分達だけだ。

 だから、間違いだ。

 先刻に感じた殺気が、領地に君臨する兄のそれに酷く似通っていたなどと。

 ここにいるはずがない。

 あの男が屋敷を空けるなど、あり得るわけがないのだ。

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