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53.尾行組

 何かがおかしい、と茶髪の青年は思った。

 街はいつも通り、行き交う人間の顔などいちいち覚えていられないくらいに密度が高く、賑わいに満ちている。

 が、何か嫌な予感がする。

 妙な気配を、異様な雰囲気を感じるのだ。


「…ガリに連絡するか…?」


 よくこの街の路地裏でたむろしている不良の頭の名前を呟いた時、青年の背筋に寒気が走った。

 往来の真ん中からすぐさま路傍の壁に張り付き、辺りを見回す。

 怪しい人間は見当たらない。どいつもこいつも平和そうな顔をして元気に歩き去っていく。


(…考えすぎか?)


 一瞬そう思って、否、と青年は首を振った。

 自分の勘には今まで何度も助けられてきた。命を拾ったことさえある。

 やはり、何かが起きているのだ。自分のあずかり知らぬところで、何かが。


「…こりゃあ大変なことになりそうだ」


 足の震えを無視して無理やり笑みを浮かべた時、

 彼の肩にぽんと手が置かれた。

 悲鳴を堪えて、勢いよくそちらを向く。


 そこには、怪しい黒服を身につけ、それとお揃いの黒い眼鏡をかけた小柄な銀髪の少女と、旅人風の帽子を深く被ったにこやかな顔つきのイケメンが待機していた。

 肩を叩いたのは、イケメンの方だった。

 少女は両手を上げて不思議なポーズを決めているし、イケメンは帯剣してはいるが、温和な気配を漂わせている。

 害はなさそうだ。多分。


「…えーっと、何か用?お兄さん」

「すみません。道を教えてもらえませんか」


 迷子か、と悟って青年はイケメンと少女に対して明るく笑って頷く。


「いいよ、オレほどこの街に詳しい奴はいないからね!数ある中からオレを選んだお兄さんはラッキーだったよ!」

「ふふん、選んだのはミカ…じゃない、お兄…でもなくて、えっと!助けてもらおうって提案したのは愛しのダーリンじゃなくて私の方だからね!褒めるなら私にしてほしいんだよ!」

「あはは、ハニーは本当にうっかりさんだなあ」


 微笑んだ後、何やらイケメンは少女の耳に口を近づけた。


『ちょっと、設定忘れないでくださいよ。僕に匹敵する演技力を誇るキリカともあろう者が、素を晒すなんて珍しいですね』

『うっ、だって気になって集中できないんだもん!アリナとレイシンお兄ちゃん、大丈夫かなあ』

『ええ、だから早く案内してもらいましょう。さ、演技を忘れずに』


 打ち合わせを終えたのか、二人はどちらもとびきりの笑顔で青年を見つめてきた。


「すみません、お待たせしました。それで、百貨店はどちらか、教えてもらってもいいですか?」

「この後、ダーリンとデートの予定なのよ。綺麗な首飾りを買ってもらうの。ねえダーリン、私には何色が似合うかしら?」

「ふふ、そうだな、ハニーにはやっぱり青かなあ。早くハニーにプレゼントしたいよ…二人の愛を象徴するような宝石をね」

「やだあ、ダーリンったらあ!」


 一瞬にして空気が変わった。人目も気にせずじゃれあっている様は、人によってはあるいは鬱陶しいかもしれないが、イケメンはともかく少女の方が甘い雰囲気に酷くそぐわない格好をしているので、ちぐはぐな印象を受ける。

 ラッキーと言われて得意げな様子から一転、ペタペタとイケメンにしなだれかかる少女の変わり身の早さも、どうも突飛だ。

 そう、違和感があるのだ。

 

(オレが感じ取ったのはこの二人か…?)


 青年は少し考えて、それから誰にも気づかれない程度に首を振った。

 この二人からは敵意を感じない。先ほど自分に迫ったのは…紛れもなく、殺意の類だった。


 しかし、今はそれを追求している時間もない。

 青年にとって、ニラを訪れる観光客の道案内をすることは日課に等しかった。

 頼られたのなら答えねばなるまい。


「お熱いねえ、羨ましい!よし、オレについてきな!裏道を使ってすぐ到着させてやるよ!」

「ありがとうございます」

「うふふ、親切な人で良かったわねダーリン!」

「ああ、彼を選んだハニーのおかげさ!」


 相変わらず仲良さそうに互いに称え合う二人を先導しながら、青年は目的地に向けて歩き出した。




 数刻前。デート当日の早朝にて。

 キリカとミカゲツは、珍しく口論になった。

 ちゃんと綺麗な服を着てどこから見ても平凡なカップル路線でいった方が良いと主張するミカゲツと、

 尾行なんだから黒服以外はありえない、不揃いな点は演技力でカバーしてみせると豪語するキリカ。


「そもそも変装するのはレイシン兄さん達にバレないようにするためなんですよ。キリカはその黒服、きょうだいの前で何回か着てるでしょう。それは変装じゃないですよ、仮装です」


 となだめるミカゲツ。

 

「絶対大丈夫だよ!これじゃないと気分乗らないし!アリナ達にあんまり近づかなきゃいいんだよ!あの街はどこも人がいっぱいいるんだから紛れてバレないよ!」


 と譲らないキリカ。


 結局はキリカの勢いに押し切られ、彼女はわくわくした表情で怪しげな黒服を身につけていった。


 まあ、キリカならどんな服でも演じてくれるか、とミカゲツは妥協した。

 しかし、実際は、ハプニングの連続だった。


 レイシンとアリナに続いて、カヨウ、ヒソラと共にそっと領地を出たまではいい。

 ニラについて、買い物にいくカヨウ達と別れ、さあ、最初のデートスポットに向かうレイシン達を追いかけよう、と身を乗り出した時。

 ミカゲツは声をかけられたのだ。

 言うまでもなく、女の子に。

 恋人役のキリカはその背の低さから傍目からは妹としか判断されず、盾にはならなかった。

 普段なら大歓迎だが、今は任務中。遊ぶわけにもいかない。

 どうにか演技してデート中と分かって諦めてもらえたものの、娘は続々とやってくる。

 いっそのこと頭だけでなく顔全部隠してしまおうか、仮面をつけようかと考えるくらいには、ミカゲツは疲弊していた。

 キリカの方も妙に精彩を欠き、役を忘れて話してしまうことが度々あった。


 そんなこんなで、ミカゲツとキリカはレイシンとアリナを見失ってしまったのである。

 とはいえ、レイシン達がどこにいくかは把握している。

 何といっても、プランを立ち上げたのはミカゲツだ。

 先回りにはなるかもしれないが、百貨店で二人を待ち構え、発見のち追跡すれば、問題は解消される。


 自分の計画は順調だ。

 ミカゲツはそう思っていた。


 レイシンとアリナが現在どこで何をしているかなど、彼は知るよしもなかったのである。

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