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52.デート前日

「ほんっとカヨウお兄ちゃん達ってゲスだよね!ちょっと露出が多いだけでワーワー騒いでさ、あーもーやってらんない!そんなところを見てほしいんじゃないのに!」


 ファッションショーが終わり、ミカゲツになだめられて多少機嫌が治ったものの、未だにキリカは男性陣への不満を募らせていた。

 彼女が怒っているのは、女性陣が一生懸命に選定し、新しくサイズを手直しした服を褒めたり、装飾と同系色のアリナの化粧や、服に合わせたヘアスタイルに反応するのではなく、全く趣旨とは関係ないところで男達が盛り上がったことに対してもそうだが、それだけではない。


 せっかくアリナがきょうだいだけでない、ヴァースアックの領地に住む人々やアルンからの調査隊の前に立って披露したのに、彼らはまるでそれが誰のものであっても構わないような視線で彼女の肢体を眺めていた。

 つまり、自分がそんな目で見られたことにショックを受けているのではないか、それでも言い出した本人であるがゆえにそれを吐露できないだろう自分の代わりに、彼女は怒ってくれているのだ。


 アリナはそう悟って、ソファに寝転んで頬を膨らませるキリカに微笑みかけた。


「ありがとう、キリカ。でも、当のレイシンさんが純粋に楽しんでくれたから、それでいいのよ」

「むう、そうかもしれないけど…」


 レイシンお兄ちゃんとミカゲツお兄ちゃんがいなかったら張り倒してたよ、とキリカはため息を吐き、一度身を起こして、隣に座るアリナの肩に体をもたれさせた。


「でもわたしは、アリナのお披露目に参加できて本当に楽しかったよ。アリナ、とっても綺麗だった。お姫様みたいだったし、お嬢様みたいだったし、戦士みたいだった」

「それなら良かった。キリカのショーも、今度やってみたいわね」

「いいね、やろう!多分わたしだとお兄ちゃん達は盛り上がらないだろうけど、あんな人達どうでもいいもん!」


 キリカの拗ねたような言い方にくすりと笑い、アリナはキリカのサラサラした銀髪に指を這わせた。

 髪を梳く感触にキリカは青い目を嬉しそうに細め、アリナの緑色の目を見つめる。アリナもまた、彼女に優しく笑い返した。


 そしてそれを居間の中央で展開されているカヨウ達は、目の前の光景に戦々恐々とした面持ちで輪を作り話し合った。


「な、何だ、何であいつらあんないちゃついてんだ!?」

「そりゃ根に持っているからですよ。カヨウ兄さん達がアホだったから」


 ミカゲツの容赦ない返事にカヨウは頭を抱え、「だってしょうがねえじゃん。あれで興奮するなって言う方がおかしいぜ」と泣き言をこぼす。

 その頭をスパァン!とはたき、苦々しい顔でレイシンは、


「もしこのせいで上手くいかなかったらお前のせいだぞ」

「そんなー!」


 レイシンにとってはこの後に控えるアリナとのデートが重要であり、それをカヨウ達がめちゃくちゃにしたならば、相応の処置を取るのも止むを得ない、と考えていた。すなわち、仕置きである。

 それを分かっているカヨウは平謝りするしかない。

 カヨウと同じく大盛り上がりしていたもう一人のきょうだい、ヒソラはというと、キリカの心証がそこまで悪いとは予測しておらず、半ば泣きそうになっている。

 だって仕方がないじゃないか。魅力的な脚だったんだもの。


「ヒソラ、オレ達は外に住むヴァースアックとは違って、あいつらと共同生活してる。このままだときついぞ」

「そんなの分かってるよ…」

「だから、レイシン兄さんとアリナがデートしてる間に、オレ達も何か買おう」


 プレゼント作戦。

 単純な発想だが、自分のために一生懸命選んでくれた贈り物を受け取って、嬉しくない女子はいまい。


「流石のアイディアですね。アリナ達が一生懸命選んだ服を無視してプロポーションにばかり声援を送っていたカヨウ兄さんというだけのことはある」

「やめろよお前、それ以上追い詰めてくんな…」


 流れ弾を食らって弟が死にそうな顔になったのでそれくらいにしておいて、ミカゲツは取り成すように宣言した。


「では、レイシン兄さんとアリナのデートを成功させるため、第十一回の兄弟会議を始めます」


 ちなみに、アリナに聞こえないようにするためこれまでの会話は全て小声である。




「というわけで明日の日中はカイロウ兄さん以外のきょうだいはこの家にいませんが、大丈夫ですか?」

「問題はない」


 予想通りの答えに、ミカゲツは軽く頷く。

 レイシンとアリナはデートに。ミカゲツとキリカはそのお目付役に。共に尾行する予定だったカヨウとヒソラは妹達の機嫌を治すため買い物に。

 アリナとキリカの気分を害するというハプニングはあったものの、計画はまだ順調である。

 ミカゲツにはそれなりの自信があった。が、慢心は最大の敵。

 最善の未来に行き着くため、彼は頭を動かし続ける。

 それだから、その変化を察することもなかった。


「では、よろしくお願いします」


 カイロウは鷹揚に首を縦に振り、速やかに退室していくミカゲツを見送った。


「バーーーカ!」


 突然の罵倒にも、カイロウは眉をピクリと動かすだけ…ではなかった。

 どこか気まずそうに彼は視線を泳がせ、何もない空中から姿を現した男から顔を背ける。


「自分もついていきたいならはっきり言えよ、幼児か!相手が察して誘ってくれるの待ってんじゃねえぞ、恋人にしたら面倒臭い女か!」

「でも俺がそんなこと言っても困らせるだけだから…」

「はーー、出た出た。嫌いだわーそれ。やる前からビビってんじゃねえよ臆病者」


 変身男こと悪魔は、黒髪を揺らしながら執務室の中をぐるぐる回る。今の悪魔の姿はカイロウに少し似た、黒髪に黒目の背の高い男性だった。


「そもそも、俺がここを離れるわけにもいかないだろう」

「ほんっとしょーもねーなお前は!なあ!」


 立て続けの悪口に、カイロウはその柔らかい雰囲気をどんよりとしたものに変える。

 それを目に映しながら、悪魔はやれやれといった感じで額に手を当てた。


「本当、おれが何のためにわざわざ今具現化してやったと思ってんのよ」

「…?」

「明日、ヴァースアックの当主カイロウは、いつものようにこの部屋に一日中こもってる」

「ああ、だから…」

「で、お前は明日可愛い弟レイシンと、可愛い妹アリナのデートを見守る」


 確実に頭の上にはてなを浮かべているカイロウに、悪魔は大袈裟に嘆息し、


「明日はおれがお前に化けてやっから、行って来い」


 カイロウのオーラがみるみるうちに明るくなっていくのを感じ取りながら、悪魔は「いやほんと、甘すぎだろおれ。何でこうなった」と再びため息を吐いた。


 かくして、ライラックの街、ニラに、黒い悪魔ヴァースアックのきょうだいが集合しようとしていた。

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