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51.下準備

 レイシンの希望として出されたのは、ワンピース(キリカ風)、ドレス(貴族風)、訓練服(ヴァースアック風)の三点だった。

 無論、三着で終わらせるほど小規模にする気はない。

 色んなアリナを見せてお兄ちゃん達を骨抜きにしちゃおう!とキリカは意気込み、協力してくれる屋敷の侍女達も張り切って服をかき集めていた。

 服は一部キリカ提供のものだが、そのほとんどは、前当主の妻、すなわちカイロウ達の母親が残したものだった。


「その人は今、どちらに?」


 アリナがそう尋ねると、使用人は気まずそうに顔を見合わせ、キリカは「わたしもよく知らないけど、当主さんと一緒にいなくなっちゃったらしいよ」と教えてくれた。


 「しばらく誰も着ていなかったとはいえおさがりだけど大丈夫ですか?」と聞かれて「嫌です」と答えるほど、アリナは潔癖ではなかった。

 服に合わせた化粧も施されることになり、言い出しっぺであるアリナはことがどんどん大きくなっていく様に戦々恐々としていたが、彼女らが実に楽しそうに採寸してくるので、いつの間にかノリノリになっていた。

 多様なコーディネートに色鮮やかな化粧品。ちょっとポーズをとると歓声を上げて盛り上げてくれる女性達。

 アリナは完全にその気になっていた。




 一方、要望した張本人のレイシンはというと。

 自室にて、ミカゲツと共に地図を眺めていた。

 レイシンの部屋には、カヨウやミカゲツのように私物があまりない。というか全体的に物が少なく、こざっぱりとしている。あるとしても仕事に関する資料や日誌などで、カヨウには「つまんねー部屋だな!」とバッサリ切り捨てられている。

 そんな場所で、レイシンは弟ミカゲツと相談しながら、難しい顔で地図を吟味している。


「この後はここではいけないのか?」

「駄目に決まってるでしょ。何考えてるんですか。デートに鍛冶屋行って嬉しい女の子がいると思ってるんですか?アリナはヴァースアックじゃないんですよ」


 デート。

 そう、デートである。

 アリナがファッションショーをレイシンのために開催してくれるというのなら、レイシンもそのお返しとして、デートにくらい誘わなければ男が廃る。

 ミカゲツはそう主張し、現在ライラック共和国の街ニラの地図を片手に、デートの道順を決めているのだ。

 そのデートを終えたら、今度はアリナがお返しをする義務が発生する。

 そして、また何らかの贈り物をレイシンにし、レイシンはそのお返しをする。

 いわゆる無限ループを、ミカゲツは目論んでいた。

 いたのだが、


「ではここは?」

「信じられません。十五歳の女の子が博物館行って楽しめるとでも?」

「アリナなら興味があるんじゃないか?」

「そりゃ僕も想像つきますよ。博物館に行ったアリナが困った笑顔でありがとうございます、すごいところですねって、礼をする姿がね。アリナは遠慮ってものを知ってますから。だから、基準はアリナじゃ駄目なんです!キリカなんですよ!」


 そのキリカも一般の女の子の基準とは少々異なっているが、キリカは至って正直だ。「えっ、十五歳の女の子とのデートに博物館?あり得ないんだよ!」と叫ぶ姿が容易に浮かんでくる。

 レイシンもそうなったのか、「そうか…では百貨店などの方がいいか?」と真剣に悩み始めている。良い傾向だ。

 しかしこの様子では、もしアルンの国で事件が起きなければ、ズレた観光スポットを巡って少女達をドン引きさせていただろう。


 全く、こんなことでは嫁も来やしないだろう、とミカゲツは内心ため息を吐く。もっとも、兄がここまで堅くなってしまったのには理由がある。今はまだ当主らしくなったが、昔の長男がアレだったから、次男であるレイシンがしっかりするしかなかったのだ。

 しっかりする、というにはいき過ぎてしまった感じだが。


「よおー、やってんなあ、どうだよ調子は」


 長男とはまた違った意味でアレな兄が訪問してきた。

 その表情は緩んでおり、わざわざここまで来るということは、何か自慢したいことでもあったに違いない、とミカゲツは確信する。


「いやあ、参ったねえ。偽婚約者のレイシン兄さんには悪いが…最近アリナの奴、オレがあげた指輪をずーっとしててさあ。それも左手の薬指にだぜ?いやー参った」

「あれ、カヨウ兄さん知りませんでした?それ、レイシン兄さんとの婚約指輪ですよ」


 すると、カヨウのにやけヅラが凍りついた。「は?え…兄さん。オレとおんなじ指輪あげたの?」と、戸惑っている。

 レイシンが経緯を説明すると、カヨウは複雑そうな顔になった。アリナがアルンの国でも自分のあげた指輪を身につけてくれていたのは嬉しいが、それを別の男との婚約指輪として周りに示しているのは、何だかなあ…とでも考えているのだろう。察しのいいミカゲツには見当がついた。

 機嫌が悪くなっても面倒くさいので、フォローを入れる。


「良かったですね、カヨウ兄さん。カヨウ兄さんが贈った指輪がアリナの危機を救ったんですよ」

「お?そうだな。そうだよな。やっぱオレってば有能!」


 チョロい。

 レイシンがまた地図とにらめっこを再開したのを確認して、カヨウはミカゲツの耳に口を寄せて小声で話しかけてきた。


「で、ミカゲツ。デート当日は、オレらも尾行するよな?」

「当然です」


 レイシンに任せて放っておいたらどんな惨事を引き起こすか分かったものではない。


「レイシン兄さんが一緒だから大丈夫だとは思うが、まあ万が一があるからな。敵の攻撃を防ぎきれず危険に晒されるアリナ。そして間一髪で割り込みアリナを窮地から救出するオレ!」


 幻想にトリップするカヨウは置いておき、ミカゲツは苦悩するレイシンをこっそりと眺める。

 アリナがこの地にやってきた時、殺気を放って彼女を萎縮させたらしいレイシンが、彼女とのデートを成功させるために頭を回転させている。

 堅物の兄が婚約者(偽)の少女のために知恵を絞っている。

 それを見ていると、何だか感慨深かった。


(カイロウ兄さんともいつの間にか仲良くなったみたいですし、最初は反抗していたヒソラも懐柔された。カヨウ兄さんとキリカは言わずもがな。アリナもやりますね)


 また評価を上げることになりそうだ、とミカゲツは思案する。

 とりあえずは、レイシンとアリナのデートを完遂させなければならない。

 ミカゲツは未だうんうん唸っているレイシンに助け舟を出すべく、地図を覗き込んだ。


 本番はファッションショーではない。デートである。



 ミカゲツの中では前座となっていた、屋敷中の人間と、エジットを筆頭としたアルンからの駐在団を集めたファッションショーは盛況のうちに終わったが、女と男では目のつけどころと盛り上がりどころが違い、順当に楽しんでいたメインの客であるレイシンをも巻き込んで女と男の争いが勃発したものの、ミカゲツの働きで無事に終息したことを記しておこう。

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