5.ご挨拶
一筋の光が差し込み、アリナは温かいベッドの上で目を覚ました。
ここがどこだか認識出来ずに少々混乱するものの、すぐに思い出す。
ヴァースアックの青年に命を救われ、ヴァースアック一族が暮らす地に連れてこられたことを。
アリナは身を起こし、辺りを見回した。
アリナの目を覚まさせたのは、窓のカーテンの隙間から漏れる太陽の光だった。
貧民街での、恐怖と諦念の目覚めとは大きな違いだった。
アリナは軽く背伸びをし、ベッドから降りた。
「わあ!」
「きゃっ!?」
部屋から出るとすぐそこに、銀髪の美少女キリカが大袈裟なポーズで固まっていた。
「びっくりしたー、急に開いたから。その服似合ってるよー」
「あ、ありがとう」
アリナが身に付けているのは、部屋の中に用意されていたものである。灰色のそれは、見た目より動きやすさを重視されたものらしく、豪勢な飾りなどがなくてほっとしていた。
対するキリカの服装も至ってシンプルだ。その白いワンピースはキリカの外見によく映えた。
「あっさごっはんー!行こ!」
「え、ええ」
「アリナ、昨日はわたしにこの部屋に案内されてから、すぐ眠っちゃったんだよね。お腹ぺこぺこなのも後ちょっとで終わりだよ!頑張れ!」
「ふふ、そうね」
アリナは元気づけてくるキリカに、思わず笑みをこぼした。
アリナに妹はいないが、明るいキリカはまるで妹のようだった。
しばらくキリカと一緒に廊下をまっすぐ歩いていると、向こう側から誰かが近付いてくるのが見えた。
「あ!レイシンお兄ちゃん、おはよー!」
キリカは元気よく挨拶したが、アリナは身を強張らせた。
昨日、この青年に殺気を放たれたことを、アリナが忘れることはなかった。
「キリカ、おはよう。アリナ」
「はっ、はい」
「昨日はよく眠れたのか」
「ええ、はい、とても」
「それは良かった」
レイシンは特にアリナを咎めることもなく、あっさりと会話を終わらせた。
早足で去っていくレイシンの背中を何も言えずに見つめていると、キリカに背中を小突かれた。
「レイシンお兄ちゃんを好きになっちゃ駄目だよー、アリナも妹なんだからね!」
「は、はあ!?そんな訳ないじゃない」
「あはっ、どーだかー!レイシンお兄ちゃん顔はカッコいいもん!でももしそうなってもわたしは応援するよー!」
「有り得ないわよ!」
とんでもない誤解を解きつつ、アリナとキリカは食堂にたどり着く。
既にそこにはレイシンの姿があった。
そして、彼も。
「おはよ、キリカとアリナ」
「カヨウお兄ちゃん、おはよー!」
「お、おはよう」
「どうだアリナ、疲れはとれたか?」
「ええ、大丈夫よ」
答えると、くしゃりと笑ってカヨウはアリナにうんうんと頷く。
「昨日は大変だったからなー、主にレイシン兄さんのせいでなー」
わざとらしく言うカヨウに、アリナはちょっと顔を引きつらせた。
レイシンがカヨウを苦々しく見る。
「...カヨウ」
「えー、なにー?カイロウ兄さんに相談されなくて拗ねちゃってアリナに思わずいつものやつよりきつくあたっちゃったレイシン兄さん、なにー?」
「ほう、そんなに私の仕事を手伝いたいのか?いいだろう、後で私の部屋に来い」
「ごめんなさい嘘ですなのでそれは止めてくださいお願いします」
「だったら馬鹿なことを言うな、アホ」
アリナは呆気にとられたが、キリカは特に反応することもなく、「こっちだよー」とアリナを自分の隣の席に誘った。
椅子に座りつつ、アリナは小声でキリカに尋ねる。
「あの人って、何なの...?」
「レイシンお兄ちゃん?礼儀正しい人には甘いよ?アリナ、さっきレイシンお兄ちゃんにちゃんと返事出来てたから、お兄ちゃんも昨日のこと、許したんだよ」
「...どうして昨日、あたしがヘマしたって知ってるの?」
「あ、やっぱりそうなんだ。レイシンお兄ちゃん変なところで厳しいからねー、昨日何したのか知らないけど、もう気にしなくていいよ」
アリナはちょっと脱力しつつ、レイシンとカヨウの姿を眺めた。
「ねむ...」
「おはようございます、レイシン兄さん、カヨウ兄さん、キリ、カ...」
その美青年はアリナを目にしたかと思うと、隣の寝惚けて半目になっている美少年を思いっきり揺すった。
「だっ、何するのさミカゲツ兄さん!」
「ヒソラ!あれを見ろ!」
「あれ?って、何...あ、ああ、あ...!」
二人は互いに顔を見合わせ、叫ぶ。
「「昨日の超スタイルいい子!!」」
「いい加減にしろアホ共!!」
レイシンの一喝により、二人はしゅんとなってから、アリナをちらちら見つつコソコソと話しながら着実に近寄ってきた。