47.変装会
衝撃を受けたのはアリナだけではなかった。
「お…姉ちゃん…!?」
硬直するアリナの傍らで、ミカゲツはぐらりと体を傾かせ、すんでのところで堪える。
目覚めたばかりのキリカはそんな二人を不思議そうに眺めた後、ハッとしたように、
「あ!そうだ、お土産買ってきてない!せっかくアルンまで行ったのに、お土産がないなんて台無しなんだよ!」
「それどころじゃないんですよ…」
低く呻き、頭痛を抑えるように頭に手をやると、ミカゲツはアリナに「ちょっと、レイシン兄さんを呼んできてもらえますか」と頼む。多少不満そうだったが、アリナは言うことを聞いてくれた。
密室に女の子と二人きり。という文字にしてみるとなかなか良さげな絵面だが、実際の相手は病み上がりの妹だ。ミカゲツはため息を一つ吐いてから、ベッドの上のキリカに質問をする。
「えー…本当にキリカですか?」
パチパチと瞬きをして、直後に「ええー!?」という大声でミカゲツの耳を攻撃した。
「何それ!?わたしのこと覚えてないの!?はっ、まさか最近ナンパした人の中にわたしと似ている人がいて、その人と間違えたとか!?サイッテー!こんなゲス見たことないんだよ!」
「…大丈夫みたいですね。いや、杞憂でしたね。キリカは僕と同じで演技が上手いのでてっきり…」
「てっきり何!?酷いよ!間違えるなんて!」
「…アリナをお姉ちゃん、なんて呼ぶのが悪いんでしょうが」
恨みがましく呟くと、「何それ?言ってないよ、そんなの。空耳じゃないの?」とあっけらかんと返される。
そんな筈はない、キリカはアリナに対して笑って「お姉ちゃん」と呼んだ、まあ外見からしてみれば確かにキリカの方が妹っぽいのだが…などと思っていると、アリナに連れられたレイシンが部屋に入ってきた。
諸々の経緯の説明をレイシンからされると、キリカは叫んだ。
「ええー!?アリナとレイシンお兄ちゃんが婚約詐欺!?ずるい!」
アリナは、えっ、と声を上げた後、身を縮める。
改めて考えてみると、レイシンは優良物件である。かのヴァースアック一族の当主の補佐を務め、顔立ちも、やや目付きが怖いとはいえ整っている。性格も多少真面目すぎるきらいはあるが、誠実で浮気とかしなさそう、と見れば悪くはない。いやでもたまに怒鳴っているのはちょっと…。
対してレイシンはキリカの発言に、フッと微笑む。慕われている者は辛いとでも言いたげだ。
「何でレイシンお兄ちゃんなの!?わたしもアリナと婚約してみたい!」
「そっち!?」
アリナは驚き、レイシンは顔を見られたくないかのように天を仰ぐ。そんな様子をミカゲツが生温かく見つめている。
「だってだって、ほら!わたし、お芝居得意だよ!男装はしたことないけどやればできるよ!ちょっと待ってて!」
「ちょっとこら、病み上がり!大人しくしないと!ぶり返したらどうするんですか!」
「もう元気だもーん!」
ミカゲツの制止を無視して勢いよくベッドから跳ね上がり、キリカはクローゼットからいくつかの服を引っ張り出し、容赦なく着替え始める。
「全く…ところでレイシン兄さん、結局キリカが寝込んでいたのは根本的に何が原因だったのか、聞いても?体質っていっても、具体的に何だったんです?」
「…カイロウ兄さんに聞け」
「あっ、へえ、そうですか」
その一言で何か察したのか、ミカゲツは笑顔を貼り付ける。あまりにも綺麗なその笑みを見ると、アリナは胸がざわざわして落ち着かない。先ほどカイロウからミサの真実を聞いたせいだろうか。
俯いてミサへの思いを確認していると、唐突に手を取られた。
「どうしたの?暗い顔なんて似合わないよ、婚約者様」
気障ったらしい台詞を吐いて、男装したキリカは微笑んだ。
なるほど、顔は美少女にしか見えないがキリカの演技力によって大幅にカバーされている。仕草や声もそれっぽい。肩までの長さの銀髪を後ろで束ね、いつものワンピースでない男でも着れる様相の服を身に付けている少女は、見ようによっては中性的な美少年に見えなくもない。
しかし残念ながらアリナが抱いたのはときめきではなく、微笑ましいという感情だ。
その主となる理由は、体格である。キリカは十五歳にしては小柄で、同い年のアリナより小さい。現に今も軽く背伸びをしているのが視界に入ってきてしまっている。
「…もー!レイシンお兄ちゃんの男!!」
「それは悪口なのか?」
優しい目で見られたのが恥ずかしかったのか、キリカは傍観していたレイシンの腹をポコポコと叩く。
そしてやけくそになったのか、高らかに宣言した。
「こうなったらアリナも男装、レイシンお兄ちゃんとミカゲツお兄ちゃんにも女装してもらうしかないんだよ!」
「あたしも!?」
「趣旨が変わってないか?」
「何で僕も巻き込まれてるんですかね」
突然の男装女装大会によって得られたのは、レイシンとミカゲツの素材の良さ、アリナの年に見合わない胸の大きさというキリカのプライドを傷つけるものであった。
一騒ぎ終え、キリカはカイロウのいる執務室への廊下を一人で歩いていた。
レイシンは仕事に、アリナとミカゲツは二人で何やら話をするためどこかへと行ってしまった。
軽い足音を立てながら進んでいると、そこに、ふらりと背の高い黒髪の青年が現れる。
「よっ」
「あ、さっきはありがとね、治してくれて」
「べっつにー。スイちゃんの頼みだし?ところでお前、記憶どうなってんの?」
「どうって、何が?」
「おれがやったのは累積した魔力の吸引だけだ。魔石には手をつけてねーしあの女の子孫がお前に流し込んだ魔力にも手は触れてねえ。お前は今誰だ?ヴァースアックのキリカか?元々のキリカか?弟か?それとも…」
「うーん、難しいことはよく分からないなあ。アルンでのことは覚えてるよ。それに、昔のことも思い出したし。でも、今までと特に変わんないよ。中に何人いようと、全部ごちゃまぜになろうと、わたしはわたしだもん」
「あっ、そ」
「うん。ありがとー心配してくれて」
「は!?心配なんかしてねーよばっかじゃねーの!?」
悪態をつき、笑顔で去っていくキリカを見送る。
「お礼とかやめろよ決心鈍るだろうが…」
変身を解き、透明になってからボソリと悪魔はぼやいた。




