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45.こんがらがる

 アリナは固まった。

 今、何が起こった?

 目の前にいたのは、確かに、悪魔を人にしたような男であった筈だ。

 見た者に恐怖を与え、黒い悪魔ヴァースアックを束ねる頭、何があってもその無表情を崩さず、淡々と物事を対処する冷徹な男、カイロウだった筈なのだ。

 それなのに。

 すぐそばにあるその顔は、これまで二度、アリナに優しく接し、助言してくれた、あの青年のもの。


「えっ?スイ?えっ?」

「あ、兄上ぇ…!」


 スイ、もといカイロウは、眉を八の字の形にして、天を仰いだ。


「知られたくなかった…知ったら傷付いてしまうかもしれないから。皆には、幸せでいて欲しかった」

「えっ!?本当に誰!?」


 ぎょっとしてアリナが叫ぶ。カイロウの口からそんな台詞が飛び出してくるとは予想もしていなかった。いや、スイならば合っている。合っているのだが…。


「カ、カイロウさんは、スイ…!?」

「ああ…そうだよ」

「じゃ、じゃああの時あたしに真実を知るようにアルンに行けって言ったのも!?」

「いや、それはおれだわ」

「何なのよぉ!」


 他人に化けられるというのは何と恐ろしい能力なのか。へらへらする変身男を睨みつつ、アリナは改めてカイロウの顔を見つめてみた。

 これまでは殺気や威圧感などにより、まともに顔も見られず、見たとしてもその真っ黒い目に宿る氷以上の冷たさに、恐れをなさずにはいられなかった。

 しかし、今はどうだ。冷たさも殺気も威圧感も、まるでない。一緒にいるだけでこちらの心まで和らいでしまうような、温かく穏やかな雰囲気に、何でも話してしまいたくなるような優しい瞳…。


「何これ!?怖っ!カイロウさん怖っ!」

「分かる。教祖とかなったら世界征服できそうだよな」

「あなたには言ってないわよ!」


 口を挟んできた変身男をあしらい、アリナは混乱する頭をどうにか鎮めようと深呼吸をする。それに対してカイロウが「大丈夫か?一旦休憩するか?紅茶をいれようか」と聞いてくるので反射的に「ええ、もらうわ。ありがとう」と答えそうになる口を手で塞ぐ。

 その傍らでレイシンは「兄上…あ、兄上…!」と感涙しており、進行役が誰もいない現状に、変身男が「仕方ねえなあ」と切り出した。


「お前ら、聞きたいことがあるんだろ?聞けよ、チャンスだぞ」


 はっと我に返り、アリナは咳払いをして正気を保つ。惑わされてはいけない。この青年は姉をフったのだ。多分。


「姉さんと、何があったんですか?どうして離婚したんですか?」


 まず質問したのは姉に関することだ。その答えを知らなくては、アリナはカイロウという人間を判断できない。

 カイロウは目を伏せて、返事をした。


「俺がちゃんと彼女と話をしなかったせいだ。彼女は素っ気ない俺に対しても、そのままでいいと言ってくれた。今の貴方が好きだと、許してくれた。明るい人だった…彼女は悪くない」

「ということは…カイロウさんが姉さんに、何かしたんですね?」

「…ああ。結婚したその日の夜、ミサはミカゲツに迫られた。そして、恋をしてしまったらしい」

「…え、はい?何ですって?」

「彼女は懇意にしていた使用人と共にこの地を出ていった。書き置きには、私を恨んでください、けれど妹のアリナだけは助けてやってほしい、あの子は何も知らない。あの子には、こんなに汚くなってしまった私の情報は、一切、与えないでほしい、と、あった」

「え…え?」


 何を言っているのか分からない。

 何よそれ、と叫びたいが、相手がこのカイロウではその気も失せる。


「どういうこと…?」


 ミサはミカゲツに迫られた、だと?おかしい。そのミカゲツは以前何と言っていた?「あの女は僕に言った。私を抱いて、と」などと言っていた筈。やっぱり嘘だったのか。元凶はミカゲツではないか!あの美青年!

 憤懣遣る方ないアリナの隣で、ようやく平常心を取り戻したレイシンが声を上げる。


「兄上!彼女は悪魔に唆されたと言っていたではないですか!悪魔に魅入られ、唆され、だから彼の地で静養すると…!それに、ミカゲツがそんなことをする訳が…!」

「あー、悪い。それおれなんだわ」


 一瞬の間が空いた。


「な…!?」

「またあなたなの!?」

「…ミカゲツの姿をした君はミサを誘惑し、成功した。その後、ミサの姿となりミカゲツを惑わしたが、失敗した。そうだな?」

「そうそう。つってもあの女も結構抵抗はしたぜ?まあ…一応弁解してやると、あの女、奴隷にされてた頃、好きな奴がいたらしくてな。そいつにミカゲツが似てたんだよ」


 しゃあしゃあとのたまう変身男に、アリナは身を乗り出して突っかかる。


「ど、どうしてそんなことしたのよ!」

「だぁって、スイちゃんが寝取られるの嫌だったんだもん!」

「な、何ですって!?あなた、カイロウさんとそういう…」

「馬鹿野郎!スイちゃんとこんな代用品を一緒にすんじゃねえ!」

「はあ!?も、もう意味が分からない!カイロウさんがスイじゃないの!?」


 思考整理に苦戦するアリナに、そっとカイロウが声をかけた。


「俺があの時スイと名乗ってしまったから、ややこしいことになってしまったが…スイというのは、本当は大昔、この地にいた俺達の先祖の、女性の名前なんだ」

「そう!こいつは顔が似てるだけの代用品ってことだ!」


 何故か誇らしげに変身男が付け足し、胸を張った。

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