44.意味深
カヨウという人間はヒソラの目から見ても、かなり単純だ。
機嫌のいい時は大きく笑い、悪い時はひどくしかめっ面になる。加えてそれも時間の経過と共に移ろっていくので、怒りが長引くことは少ない。弟から理不尽な物言いをされてショックを受けても数分後にはけろっとしている無神経。それがカヨウだ。
実際、カヨウが本気で怒ったことなど、ヒソラの記憶の中では、キリカがトンタと逢い引きしていたのが発覚したキリカ騒動と、レイシンとアリナの婚約が噂された今回くらいだ。
どちらもきょうだいに関わる事柄であり、カヨウが家族を大切にしているのは、物事を複雑化して捉えやすいヒソラでも一目瞭然である。
故に、ヒソラはなんだかんだカヨウを信頼している。
彼がきょうだいのうちの誰かと対立し、諍うことなど有り得ないと、ヒソラは信じている。たとえ、彼の身に何が起きたとしても。
「いやーすまんね。オレも突然の知らせに戸惑っちゃってさ。レイシン兄さんとアリナが婚約なんて、自分の母親と恋人が駆け落ちしたのと同じくらい衝撃的なのよ」
「ほう、気持ちの悪い例え方だな。しかしまあ、察するところはある。儂もシスファとアーシェがこの国を去ったらと考えると腸がちぎれるようだ」
応接間にて、和気藹々と会話をしているのは先程まで殺気をぶつけ合っていた二人だ。憑き物が落ちたかのように晴れやかな表情をしているが、それも幼女が成し得た偉業と考えると頭が下がる。
ちなみにシスファとはラギレスの長子、アーシェの兄となる四歳の少年である。
「それで、その情報ってマジなの?そうだとしたらオレ今すぐ家に帰らなきゃいけないんだが」
「アルンの狐共が謀っているのでなければ、真だろう。だが…あの堅物が当主を差し置いて婚約とは。人間は変わるものだ」
「オレは信じてないね。あのレイシン兄さんがアリナと結ばれる筈ない。だってアリナはまだ十五だぜ?散々オレに言っといてロリコンなのはどっちだよ」
「カヨウ兄さん、別にレイシン兄さんはロリコン呼ばわりしてないよ」
「そうだな、オレのこと獣っつったのお前だもんな」
「いだだだだ!」
思いっきり肩に力を込められ、ヒソラは悲鳴を上げる。それに興味を示したのかラギレスの隣で寝転んでいたアーシェが手を伸ばしてきた。王妃が「相手してもらっても大丈夫かしら…?」と問いかけてきたのを無下にする訳にもいかず、椅子から降りて口角を上げ、慣れない手付きでアーシェをあやす。ラギレスが物凄い目で睨みつけてきているのがちらりと見えた。
「…して。カイロウはどうしている?」
「カイロウ兄さん?別に変わりはねえよ。ずーっと怖い顔で家ん中に引きこもってる。ったく、ヴァースアックの未来は明るいぜ!」
「そうか。意外だな。いくら面の皮を整えようが、妥協するのが落ちとばかり思っていたが…後戻り出来ぬよう、何者かが制止している、というところか?」
「何それ、知らねえよ。オレはなーんにも知りません!なので知らなきゃいけません!つーことで家帰るわ。婚約の真相確かめてやる」
「気を付けろよ、カヨウ」
立ち上がったカヨウに、気遣う内容とは裏腹に冷ややかにラギレスは声をかけた。
「旧友のよしみで忠告しておいてやる。中央大森林の件もそうだが、そなたらヴァースアックは人ならざるものへの距離が近過ぎる。忌避感がないのは構わんが、あまり深入りしないことだ」
「おいおい意味深なこと言うなよ。何のことだかさっぱりだわ。そういうのはカイロウ兄さんとやってくれよな」
ひらひらと手を振り、カヨウは応接間を後にする。アーシェを王妃に返したヒソラも、ラギレスに一礼し慌てて彼の背中を追った。
「ねえカヨウ兄さん!さっきの話何なの?人ならざるものとか、深入りとか!中央大森林って、別荘のことでしょ。何かあったなんて聞いてないんだけど」
城を出て厩舎に向かう途中、ヒソラがまくし立てるとカヨウは「だーかーらさっぱりだっつってんだろ!」と顔だけ振り向かせて答えた。
「えっ、本当に意味分かってなかったの?はぐらかしたんじゃなくて?」
「当然だろ!嘘ついて何になるよ。人ならざるもの?馬かな?って思ったオレをなめんじゃねえぞ」
「何それ、使えない!」
「何だとてめえ!?」
カヨウが目を剥きヒソラに躍りかかる。現在地がレリウス王国であるという点を除けば、いつもの光景だった。
ヒソラも、カヨウも、それが変わることはないと知っていた。
どれだけ不満を口にしようと、夢を語ろうと、ヴァースアックの領地を離れる気はない。何故なら彼ら二人には手放したくないものがあるからだ。
それが彼の地にある限り、彼らが帰る場所は、あの家に他ならない。
長兄が変化しようと。
前当主である父親がいなくなろうと。
家族が増えようと。
彼らは変わらない。
ただ一つ、可能性があるとすれば、それは「増えた家族」に託されていた。
彼女ならば、まるで停止させられたように代わり映えのない時間を動かすかもしれなかった。
それが幸か不幸かは、別として。




