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43.レリウス王国

 何故こんなことに、とヒソラは泣きたくなった。

 今、自分が座っているのは実家にもないような高級なソファだ。物凄くふかふかしているため横になったら多分一瞬で寝られる。これまでの旅の疲れもあることだし。

 しかし、それが許される状況ではないのだ。

 仮に自分がここで現実から離脱すれば、彼のストッパーがいなくなってしまう。

 彼、そう、実兄のカヨウである。

 彼は、現在、とてつもなく、


「……」


 イライラしていた。




 沈黙がヒソラの肩に重くのしかかる。

 出来れば彼の隣から離れたいところだが、そうしたら彼からどんな言葉をかけられるか分からない。本当に分からないのだ。カヨウはキレやすいがその怒りが長続きすることは少ない。それ故、対処の仕様もヒソラは知らない。態度にうるさいレイシンか、にこやかになだめてくれるミカゲツ、どんな状態でも気にせず明るいキリカ、もしくはカヨウのお気に入りなアリナ、誰か一人でもいれば、また違ったかもしれないが、残念ながらここに彼らはいない。


 何で俺ばっかりこんな場面に遭遇するんだ、とヒソラは心の中で愚痴を吐く。


 妹と旅行に行きたいというささやかな願望すら叶わないのだろうか、なんて残酷な世界だ、と現実逃避を始める。

 レイシンと共に慰安旅行に行った少女達を追ってレリウス王国に来たまでは良かった。久しぶりの遠出だったしカヨウとの旅路も別に悪いものではなかった。少しでも早く追い付こうと山や森を強行突破して獣に襲われ返り討ちにしたのもいい思い出だ。

 問題が発生したのはレリウス王国に着いてからだ。

 ヴァースアックとレリウスの王族は交流がある。だからレイシン達がこの国に来たならば、真面目な彼のことだ、王にも挨拶をしている筈だ。そう考えて手土産を持って城に訪問したカヨウとヒソラを出迎えたのは、過酷な現実だった。


「レイシン殿とキリカ殿と、えー、アリナ殿?来ていませんね…」


 ヴァースアックとの関係を知っている顔馴染みの大臣は不安そうにこう告げた。

 ここまではカヨウもまだ平静だった。だが、次に出てきた文言に、カヨウの表情は一変する。


「そういえば、レイシン殿がアルンの娘と婚約なさったとか!おめでとうございます、皆様のますますの繁栄をお祈り…」

「は?兄さんが婚約?どういうことだよ」

「えっ?いえ、その…アルンからの情報で、ヘンリー公爵も認める仲だと…ご、ご存知ないのですか!?」

「知らねえよ!相手は?誰だよ。どんな奴だ」

「た、確か…長い赤髪で、緑色の目をした美しい令嬢だとか…」


 その時のカヨウの顔を、ヒソラは忘れることはないだろう。三年くらいは。

 そういう訳で、詳しい話はレリウスの王から聞くこととなり、応接間で到着を待っている最中なのだ。

 回想を終えてもカヨウの無言は引き続いている。もうそろそろヒソラも気が滅入ってきた。

 爪をいじるフリをしながら時間の経過を耐えていると、ようやく扉が開いた。


「よく来た。が、儂は忙しい。手短に済ませろ」


 どこか殺意さえも感じさせながら、レリウスの若き王、ラギレスは開口一番命令した。

 青緑色の長髪はいつでもきっちり束ねられている筈なのに、今は相当乱れており、服も上着がどこかへと消え去ってしまっているのを目にして、ヒソラはこれはまずいと直感した。彼と会うのは久しぶりだが、イメージを変えた訳でもあるまいし。タイミングが悪過ぎたのだ。少年は必死に気を働かせて「あ、顔も見られましたし、今日はこの辺で…」と立ち上がりかけ、肩を押さえ付けられる。

 そうだ、不機嫌なのはラギレスだけではなかった。


「兄さんはここに、キリカとアリナを連れて来た。違うか?」

「知らんな。用はそれだけか。ならばとっとと失せろ」


 ヒソラの心臓がキュッとなった。どちらも喧嘩腰になっている。こんなところでヴァースアックとレリウスが断交なんてことになったら、確実にトラウマになる。未だ立っているラギレスに「まあまあ座って座って!」と声を裏返らせて家主のようなことを口走る。

 どさり、と乱暴にラギレスは対面に座り、深い紫色の、猛禽類を思い起こさせる瞳で睨み付けてきた。怖い。レイシンの比ではない。それでもやらなければならない、自分の明るい未来のために!


「えーっと、俺達その、レイシン兄さんとキリカとアリナがここに観光に来ていると思ってやって来たんですけど、そういったことは、あの…」

「報告は受けていない。レイシンが来たならば必ず儂の耳に入っている。たとえ密入国だろうともな」

「は?オレ達がんなことするっつーのか?」

「そうだな、そなたらは誇り高きヴァースアックだったか。他人の手柄をとって英雄になった者とは違うと言いたいようだ」

英雄王リュカがもらったのは剣王ライじゃなくて賢者ジルベルトの功績だろ。オレらには関係ねえよ、知ってんだろ?」

「誰の名声を奪ったとしても、そなたらが我らに恩を売ったのは事実。故に我らはヴァースアックを黙認し、支援もしてきた。が、必要ないと言うならば、希望通りにしてやるぞ」

「ね、ねえ皆落ち着いて話さない…!?」


 ヒソラの悲鳴が上がったその時、勢いよく扉が開いて「たー!」と何か小さなものが飛び込んできた。


「…アーシェ…!歩けるようになったか!天才か!」


 ラギレスが瞬時に駆け寄り、それを抱き上げる。次いで現れた慌てた様子の王妃に対し、ラギレスは「見ろ!流石は儂らの子だ」と語りかける。

 ラギレスの上着を羽織った幼児が、短い腕を伸ばして彼の髪の毛をぐしゃぐしゃにして遊んでいる様子に、ヒソラは全身の力が抜けていくのを感じた。

 加えて、幼女と親が戯れる光景に口をぽかんと開けたカヨウもまた、我に返っていた。

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