42.陥落
「なあ?どうすんだよ?まさかこの期に及んでおれ頼りか?」
青年はその顔に似合わない嘲るような笑みを浮かべ、扉にもたれかかりながら挑発する。
(この人、絶対にスイじゃない…)
アリナは確信する。彼と会ったのはこれまで二回だけだが、そのどちらも彼は優しく、穏やかだった。こんな、他人を馬鹿にするような態度をとる人ではない。何故かアリナには確固たる自信があった。その自信がどこから発生しているのかは、自分でも分からなかったが。
「黙ってたって状況は変わんねえぞ?おい、こら」
「黙れ!!」
叫んだのは挑発対象のカイロウではなく、アリナの前に立つレイシンだ。
「貴様っ…それ以上その顔で口を開いてみろ!首を切り離されたいか!」
「おーおー怖い怖い…じゃあこれならどお?」
にやりと笑い、青年は目を閉じる。次いで起こった出来事に、アリナとレイシンは息を飲んだ。
青年の身長がぐっと伸び、髪が縮む。眉は太く、開かれた目は大きくも鋭さを増し、人相が多少悪くなった。
その姿は、レイシン、アリナ共に見慣れた人物のものだった。
「どうよ?これでこの喋り方でも違和感なくなっただろ?」
「カ…カヨウ…!?」
青年が変身したのは、今頃はレリウス王国で観光しているであろうカヨウだった。
「な、な、ふ、ふざけるな!」
「えっこれもお気に召さない?しゃーねーなー…」
再び変化が始まる。
今度は背が小さくなり、その分、髪の毛が長く、青く変色する。胸が膨らみ、ゴツゴツした身体から柔らかい曲線を持つ女性へと変わった。
女は緑色の宝石のような瞳を細め、悪戯っぽく手を振る。
「どう!?完璧だろ」
しかしその声はアリナには届かなかった。
あまりにも衝撃的だった。
「ミサ、姉さん…」
アリナの記憶よりも髪が伸びている、成長した姉の姿に、言葉を失う。
何故、目の前にいる得体の知れない男が、アリナも知らない今のミサに擬態できるのか。そして何故胸囲が明らかに増えているのか、こっちの方が成長期なのに。
身動きの取れないアリナに代わり、レイシンが怒鳴った。
「女性の姿態を悪用するな!変態が!」
「はあああ!?ふざけんなおれは至ってノーマルだっつーの!心外だな!」
気分を害したらしく今度は「これならいいんだろ!?」と灰色の髪の優男になった。レイシンもアリナも知らない男だったため、一旦騒ぎは落ち着く。
「分かっただろ?おれは見たことがある奴、誰にだって変身できんのよ。こんなすごいことできるおれは勿論人間じゃない。果たしておれの正体は…ってとこで、おい、お前に交代だ」
男は未だ沈黙しているカイロウに向き直り、指をさす。
「お前が決めろ。従ってやる、まだ、な。なかったことにしてくれって泣き付くんなら、こいつらの記憶も消してやるよ。今まで通りにな」
「なっ…記憶を消す!?どういうことです兄上!」
愕然とした面持ちで食ってかかるレイシンをよそに、アリナは思い出していた。
アリナが風邪をひいて、カヨウが看病しに来てくれた時の話だ。
あの時、ヒソラに扮した何者かがカヨウの前に現れ、意味深なことを言って、実際に彼の記憶を消していた。そうだ、その際にアリナは「魔を継ぐ者」と呼ばれた。トンタの兄に、特別な血を引いていると言われた時の既視感はこれだったのだ。
「あなた…何者なの」
問いかけると、男は「そいつに聞きな」と黙り込むカイロウを示す。
結局、カイロウか。全ての鍵を握っているのもカイロウ、この男の正体を知っているのもカイロウ。カイロウは一体どれだけ秘密を抱えているのか。
「…カイロウさん、あなた、何なんですか…?」
「そうですよ兄上!さっぱり意味が分からない!奴は誰ですか、何故あんな怪しい奴と繋がっているのですか!」
カイロウは答えない。
「…ま、おれはどっちでもいいがね。こいつらを信用できないならお前はこれまで通り一人でいるべきだ。信用できるなら話せばいい…うわ、待って、おれめっちゃいい奴じゃん。何でこんな優しく導いてやってんの。神様かよ。まあ神様みたいなもんだけど」
一人ごちゃごちゃと話している男を尻目に、レイシンとアリナはカイロウを問い詰める。
何故信用してくれないのか、それほど自分は兄上から見て頼りないのか、頼りないならどこが頼りないのか言ってもらわないと分からない、何故あの男は姉に変身できるのか、まさかあの男を姉の代わりにして過ごしているなんて気持ちの悪いことはしていないだろう、いやまさか、そんな…。
次々と繰り出される質問に、カイロウは僅かに眉をひそめて視線を逸らす。が、レイシンとアリナはその先に回り込み、逃がしはしないとばかりに壁際へ追い詰めていく。
「何故ですか兄上!私のどこが悪いんですか!教えてください、改善します、努力します!」
「あたしの姉はあんな性格悪そうな顔しません!それとも姉の顔でああいうタイプが好きなんですか!?だから姉さんをフったんですか!?」
二人の熱弁は止まらず、話題は更に飛躍していく。
「そもそも、大事なことをカヨウやミカゲツには話すのに何故私には相談なしなんですか!そこまで頼り甲斐がありませんか、私は!私を何だと思っているんですか!?」
「体目当てってやつですか、顔が好きなだけで性格は好みじゃないから離婚ですか!?もしかして姉に化けたあの人とイチャついているのを姉さんに見られたとか!?だからミサ姉さんを切り捨てて…」
「笑っていて、欲しいんだ」
声がした。
聞き覚えのある声だった。
「笑っていて、欲しかったんだ…そのためなら、俺は…」
カイロウは、絞り出すように、威圧感のかけらもない柔和な顔を歪めて、呟いた。




