37.暴露
「ふむふむ…へえ、こうなったか」
「誤魔化すのはいい加減にしていただきたい。一体何があったと言うのです?」
「そうだねえ、喜ぶといい。朗報さ。君の探し求めていたものが、とうとう見つかったよ。ココーン伯爵の館の近くでね」
それを聞いた瞬間に、男は古びた姿見の設置されているその部屋を飛び出した。彼がいなくなったことで、その場には人間の姿が失せる。
「ああ面白いなあ楽しいなあ。あの少女と彼が出会うことで、どんな反応が生まれるんだろう。この国は、この大陸は、この世界は?あるいは何の意味も為さないのだろうか?ふふははは…ああ、興味は、尽きない」
だと言うのに、声は残り、口を利き続けていた。
銀髪の少女は、長髪の貴族、アリナを囲んでいる男達、己の腕をがっちりと固定している両脇の男を順番に空色の目で見渡し、告げた。
「離して」
それに対して、彼女の右腕を掴むガタイの良い男が優しく言い含める。
「んなこと言われても…お嬢ちゃん、あのね、お兄さん達もね、仕事なのよ。生活がかかってるの。ただでさえ俺達ってば身分が低いからさ、あの変な長い赤髪のおっさんに逆らったら路頭に迷っちゃうのよ」
「誰が変なおっさんだ!減給するぞコラァ!」
「ね?ちょっとした悪口も許さない器の小ささだからさ、大々的に反抗でもしたら速攻でクビになっちゃうんだよ。俺達はね、再就職も難しい立場なんだ。この辛さ、分かってくれる?」
「ダヴィード・モリス」
「はい?えっ、何で俺の名前知ってんの!?」
驚愕して大きく見開いた男の目に、少女の何の感情も抱いていない顔が映る。
「今朝、迷子を助けようとしたが、一緒に迷って散々歩き回った挙句子供の親に性犯罪目的の誘拐犯扱いされ誤解を解くのに時間がかかり、仕事に遅刻した」
沈黙が舞い降りた。
「…え、本当に…?」
「確かに遅れて来たけど、寝坊って言ってたのに…」
「やばいじゃん…あいつここに勤めて結構長いのに、まだ道も顔も覚えられてないのかよ…」
「言われてみれば、方向音痴の気があったような…」
ダヴィードは勝手に会話し始める同僚達を鬼のような表情で睨もうとしたが、結局羞恥で実行出来ず、「やめて…」と手で顔を覆った。
「あー泣くな泣くな、大丈夫だって。いくら方向音痴でも仲間がいれば平気だろ?まあ、誘拐犯に見えるような奴とはつるみたくねえけど」
「ひでえこと言いやがるぜお前…」
「何だよ事実だろ。幼女に欲情するようなクズに間違われる方が悪い」
「誰も幼女とは言ってないだろ!幼女だったけど!」
「幼女じゃなかったらもっと業が深いじゃねえか」
心に傷を負ったダヴィードに追い打ちをかける細面の男に、少女は宣告する。
「エーフライム。先月、目の前で老婆を倒した引ったくりを捕まえようとして足をもつらせその場で転び、鼻血を出した。猶、引ったくりは他の者に捕らえられ、それを確認すると最初から何もしようとしていなかったかのようにその場を去った」
「何でそんなこと知ってんだよ!?」
痛々しい悲鳴が上がる。その後も彼女はつらつらと語り続ける。
「ハンフリー・アクトン。二年前まで自らを魔族の生まれ変わり且つ英雄王の師匠の血を引く特別な存在と称し、家族から少々距離を置かれていた」
「いやあああやめて!昔の話だから!今は普通に仲良いから!」
「ファニート・ブラス。三ヶ月前、恋人の服を盗み着用、密かに女装をしていた」
「ウソウソうそうそ!デタラメだから!バレて別れたりなんかしてねえから!」
「カルル。薄毛に悩んでいる」
「直球と現在進行形やめろ!」
「更にカツラを自作し被っている」
「しかも続きがあったよ殺す気か!?」
少女の告発に、呻きながら男達は次々と力を失い床に転がって、動く死体の如く変貌していく。阿鼻叫喚のその光景に、長髪の貴族は焦りと恐れを表し叫ぶ。
「ななな何だこれは…何なんだこの地獄は!?教えてくれ、あの子は一体何者なんだ!?」
「あ、あたしだって分からないわ!」
アリナに問われたところで、答えはない。アリナにとってもあんなキリカは初めて見たからだ。あるいはここにヒソラなどのきょうだいがいれば、何らかの返事は期待出来たかもしれないが、ここにいるのはアリナ一人だ。ないものは出せない。
焦燥の長髪貴族も、とうとう少女の毒牙にかかる。
「エジット・セルペット」
「うわあ!ついに私の番か!?」
「へへ…へへへ…あんたも道連れだ…社会的に死んでしまえ…」
「今か今かと待ってますよ…あんたが落ちてくるのを…」
「お前ら本当に私の部下か!?実は敵なんじゃないか!?」
「何を今更言ってるんですか」
「くそぉー!」
エジットは死屍累々の男達に怒鳴りつつ、とっくに解放された銀髪の少女が歩み寄ってくる様に怯えを隠せない。
「や、やめろ…!私はこいつらの上司なんだ!こいつらに秘密なんか知られたら、未来永劫弄られる!」
「今日」
「やめろー!」
「赤髪の少女の抹殺を計画したが殺意はなく、目を抉ろうとしても結局は髪の染色だけで解放し、国外に逃がす」
「…なっ…」
「え…?」
愕然とするエジット、戸惑うアリナ、「はあ?んなもん周知の事実なんだよもっとエゲツない秘密バラせや!」と切れて喚く男達。
「…どういうこと…?」
「…は、はあ!?な、何を言っているのかサッパリー…」
「ヘンリー・フォン・アルン」
「何だと!?」
明後日の方向を向いてはぐらかそうとしたエジットだったが、次いで発せられた名前に目を見開く。それはこの場にいない、最もこの場に来て欲しくない人物の名前だった。
「先祖代々受け継がれてきた、望みは」
「そこまでだ」
少女の言葉に覆いかぶせ隠すように、ドアを開く音と共に心地よく響く声が張り上げられた。
エジットが唇を噛んで俯き、アリナは、聞いたことのないのに何故か馴染み深く思えるそれが誰のものなのか知るために視線を彷徨わせた。
無力化して床に横たわっていた男達が息を飲み、彼の登場を見守る。
赤に近い茶色の整然とした髪に、理性的な碧色の瞳、子供でも分かる高貴さを溢れさせているのに似合わぬ質素な服を着た男は、驚きで物音一つ立てられない彼らを一通り眺めてから、エジットで目を止めた。
「それが、お前の答えか」
「…私は、貴方の為を思って!」
「黙れ。もうお前は要らない」
にべもなく言い放ち、「な!?何ですかそれ!この人はねえ、確かに胡散臭いけど本当にあんたの腹心として…!」「おいやめろ馬鹿…!俺達とは次元が違う方だぞ」「だけど…!」という男達の喚きも全て無視して、未だ縄に囚われるアリナの正面に立った。
間近で視線を浴びせ、男は陶酔したように微笑み、
「ようやく見つけた…長らくお待ちしておりました、真の英雄王の末裔よ」
彼女を崇め、跪いた。




