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34.知らないその子

 アルンの国には二人の支配者がいる。

 一人は、国の名がアルンとなる前から君臨していた一族の末裔で、守旧派。

 一人は、英雄王と共に魔族の王を倒し大陸を救った賢者と女傑の末裔で、改革派。

 この二人の派閥は、交互に、定められた期間の政治を行っており、現在アルンを動かしているのは賢者と女傑の子孫、改革派である。彼等は、英雄王の仲間だった剣王の子孫であるヴァースアックとも繋がりがある。

 トンタの家は、守旧派すなわち古来から国を支配してきた一族の末裔の派閥に所属しており、かつてカイロウがトンタに対して、何をしようが無駄でヴァースアックは揺らがない、つまり、何があってもそちらの派閥には与しないと告げたのはこのせいであったりする。


 しかし、キリカはトンタの彼女(自称)であり、アリナの姉はトンタの兄に買われ彼の元で奴隷生活を送っていた。のこのことアルンに赴いた非力な二人の少女は、ともすればヴァースアックという後ろ盾を奪うための派閥争いに巻き込まれかねない。以前のトンタのように、ヴァースアックとアルンの繋がりの存在を知らぬ者がほとんどだろう。

 故にレイシンは、ただの旅人一行を名乗り、仮に素性がバレたとしても、あくまで彼女達を連れ出したのは観光目的である、ということにしており、トンタにも、そう強く言い聞かせていた。

 本当は、トンタの生家の訪問もなしにしてしまいたいところだが、アリナたっての希望なので仕方ないだろう。二人を危険に晒さないよう頑張るしかない。

 そんな風にレイシンが意欲を高めていると、馬車が止まった。宿に着いたらしい。アルンの国までは距離があるため、途中で何回か宿に泊まる必要があるのだ。


「一日中じっとしてるのって、疲れるわね…」


 荷物を受け取って宿泊する部屋に入り、食事と入浴を済ませたアリナは、同室のキリカにぐったりと話しかけた。ちなみにトンタはレイシンと同室である。自分は御者と同じ部屋でいいと最後まで抵抗したトンタだったが、色々と聞きたいことがあるというレイシンからついには逃れられず、御者の方は無事、荷物運びのヴァースアックの使用人、シキと同じ部屋になった。この使用人は無口だが親切な青年で、アリナ達が暮らす屋敷の使用人の長を務めるイラの息子だという。


「あたしやっぱり、馬での移動は苦手だわ」


 道中何度か休憩は取ったが、アリナには辛い旅路だったようだ。


「うーん、難しいねえ。歩いていくと大変だからねえ…」


 キリカは困った笑顔で首をひねり、柔らかいベッドに沈むアリナをぼんやりと眺める。


「…キリカも疲れちゃった?」

「え?そんなことないよー!わたしは元気なのが取り柄だからね!ほらほら見てこの枕回し!」


 にっこりと笑うと、キリカは指の先に枕を乗せてヒュンヒュンと回転させ始める。

 すごい、そんなの見たことない、と称賛しようとしたアリナの口は上手く動かず、そのまま彼女は眠りに身を落としていった。


「…アリナ、寝ちゃった?」


 優しい問いかけに答えるのは小さな寝息だ。

 真っ白な布に赤い髪を広げ、宝石の目を閉ざしている彼女は、まるで絵画に描かれる女神のようだった。

 大人びて見えるこの子は、たった一人の妹だ。


「…守らなきゃ、いけないの」


 そう、約束した。

 けれど、睡魔に襲われつつある少女の脳裏に浮かんだのは、全く別の光景だった。


「…ご…めん…ね…ぼくは」


 世界を救う代わりに、あなたを悲しませてしまった。


「お姉ちゃん…」


 眠りについた彼女の眦から、微かな光が漏れて、すぐに消えた。





 アリナ達は災害に遭うことも賊に出くわすこともなく、予定通りにアルンの国へとたどり着いた。


「うわあ…!」


 アリナは眼前に広がる街並みに瞠目し、感嘆する。


「ここが、アルンの国…!」


 見渡す限り、煉瓦造りの、鮮やかな色合いの建物が規則的に並ぶ景色は、絵本の世界に入り込んだかのような錯覚を起こさせる。日の沈む時間帯であるため、より幻想的に見える。

 だが、ここはまだ誰でも自由に立ち入ることの出来るエリアで、貴族の住む場所はもっと美しいとトンタは勇んで貴族街へとアリナ達を招いた。期待に胸を膨らませてついていったが、そこに立ち並んでいたのは純白の石で築かれた屋敷であり、アリナの目にはあまり好ましく映らなかった。一切汚れのない白は、どこか無機質で冷たい印象を受けたのだ。

 好みで言えば、ヴァースアックの素朴な屋敷の方が素敵だと思う。


「それでは、旅の疲れを癒してください。明日はアルンの名所を案内しましょう」


 トンタにそう言われ解散した後、アリナは用意された部屋の豪華さに肝を冷やしつつ、窓からの風景を覗いた。

 ただの町娘であったアリナが、アルンの貴族の屋敷に足を踏み入れるなど、平穏な毎日を過ごしていた頃の自分は想像もしていなかった。人生、何があるか分からないものである。


「…ねえ、今大丈夫?」

「はーい?」


 扉の外から聞こえたキリカの声に、アリナは駆け寄り顔を出して何事かと尋ねる。キリカは目を伏せながら、


「大したことじゃないんだけど…ちょっと抜け出して探索してみない?」


 快諾し、アリナはキリカとこっそり外に出て…という訳にはいかず、ちゃんとトンタに許可をもらって屋敷を後にした。ヴァースアックの使用人、シキが付属されるのはやむを得ないことだ。

 アリナ、キリカ、シキの三人は、周辺を見て回る。外には貴族の姿はあまりなく、見かけたとしてもすぐに何処かへ行ってしまう。レイシンから常々、自分の目の届かない場では必ず二人のそばにいて守るよう言われていたシキにとっては、トラブルの元となる状況に陥らないのは幸いであった。


「…じゃあ、そろそろ帰ろっか」

「ええ、そうね」


 ほっとシキは胸を撫で下ろす。これでお叱りを受けなくて済む。

 彼の名誉のために記すが、彼は決して油断してはいなかった。突然背後から暴漢の襲撃を受けたとしても、ヴァースアックに名を連ねる彼ならば、一瞬で撃退できただろう。

 問題は、誰が襲ったかだった。


「…え?」


 隣にいた青年が急に視界から消え失せ、アリナは驚いて立ち止まった。

 どさり、と人の倒れる音がして、ようやく、シキが崩れ落ちたのだと気づく。


「えっ!?大丈夫ですか!?」


 慌てて彼の体を助け起こそうと屈んだら、腕を掴まれた。


「いっ…!な、何をするの!?誰…!?」

「…あ…ごめん。痛かったよね。ごめん。でも、言われたから、やらなきゃ…ごめん」

「…何言ってるの?」


 呆然とその顔を見つめる。


「キリカ」


 銀髪の少女は、アリナの手を捕らえたまま、怯えたように後ずさった。

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