33.旅行に行く
カヨウは耳を疑った。
「はあ!?アリナとキリカとレイシン兄さんが駆け落ちしただあ!?」
「絶対そうだよ!じゃなかったら何で何も言わずに出て行くのさ!?レイシン兄さんも誠実そうな顔してカヨウ兄さんと同じロリコンの獣だったってことだよ!」
「だからオレは違えってんだろ!嘘だろお前、うっそだろ!?」
カヨウは必死で、早朝に玄関で鉢合わせたアリナの様子を思い出す。
随分と大荷物を引っさげていたため「何だ旅行でも行くのか」と尋ねたら、「え、ええそうなの。ちょっとキリカと一緒に行ってくるわね」と早足で去って行ってしまったのだ。キリカと一緒ならどうせその辺の空き地でキャンプでもするのだろうと考えていたあの時の自分を殴りたい。
「どうしよう、どうしようカヨウ兄さん!レイシン兄さん甲斐性あるからキリカもあいつも平等に幸せにしちゃうよ!」
「落ち着け、二股かけてる時点で甲斐性はねえ!そもそも、あのクソマジメなレイシン兄さんが駆け落ちなんてする訳ねえだろ!多分マジの旅行とか…」
「じゃあ何で俺達に声かけていかないんだよ!」
血を吐くような叫びに、カヨウは口を噤む。
そう、問題はそこなのだ。旅行に行くのは別にいい。真面目なレイシンのことだ。たまには、少女達にも華やかな場所で羽を伸ばしてもらおうと企画したのだろう。
だが、何故それをカヨウ達に知らせずに出て行ったのか。知られたら何か不味いことでもあるのか。誕生日のサプライズか。カヨウの生誕祭はだいぶ先なのだけれど。
「…カイロウ兄さんに聞いてみよう。レイシン兄さんがあの人に黙って行くことは絶対にない」
「うん。そうだね」
二人は頷きあい、思いついたらすぐ実行だと執務室にこもるカイロウを訪ねたのだが、
「…私は聞いていない」
「はああああ!?」
何と使えない当主なのか。
「嘘つけよ!レイシン兄さんがあんたに何も言わないでどっか行くなんて、これまでの人生であったか!?ねえだろ!?あんた兄さんを何だと思ってんだ!?」
「…聞いていないものは聞いていない。確かに今朝、では行って参ります、この私にお任せくださいと意気込んではいたが」
「何でそこで何も聞かずに行かせちまうかな!?」
「キリカとアリナが共にいたため、そこらの空閑地で野営でもするのかと…」
「オレとおんなじ思考してんじゃないよ!」
父さんが泣くぞ、と思いながらもカヨウはこれからどうするべきか考える。
レイシンがカイロウに詳しい報告なしで遠出するなど、余程のことがあったに違いない。日常のストレスが爆発し、可愛い女の子に囲まれた傷心旅行を思い立ったのも、まあ、あり得ないとは言い切れない。しかし心配なのは、そんな精神状態のレイシンがちゃんと二人を守れるか、だ。
三人がどこに行ったのか分からない。たくさんの荷物を持っていたので日帰りで帰ってこられるような近場ではないだろうし、そうなると移動手段は徒歩ではないだろう。今から領地周辺を捜索したとしても見つからない。
遠方にあり、旅行先に向いていて、心を癒せる、女の子が好みそうな土地といえばどこか?
一択だ。
「レリウス王国…」
その呟きに、カイロウはぴくりと眉を動かし、ヒソラははっと息を飲んだ。
「そういえば、キリカが、アリナは英雄王が好きなんだって…」
「間違いねえ!そこだ!カイロウ兄さん、オレ達は三人を追いかける。そんで一緒に観光してくるぜー!向かうは西だ!」
勢いよく飛び出して行ったカヨウに、ヒソラも「安心して、お土産は買ってくるから!」と続き、カイロウは一人執務室に取り残された。
まるで嵐のようだった。再来した静けさは二人が来る前よりも一層際立つ。
気をつけて行ってこいって、言えなかったなと反省しつつ、カイロウはゆっくりと立ち上がり、壁に立てかけられている剣を手に取り、風のような速さでその先を虚空に向けた。
「…何。怖いんだけど」
「私に化けてレイシンから報告を受けたのは、お前だな」
その鋭利な言葉に、そこに在る透明の何かは、くすくすと、笑った。
「カヨウ達に話さなくて、本当に良かったのかしら…」
「いいの!カヨウお兄ちゃんとかヒソラお兄ちゃんとか、絶対ついてこようとするし、そしたら絶対トンタさんにひどいこと言うもん!お兄ちゃん達はゲスだから、アルンの国でもナンパするかもしれないし!」
断言したキリカに、向かいに座るトンタは「お前…」と感激したように口を両手で覆う。
現在、アリナ達は迎えに来たトンタの馬車で、大陸の最も東に位置するアルンの国に移動している。キリカとアリナは隣り合って座り、その正面には、隙なく目を光らせているレイシンと、ことが思い通りに進んで上機嫌だが時折隣人にビビって身震いするトンタがいる。
「アルンに着いたら、まずは我が屋敷で寛いでください。兄との面会は、観光の後で良いですから」
「観光!わーい、わたし、アルンの国初めてだから楽しみだなー!」
「あたしも初めてだけど、ちょっと怖いわ…」
「心配することはない。何があっても私が二人を守護しよう」
「わあ、レイシンお兄ちゃんカッコいい!」
キラキラした眼差しを送って来るキリカに、レイシンはフッと微笑む。
アリナがアルンの国へ行こうとしている、とカイロウに報告した時、彼は珍しく笑みを浮かべ、レイシンの肩を叩いて「ではお前が付き添え。お前ならば何が起きても対処出来るだろう」と、信頼を示してくれたのだ。
その期待を裏切る訳にはいかない、とレイシンは燃えていた。
「甘くて美味しいお菓子とか、いっぱいあったらいいなー!」
キリカは、アルンの国に一緒について来てくれないかとアリナに誘われ、一も二もなく了承し、同行している。トンタの実家にも行くらしいし、断る理由がない。アリナがこのことを、ヴァースアックのきょうだいにあまり知られたくなさそうなのも、キリカは特に詮索しない。そういう時もあるだろう、と思うだけだ。
キリカ達を守るのはレイシン一人だ。キリカがどこにいても野生の勘で探し当てるヒソラも、アリナを人一倍気にかけてフォローするカヨウもいない。レイシンが頼りないとは言わないが、一人の人間では限度というものがある。
故にキリカは、何かあったら自分がアリナを守ろうと決めていた。
だって、キリカはお姉さんだから。妹を守らなくちゃいけないから。
だから。
(…痛い)
原因不明の頭痛がしても、キリカは笑顔を崩さない。
演技は得意なのだ。遊び以外で他人を騙すようなことをするなと言いつけられているけど、今だけはそれを破る。
妹に心配かけちゃいけない。守ってあげなくちゃいけない。
(わたし、お姉さんだもん)
キリカはちっぽけな手を握りしめ、嘯いた。




