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31.画策

 ミカゲツの告白から数日、アリナは彼を意識して避けつつも、特に変わったこともなく過ごしていた、そんな時。


「あ」

「あ...どうも、こんにちは」


 玄関から恐る恐る侵入して挨拶してきた男を目撃し、自然とアリナの眉間に皺が寄った。

 小太りで、背は決して高くない。鈍い青の薄毛と、常にこちらを値踏みしているような細い黄色の目はどうも好きになれない。


「何でここにいるんですか...?」


 辛辣にならざるを得ない。何と言っても、キリカを騙し利用していた男だ。いくらキリカ自身が男を好いているとしても、彼女はまだ幼い。変な憧れは身を滅ぼしかねないのだ。

 自分がキリカと同い年であることは隅へ押しやって、アリナは警戒心をあらわに男、トンタの前に進み出た。


「カイロウさんにご用事とのことです」


 答えたのはトンタの隣にいる中年の女性だ。彼女は使用人の長を務めており、先祖代々ヴァースアックに仕える家系の者であるという。名前はイラ。アリナが初めてこの屋敷に足を踏み入れた際に出迎えたのも彼女である。


「そう、だから君に構っている暇はないんだよ、すまんね」

「...そうですか」


 構ってほしいなどとは思っていない、とちょっとむっとしつつも、アリナは改めて考えてみる。

 彼は、世界一美しいと言われるアルンの国の貴族、それも伯爵の弟である。

 アリナはアルンの国の貴族を彼以外見たことはなく、昔、近所の人からは、アルンのお貴族様の気分を害したら社会的に死ぬ、という話まで聞いていた。

 そんな人にこんな素っ気ない態度をとっている。あらすごい、何だか偉くなったみたい!

 まあヴァースアックの人々と寝食を共にしているという時点でおかしいのだが...。

 アリナの考えを知る余地もなく、トンタはイラに導かれ執務室へと消えていった。

 一体カイロウと何を話そうと言うのだろうか。前回はあんなに怯えていたのに。いや、怯えていたのはカイロウに対してではなくレイシンやカヨウにであったか?

 何にせよ。


「気になる」

「きゃっ!?」


 耳元で急に声を出されたことで、アリナの肩が跳ねて赤い髪の毛を踊らせた。振り返ると、少しばつの悪そうなヒソラがいる。


「悪かったよ、脅かすつもりはなかった」

「ううん、平気よ、こっちこそうるさくてごめんなさい」

「ん。それで、あいつのこと、あんたも気になるだろ?」

「...ええ」

「よし」


 ヒソラは真面目な顔を崩さず、言った。


「盗聴しよう」





 そっと、物音を立てないようにゆっくりゆっくり近付く。ヒソラは流石ヴァースアックの者というべきか、普段の歩調でも驚くほど静かに移動しているのだが、アリナはそうもいかないのだ。やっとのことで執務室の前に到着したが、耳をすましても室内の音はほとんど聞き取れなかった。


「......おどろ...たが、しん......です。さて、いか......」


 辛うじて聞こえたのはトンタの声だろうか。一体カイロウに何の話をしているのだろう―――


「―――我等はヴァースアックだ」


 突然、鮮明に音が飛び込んできた。

 ひっと息を飲み、ヒソラにぎょっと見られるが、まだ耐えた方である。アリナの目は別の場所を映していたのだ。

 部屋の中が、見える。

 カイロウとトンタが対面に座っているのも、レイシンが厳しい表情でカイロウの側に直立しているのも。まるで執務室の天井に張り付いて彼らを見下ろしているかのようだ。アリナは扉の外にいるのに。

 見えるはずのないものが見えている。

 聞こえるはずのないものが聞こえている。


「彼女は今はこの地を去っているが、同志のようなもの。彼女に手を出すと言うのであれば、私が相手をしよう」


 カイロウは、表情を一切動かさずに言い切った。


「ああ、ああ勿論、彼女を連れ帰るなどと愚かなことはしませんよ!ただ、ただですよ?彼女は私の兄の家族にも等しい存在でしたのでね。聞けば、あの赤髪の少女は彼女の妹だと言うじゃないですか!」


 赤髪の少女?それが、妹?

 つまりそれは。彼女と呼ばれる人は。


「兄はいたく興味を示しましてね、彼女を諦める代わりに、少しでも良いので姿を見てみたいと言うのです!」


 今度は、アリナは耐えられなかった。

 愕然とし、体勢を崩し、よろめく。彼女の目は未だ室内にあったので、体がどうなっているのか見て理解することが出来ずに倒れかけた。

 すんでのところでヒソラが彼女を抱え、そのまま逃亡した。

 幸いにも中にその音は伝わらなかったようで、トンタは熱弁をふるい続け、レイシンはその内容に更に顔を険しくする。

 しかしカイロウは一人、天井にちらりと目を向ける。あまりにも恐ろしいその視線は、もしそこに誰かがいたなら震え上がっていただろう。だが、天井で何かが震える様子はない。

 震える代わりにそれは、可笑しそうに笑った。

 げらげら、げらげら。げらげら、げらげら。

 笑った。





「何やってんだよ!バレるとこだったじゃないか!」


 執務室から十分離れたところでヒソラはアリナを下ろし、文句を言い募る。

 アリナは呼吸を整えつつ、自分が体験したことを話した。

 急に視界が室内に移動したこと、彼等が会話していたのは、おそらく自分の姉ミサについてだということ、トンタの兄がミサの家族同然ということは、ミサはトンタの兄に買われそこで奴隷として生活していたのではないかということ、トンタの兄はミサの妹、つまりアリナがここにいることを知り、会いたいと言っているらしいこと。

 それらを捲し立てられたヒソラはたっぷり一呼吸ほど言葉をなくし、「正気?」と尋ねた。失礼である。


「俺はあんまり聞こえなかったから、それが本当かどうか分かんないけどさ...それが本当だったら、あんた、どうすんの?」

「どうって...」

「だって姉を買って逃げられた男がその妹に会いたいなんて、完全に妹を...あんたを姉の代わりにしようとしてるってことじゃないの。しかもあいつの兄ってことは、かなりやな感じの男っぽいし」

「...どうしよう?」


 何だか泣きたくなりながら呟くと、ヒソラはうーんと唸り、やがて軽く答えた。


「多分大丈夫だと思うけどね。カイロウ兄さんもレイシン兄さんも、あんたが嫌なら無理矢理会わせたりしないと思うし、何よりカヨウ兄さんが許さないんじゃない?」

「そうかしら...」

「そうだよ」


 それならいいのだけれど、とアリナは思ったが、現実はそううまくいかなかった。


「君は、アルンの国へ行くべきだ」

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