3.絶叫弟と激おこお兄さん
ヴァースアック。
その名を知らない者など、いない。
アリナは、愕然とすると同時に、妙に納得していた。
確かに、カヨウの強さは異常であるが、カヨウがヴァースアック一族ならば、それは何らおかしくはなかった。
「あいつらは、皆ヴァースアック一族なんだ。初代の直系の子孫って訳じゃないが、ヴァースアックの血を継いでる。まあ外から嫁さん連れてくる奴もいるけどさ。今は大規模な戦争とかないし、皆のんびり生活してんだよ。ほら、男共が畑仕事とかしてるだろ?戦争の依頼がきたら男はほとんどいなくなるんだ。つっても女子供が弱いって訳じゃねえぞ?皆鍛えてるし、逞しいからな。ヴァースアックの名に恥じないようにな」
カヨウがべらべらと何か言っているが、アリナにそんなもんを聞いている余裕はなかった。
逃げなければ。
ただひたすらにそう思った。
ヴァースアック一族の者と共にいるなど、出来る訳がない。必ず殺される。
先程までアリナはカヨウを警戒していたが、それもなくなった。あるのはただ、恐怖のみ。
だが、ここでアリナが逃亡したとしても、すぐにカヨウに捕まる。今はまだ、カヨウに従わなければならない。
カヨウに従い、時期を見て逃げよう。アリナはそう決意した。
ただ、それまで命の保証はない。
アリナは凄まじい恐怖に耐えながら、カヨウについていった。
「おーっす、ただいま」
「お、カヨウか。おかえり。何だ何だ、そんな可愛い女の子どうしたんだ?」
「カイロウ兄さんに頼まれてな」
「ほお、カイロウに?なら早く行ってあげな。さっきからレイシンの怒鳴り声がひどいんだ」
「うわマジかよ、おっけ分かった」
カヨウと和やかに会話していたおっさんは、アリナに視線を向けると、ばちこーん☆とウィンクをした。アリナは僅かに震えながら会釈で返した。
やがて、アリナは屋敷の前にたどり着く。それは他の家とは比べ物にならない程大きく、立派であった。
「着いたぜアリナ。ここがオレ達の家だ!」
告げると、カヨウは堂々と玄関を通っていった。アリナは唾を飲み込み、カヨウの背中を追いかけた。
「ただいまー」
「おかえりなさいカヨウさん、カイロウさんが待ってますよ」
使用人と思わしき中年の女性が、入ってすぐにカヨウを出迎えた。
「よし、じゃあアリナ、カイロウ兄さん...ヴァースアック一族の当主のとこに行くか」
「...はい」
ヴァースアック一族当主。その言葉に喉がからからになりながらも、アリナはやっとの思いで声を出し、返事をした。
「ああああああああ!!カ、カヨウ兄さんが、女の子つれてる!?嘘だろあのカヨウ兄さんが!!ちょっと!ミカゲツ兄さん!カヨウ兄さんがめっちゃ可愛い女の子お持ち帰りしてきたー!!」
しかしカヨウとアリナが進むことは叶わない。
お化けでも見たような表情の美少年が部屋から出てきたかと思うと、絶叫した。
「はあ?馬鹿言わないでくださいヒソラ。カヨウ兄さんが女の子、ましてや可愛い子を連れてくるなんてそんな奇跡が起こる訳があああああああ!?」
ヒソラと呼ばれた美少年に似ている、ミカゲツと呼ばれた美青年が、アリナとカヨウを目の前にして、同じように絶叫する。
「何ですか!何ですかその子!超可愛いじゃないですか!!カヨウ兄さんあんたどんな卑怯な手を使ったんだ!!」
「そうだよカヨウ兄さん!何で俺達にまず紹介してくれないの!?ていうか何でカヨウ兄さんが、イケメンでも何でもねえむしろ悪い顔のカヨウ兄さんがそんな女の子を...!」
「てめえらぶっ飛ばすぞ」
カヨウは殺意のこもった目でミカゲツとヒソラを睨んだが、やがてため息を吐いた。
「カイロウ兄さんに頼まれたんだよ」
「あっ...」
「あっ...」
察し、という様子の二人を無視して、カヨウはどんどんと中へ歩いていく。アリナは慌ててそれを追った。
アリナは不安だった。
カヨウについていくにつれ、どこからするのか怒鳴り声が大きくなっていくのだ。
やがて、アリナはその部屋の前にたどり着いた。
怒鳴り声は、そこから聞こえていた。
「うっわ、レイシン兄さん激おこじゃねえか...」
カヨウが汗を流しつつ、部屋のドアをノックし、開けた。
「カヨウ、戻りまし」
「だから何故私に相談してくれなかったんですか!!事前に聞いていれば私だってそこまで反対はしませんでしたよ!!」
カヨウは、無言でぱたんとドアを閉めた。
「...やべえ、レイシン兄さんマジギレしてんじゃねえか...」
「...大丈夫、なの?」
アリナが思わず尋ねると、カヨウは真面目な顔で首を横に振った。
「カヨウ、入ってくれ」
しかし、また別の男の声がする。アリナとカヨウはそれぞれ覚悟を決めた表情で、入室した。