28.変わらない日々を
レイシンの薬草お粥により、翌日にはすっかり元気になったカヨウは、未だ体調の優れないアリナの元へ水と薬を運んでいた。
「...アリナ?起きてるかー?」
控えめなノックの後、そっと扉を開けると赤い顔をして眠っている彼女の姿が目に入る。だいぶ辛そうだ。
「...水と薬、ここに置いとくからな。起きたら飲むんだぞ」
「そんなん効果あんの?」
「ぅおっ!?」
誰に聞かせる訳でもなかった呟きに返答され、カヨウは肩をびくつかせて声のした方へ振り返る。先程までキリカと一緒に、アリナの為に果実の皮を剥いていたヒソラがそこにいた。
「別におれもそういうの詳しくないけどさ。どうなのカヨウ兄さんは理解してんの?」
「いや、誰だよお前」
「えーっ」
少年はカヨウの言葉に驚いてみせた後、がらりと雰囲気を変える。
「ほんと家族のことになると鋭くなるんだなお前。いや、流石だよカヨウちゃん。おれが認めてあげる」
にやにやと弟の顔で笑い、真っ赤な口を開くそれにカヨウは吐き捨てた。
「ヒソラがここに来るとしたらキリカもだろうし、話し方と気配が少し違う。つーかそれより誰なんだよてめえは。ヒソラの体を乗っ取ってる訳でもなさそうだし。幻覚か?」
「あら、やっぱり覚えてないのね。スイちゃんがすごいのか、お前の、衝撃を与えるとすぐにものを忘れる頭がすごいのか」
「喧嘩売ってんだろ」
睨み付けると急に少年は表情を消した。
「お前、やっぱり似てるな」
「...誰にだよ」
「おれを騙して、何よりも愛しい人と引き裂いた下衆野郎にだよ」
「...何それ全然嬉しくねえ」
少年は大股でカヨウに歩み寄り、顔を見上げた。
「...あの代用品は、お前以上に家族を大事にしてる。馬鹿みたいにな。だからおれも今は従っててやんのさ」
「...どういう...」
どさり。
問いかけを発する前に、カヨウの体は崩れ落ちた。
「...さあて、カヨウちゃん。問題だ。お前の記憶は一体何回改竄された?一回?二回?十回?何故お前ばかり記憶が消されていると思う?」
少年は腕を広げ、嘲笑う。
「お前が毎回、真実に到達しかけているからだよ。今回は別としてもな。その度にお前は記憶を失い、元に戻される。...それがお前にとって幸いだと、あの代用品は本気で信じているのさ」
少年は次いで横たわるアリナに目を向けた。
「...それで、お前はどう動く?魔を継ぐ者」
(びっくりした...)
アリナは忙しく鼓動する心臓の音を聞きながら、深呼吸をした。
目はとっくに覚めていた。カヨウが「ぅおっ!?」と声を上げてから。
ヒソラと同じ声をしたものは、背を向けるアリナに問いかけてからすぐに部屋を出ていったが、残した言葉は消えてくれなかった。
(まを...つぐもの...?意味がわからない。あたしを誰かと勘違いしてる...?)
アリナの家は平凡な家庭である。父親と母親は駆け落ちで結婚したけど。
とにかく、考えても分からないので、考えないことにする。
「...カヨウ、大丈夫?」
床にのびたままのカヨウに手を伸ばして揺さぶると、「お...おお?すまん寝てた...」とゆっくり起き上がった。
「...ねえ、カヨウ、さっきのことだけど...」
「んん?さっきぃ...?」
その反応を見て、アリナは少年の言っていたことが間違いではないと確信した。
「わあああ!ミカゲツお兄ちゃんすごいんだよ!」
「もっと褒めてもいいですよ」
りんごをうさぎ形に切っただけで目をきらきらさせた妹に称賛され、ミカゲツはにこにこしながら次々とうさぎを産み出していく。
その傍らで対抗心を燃やした弟が失敗作を量産しているのも勿論見えているが、特にやり方を教えるつもりはない。
そういえば。
(...カヨウ兄さん、水と薬置いてくるだけなのに、遅いですね)
...どうせ弱ったアリナといちゃいちゃしてるのだろう。一つ屋根の下で暮らす特権をフル活用している。おのれ―――
(おっと、危ない危ない)
思考が変なところに走るのを精神力で留め、ミカゲツはまた新しいうさぎを誕生させる。
「ミカゲツお兄ちゃんって手先すごーく器用だよねー!」
「ありがとうございます」
笑顔で礼を言い、ちらりとヒソラに視線を投げる。まだ悪戦苦闘している。どうやら躍起になっているようだ。
妹に賛美され、弟をムキにさせる。何とも楽しい生活である。
(...だから、いらないんですよ。あんな人は)
ミカゲツの笑顔が崩れることはない。




