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26.それぞれの看病

 ミカゲツは、珍しいことに整った顔に浮かんだ焦りを隠すことなく、厨房に駆け込んだ。


「カヨウ兄さんとアリナが二人揃って風邪ってどういうことですか!?」


 その声に反応し振り向いたのは、多種の調味料を奪い合っていたヒソラとキリカの二人である。可愛らしい水玉の色違いのエプロンを着ており、どうやら二人でお粥の仕上げをしているようだ。


「どういうことって...そのままだよね」

「うん。アリナとカヨウお兄ちゃんが中庭で寝ちゃったらしくて風邪ひいちゃって寝込んでるんだよ」

「それ!それですよ!何ですか中庭で二人で寝てたって!しかもカヨウ兄さんは朝からお風呂に入ってたし!それ完全にあおか...!...いや、何でもない。失言でした」


 「青か...?」と顔を見合わせる弟妹に、ミカゲツは下手なことを口走ってはいけないと自粛の念を抱いた。

 深呼吸の後、よくよく観察してみるとおかしなことに気付く。


「...キリカ?それ持ってるの砂糖...?」

「えっ!?」


 ぎょっとキリカが手の中の、白い粉の詰まった瓶に目を落とす。その粉は先ほどまで、出来立てほかほかのお粥に降り注がれていた筈だ。


「馬鹿、何やってんだよ」


 呆れたようにヒソラはキリカを小突き、今度は自分が持っていた袋を逆さにする。

 どばぁっ


「ちょっ!ヒソラお兄ちゃん塩入れすぎだよ!ていうか何で塩を袋に入れて使ってるの!?瓶の、いつも使うやつは!?」

「え、だって塩分って大事なんだろ?だったらいっぱい入れた方が...」

「そんなに入れたらしょっぱくて食べられないよ!」

「あっ...」


 しまった、といった表情のヒソラに、「仕方ないなー、これはカヨウお兄ちゃんのにしよう」と呟くキリカ。

 「いや、いくらカヨウ兄さんでもそんなの食べたら体壊しますよ」と突っ込みを入れつつ、ミカゲツは疑問を口にする。


「そもそも、何故二人がお粥を?使用人に任せればいいじゃないですか」

「分かってないなあミカゲツお兄ちゃんは!こういうのは真心が大事なんだよ!思い立ったら行動なんだよ!...結果は伴わなかったけど」

「まあ、たまにはいいかなって思ってさ...失敗したけど。やっぱり、本職に任せとけば良かったかな」


 しょんぼりと目を伏せる弟妹の頭をぐしゃぐしゃに撫でたい衝動に駆られ、それを押さえ付けながらも、ミカゲツは微笑んだ。


「きっと、カヨウ兄さんもアリナさんも、すごく喜んでくれますよ」

「...本当に?」

「勿論」


 笑顔で頷き、二人の顔に明るさが戻ってから、ミカゲツは告げた。


「ただし、このお粥は味付けがめちゃくちゃなので僕達で処理しましょう。一から、新しいのを作り直しましょう。大丈夫、手順から逸れたらその都度僕が軌道修正しますから」





 アリナは自室のベッドの上で、丸まって横たわっていた。

 風邪をひいていると発覚したのは数刻前、中庭から戻って着替え、朝食のため食堂に向かったところ、キリカから「何かアリナ顔赤くない?汗いっぱいだよ?」と指摘され、気付いたら体もだるく、更に発熱していたということで自室送りにされたのである。

 完全に中庭で一晩を過ごしてしまったことが原因だ。いくらこの地の気候が穏やかとはいえ、外で普段着のまま寝てしまうのは無理があった。

 ちなみにその説明をすると、食堂にいたレイシンは「何故中庭で何の用意もせずに寝たんだ!そして何故私は気付かなかった!ああ、いや、アリナは早くベッドに戻りなさい」と怒鳴られた。真面目な彼らしい言葉である。

 しばらく前に様子を見に来たキリカによると、カヨウも同様の症状であるらしい。お大事にしてほしいものだ。


 寒気に震え布団を離せないでいると、ノックをする音が聞こえたので小さく返事をする。

 入ってきたのはレイシンで、彼の手には盆があり、お粥と水が乗せられていた。


「わざわざ、ありがとうございます...」


 掠れた声で言うと、レイシンは眉をひそめ、首を振った。


「いや、カヨウとアリナの二人が中庭で寝ていたことに気付けなかった私には責任がある。無論、うっかりしていた二人にも改善すべき点があるが...今は治すことに専念すればいい」

「はい...」


 ゆっくりと身を起こし、レイシンから渡された盆の、お粥の中身を見て一瞬固まる。

 何と言うか、全体的に緑色だ。


「体にいい薬草をふんだんに盛り込んだ。これですぐに良くなる筈だ」


 何故か得意気なレイシンを横目に、アリナは恐る恐る少量をすくって、ぱくり。


「んんっ!?」


 思わず声が漏れた。

 苦い、苦すぎる。かなりエグい。

 水を飲みたいが、作ってくれたらしいレイシンを前にしてはそれも出来ない。

 これがあと、目測にして鍋一杯分残っている。

 心が折れそうだ。


「あーっレイシンお兄ちゃんもお粥!?わたし達も作ったのに...!情報がうまく行き渡ってないんだよ!」


 そこに入室してきたのは、盆を持ったキリカと氷のうを持ったヒソラ、手ぶらのミカゲツである。

 ミカゲツはレイシンのお粥とアリナの顔色を見て何かを悟ったのか、優しげな声で言った。


「レイシン兄さん、そのお粥、カヨウ兄さんが好きそうな見た目ですね。それにアリナは甘い方が好きみたいで、僕達のお粥は甘い味付けですから、そっちはカヨウ兄さんに持っていってあげたらどうですか?」

「ん?そうなのか?」


 問いかけてくるレイシンに、アリナは瞬きをしてから、こくこくと頷いた。不思議そうに何か言いかけたキリカは、瞬時にミカゲツの手で口を塞がれる。


「そうか、まあ...いいか。ではアリナ、しっかり養生するのだぞ」

「はい。ありがとうございました」


 レイシンが退室して少ししてから、アリナは水を喉に流し込み、ヒソラは何とも言えない表情を浮かべ、解放されたキリカは猛攻儀を始めた。


「もー!ミカゲツお兄ちゃんいきなり何!?びっくりしたんだよ!ていうかわたし達のお粥は甘くないよ!今度は砂糖と塩間違ってないもん!」

「レイシン兄さんに料理なんてさせたらどうなるか分かりませんか...?栄養のことしか考えてないから味がむごいことになるんですよ...」

「むごいとまで言うか...まあ俺も同感だけどさ」

「ああ...そういえばそうだったね...」


 どうやらミカゲツ、ヒソラ、キリカはレイシンの手作り料理を食したことがあるようだった。


「何はさておき。アリナさん。こちら、キリカとヒソラが一生懸命作ったお粥です。味は僕が保証します、安心を」

「あたしの為に...?ありがとう、キリカ、ヒソラさん!」

「家族なんだから当然だよ!」

「...まあ、早く良くなればいいな」


 輝くような笑顔のキリカに、そっぽを向くヒソラ。

 二人の好意を有り難く受け止め、アリナはお粥を食べ始めた。





「にっが!にっが!ばっかじゃねえの!?何でここまで不味く出来るのか全然分かんねえよ!」

「何だその言い分は!折角作ってやったというのに...!」

「頼んでねえんだよ!つうかはっきり言って材料の無駄だろこれ」

「...もういい。それは私が食べる。お前は薬草でもかじってろ」

「はあ!?兄さん元気だろ!?そんなん食っても意味ねえじゃん!」

「お前が不味くて食べないと言ったのだろう!捨てるのは勿体無いだろうが!」

「食わないなんて一言も言ってねえよ!ったく、兄さんだってレシピ通りにすれば食えなくはないもんが作れるとオレは思うのに何でオリジナリティ出すかな...もぐもぐ。にがぁっ」

「...嫌なら食べなくていいんだぞ」

「食うよ。折角作ったもんだし。油断してるともう二度と食えなくなるかもしれんし」

「...それは、絶対にないことだ。...私は...私だったなら、悪魔などには、屈しなかった」

「あ?何だって?小声やめろよ」

「その言葉遣いを改めろと言ったのだ!大体お前は兄に対しての敬意というものが感じられん。いいか、言葉にはその人の心が表れる。言葉遣いがだらしないものは性格もだらしなく...」

「あー、はいはい」

「聞いているのか!」

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