23.既知
今、この妹は何と言った。
デート?
デートと言ったのか?
デートって何だっけ?
「デート」...男女が日時を定めて会うこと。あいびき。
あいびき。
逢い引き!
「うおおおおわあああああああ!!」
「ヒソラー!」
目の前の現実に思考がショートしたヒソラは回れ右、そのまま脱兎のごとく逃げていった。
弟の鮮やかな逃走に妙に感嘆しつつ、カヨウは中年男の肩に手を置き優しく微笑みかける。
「なあ、お前、キリカが変なこと言ってんだけど、何でなのか説明してくれないか?」
ギリギリギリギリ。
「痛い痛い痛い!指が!指が食い込んでますから!」
「ははっ、そう怖がることないぜ。何たってオレはヴァースアック一の優男!」
「カヨウお兄ちゃんは優男っていうより山賊っぽいよね」
「キリカは黙ってなさい。オレは誰が何て言おうとカッコいいのだ。男前なんだよ」
ビキビキビキ。
「あだだだだだ!!肩が、肩が変な音を発している!はな、離してくださいいい!」
「おう、勿論。お前がちゃーんと説明してくれんなら離すよ」
「せ、説明って...俺とキリカが付き合ってるって件ですか?」
ゴキッ!
「ぎゃあああああああ肩がああああああ!」
左肩を押さえて丸まり悶絶する中年男を、カヨウは何もせず見下ろす。その顔は表情を形作っておらず、放心状態だ。
一方アリナはというと、当事者のキリカに食って掛かっている。
「キ、キリカ、どういうこと!?つ、付き合ってるって、あの男の人と!?」
「う、うん...アリナ顔怖いよ?」
「あたしのことはどうでもいいの!何で、何であの人なの!?キリカの三倍くらい年上でしょう!?い、いくらなんでも...!」
「んーっと、わたしは今15でトンタさんは31だから、二倍だよ?」
「さんじゅっ!?てっきり四十代かと...って、そうじゃなくて!ど、どうしてなの!?向こうはかなりの大人よ。だ、騙されてるんじゃ...」
「むー、確かにわたしは子供っぽいってよく言われるけど...」
ぷく、と頬を膨らませて仏頂面になるが、すぐに一転しキリカは目を泳がせ赤面する。
「あ、あのね...トンタさんはね、何かこう...そばにいてあげたいの」
「ぐぼらっ」
「うぐっ」
何故かカヨウとアリナがダメージを受けた。
そのそばにいてあげたい男は今、苦痛に耐えきれずにぼろぼろと涙を流している。
「わたしのこと、トンタさんは、子供扱いしないでくれるの。み、魅力的な女性だよって...」
「うう、恥ずかしい...」と赤い顔を隠すキリカを魅力的と言った男は今、地面に転がって情けない声を上げている。
「それとね、トンタさん、カッコいいんだよ。お偉いさんとお話する時にね、キリッとした顔になって、すごく...何て言うか、すごく、こう、胸が苦しくなるの」
キリカの胸を痛ませる男は今、「ぢぐしょう、いてえ、いてえよお母さん」と喚き伏している。
カヨウは無言で男を引っ張りあげると、外した肩を元に戻してやった。
「ぼうっ」と声を漏らし、男はようやく泣き止む。
「えっとね、実はさっきまで、カイロウお兄ちゃんとレイシンお兄ちゃんに、トンタさんと一緒に挨拶してたんだよ。わたし達、お、お付き合いしてます...って。そしたらね、お兄ちゃん達わたしに良かったなって笑ってくれて、後は二人で過ごしなって。それでここにデ、デートしにきたの。ね、トンタさん」
「あ、ああ。そうなんですよ」
男、トンタはへろへろで頷く。
「だからね、わたし達...ちょっと観光してたの。そしたら、お兄ちゃんとアリナに会ったんだ」
「...そ、そう...」
アリナはそれしか言えなかった。
カヨウに至ってはそこらに何故か転がっていた意識のない輩の介抱を始めている。今まで彼らのことはキリカ騒動で目に入っていなかったが、ガリガリとゴリゴリの男が特徴的だ。
輩は気がつくとカヨウに礼を言い、そそくさと帰っていった。カヨウとアリナが男を罰する者にでも見えたのだろうか。
ゴリゴリのマッチョさんだけは最後、振り向き様にモストマスキュラーを披露し、ガリガリにはたかれていたが。
「よし、キリカ。帰るぞ」
慈善活動を終え、さっぱりしたカヨウは未だ頬を赤らめているキリカに言い放つ。
「家族会議だ」
「だから!!何故!!何故いつも私に知らせてくれないんですか!!アリナの時だって私は何回も言ったでしょう!?事前に聞いていれば私だってここまで怒りませんよ!あの信用のおけない男に好き勝手させることもなかった!なのに、なのに兄上はいつだって一人で...!!」
「ただいま兄さん達!早速だけど家族会議のお時間だぜ!」
執務室にて、カイロウにぎゃんぎゃん吠えていたレイシンを正気に戻したのは、アリナや弟達と共に街に行っている筈の、すぐ下の弟の声だった。
見ると、目が笑っていないカヨウの後ろには真剣な表情のアリナ、顔が死んでいるヒソラ、いつも通りのミカゲツに、不安げなキリカとびくびくしているトンタもいる。
「...何故、その男がいる?」
レイシンが低く問うと、トンタはあからさまに体を跳ね、それからにこりと笑った。
「ええ、私も驚いております。まさかまたこちらに訪問することになるとは。実は出掛けた先でキリカの兄であるカヨウさん達と偶然...」
「私はお前には聞いていない」
殺気をもろにぶつけると、トンタは短い悲鳴を上げ尻餅を着き、滝のような汗をかいた。
すると、黙していたカイロウが立ち上がり、歩み寄ると彼の手を取って起き上がらせる。
「弟が失礼した。ご容赦いただきたい」
「...ええ、お気遣いありがたく頂戴します」
その光景にカヨウは目を見開き、「おいおいおいおい」とカイロウに詰め寄った。
「カイロウ兄さん、分かってないだろ。こいつ...キリカを騙してんだぞ」
「えっ!?何言ってるのカヨウお兄ちゃん!」
「少し考えれば分かる。この男は...キリカを利用して、オレ達ヴァースアックに近付こうとしてんだよ」
その言葉に、トンタの様子が一変した。
それまで何とか保っていた笑顔が崩れ、怒り、焦りが浮かび、やがて絶望が支配した。
カヨウは彼を憎々しげに見下す。
「やっぱり、そうかよ...。キリカ。あんまり、落ち込むなよ。お前はガキだがもっといい相手が...」
「...ううううう!カヨウお兄ちゃんの、ばかーっ!!」
「えっ!?何でオレっ!?」
ぽこぽこと叩いてくるキリカにカヨウは面食らう。
そして、カイロウは固まるトンタを視界に収めながら、言った。
「そんなことは、とうに知っている」




