22.認めたくない
時は遡り、カヨウが営業妨害で掴み掛かられたその時、全力で走ってきたヒソラは二人の姿を確認して声を張り上げた。
「待った待った!そこの兄さん、一体何をやったの!?」
「んぉ、おおヒソラ!助けにきてぐがばぁっ!?」
「うるさい俺は兄さんには聞いてないんだよ」
感激のあまり抱きつこうとしたカヨウの股を蹴り、ヒソラは周りに集っていた被害者達にくるりと顔を向け、思いっきり怯えた表情を見せた。
庇護欲を掻き立てられる美少年に、おばちゃん達と一部の野郎共が反応する。
「ご、ごめんなさい、俺の兄さんが何かやらかしちゃったみたいで...俺で弁償出来ることならいいんだけど...」
もう一度いうが、ヒソラは美少年である。普段は冷めているように見られる顔を余すことなく演技に費やせばどうなるか。
こうなる。
「なーにそんな大したことじゃないさぁ!確かに皆の動きが止まるくらいの騒音だったけど、あんたには何の罪もないんだからね!」
「そうそう、君が気に病むことはないんだよ!そっちのお兄さんにも、何か事情があったんだよね?」
「あ、ああ、そうなんだがべっ」
「うん、俺の兄さんったら俺とはぐれたからって焦っちゃってさ...おかげで俺は迷子にならずに済んだけど」
弁解しようとしたカヨウに腹パンし、ヒソラはとてつもなく申し訳なさそうに顔を伏せた。
「何だそうだったのかい!じゃあ仕方ないね!あんたみたいな子が拐われでもしたら大事だからね!」
「うん、ごめんね皆!ありがとう!」
ヒソラは最後に笑顔で皆に礼をし、悶えるカヨウと未だ耳の調子が良くないアリナの手を引っ掴むとその場から勢い良く逃亡した。
残されたのはそれらを暖かく見送るおばちゃん達と一部の野郎共、そしてカヨウへの怒りで興奮冷めやらぬ男衆である。
男衆はおばちゃん達に焦って言い募る。
「お、おい!何勝手に逃がしてんだ!」
「訴えるつもりだったでやんすに...!」
「何言ってんだい!!あんな幼気な男の子によってたかって怒鳴り付けて恥ずかしくないのかい!!」
しかしおばちゃん達の気迫には逆らえず男衆は渋々ながら営業を再開した。
「...ヒソラ、お前、あんなあざとい演技出来たのな」
「俺だって空気は読むよ。ていうか感謝してよ」
「オウアリガトウ」
「馬鹿にしてんの?」
「だってオレ息子蹴られた上に腹殴られてんだぞ!?」
「だって余計なこと言いそうだったし...でも意外だったよ。カヨウ兄さん大声出しただけだったんだね。てっきり痴漢でもして女の子から叫ばれて女の子の彼氏に責め立てられて逆ギレして暴れて死人でも出てるかと思ってた」
「お前オレを何だと思ってんだよ!?」
「獣」
「オレはお前の兄さんだよ!!」
街路から路地裏まで辿り着き、ひとしきりヒソラとやり取りした後、カヨウは、走ったせいで荒れた息を整えるアリナを気遣った。
「大丈夫か?アリナ」
「え、ええ...ありがとう。それより、キリカを見失っちゃったわね」
「えっキリカ!?ここにいるのか!?」
驚きで手を振り上げ、それがカヨウの顔に直撃するも気にせずにヒソラはアリナに詰め寄る。
「本当に!?本当にキリカだったのか!?連れ合いは!?」
「あたしも遠くからしか見てないけど...でも、あの銀髪にあの身長はキリカだったと思います。連れ合いは人が多すぎて確認出来なかったです」
「そうか...何でこんなところに...いや、でも俺の勘が囁いてる!キリカはこっちだ!」
ヒソラは一人猛然と駆け出し、アリナはそれを慌てて追いかけ、カヨウは弟からの対応に悲しみながらも二人に続いた。
そして様子のおかしいキリカと怪しい男を発見したのである。
「てめえ...キリカに、何しやがった...!」
「い、いや、お、私は何も...」
「何もしてないのにキリカがあんな風になんてなるか!」
ヒソラが男の胸ぐらを掴みながらぼんやり突っ立っているキリカを示す。
カヨウとアリナが必死に語りかけているが、彼女からの反応はない。ただぼうっと虚空を見つめ、たまに口の中で何事かを呟く。
やがてカヨウはゆらりと男に近づき、その顔前に剣を突きつけた。
「お前...オレ達が誰だか分かってんのか。オレは、ヴァースアックの一員だ。舐めた真似しやがって...ぶっ転がすぞ」
「ひぃっいいいっごめんなさいごめんなさい!!か、金ならいくらでも...!」
「ああ!?ふざけんじゃねえぞ!!」
「ちょ、ちょっと兄さん...やり過ぎだって」
切っ先を目の前に近づけるカヨウを、ヒソラがこれはいかんと止めに入る。
「うるっせえ、オレはこういう奴が大っ嫌いなんだ。家族を何だと思ってやがる...!!」
瞳孔が開いている。
カヨウはよく怒るが、本気で怒ることは少ない。
今、正にその少ない場面に居合わせている訳だが、カヨウのなだめ方など知らないヒソラはおろおろと「そんなにこういう中年が嫌いなのか」と思考を走らせるしかなかった。
「お、お願いします、命だけは、どうか...!」
「もー!トンタさんったら!確かにわたしは好きだけど、こんなところで恥ずかしいからだめでしょー!」
「「...は?」」
カヨウと男は同じような声を漏らし、そちらを向いた。
そちらには、キリカの肩を揺すっていたアリナと、頬に手を当てて「もー!」と言っているキリカ。
「キ、キリカ!目が覚めたのか!?」
ヒソラが目にも止まらぬ早さで近づき、問いかけた。
「...えっ?何でヒソラお兄ちゃんがここに...あ!そういえばお兄ちゃん達遊びに行ったんだっけ!あーそっかそっか、ごめんねトンタさん、わたしすっかり忘れちゃってて...わああああ!!」
光景を目にしキリカはカヨウの剣をぶんどると、怒り出した。
「何やってるのカヨウお兄ちゃん!そんな怖いことー!」
「いや、お前、キリカ、ええ...?」
キリカが何らかの方法で自我を失い、誘拐されかけていると思っていたカヨウは混乱している。
無論、ヒソラとアリナも同様である。
そこに男が進み出た。
「...キリカ、俺も聞きたいことがあるんだ...何でお前、さっきまであんな感じだったんだ...?」
「あんな感じ...えっと、ごめんなさい。多分わたし緊張して意識飛んじゃってたかも...だ、だって折角のお出掛けで、ちょっと、いやかなりどきどきしてたから...」
「何だ、そうだったのか...良かったぁ...」
「うう、心配かけてごめんなさい」
「いやいや、その気持ちも分かるよ。俺だって若い時はそうだったさ」
「う、うん。そっか、そうだよね。わたし以外ともデートなんてするよね...」
「「...はあ!?」」
今度はアリナ、カヨウ、ヒソラの声が重なった。




