2.悪魔、妹、見つける
深紅の長髪に、宝石のような緑の瞳。
その少女は、美しい外見とは裏腹に、ぼろぼろの服に裸足で、その道をとぼとぼと歩いていた。
ここは貧民街、劣悪な環境の無法地帯である。
少女は、捨てられたのだ。
この地獄とも言える場所に。
少女の名はアリナといった。ごく普通の少女であった。貧民街から遠いのどかな町で、家族と共に暮らしていた。
だが、ある時、アリナは両親を事故で失った。それから、アリナの人生は狂った。
両親を失って途方にくれていたアリナと、姉のミサに手を差しのべたのは、一人の男。その男は不安に苛まれる二人に甘い言葉をかけ、優しく接した。二人は、簡単に男に心を許してしまった。
男の様子がおかしいことに気付いた頃には、もう手遅れだった。
男によってミサはどこか遠くへ売られ、アリナは男の知り合いに託された。
だが、反抗的なアリナを気に入らなかったらしいそいつは、アリナをあっさりと捨てた。
そしてアリナは貧民街の住民となった。
(怖い...)
ぶるりとアリナは震える。先程、野蛮な男達によって強姦されかけたばかりであった。アリナは意識していなかったが、美しい彼女は、男達によく狙われていた。
男の一人のあれを蹴飛ばして何とか逃げ出したが、もしまた見つかったらと思うと、気が気でなかった。
(もう、嫌だ...)
「見ーつーけーたーぜー!?」
はっとしてアリナは顔を上げる。
先程の男達が、アリナを見ていやらしく笑っていた。
「ざーんねんだったなああ!?」
「こいつ、許せねえ!殺してやる!!」
一人の男が真っ赤な顔で、喚く。どうやらアリナに蹴られた男のようだ。
アリナは後ろをちらりと見た。後ろにも、一人男がいた。十中八九仲間だろう。
「余所見かよお!しいいいねえええええ!!」
気付いた時にはもう遅い。
男は、短剣をアリナに向けて肉薄した。
死にたくない!
そう思いながら、しかしアリナは目を瞑って死を待った。
(...?)
いつまでたっても、肉を抉る感触はない。
アリナは恐る恐る目を開け、次いで見開いた。
五、六人はいたであろう男達が、全員仰向けに倒れ、絶命していた。
そして、男達の中心の位置に立つ、先程後ろにいた、帯剣している黒髪の青年。
「なっ...」
何が起こったのか、まるで分からない。
青年は振り返り、アリナをじろじろと見た。
やがて、青年の視線が一点に集中した。
青年の視線を追いかけると、それは己の胸であった。
アリナは絶望した。
「もしもし、もしもーし」
「...何?」
「お前がアリナだよな?」
「...あなたこそ、誰よ」
「オレはお前の兄だ。お前を探してた」
「はあ?ふざけないで!あたしの家族は、ミサ姉さんだけよ!」
「お、やっぱりか。お前がアリナで確定っと。あ、オレはカヨウ。よろしくな」
アリナはカヨウと名乗った青年を睨みつけた。
(何なの、この男は!突然現れて、助けて、兄だなんて...)
ふとアリナは考える。
確かに、この青年は己を助けたのだと。
「まー、何だ。取りあえずついてこいよ。つーか無理矢理にでも連れていくけどな」
「...何が目的なの、あたしの体?」
「いやまさか!そんなことしたら...確実に怒られる」
カヨウは何か思い出したのか、ぶるりと震えた。
「ま、そう警戒するな、オレは敵じゃねえんだからよ」
アリナは迷う。
男達を一瞬で片付けたこの青年に逆らい、殺されるか、青年についていき、地獄を見るか。
(...駄目で元々だわ)
もしかして、だが。
姉のミサが、己を探してほしいとこの青年に頼んだのかもしれない。もしくは、ミサを買ったのは、この青年なのかも...。
そう考えると、ついていかない訳にはいかなかった。
「いいわ。一緒に行く」
「おっ、そうこなくっちゃあな」
カヨウは子供のようにくしゃりと笑い、アリナに背を向けて歩き出した。
アリナとカヨウは無事に貧民街を出た。
途中で何度も住民に襲われたが、全てカヨウが一瞬で始末してしまった。
アリナは改めて、カヨウのおかしさに身震いする。明らかにカヨウの強さは異常だった。
「お、いたいた」
カヨウが遠くへ駆けていく。やがて、一頭の黒い馬を連れて戻ってきた。
「乗馬の経験は?」
「...ないわ」
「そうか、じゃあオレにしがみついててな。...あっやべっ」
突然カヨウは慌て出す。
「何よ、どうしたの?」
「う、うーん。どうしよ、あー...いや!男カヨウ!意地を見せろ!こいつは妹だ、キリカと同じだ!妹イズ家族!おっぱい関係ない!」
アリナは絶句した。
「着いたなー...」
「...そうね」
カヨウとアリナは互いに青い顔をして馬から降りた。
カヨウは下のあたりを、アリナは口に、手を当てている。
アリナは生まれて初めて馬に乗り、酔ったのだった。
カヨウは小声で、「大きいおっぱいはやばい...」と呟いている。
それはともかく。
アリナとカヨウは、人里離れた土地へとやって来ていた。
緑豊かなその地は、小さな村のようだった。木造の家が所々に建っており、子供達が走り回り、母親と思わしき女性達がそれを洗濯物を干しながら見守っている。男性達は力仕事に勤しんでいた。
「...ここはどこ?」
アリナは田舎のようなその地に好感を抱きながら、尋ねた。
「名前は特にないが...まああれだ、ヴァースアック領地とでも覚えてくれ」
アリナは耳を疑った。