19.おんぶにだっこ
「あ、カヨウ兄さんだ」
「何か悟ったような顔付きですね。気持ち悪っ」
「てめえミカゲツ!ちったぁ兄を敬え馬鹿野郎!」
ようやく待ち合わせ場所に現れたカヨウは開口一番ミカゲツを罵ると、爽やかな笑顔をアリナに向けた。
「さ、アリナ!まずはどこ行きたいとかあるか?」
「カ、カヨウ...?何か様子が変よ?」
「お前もかよ!」
アリナから懐疑的な視線を受けて、カヨウはがっくりと肩を落とした。
「まあカヨウ兄さんは放っておきましょう。アリナさん、ぼちぼち街中でも見物しますか?」
「ええ!」
目をきらきらさせ思いっきり頷くアリナを微笑ましげにミカゲツは眺め、
「じゃ、カヨウ兄さん、そゆことで」
「じゃ、案内頼んだよ。俺達はナンパしにいくから」
「お前らぁ!!」
すたこらさっさと二人の弟に裏切られ、カヨウはむなしく怒鳴る。
それを見たアリナは懸命に、
「あ...カヨウ、あたしなら平気よ。ミカゲツさんとヒソラさんと一緒に、行っていいわよ?」
「んにゃ、そういう訳にはいかねえだろ。お前、一見さん。うろうろして確定迷子。おぅけぃ?」
「で、でも」
「考えてみたらオレ役得だし、こういう普通のデートってのもいいもんだ、だろ?」
「でっ...!?」
「そんなつもりじゃないわよ!」とばっさり否定され、カヨウは「くぅっ...」と心に傷を負いながらも、二人は観光を始めた。
「ミカゲツ兄さんって、ほんと優しいよな...」
「何ですか急に。僕が優しいのはいつものことでしょうが」
「いやそれはまあうん...。確かに俺達が一緒じゃあいつ、あんまりはしゃげないもんな。ミカゲツ兄さんはよく見てるよ」
「...カヨウ兄さんは良くも悪くも子供みたいに素直ですからねぇ。子供の相手にはぴったりですよ。ああ、お守りにならなくて助かった!ああ、自由で良かった!」
「照れ隠しばればれだけど」
「...ヒソラ。お前は僕を怒らせた。どちらがより多く女の子をひっかけて喫茶店に連れていけるか勝負です」
「お、おお、分かったよ...全く」
アリナとカヨウは露店を見て回っていた。
アリナは一度も見たことがないものがあったらいちいち指を差し、歓声を上げてカヨウを引っ張っていく。お上りさんと一発でバレる振る舞いである。
それでもカヨウは面倒くさがらず、一切邪険にせずに、アリナと共に「おおー!!」などと驚き笑っていた。
人通りが多い街路であるため、時折興奮して周りが見えなくなっているアリナが人にぶつかりそうになったりしたが、カヨウがさりげなくフォローしていたため喧嘩になることはなかった。
色石紛いの腕輪や指輪などを売るアクセサリーの店を見ていた時、店主が冗談めかして言ったことにアリナはひやりとさせられた。
「何だい兄ちゃん、黒髪黒目なんて、まるでヴァースアックみたいだね」
図星を突かれ何か言い訳しなければと必死なアリナを静かになだめ、カヨウは盛大に笑った。
「おいおいおっちゃん、オレがもし本当にヴァースアックだったらおっちゃんは今頃細切れにされてるぜ?」
「はっはっは!違いねえ!」
「黒髪黒目なんて別に珍しくも何ともねえのに、あいつらのせいで変に疑われたりするんだ。苦労してんのよオレも。つー訳でこれタダでくれよ」
「何がつー訳だ!ほしけりゃ金払え!とはいえ、まあ同情はしてやるよ。特別サービス、水をくれてやる!」
「水なんざどこでももらえるわ!ケチなオヤジだぜ全く!」
散々言いあった挙げ句、カヨウは緑の石の指輪を買わされていた。
店を離れ、しばらく歩いてからアリナはため息を吐いた。
「びっくりしたわ、もう...」
「まあよくあることだからな。一般のヴァースアックのイメージなんて、カイロウ兄さんそのまま。ヴァースアックと言えばプライド高くて殺気を垂れ流して辺りを睨みつけてるいかにもな不審者を想像するから、フランクにいっとけばまあバレねえのよ」
「へえ...そういえば門で何か...証明書みたいなもの出してたわよね?あれは?」
「あー、あれはレリウス王国からもらったやつ。オレ達有名人だから、身分がバレたらロクに観光も出来ねえから、書いてもらったのさ。『こいつらのことは我らが保証する。もし事件を起こした場合損害は我らが償う』っての。おんぶにだっこだぜ!」
おどけたようにカヨウはからからと笑った。
アリナは微苦笑し、ふと目線をカヨウから逸らして気付く。
「...キリカ?」
留守番している筈の、少女の姿が遠く朧気に見えた気がした。




