17.騒々しい人
アリナがヴァースアック領地に来て二週間が経った。
相変わらずカイロウには恐怖しか抱けないが、その他のきょうだいとは割と馴染んできている。気がする。
言わずもがなのキリカとカヨウ。
変態覗き事件から態度がやや軟化したヒソラとミカゲツ。
真面目故にアリナにちょくちょく話し掛けてくるレイシン。
多分、馴染んできている。筈。
アリナはキリカと共に住民達の仕事を手伝ったり、たまにレイシンの雑用の手伝いを申し出たりと、特に大変な出来事もなく、のんびり生活していた。
現在、何をしているかと言うと。
「はー、お風呂はいいねえー」
キリカと一緒に入浴している最中である。
変態覗き事件以降、鍵を取り付けたので、また過ちが起きる可能性もない。
伸びをしつつ、アリナは何となくキリカを眺めた。
肩までのさらさらの銀髪にぱっちりとした空の青の瞳、鼻筋はすっと通っており、唇は薄い。
体も、スラムにいて十分な食事をとっていなかったアリナよりも細い。腕も足も、驚く程細い。スレンダーというよりは、子供と言った方がいいかもしれない。
まるで、精巧な人形のようだ。今はその顔を思いっきり緩めているのだが。
「ねえ、キリカ。ちゃんと毎日食べてる?」
思わず尋ねると、キリカはきょとんとした顔を見せた。
「食べてるよ。というかアリナと一緒だよ?」
「ああ、そうよね。うん。そうね」
「...むー...」
「キリカ?」
キリカは頬を膨らせ、湯に映る自分を見て、それからアリナに視線を戻した。
「...やっぱり男の人ってアリナみたいな方が好きなのかな」
「えっ!?...そ、それは個人によって違うんじゃないかしら?」
「そうだよね、わたしだって捨てたもんじゃない!」
「...キリカ、好きな人がいるの?」
問いかけると、キリカは目を泳がせた。その顔はやや赤い。
「嘘っ!?誰、誰!?あたしが知ってる人!?」
元来、女性というものはこういった話が好きなのかもしれない。
アリナも例外ではなく、身を乗り出しキリカに迫った。
「ち、違うもん!わたしはただ、ただ...いい人だなあって」
「そっか、いい人かあ...。キリカって、どんな人がタイプなの?」
「うん?えっとー...優しいフリをしてるんだけど企んでるのがバレバレで、小心者で、小狡くて、器が小さくて、なのに野望は大きい人かなあ...」
「そ、そうなんだ...ちょっと駄目な男の人が好きなの?」
「どうかな、わたしもよく分かんない。アリナは?」
「あたしは...ありきたりだけど、英雄王かな」
「英雄王?」
「うん」
アリナは頷くと、キリカの感想を待ったが、不思議そうなキリカに気付き言った。
「どうしたの?」
「英雄王って、何?」
「ええっ!?知らないの!?」
「うん」
「...もしかしてキリカって、この大陸出身じゃないの?」
「うーん、分かんない」
「分かんない?って、どういうこと?」
「わたし、ここに来るまでのこと、覚えてないんだ。川に流されてたところをお兄ちゃん達に助けられたんだって。だから正確な名前も年も分かんないし、誕生日も分かんない」
アリナは絶句した。
まさか、いつも明るいキリカが、記憶喪失であるとはちっとも考えていなかったのだ。
そもそも、キリカの言動からは一切、記憶がない為の苦悩などは感じられなかった。
「そんな深刻にならないでよー。わたし、記憶なんかなくても毎日楽しいもん!」
「そう、かな...キリカがそう言うなら、うん」
「それで、英雄王って何?」
「あ、英雄王っていうのは...」
かつてここ、クルフィア大陸は、魔力を持った人間、魔族に支配されていた。
魔族は人間を奴隷として扱い、魔族こそ至高の存在と謳い、人々を恐怖と絶望で縛り付け、大地を我が物顔で闊歩していた。
その魔族の王を倒し、クルフィア大陸を解放したのが、英雄王リュカである。
彼は強い正義感と優しい心を持ち、何者にも立ち向かう勇気を持っていた。
激闘の末、魔族の王を倒した彼は、人間なら誰でも住める国をつくり上げた。その国の名はレリウス王国。現在でも大国として存在している。
この話は、この大陸に住む者なら誰でも知っている。何故なら、黒い悪魔の話と同様に、親から子へ伝えられるものなのだから。
そう、キリカに伝えると、「なあんだ」と答えた。
「それなら知ってるよ!偏屈王の話でしょ?」
「へ?偏屈?」
戸惑い返したアリナに「うん!」とキリカは笑い、
「何だかとってもねじ曲がった性格で、あんまり知らない人からは良く思われなかったけど、一緒に旅してた皆からは好かれてたんだって!あ、その旅してた人の中に、お兄ちゃん達のご先祖様の、剣王がいたそうだよ!だから、時々レリウス王国の王子様達うちに来るんだよー!」
「...な、なっ!?」
色々と衝撃を受け、更に詳しく聞こうとしたその時、アリナの視界がぐらりと傾いた。
「わぁーっ!!アリナーっ!!」
長時間の入浴で逆上せたアリナは、キリカの介抱を受けることとなった。
「...月が綺麗だなー」
「それはどこかの国では告白の意味らしいぞ」
「うわマジで!?止めろよ兄さんなんか好きじゃねえよ!」
「なんかとは何だなんかとは」
軽口を叩きつつ、カヨウとレイシンは中庭で月見酒を楽しんでいた。
「はー、こういうのって、風流って言うんだっけ?乙だっけか」
「うむ、素晴らしいものだな。...カイロウ兄さんも呼んでこようか」
「止めろよ、あの人にゃあ意味ねえだろ、こんなもん」
「...カヨウ」
咎めるような響きにも、カヨウは動じない。
「兄貴なら、喜んで参加しただろーな。嬉々として団子でも作ってくんだろうさ」
「...いきなりどうした。何かあったのか」
「別に。...なあ、一体誰が中庭を綺麗にしたんだろうな。知ってるか?兄さん」
「...さあな」
「そうかい」
言葉を交わしつつも、視線が交わることはなかった。
「あー、いい月ですこ...うえっ!げほおっ、む、虫が!虫が口の中に!ぐへーっぺっぺっ!あーびっくりし...どわあっ!百足だ!ぎゃあああ!止めろこっちくんな!わさわさすんじゃねえーっ!!ちくしょう中庭になんて来るんじゃなかったぜ!」
「...一人で何を騒いでいるんだお前は...」
結論、カヨウに風流なんてものが似合う筈がなかった。




