12.ぐずる
キリカの隣に座って、朝食をとる。朝食のメニューはパン、サラダ、スープと軽いものだったが、とても美味だった。
この地で生きると覚悟を決めたせいだろうか。アリナには昨日の食事より今の方が美味しく感じられた。
こうしてたくさんの人とわいわいしながら食事をするのは、何だか久しぶりのような気がした。両親が亡くなり、姉ミサと離れ、貧民街に捨てられ、最低限度で生きていくのがやっとだったのだ。
感動していたアリナは、時折睨んでくる少年の視線に気付いていなかった。
「アリナ、ご飯食べたらうちを案内するね!」
「ふっ、このオレ、カヨウにかかればこんな屋敷の案内なんてあっという間に終わるぜ!」
「カヨウお兄ちゃんは放っていこう!」
「ちょっ、キリカ?オレも行くからな?」
「ありがとう、二人とも。嬉しい...本当に」
己を気遣ってくれる人がいる。
例えそれがヴァースアックの人間でも、噂とは違って、面倒くさがらずに気にかけてくれる。
アリナは、零れそうになる涙に、慌てて目をこすった。
「わあ!アリナ、大丈夫!?ほら、カヨウお兄ちゃんがゲスなせいで...!」
「えっ!?オレのせいなの!?わ、悪いアリナ、オレがゲスだからっ...!」
「ち、違うわよ!ご、ご飯が美味しかったから...!」
「あー成程!でしょでしょ、美味しいよね!わたしも大好きだもん!」
「オ、オレのせいじゃねーのな?良かった...」
わあわあと騒がしい三人を、ミカゲツはにこやかに見つめていたが、ヒソラは違った。
「キリカ」
唐突に立ち上がり、むっとしている表情のヒソラは彼女の名を呼んだ。
「えー?何、ヒソラお兄ちゃん。あ、ヒソラお兄ちゃんも一緒に案内する!?だったら、わたしとカヨウお兄ちゃんとおそろいのこの格好いい服、あげるよ!いっぱいあるから大丈夫!」
怪しげな黒い服を自慢気にアピールするキリカは、まだヒソラの顔をちゃんと見ていない。
カヨウはアリナにかかりっきりだ。
ミカゲツは、ヒソラに対してほんの少しだけ同情した。
「この前、街に一緒に行こうって言ってただろ?今日行くぞ」
「ええっ、今日は駄目だよ!だってアリナに案内するんだもん!」
「今日は俺は何の予定もない。最適だろ」
「ヒソラお兄ちゃんはいっつも暇じゃん。今日じゃなくても大丈夫でしょ?」
キリカとヒソラが言い合う隣で、アリナはカヨウに小声で尋ねる。
「街って、何のこと...?」
「おう、ここから一番近い国の都市だ。つっても行くのにまあまあ時間かかるんだけどな。でも人も店もいっぱいあるから楽しいぞ。いつも賑わってるし」
「はあ...」
ヴァースアックの人間が来ているのを知ったら、そこの人は驚愕するだろうな、とアリナはぼんやり考えた。
「もー!とにかく今日はわたしが駄目なのー!アリナに案内するのー!」
キリカが膨れてそう主張した時、ヒソラは勢い良くテーブルを手で叩きつけた。
バァン!と音が響く。
「いい加減にしろよ!!」
キリカはぽかんとしてヒソラを見上げた。
「何が、案内する、だ!そんなもんカヨウ兄さんに任せておけばいいだろ!ていうか、何で、そいつを簡単に受け入れてんのかさっぱり分かんないんだけど!いやキリカ、お前は通常運転だけどさ、何でレイシン兄さんとか、何も言わないの!?意味分かんないし、そもそも妹とか言われても困るんだよ!俺にとっては赤の他人に過ぎないんだから!いくらミサさんの妹でも、あんたを家族だなんて思える訳ないだろ!!どうせあんた、また逃げ出すんだろ、その方がよっぽど有り難いよ!」
流れるように叫んだ後、ヒソラはぜえぜえと息を吐いた。
すると、呆れた様子のカヨウが口を出す。
「おいおい...別にカイロウ兄さんはすぐに仲良しこよしになれとは言ってねえぞ?少しずつお互いのことを知ってだな...」
「うるさい!カヨウ兄さんには、分かんないよ!無神経が服着て歩いてるような人にはさ!」
「え、それ褒めてる?やだ、ありがとう」
「褒めてない!!」
ヒソラが一番の大声を出したところで、ミカゲツが変わらずにこやかにゆっくりと告げた。
「だったらそれをカイロウ兄さんに言えばいいじゃないですか。アリナさんが気にくわないって。カイロウ兄さんも多分きっとしないけど検討くらいはしてくれますよ」
「......」
ヒソラはむっとした顔のまま黙り込む。
「あ、あたしは...その、ごめんなさい。何て言ったらいいか、分からないけど...あたしがいるから不愉快なのよね。その...」
アリナは言葉につまる。何てことはない。ヒソラの名前をど忘れしただけだ。
パニックになっているアリナを、ヒソラに恐怖していると勘違いしたカヨウは、ヒソラに強く言う。
「お前だけの家じゃねえんだから、我慢もしないと駄目だろ?」
「カヨウ兄さん...ニートのくせに...!」
「いやそれブーメランだぞ」
「俺は未成年だ!」
「うわマジじゃん!やっべ、将来への不安がああああああ」
「茶番終わった?」
「ちょ、キリカ、言い方ひど...え、キリカ?」
思わずカヨウが、悠々と立ち上がった彼女を二度見する。
「ヒソラお兄ちゃん、わたしは、今日、アリナと一緒にいるよ!でもそれはアリナがヒソラお兄ちゃんより大事とか、そういうのじゃないよ!アリナに早く馴染んでほしいから、するだけだよ!」
極めて真面目な表情と声。キリカは堂々としている。
ヒソラは、罰が悪そうに目を逸らした。
「...分かってる」
「じゃあおっけーだね!!もー、ヒソラお兄ちゃん止めてよ!予定がつまっちゃうよ!」
ころっと真面目さが消え、キリカは頬を膨らませる。
キリカの切り替え方にアリナは感心しつつ、ヒソラという名前を何度も確かめていた。




