第02話「容疑者」
覆面車で目的地に着いたクロガネは車のエンジンを止めると、座席に座ったままある一点を見据えて動かなくなった。
「・・・・・・・長くなるかな?」
- 一方その頃のスペルディア -
「暗いよ~、寒いよ~、お腹すいたよ~、」
「はいはい、もう少しで食事の時間ですからがまんしてくださいね」
「おね~さ~ん、お願いだからここから出して~」
「ダ メ デ ス」
「そんな~、ね、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから、」
「ダメDEATH」
「なんか言葉おかしくない!? 呪い!?」
「静かにしないと静かにさせちゃうぞ♪」
「普通の言葉なのに怖い!!?」
もはや魔王もへったくれもないただの収容者となっていたのだった。
クロガネが覆面車で出かけてから10日後、署に戻ってきたクロガネは取調室でスペルディアと二回目の取り調べを行っていた。
「くすん、くすん、遅いよぉ」
「どうしたんですかスペルディアさん?」
「だって~、拘置所の中寒いし、ご飯味薄いし、夜真っ暗でこわいし……、」
「そりゃあ拘置所ですからスイートルームとはいかないですよ」
「私何にもしてないんだからもう出してよ~!」
「まぁ、いいんですけどね、公務執行妨害じゃあそんなに長く拘留できないですし」
「じゃもう帰っていいの!?」
「帰りたいのであれば構いませんよ。私が許可を取りますから一緒に魔王城まで行きましょう」
「送ってくれるの!? え、でも、」
「はい、じゃああの鎧も出しときますんで着替えて待っててくださいね。 ……勝手にどこか行ったらわかってますよね?」
笑顔でそんなことを言うクロガネにスペルディアは壊れた振り子のように頭を縦に振り続けることしかできなかった。
「そういえば、ずっとどこに行ってたんですか?」
魔王城までの移動中、車内でスペルディアはつい気になっていた疑問をクロガネにぶつけてみた。
「ああ、簡単ですよ。裏取り調査してただけです」
「うらとり?」
「素敵な音色が響きそうな頭で無理に考える必要はないですよ」
「素敵な音色? ……! もしかしてそれって遠まわしにバカだって言ってない!?」
「おや、真珠のように綺麗なあなたでもそれが分かるくらいには皺がありましたか」
「むきー! また人の頭バカにしたー!」
「では、ついでに問題です。魔王であるあなたが志半ばで私たちに逮捕されていなくなりました。魔王軍は止まる? 止まらない?」
「う~んと、止められる私がいないから止まらない?」
「はずれ、正解は止まるです」
「な、なんで?」
「そもそも食糧危機でもなく魔族との不可侵が結ばれて領土問題も無いこのご時世に本来は魔王軍が動く事自体メリットのない行為なんですからハナからこの行動自体が茶番なんですよ」
「茶番?」
「スペルディアさん、魔王の襲名というものは必ずしも血縁者でなければなれないものですか?」
「それは…、血縁者でなくともなれる。そもそも勇者と呼ばれる者達が跋扈していた時代はそいつらに倒される魔王も何人かいたらしいから、もし当代の魔王が倒され、その血縁が絶えていた時には、集団の中でもっとも力と統率力のバランスが取れている者が引き継いで魔王を名乗れると父上が言っていた」
「なるほど、で、ここまででスペルディアさんはなにか気づくことはないですか?」
「気づくこと? まぁ世襲制もいいけどたまにはがんばっている者達が報われる方式を考えた先人たちの知恵に感服はするな。私の部下たちも今頃私の帰りを待っているだろうから今日は労いの言葉となにかその忠義に報いる方法を考えねば、」
「……はぁ、そのあたりもっとしっかり教えとけよジェノサイディス……」
「え? 今なんて言ったの?」
「いえ、なんでもないです。皺だと思ってたものがやっぱり真珠についた微妙な模様程度だった事にため息がでただけです」
「なんで私今バカにされたの!?」
そんなやりとりをしている間に車は魔王城に到達し、少し離れたところからフロントガラス越しにスペルディアは目の前にあるものを見て固まった。
「……え?」
彼女とクロガネの前には今、魔王軍の幹部たちとそれに追従する一部の魔王軍兵士たちが集結し、なにかの祭典を催していた。 祭典の垂れ幕には『新魔王就任』と大きく書かれ、その下に幹部の名前とおめでとうございます。の文字が続いていた。
「しばらくは大人しくしてるかと思ったんですが、思ったよりこらえ性のない部下をお持ちのようですね。張っていたらそうそうに新しい魔王の就任式を始めましたよ」
「………なんで…?」
「見ればわかるでしょ、あなたが我々に捕まってもう出てこれないとでも思ったんじゃないですかね?」
「そ…そうじゃなくて……なんなの? これ?」
「だからあなたを追い出して新しい魔王が生まれたってこ…、」
「そんなこと聞いてない! これは一体なんだ!!」
手錠が無くなったことで自然と魔法を発動できるようになったスペルディアは気づかぬうちに身体に炎の魔法を纏い、隣に座っていたクロガネに掴みかかっていた。
「……落ち着けよ、文句があるならあいつらに言え。お前はなんだ? ただの魔法が出来る魔族の小娘か? それとも…、魔王ジェノサイディスの一人娘にして魔王を継承する者か?」
「・・・・・・、」
わずかばかり沈黙が車内を包み、すこしして車から降りる二人の影があった。
30分後、魔王城前で行われていた祭典は一転して火の海となり、阿鼻叫喚の地獄絵図という言葉が魔王城をバックにしていることもあって妙にしっくりくる光景となっていた。
「ス、スペルディア様、これは違うのです! これは部下達が勝手にしたことでして、私は何も知らなかったのです!」
「…黙れ」
「ほ、本当です! どうか、どうかお許しください! もう二度とこんなことが無いように部下の躾けは徹底いたしますゆえ!」
「…いや、お前が躾けをする必要はない」
「は? お許しくだ、」
次の言葉を吐き出す前に魔王軍幹部は地面の焦げ跡以外は灰すら残さず消失した。
「二度とこんなことが無いように私が徹底的に幹部ともども魔王軍を躾けてくれるわ!」
怒りに燃えるスペルディアに対して背後で震えていた魔王軍の生き残りはもはや抵抗はおろか逃げる事すらせず、絶対の服従と許しを請うべく両膝をついて懇願のポーズをとるしかなかった。
「ずいぶん派手にやったなぁ、署長に頼んだ火消しだけで足りるかな?」
「ふん、この程度の炎を消すなど私ならば造作もない!」
両手を掲げて周囲で燃え盛っている炎を集めるとあっという間にスペルディアは消して見せた。
「いや、火消しってこの惨状が問題にならないようにする情報操作のことだからな?」
「・・・・・・し、知っておるわ! この馬鹿者が!!」
…部下の前だからってかっこつけやがって、
結局祭典を焼きつくした炎は魔王城で燃えるゴミを燃やそうとして火が大きくなりすぎただけの小火で済んだと新聞の片隅に小さく乗っただけにとどまった。
それから少しばかり月日が経ったある日、
「ふー、なんか明るいニュースはないもんかねー」
「ないなら作ればよかろう」
「そうもいかん、おまわりさんはそんなことをしてられるほどヒマではない」
「・・・なあ、クロガネ刑事、いや元勇者クロガネよ」
「……ずいぶん古いこと調べたな、どっから聞きつけた?」
「父上の書斎の奥に父上とお前が一緒に映っている写真があった。そこに「勇者とともに」と書いてあっただけだ」
「なるほど、あの時のか、で、なんだ?」
「考えたのだが、あの時、魔王軍があれ以上進軍しないとわかっていたのであれば、誰が魔王であってもお前にとっては良かったのではないか? 私を釈放するなどと面倒なことをせずとも放置でだってよかったはずだ、…やはり元勇者として一度牙を剥いた魔族は全て懲らしめねば気が済まぬとかそういうことか?」
「い~や、別に魔族が憎いわけでもないし、適度に事件を起こしてくれる分には給料分の仕事になるから世間様からの目もやさしいものになって俺としては大助かりだ」
「では…、その、父上との事があったからか?」
「さあ…、どうだったかな?」
はぐらかしてはいたが、クロガネの胸中では在りし日、討伐に行ったはずの魔王城で奥さんに逃げられて子育てに疲れ切ったただの父親の愚痴を聞きながらそのそばで寝ている幼いスペルディアの姿を思い返していた。
あのちびっこがでかくなったもんだ……けど、
「……というかだな、なんでお前がここに居るんだ?」
「ああ、簡単だ、就職した」
「どこに?」
「ここに」
「誰が?」
「私が!」
「どうやって?」
「こうやって!」
クロガネのデスクの対面に座っていたスペルディアが一枚の紙面を見せてきてその内容を呼んだクロガネは絶句した
『この者、採用試験において優秀な成績を収め、
強力な魔力と魔術制御能力によって、
魔族関連の事件においておおいに捜査の役に立つと思われる。
なお、捜査に際しては、強力すぎる魔力から
同行が可能な相棒となれる者が極端に少ない現状を鑑みて、
本人の意向も加味してクロガネ刑事を専属の指導官および相棒として任命するものとする』
「そんなバカな! お前魔王の仕事はどうした!?」
「そんなもの「勝手に動いたら全員燃やす」の一言で永久に終了したわ 今後はあいつらも慎ましく生きるだろう」
「あー、確かにあれのあとだと効きそうだな…」
「というわけで…、これからどうぞよろしくお願いします先輩!」
「混沌とした未来しかみえねぇ」
自分の相棒となったスペルディアに対して今後クロガネの口癖となる言葉が初めて出た瞬間だった。