第01話「刑事クロガネ」
大仰な黒金の鎧に身を包んだ黒髪の女性とそれに対峙するスーツ姿の男を先頭に同じ制服に身を包んだ複数の男たち。今彼らが居るのは正真正銘の魔王城であり、そして黒金の鎧を着た女性こそその魔王城の主にして魔王と呼ばれる存在その人であった。
「ふははははははははは、我が名は魔王スペルディア! よくぞここまでたどり着いたな貴様等、どうだ、我の仲間にならんか? そうすればこの世界の半分を…、」
「えーっとスペルディアさん」
「ん? なんだ人間?」
「本名スペルディア・ウェリアーズ・フォン・鈴木さんで間違ないですか?」
「な! 貴様その名前をどこから知った!?」
「いや、戸籍登録されていますから調べればすぐに分かりますよ」
「な、こ、戸籍だと? そんなものに登録した覚えなど…、」
「スペルディアさんがお生まれになった時にお父様が役所に登録されたようですね。お父様のお名前は…ジェノサイディス・ウェリアーズ・フォン・鈴木さん」
「ち、父上が!?」
「で、本題ですが、スペルディアさん。私たちは警察の者です。今日はあなたに任意同行をお願いしたいのですが、」
「…なんだそれは?」
スーツ姿の男が警察手帳を出し、定型文の問いかけをするのを見ても魔王であるスペルディアにはそれがどういう意味なのかがいまいち理解できない。
「実は半年程前から近隣の村落や地方都市で魔物たちによる害獣被害の報告が増加する一方でして、この近隣で魔物の凶暴化の原因を調査していたらあなたが魔王を名乗って色々活動を始めているという通報がありましたので事情を聞くために同行してもらおうと思いまして…、」
「要するになんだ?」
「いや、ちょっと署の方でお話をお聞きたいので我々と一緒に来ていただけませんか?」
「ふ、たかが人間ごときが魔王であるこの私に一緒に来いだと? 片腹痛い! 二度とそんな口が聞けぬようにしてやるわ!」
そのセリフを最後に数人の警官と魔王の死力を尽くした戦いは………………始まらなかった。
結果から言えば警官隊は周囲の相手からの魔法を完全に封ずる封印の輝石と魔物・魔族に特化したオリハルコンコーティングの警棒と各種魔法も撃ちだせる拳銃、さらにはこれまたオリハルコンコーティングで防弾防刃加工が施されたボディーアーマーを着込んでいたので魔王スペルディアといえど、抵抗らしい抵抗も出来ずあっという間に確保され、手錠を掛けられてしまったのだった。
「く、なかなかやるなお前ら!」
「じゃ、詳しい話は署で聞きますので、一緒に来てもらいますよ」
「ふっ、お前らもう勝った気でいるのか? 私は魔王だぞ? まだ私はこの姿から全力を出せる真の姿まで変身をあと2回も残しておるのだ! さあ、絶望と恐怖のどん底に沈め! はあああああああ!!」
「・・・・・・、」
「ああああああああぁぁぁぁぁ!!!!」
「・・・・・・、」
「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「・・・・・・、」カチッ しゅぼ!
「ちょ、クロガネさん、勤務中にタバコは、」
「あ、すまん。時間かかりそうだったんでつい…、」
「ああぁぁぁぐがぁぁぁぁぁぁぁごがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「…おーい、誰か中庭にパト廻しといてくれ、城のダンジョン攻略したからルートは分かるだろ?」
「了解です」
「ふんぎいいいいぃんごがああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「……そろそろ気が済みましたか? スペルディアさん」
「はぁ…、はぁ…、はぁ…、な、なぜだ!? なぜ変身できない!!? それどころか魔力すら全然高まらないなんて…、」
「そりゃあそうでしょう、だってその手錠の効果は全ての能力・魔力・スキルを打ち消す【魔封じ】ですからね。その手錠をされている限り、どうやっても変身はおろか魔法だって使えませんよ」
「な、なんだと!?」
【魔封じ】の効果がついた手錠をかけられた魔王スペルディアはその事実に驚く暇もなく両脇を警官に挟まれてパトカーまで連行されると、そのまま乗せられすぐさま警察署に向かって走りだした。
パトカーに乗せられるまではさんざん抵抗していたスペルディアだったが、魔王城から離れるにつれ、だんだんと口数がすくなくなり、みるみるしおらしい顔になっていった。
「あ、あの、マジすいませんでした。えっと、帰らせてもらうことってできませんか?」
「任意同行の時点でしたらそれも可能でしたけど、こちらに襲いかかった時点で公務執行妨害扱いですから、帰るのはもう無理ですね」
「そ、そんな~。ちょっとだけ、ちょっとだけ火炎魔法出しただけじゃないですか~、街どころか民家だって燃やしてないんですよ? 見逃しくださいよ、ね? お願いですから…」
「そうやってね、一回だから、とかちょっとだから、とか言うのを聞いてたらキリがないんですよ。あと、今の時代、魔王なんてやってるだけで変な疑いがかかるんですから、こうなりたくなかったら常識で考えて行動しなさい」
「た、助けて~」
そんな感じでその日魔王スペルディアは逮捕された。
・
・
・
・
・
・
・
・
「では、スペルディア・ウェリアーズ・フォン・鈴木さん、いくつかご質問させていただきます。 長いお名前なので鈴木さんとお呼びしてもよろしいですか?」
「…はい」
「はじめに言っておきますが、ここでの会話は記録されます、もしあなたの発言に虚偽があった場合、あなたが不利になりますのでそのおつもりで」
「は、はい」
逮捕されたスペルディアは警察署の取り調べ室に連れて行かれ、彼女を逮捕した警部と呼ばれていた男が対面の席に座っていた。
「自分は刑事のクロガネと言います。どうぞよろしく」
「こ、こちらこそ」
「ではさっそく本題ですが、最近あなたが魔王として活動を始めたというのは本当ですか?」
「そ、それは、父上が亡くなって、私以外に魔王の名前を継ぐ者がいなかったから引き受けたら、魔王軍の幹部たちが「魔王なったのならそれらしく振る舞う必要がある」とかなんとか言って、」
「モンスター達に近隣の村や都市を襲わせたと?」
「い、いや、私はそんな指示を出した覚えはないぞ!?」
「では、鈴木さんは魔王としてどんな事を?」
「……幹部たちはただ私に魔王としての名乗りをあげたらあとは魔王城で魔王らしくどっしり構えていればいいって、」
「・・・・・なるほど、そういう事ですか、では鈴木さんがどこかを襲えと指示した事は一度もないと?」
「ない! それだけはっきりと断言できる!」
「よくわかりました。ではこのつづきはまた明日にしましょう」
「は? 明日って? 話をしたら帰っていいんじゃないの?」
「そんなわけないでしょ、今日は拘置所に泊まっていただきます。 あぁ、でも安心してください。きちんと食事と毛布は出ますから」
「え~やだよ~もう帰りたいよ~」
「だめです。きちんと大人しくしててくださいね」
「いや~! 誰か助けて~~!!」
スペルディアの悲痛な叫びを無視して取り調べ室をあとにしたクロガネは覆面車に乗り込むと、自分の考えが正しいかどうかを確かめるために車を発進させ、目的地に向かって走り出した。