第06話「やるべきこと」
「では、本当によろしいのですかファレル殿?」
「じいさん達から見ても王女様がずっとあんな調子じゃまずいだろ?」
「そ、それはそうですが…、ファレル殿が居て下さればそこまで問題もないような、むしろ居なくなられた方が問題は大きい気も、」
「……そもそも、ここは俺の居るべき場所じゃないからな、さ、やってくれ」
「はぁ、では、術式を発動させます」
「おう!」
魔導士長が召喚の間に備え付けられた水晶に触れ、部屋の床に描かれた魔方陣がゆっくりと起動し始める。
ファレルがその魔方陣を見て問題が無いかを確認していると背後の扉から声が聞こえてくる。
「お、お待ちください! 今は中に入られるのは危険で…、」
「ここですかファレル様!?」
「あっちゃ、もう戻ってきたのかよミリアリス…」
ファレルは公国制圧によって生じた事後処理のために連合軍に参加した各国の首脳とミリアリスが後始末に忙殺されている間にこっそりと公国からグリンエンドに戻り、彼女が戻って来れないうちに帰ろうと画策していたのだったが、そのファレルの予想を大きく裏切ってミリアリスは目の前に立っていた。
「ファレル様の動向は我が国の騎士に見張ってもらっていました。そうしたらファレル様が一人だけグリンエンドに戻ろうとしていると報告が入ったのです。ひどいですファレル様! 私を置いて行ってしまうなんて!」
「いや、だって戦争が終わったんなら俺が出来る事ももうないし、公国に居てもしょうがないだろ?」
「ですが……、というか、この魔方陣はなんですか? ま、まさかファレル様、私を置いて本当にどこか遠くに行ってしまわれるのですか!?」
「行くっていうか、帰るっていうか、」
「お願いですファレル様! 宰相の地位を差し上げても構いません! この国に残って、」
「だから、何回も言うけど、それは無理なんだよ」
「どうしてなのですか!? 理由を、理由をお聞かせください!!」
「………誰にも内緒だぞ? あと納得したらもうわがまま言うなよ?」
「…はい、納得できる理由があるのなら私もがまんできます!」
「よーしミリアリス、ちょっと耳貸せ」
「ファレル殿! 一国の王女に耳打ちというのは、その、」
「ここに居るのは俺と王女とじいさん達だけだから大目に見てくれ」
「はぁ、ワシャもう知らん」
魔導士長がそのまま顔を手で覆い、周りの魔導士たちも目を閉じたのを確認して、ファレルはミリアリスに自身が知っている真実を告げた。
「・・・・・はい? あ、あのファレル様? 私をからかっているんですか?」
「事実だよ」
「そんなバカげたことが…、嘘です! ファレル様は私がお嫌いだから嘘を言っているんですね!? そんな嘘には騙されませんよ!!」
「ま、信じられないのも無理はないかな…、じいさん後の事頼んでいいか?」
「ワシには王女様を納得させられる自信はありませんぞ?」
「とりあえず、事実を伝えてくれりゃいい、そこからどうするかはミリアリス次第だ」
「……わかりました。お引き受けしましょう」
「悪いな」
「なんの、おいお前たち! ミリアリス様を魔方陣の外にお運びしろ! このままでは巻き込まれる」
「な、魔導士長!? いや、お前たち放しなさい!」
魔導士長の指示で申し訳なさそうに王宮魔導士たちがミリアリスをやさしく抑え込み、ずるずると魔方陣の上から退去させた。
「術式正常…、魔力安定…、よし、問題ないな、召喚対象送還術式起動!」
「や、いやです! 行かないでください! ファレル様ーーーーーー!!」
「じゃあなミリアリス、これから頑張れよ」
魔法陣の光にファレルが包まれる瞬間、ミリアリスは確かにそう聞こえ、その瞳から一滴の涙がこぼれ落ちた。
・
・
・
・
・
・
・
・
「お、戻った」
「ファレル、今の光は一体? なんかお前「嘘だろおぉぉぉぉぉ!?」とか叫んでたけど、」
「あー、バートそれは忘れてくれ」
「? まぁいいけど、なんだったんだろうなあれ?」
「さあな、案外夢みたいなものだったのかもな」
「夢? もしかしてあの一瞬で寝てたのか?」
「どうだろうなぁ…、それよりもやりたい事が出来たんだけど、手伝う気ないか?」
「やりたい事?」
「召喚魔法の全てを書き記した魔導書作りだよ」
「全てって、大陸にある召喚魔法全てか?」
「そうだよ」
「そうだよって、またそんな無茶を、」
「出来るだろ? 俺とお前ならなんだって出来るさ、それにお前のなかには王宮魔導士長に成れるだけの才能があるんだし」
「…なんだそりゃ?」
「気にすんな、あとその魔導書の最初に載せる術式は決めてるからそのつもりでな」
「どんな術式を載せるんだ?」
「…………最強の召喚士を召喚する術式だ」
それから十数年後、召喚魔法に関係のある者たちの間で真しやかにある噂が流れた。大陸に存在するあらゆる召喚魔法の記述が収められた魔導書をある魔導士二人が作り上げ、自分達が起こした小さな村で大事に守っていると。そしてその村の名前はグリンエンドと呼ばれ、魔導書は執筆者である召喚士ファレルとその血族が引き継いでいく事になっているというものだった。
だが、噂にはもう一つ、真実かどうかわからないものがあった。その噂とは魔導書の最初のページに『強力ななにかを拘束して呼び出す術式』が書き記されているという噂だった。
そのため何人もの召喚士がこの噂を確かめようとグリンエンドに出向いたが、その中身はついぞ見ることが叶わず、次第に村から街へ、街から国へと変わっていく中で、そんな噂もいつしか聞こえなくなり、ふいに始まった大陸戦争で多くの魔導士や召喚士が死に絶えると、どこも国の復興に追われ、召喚魔法の継承者は急激に数を減らし、グリンエンドですらその魔導書の存在を忘れかけてしまう程だった。
そして、その魔導書が次にページを開かれるのは、ある一人の王女が手に取った時だった。
「ファレル式召喚魔法指南書か、ふふ、読めてしまえばなにも難しくはないとても分かりやすい魔導書なのですねファレル様、いえ、曾曾お爺様」
公国との戦争から数年、いまや立派に女王として戴冠し、名実ともに国を治める身となったミリアリスはかつてファレルと話をしたテラスで王家に伝わる魔導書を全て読み終わり、自分が心惹かれた人物へと思いを馳せ、そして、これから自身がやるべきことを思い出して席を立った。
「ファレル様、私、頑張ります!」