第05話「召喚士の戦い方 後編」
グリンエンド王国に侵攻していた公国軍本隊が全滅してから数日後、ワイドルト公国の首都では公王をはじめとした武官や通信魔法が使える連絡要員があわただしく動いていた。
「ええい! 将軍との連絡はまだ取れんのか!?」
「公王、どうか落ち着いてください。今、通信魔法と合わせて連絡要員が直接接触を図るために向かっております」
「なにを悠長なことを、将軍が最後に連絡してきた時に「数日中には王都を陥落させる」と言っていたではないか! それなのになぜこうも連絡が付かん!?」
「それは、現地に行かない事にはなんとも…」
「とにかく早急に手立てを考えよ! 早くあの国の全てを我々のモノとし、この朽ちゆく祖国を立て直さねば周辺国の奴らに付け入る隙を与えることにな、」
「もう付け入られてるけど?」
大公の言葉を遮って窓から飛んできた声の主は片手になぜかチーズを持ち窓際に座りこんでいた。
「なんだ貴様は!? ここをどこだと思っている!!」
「ワイドルト公国を統治してる公王さんのお城でしょ」
「それを分かった上で侵入した以上ただで済むと思うなよ!」
「へー、どうなるの?」
「お前たち、その不届き者を捕えよ!」
公王の指示で公王を守るように周囲を固めていた騎士達のうちの3人が剣を抜き、窓に座っている人物を捕えようと襲いかかった。が、
「があ!」
「うぐっ」
「ぎゃぁ!」
騎士たちの手が窓の人物に届くことはなく、反対に彼らは大きくて鋭い針の塊のようなもので身体のあちこちを串刺しにされた。
「スピアラット、ご苦労様。そいつらはどうでもいいから好きにしていいぞ」
「チュー!」
窓に腰かけていた人物が持っていたチーズをスピアラットと呼んだ3つの針の塊に渡すと、針の塊、否、【ハリネズミ型モンスター スピアラット】は突然動きだし、ぐるんと勢いをつけて一回転すると、串刺しにしていた魔法騎士を反対の壁に向かって叩きつけた。
壁に打ち付けられ、ボロボロになった仲間を見て、残った魔法騎士達は怯える者、怒りをあらわにするものなどそれぞれだったが、窓の人物は気にした様子もなく、公王ただ一人を見据えていた。
「……お主何者じゃ?」
「俺はファレル、召喚士ファレルだ」
「ファレル? ……はて? どこぞで名を上げた者か?」
「んな事どうでもいいだろ? 今日は用事があるからわざわざここまできたんだ」
「用事? …いいだろう言ってみよ」
「グリンエンド王国に攻め込むのを今すぐ止めろ。じゃないと実力でお前ら止める」
「……く、くく、くはははははは! 面白い! いくら貴様がそのようにモンスターを操れたとしても我が公国を丸ごと敵に回して無事で済むと本気で思っておるのか!? いやこれは傑作じゃ! ふはははは!」
パチパチと手までたたき出して大笑いをしている公王は突然真顔に戻ったかと思うときっぱり言い放った。
「断る! これは我が公国の存亡がかかった戦争じゃ、ハイそうですかとひき下がれるものではないわ!!」
「そっか、じゃあ仕方ないな、こっちも予定通りにさせてもらうよ。 あ、公王さん、降伏したかったらいつでもどうぞ。できるだけ早くすることをお勧めするぜ」
「? 何を言っとるんだお主?」
「…全術式……確定、…魔力………安定……、」
「なにをする気か知らんがもう好きにはさせん! お前たち、奴を殺せ!」
公王の指示で騎士たちは殺気をむき出しにしてファレルに斬りかかろうとするが、ファレルの周囲にいるスピアラットの鋭い針に阻まれて、思うように近づけないでいた。そしてその間にファレルの魔法は完成する。
「召喚魔法発動! 出でよ! 対ワイドルト連合軍!!」
「な、なんだと!?」
ファレルがそう叫ぶと彼らが居る公王の間のあちこちから光が発生し始める。よく見るとその光は部屋の目だたないところにいつの間にか置かれていた召喚陣が書き込まれた紙でなにを隠そうファレルと王宮魔導士たちが連日徹夜で大量生産した物だった。召喚陣から発せられる光は次第に強くなり、公王の間全体をまばゆい光で包もうとしていた。いや、公王の間だけではなく、窓の外に広がる城下町のいたるところで光が溢れ、公国の首都そのものを包み込む、…そしてその光の中に唐突に黒い影が浮かび上がって来た。
十、百、千の桁をゆうに超す数の影がどんどん浮かび上がり、光が消えた瞬間、その姿は公国兵や国民の前にはっきりと現われた。
それはファレルが叫んだ通り、ワイドルト公国の横暴に不満や反感を持つものの、地理や距離的な問題から今まで結束しきれないでいた周辺国によって編成された対ワイドルト連合軍として参加した将兵数万の軍勢だった。
城下町に出現した連合軍兵士たちはワイドルト公国兵を片っぱしから捕え、街の要所を抑えつつ、抵抗できないように城の包囲を固めていく。
もっともここまで完璧な奇襲を食らった公国兵からすると抵抗らしい抵抗などほとんどできなかった。
そして今、公王の間に出現した多数の将兵たちによって残っていた魔法騎士たちは抑え込まれ、公王の前にはグリンエンド王国の王女、ミリアリスが護衛に守られて立っていた。
「ワイドルト公王、ここまでです。どうか降伏を」
「バカな! こんなバカなことがありえるか!! 認めん! こんなこと断じて認めんぞ!!」
目の前の事実を受け入れられず、公王は片手で頭を抱えてずっと同じ言葉を繰り返している。
「…ひとまず、拘束しておいてください。停戦交渉は後でする事にしましょう」
「は、了解しました!」
兵士たちに公王を任せると、ミリアリスはすぐに振り返って今にも倒れそうなある人物の元に駆け寄った。
「ファレル様! 大丈夫ですか!?」
ゆうに数万を超す対ワイドルト連合軍の全軍を召喚したことによってさすがのファレルも魔力切れ寸前となり、駆け寄ったミリアリスに支えられて立っているのがやっという有様だった。
「はぁ、はぁ、はぁ、……どうだ、…全員召喚成功したぜ!」
「はい! ファレル様は本当にすごいです!! これで私の国もこの大陸も救われました!!」
「そうか、そりゃよかった。ならもうあとは大丈夫だな?」
「はい、ここからは私が頑張ります。……ですが、私もたった一人で国を治めるのは、その…、無理ではないのですが…、やっぱりさびしいです。ファレル様、どうかこれからも私とずっと一緒に居ていただけませんか?」
「………悪いな、それは無理だ」
「…ど、どうしてですか? ファレル様は私の事がお嫌いなのですか?」
「……そうじゃねぇ」
「で、ではお仕事の事を心配されているのですか? 心配ありません! 国の事は全て私と大臣たちで片付けますからファレル様はお好きなだけ魔導士長たちと召喚魔法の研究をしてくださって構いません! 研究費用もたくさんご用意いたします! ですから…」
「あー、魅力的ではあるけど…、それでも無理だ」
「なぜですか!? 私は、私はあなたがいてくれるだけで十分なんです! ずっとグリンエンドに居るのが無理と言われるのでしたら、時折我が国に立ち寄って顔を見せていただくだけでも!」
「だから無理だって、」
ファレルの三度目の拒絶にとうとうこらえきれなくなったのかミリアリスは人目もはばからず、大粒の涙をぼろぼろと流しながら涙ながら訴え続ける。
「…い、嫌です! 私はあなたと一緒に居たい! 王女としてでなく、ただのミリアリスとして私自身と気兼ねなく接してくれるあなたとずっと居たいです!!」
「いずれまたそんな奴が現れるさ」
「来ません! そんな人は絶対に来ません!!」
ファレルの服を強く握りしめ、「絶対に離さない!」という意思表示を示しているミリアリスにファレルはどうするべきかしばし迷い、考えた末、答えを決めた。
「……まったく、言わずに帰るつもりだったんだけどな」
ファレルがミリアリスの耳元に口を近づけ、何かを言おうとした。だが、その言葉が発せられるより先に別の声にかき消された。
「ミリアリス様! 城下の制圧はほぼ完了しました! 目下残った公国兵を捕えていますが、お気を付けくださ、い?」
「あ! あわわ、そそ、そうですか! 分かりました。早急に見つけて捕えてください」
顔と口調だけはなんとか体裁を整えようとしていたが、身体はがっちりとファレルにしがみ付いたままなので結局のところ体裁もくそないのだが、まわりにいた護衛騎士も報告に来た連合軍兵士も王女に恥をかかせてはいけないという心理が働き、見なかったことにした。