第04話「召喚士の戦い方 前編」
ファレルたちの作戦会議があった次の日、夜明け前のワイドルト公国軍グリンエンド侵攻部隊本陣では偵察部隊から奇妙な情報が多数報告され、指揮官である将軍や副官たちは首をかしげていた。
「どういうことだ? グリンエンド王国軍が国境線から次々と拠点に向けて撤退を開始しただと?」
「変ですね、住民の避難が完了しているとはいえ、防衛線を下げて国土を無駄に戦火にさらす策などあの優しいミリアリス王女が取るとは思えませんが…、」
「だが、戦略的に見れば防衛する場所を絞り、より戦力を集中させているとみるべきなのでは?」
「…ふむ、たしかにそれは道理だな、兵の数ではこちらが圧倒的に勝っているのだ。いくら地の利があるとはいえ、ゲリラ戦で多少の手傷と引き換え蹂躙されるくらいならば、籠城して徹底抗戦に出た見るべきか?」
「はっきりと断言はできませんが、その可能性が高いかと、おそらくその間にどこぞの国から協力を取り付けようという考えなのでは?」
「ふん、ならば早々に王都まで攻め入って王女を捕えてしまえばそれで終いだ。むしろ数少ない拠点に引っ込んでくれたおかげて進軍がしやすくなった!」
「では、我が軍はそのまま王都に侵攻するとして拠点立てこもっているグリンエンド軍はどうしますか?」
「どうせ拠点の連中は住民を守る為に動けんだろうが、最低限の数で包囲だけはしておけ、出て来たら出て来たで、殲滅してやればいい」
「御意に」
「では夜明けとともに王都に向けて進軍を開始する! 全軍に通信魔法で指示を飛ばせ!!」
そうと決まるとワイドルト公国軍の動きは早く、夜のうちに全軍へ指示が行き渡り、陽が上るとワイドルト公国軍は進軍を開始した。その中でグリンエンド王国内に存在するワイドルト公国軍は大きく分けて進路上にある都市に籠城した王国軍を包囲する部隊と王都に侵攻する本隊の二つに分かれていった。
王都へ進軍するワイドルト公国軍が国境を越え、山と河に挟まれた地域に達したとき、5万に届こうという公国軍勢の上空にとても大きな一羽の鳥が飛んできて旋回を始めた。しかもよく見るとその上には一人の人間が乗っている。
「なんだあいつは?」
「グリンエンドの偵察兵でしょうか?」
副官に言われても将軍もそう考え、撃ち落とす指示を出すべくそばに居る兵士に声をかけようとした。しかし、その指示が発せられる前に鳥の背に乗る男の口からその目的が告げられる。
「ワイドルト公国軍に告げる! お前たちに一度だけ撤退の機会を与える! この警告に従わない場合、そちらの軍を壊滅させる用意がこちらにはある! 信じる信じないは勝手だが、攻撃をした時点で生かしては返さないのでそのつもりでいろ!」
男の言葉に将軍や副官は一瞬、伏兵や罠の可能性を考えたが、事前に偵察兵が進軍ルート上を常に索敵しているなかでこれだけの軍勢を倒せるだけの兵が見つからずにいるのはおかしいし、罠なら罠でその痕跡がなにも見つからないのもまた変だと考えた。その結果、彼らは男の発言を取るに足らないハッタリだと考え、全軍に進撃を再開と鳥を撃ち落とすように指示をだした。
自身に向けて魔法や矢が飛んでくるのを見たファレルは最初から予想の範囲だったと言わんばかりに余裕で攻撃を躱し、反撃の為の行動を開始した。
「ま、やっぱりそう素直には信じないよな…、じゃあ仕方ない。
召喚魔法発動! 出でよ! ロックドラゴン! ウォータードラゴン!」
ファレルがばらまいた10枚程の紙が光を発したかと思うと、紙を中心に魔方陣が出現し、その中からごつごつとした鱗と鋭い角や爪を持ったがっしりとした体躯で灰色の竜が5体、そしてしっとりと水気を帯びた鱗と透き通るようなひれをもった蛇を思わせる身体ので水色の竜がこれまた5体、合わせて10体のドラゴンが同時に出現し、公国軍兵士たちの前に立ち塞がった。
「な、なんだあれは…?」
「ド、ドラゴンです将軍!」
「そんなことは見ればわかる! なぜ今さっきまでなにもなかったところから突然ドラゴンが現れるのだ!」
「わ、わかりません…」
「えぇい! 全軍迎撃用意! 何としてもあの化け物どもを仕留めよ!」
「し、しかし、1頭ですら厄介なドラゴンが10頭も居るとなると、いくら我が軍が5万の軍勢でも大きな被害が、」
「黙れ! 今からでは逃げても同じことだ!」
「り、了解しました!」
将軍の指示に従い、公国兵は懸命に竜に立ち向かったが、半分は矢も魔法も通さないロックドラゴンの強固な岩肌にアリのごとく踏み潰され、もう半分は傍にあった河から水を吸い上げ、地面すら切断する勢いでで打ち出すウォータードラゴンによって外側から削り取るように殲滅されていった。
公国軍兵士達がドラゴン達に蹂躙されている様子を少し離れた高台の丘から馬に乗って観察する者達が居た。グリンエンドの騎士団長と騎士達である。
そこに鳥に乗ってファレルが飛んできてあらかた終わったことを騎士団長告げた。
「凄いものだな召喚士、あの公国軍がまるで紙屑扱いだ」
「魔導士長のじいさんに聞いた限りじゃ、このあたりだとビッグトロールやオーガが出ただけで、騎士団派遣ものの騒ぎなんだろ? だったら俺が契約して呼び出せるのでそこそこ強い奴らを召喚陣で呼び出して襲わせればそれだけで事足りる」
「あれでそこそこ…、初めて会った時お前に斬りかからなくて本当によかった」
「別に今から腕試しで斬りかかっても良いよ? 命の保証ないけど」
「勘弁してくれ。とはいえ、これだけのことが出来るなら、あのドラゴン達で公国と戦ってくれると話が早いのだがな、」
「それは難しいな…、ロックドラゴンは良質な岩、ウォータードラゴンは新鮮な魚を大量に生贄にしてようやく一回頼みを聞いてくれるのがやっとって連中だからな、生贄を現地調達で採れるこの立地だからあいつらを呼べただけで、公国の、まして街中だと呼び出す奴も生贄にするものも選ばないと面倒なことになる」
「そういうものなのか?」
「あんただっていきなり別の国に召喚されてなんにも報酬なく「さあ我が国の為に戦え」って言われても嫌だろ?」
「……それは要するにまだ根に持っていると言いたいのか?」
「どうかな?」
「……あの時はすまなかった」
「ん、いいよ、もう気にしてない」
それから数時間後、公国軍本隊は完全に全滅し、都市を包囲する為に残った公国軍兵士達は司令塔である将軍と本隊がやられて自分達が孤立しつつあることにこの時、まだ誰も気づいていなかった。