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さよならサランへ

作者: 藤田緑

       1


「みなさーん今日は美人ばっかりですねー」

「ギャハハハハーッ」

 韓国人歌手のジーン(Jean)が、マイク片手に訛りの強い日本語で語りかけると、すかさず周囲のおばさん達の下品な笑いや合いの手が入った。

「今日はみなさん元気ですかー」

「げんきー」

前列の方で素早く数人の手が上がる。

「ジーンさんはげんきいー?」

 私の頭の後ろから叫び声が上がった。

「元気よー。僕はラーメン、つけ麺、僕イケメンだからねー」

「何それー」

「うそうそ。僕はイケメンじゃないね。僕はつけ麺ね」

「ギャッハッハッハ」

 歌のコンサートというよりも、「きみまろ」のショーだなこりゃ。お客はおばさんばっかだし。失敗したかな、と私は一つ溜息をついた。

 韓国歌手ジーンは、今時流行りの韓流スターやK―POPスターのようなイケメンくんでは決してなく、朝鮮半島的な細いつりあがった目と、陶像のような白い肌の、ごく平均的な韓国人男性の容貌をしていた。軍隊上がりなのか立派な体格だったが、一曲ごとに疲れた疲れたと言っては、がぶがぶと水を飲んだ。

 私の席は前から三列目だったが、隣のおばさんは腰が悪いらしく、「すいてると席が移動できて具合がいいのよ。あたしは腰が悪いから。椎間板ヘルニアやったから」などと誰にともなくぶつぶつ言いながら、歌の間中、私の隣の五席分を、行ったり来たりして坐り直すのだった。おばさんの動き回るのが気になって、中々歌に集中できなかった。

大体、この場末の宴会場のような会場は何だ。高田馬場駅近くのファッションビルで「韓国フェスタ」が開催され、その目玉のひとつがこの「ジーン」のコンサートだった。チケット一枚千円という、破れかぶれのような単価に惹かれて、つい来てしまった自分のミーハーさに今更ながら呆れた。私は別に韓流ドラマ好きでもないし、K―POPファンでもない。ただ少し、ほんの少しだけ興味があって、でも韓流好きの友人たちがまだ知らないであろう、従って彼女たちと鉢合わせの危険も少ないはずの、売り出し中の歌手ジーンのコンサートに、恥ずかしさを押して出てきただけなのだ。

事前にジーンのホームページを見て活動状況をチェックし、歌声もYouTubeで一通り確認してきた。声量はあるが声に特徴がなく、韓国語の歌詞がわからないのも相まって、あまり耳に残らない歌声だった。それでも日本の曲はうまくカバーしていたし、何より韓国人の若い男をじっくり眺める良い機会だと思ったので、残業もそこそこに切り上げて、高田馬場に一人駆けつけたのだった。

会場に着いた時には、前のイベントが長引いているらしく、数人の若い女性が入り口に群がって中を覗き込んでいた。

「一緒に写真を撮りたい方は列に並んでくださーい」

 黄色い揃いのブルゾンをはおったイベントスタッフが声を張り上げている。どうやら「韓国フェスタ」のもう一つの目玉イベント「イケメン店員コンテスト」終了後の、写真撮影が行われているらしかった。広告代理店の人たちだろうか、スーツ姿の男性たちが見守る中で、若い韓国人の男の子たちが一列に並び、その前で、日本の女の子たちがシャッターチャンスを狙って、お互い相手を突き飛ばし合いながら右往左往していた。

 全国の、といっても東京の店に限られるのだろうが、カッコイイと評判の韓国人の店員が一同に会しているはずなのだけれども、ドアの隙間からちらっと覗いた限りでは、大したことはないように感じられた。それよりも、イベントを成功させようと必死の面持ちの広告代理店マンの方が、私にはイケメンに見えたくらいだ。

コンサートは、十曲ほど進んだところで、休憩が入った。コンサートの休憩なんて初めてだ。会場が明るくなって周りを見渡すと、百人ほど入る会場の三分の一程度しか埋まっていない。年齢層では四十代前半の私が一番若いくらいか。中には七十代ほどにも見える人もいて、足を出した派手なピンクのワンピースに、唇には真っ赤なルージュをひいている。来ている客のほとんどがジーンの追っかけをやっているようで、ジーン本人と既に顔見知りが多く、自然ステージでの会話もざっくばらんになるらしかった。彼によると、群馬や茨城、東京などで年に数回コンサートを開催していて、クリスマスには、僕は彼女がいないので群馬でコンサートやります、是非来てください、とのこと。その話の時、ほんの一瞬、目が合った気がした。私は恥ずかしくなって慌てて顔をうつむけた。

 休憩が終わるとファンサービスである「簡単ハングル講座」の時間だったが、おばさん達から「いらなーい」と声が飛んだ。プログラムを見ると、韓国語の歌詞とその日本語訳がプリントされている。ジーン本人にすれば、「なに。客が勝手にいらないとは何だ」と言いたいところであろうが、そこはプロに徹する韓国のエンターテイナー、ぐっとこらえ、笑顔でプログラムをすっ飛ばし、「天国の階段」「美しき日々」など韓流ドラマヒット曲のカバーを次々と歌い上げ、合間に今日は何食べましたなどのどうでもいい小話を入れ、しまいには、「立って話すと腰に悪いから」と言ってピアノの前に座ろうとすると、「よわむしー」の声が飛んだ。これにはさすがの彼も絶句だ。私も心の中で共に絶句した。

 歌手本人よりも、おばさんパワーに圧倒されたコンサートだったが、考えてみれば私自身いつの間にか四十をいくつか越え、おばさんと呼ばれる年齢になっている。要は私だって、一度だけ、今回きりと自分に言い聞かせながら、初のK―POPコンサートにドキドキしながら足を踏み入れた、おばさん達の一人に過ぎなかったのだ。

 コンサート終了後に、出口の所でジーンが待ち構えていて、熱心にファンの女性たちと話をしていた。背の高いジーンが女性に合わせて前屈みになり、顔を近づけて笑顔を作っている。私もふと、彼と話してみたい衝動に駆られて立ち止まると、ジーンがこちらを見た。似ている、と思った。確かにあの人に似ている。会場では薄暗くてよく見えなかったが、何となくそんな予感がしていた。私は急にどぎまぎとして頬が熱くなり、慌てて目を逸らせ、ホールを横切ってエレベーターの前まで走った。



 二十年前の夏のことだ。二十年という年月が長いのか短いものなのか、今では私の頭には時々白い毛が混じるようになったし、疲れやすくもなり、怒りっぽくもなった。若い時はそんなこともなかったと思う。今朝も仕事に出かける前に、つまらないことで夫と喧嘩をしたばかりだ。米の買い置きがなくなったので、今日中に買っておいてと夫に頼んだら、いつも頼みごとを何でも聞いてくれる夫が渋ったのだ。今日は忙しくて、打ち合わせが三つも入っているという。帰りは遅くなる。でもそれは私にしても同じだった。コンサートの帰りに重い米を買って自転車に積んで帰ってくる自分を想像して私は不機嫌になった。私だって忙しいのだからと、夫に当り散らした。夫は困惑顔で、でもどうしても僕は買ってこられない、を繰り返した。結婚して十年になるが、最近とみに夫との関係でも、いらいらすることが増えてきている気がする。更年期障害かもしれない、しかも若年性の。それとも映画で見たことのある、若年性の痴呆症かしら、最近物忘れがひどいから。そういえば帰りに何を買って帰るんだっけ。今朝話したばかりなのに、そうか……米か。考えていると私は憂鬱になった。こんな時だ。ふと思い出すのは。二十年前のあの夏。確実に年を重ねてはいるのだが、一つの恋を思い出すには二十年はそれほど長い時間ではなかった。二十年の年月の中で、多くの些細な出来事やら大事な出来事やらを忘れてしまったのに、あの夏だけは、年を重ねるにつれ、私の中でますます鮮明になってゆくようだった。本当にあの人は存在していたのだろうか、どうして自分達は駄目になったのか。今では夢のような気もするが、あの夏、彼の古いマンションの暑すぎる一室に自分がいたということは、紛れもない事実だった。 

 

あの夏。焼けるような夏のど真ん中だった。

外の気温は三十度を軽く超えているはずだったが、電気代を節約している彼はエアコンを入れさせてくれなかった。タンクトップの肩からブラジャーの紐をはみ出させ、長いインディゴカラーのスカートを腿までたくし上げて、私は革張りの白いソファに体を投げ出していた。鎖骨のところに流れる汗がたまっている。腋の下も背中もパンティの中までじっとり汗で濡れていた。これじゃもう一度シャワーを浴びなければセックスもできやしない、それともあの人は今日は忙しいからなしだろうか。柱の時計を見上げると、時間は十二時を少し回ったところだった。

今日、彼は午前中大学のゼミに行き、昼から後輩に頼まれてビザの手続きのために韓国大使館に付き添い、帰ってからは少し勉強をして、夜から新宿歌舞伎町の韓国パブに、雇われマネージャーの仕事に行くはずだった。この雇われマネージャーを、彼はもう三年も続けていた。その頃歌舞伎町では、きれいな韓国女性のいる韓国パブは人気があったから、彼も結構な給料を取っていて、それで大学院の学費と生活費を賄っていた。キム・ヨンファン。彼の名前だ。もちろん漢字はあるが、ワープロでは打ち出せない文字。やむをえまい。以後もカタカナで書かせてもらおう。ヨンさん、と私は呼んでいた。二〇〇四年にブレイクした某韓流ドラマの人気俳優を思い起こす呼び名だが、その頃は韓流のハの字もなかったのだ。だから私はヨンさんと呼んでいた。キム(金)というのは韓国で一番多い姓で、韓国の姓の実に二一%を占めるそうだ。日本で一番多い苗字の佐藤が一.五%というから、どれだけ多いか想像がつく。道を歩けばキムさんに当たる、というぐらいの、つまり彼はありきたりな名前のキムさんで、さらにヨンさんだった。

「ちゅかれた」

ヨンさんは、帰ってくるなり茶色のセカンド・バッグをポンとソファの上に投げ出して言った。

「つかれたでしょ」

私はすかさず言ってちょっと笑った。韓国には日本語の「ツ」に当たる正確な表記がない。ツとスの区別も曖昧だし、ザ行の子音も韓国語にはない。その他諸々の理由で、韓国人はサ行、タ行、濁音などの発音を間違いやすい。ヨンさんは日本に来て七年にもなるが、今だに時々おかしな言い方をするので笑ってしまう。

彼は肩を落として、中肉中背で少し猫背気味の背を余計に丸めていた。

「後輩のビザ、どうだったの」

「難しそうだよ。国外退去になるかもしれない」

そう言ってソファのもう一方の端に座り頭を掻いた。

「国外退去って? 無理矢理国に帰されるってこと?」

ヨンさんの後輩は、彼が繰り返し注意したにも関わらず、今年も大学を留年してしまい、ビザが危ないのではないかとこの所二人とも心配していたのだった。

「仕方ないよ」

ヨンさんは本当に疲れているのか今日はいっそう老けて見えた。三十二歳という年齢は留学生にしては年がいっているが、目の下に万年たたえた隈と、目尻と口の周りに寄った皺のせいで、時折四十歳くらいに見えることがあった。韓国で大学と兵役を終えて来日したが、軍隊に居た割には体格も悪く胸には筋肉がなく、ひょろっとした三つ葉の茎のような足をしていた。真夏でもいつも長袖シャツを着ていて、その両袖を必ず一折めくっていた。少し汗くさい。私はその顔にじっと見入った。この人のどこがこんなに好きなのかと、時々自分でも不思議になる。

「シャワー浴びて、店に行くよ。今日お店の女の子が店始まる前に相談があるっていうんだ」

そう言ってヨンさんはバスルームに行こうとした。ということはセックスはなしか。いつもそのためにこの暑い部屋で待っているというのに。私は自分も汗くさいことを思い出したが、そう思うと余計に今、したくなった。私は歩き出すヨンさんの背後から背中に飛びついた。

「ねえ」

 甘えた声で腕を伸ばして胸をまさぐった。

「僕、汗かいてるよ」

「構わない。あたしも汗だく」

 ヨンさんはこちらに向き直って、両手で私の顔を挟んだ。

「悪い子、なぎ子。こんな昼間から」

「いつも昼間じゃない」

「ん、この前は夜だったんじゃないかなあ」

「昼間にしたいの。ヨンさんの顔がよく見えるから。あたしのこともよく見てほしいから」

 ヨンさんと私は、部屋の隅に敷きっぱなしの布団の上になだれこんだ。ヨンさんが私の服を剥ぎ取る。胸にかぶりついて、その顔は徐々に下にさがっていった。私の足の間に顔をうずめようとする。

「ああ、それはやめて。シャワー浴びていない」

「いいよ。僕たち動物だろ。動物のようなセックスがしたい。僕たちは獣」

 ヨンさんが私を愛撫する音が辺りに響き、私はあえぎ声を挙げた。隣の部屋の韓国人に聞こえるかもしれなかったが構わなかった。

「僕たちは獣だ。僕たちは獣……」

 私たちは抱き合いながら転がり、布団からはみ出して、ひんやりとしたフローリングの床の上でひとつになった。汗で体が床の上で滑った。ヨンさんを見つめながら、ヨンさんを体内に感じるのは、本当に気持ちよかった。他に何も要らない。この瞬間だけでいいと思えた。ヨンさんと、私だけで。いつまでもこのまま二人で交わっていたかった。私は幸せだった。


 当時、私は大学を卒業してすぐ、上野の家電量販店でアルバイトをしながら、日本語教師の養成学校に通っていた。アルバイトは朝九時から夕方までと、夕方から夜九時までの二交代制。アルバイトのない水曜日と金曜日には、新宿にある専門学校に行った。単純に国語が好きだったので日本語教師にでもなろうかと思ったのだが、実際に勉強してみると「国語」と「日本語」では大きく違っていて、自分の見通しの甘さを痛感させられた。

 「国語」とは、既に日本語をよく知ってその基本的構造を理解し、日常的にコミュニケーションの手段として使用している人たちが対象であって、その手段を更に磨くための学問だ。それに対して「日本語」とは、日本人や日本という地域で使用されている言語を「外国語」として客観的にとらえ、それを最低でも三年、多い場合には十年近くもかける日本の英語教育とは異なり、わずか一、二年で使用できるようにするための教育を指す。「日本語」を「国語」の初級を教えるぐらいにしか考えていなかった私は面食らった。  

 日本語教師養成学校で、生徒たちはまず「日本語教授法」には「翻訳法」と「直説法」があるということを教わる。「翻訳法」というのは文字通り日本語を翻訳しながら教えること。

「直説法」というのは授業に生徒の母語や共通語(英語など)をほとんど挟まず、テキストを訳すこともせず、語句の意味を実物や違う言い回しを使って訳さずに教える、というもので、日本国内の日本語学校初級クラスの多くはこの方法を使用している。

養成学校の授業も「直説法」の指導に力を入れていて、イラストや単語カードの作り方や活用の仕方などを熱心に教えてくれる。そして日本語の発音の特徴。唇を丸めるのか平たくして発するのか、カ行、ガ行、パ行などの破裂音、サ行、ハ行の子音などの摩擦音、「ツ」や「チ」などの破擦音、ナ行、マ行などの鼻音など。さらに日本語には長音、はつ音(「ん」のこと)、促音(小さい「っ」)、拗音(きゃ、きょなど)があり、また、ひらがな、カタカナ、漢字の使い分け、接頭辞、接尾辞、助詞、助動詞などの構文、擬音語、擬態語(これが外国にはない場合があるので難しい)、助数詞(本、匹などの数え方)などなどがあり、覚えることは数え上げれば切りがない。

私の頭ではついていくだけでも大変なのだから、日本語を全く知らない外国人にそれを理解させるのは、至難の技と思われた。しかも学校に通うようになって初めて気づいたのだが、養成学校を出て、国家資格ではないが、「日本語教育能力検定試験」というものを受けて、それに合格したとしても、実際の教師の仕事はほとんどないという。不景気で日本にくる外国人が少ないからだ。アルバイトは続けていたが、学費を捻出するだけで精一杯だったし、大学は出たけれど、このままではただのフリーターに陥入りそうだった。それだけは両親の手前もあって何としても避けたかったのだが、どうやら避けられない道のように思われた。 

大学在学中の、就職活動は完全に失敗だった。今と違い、バブル崩壊直後の就職状況はまだそれほど悪くはなく、就職さえできればいいというのであればいくらでも職はあったし、四流大学出でも、その気になれば一流企業への就職が夢ではない時代だった。実際に身にそぐわない有名企業といわれる企業に入った友人も、一人や二人ではなかった。

しかし私は就職活動そのものに違和感を覚えていた。どうしてなのかは自分でもよくわからない。でも、バブルの名残で派手な化粧にボディコンの服、茶色く染め上げた髪をキャンパスになびかせていたクラスメートが、ある朝、急に清楚な黒髪に戻り、元はこんな顔だったのかと、内心の驚きを隠さなければいけないほどの地味な化粧に変わってスーツ姿で現れるとき、私は心の隅に小さなシコリのような塊が引っかかるのに気づかないわけにはいかなかった。自分では髪型も化粧も変えなかったが、かといって就職試験や面接にスーツ以外の服装でのぞむ勇気もなく、結局私も「普段の自分ではない」自分になっていたのはクラスメートたちと変わらなかった。

特に嫌だったのが、集団面接と呼ばれるやつだ。ずらりと並んだ企業の人事部の人たちの前に、これまたずらりとパイプ椅子が並べられ、そこへ没個性な同じ形、同じ色のスーツ姿の女子学生たちが並んで座る。それだけでも異様な光景だった。よりどりみどり、どの子が好みか吟味される銀座のバーかキャバクラと大して変わりはない。そして端から同じ質問、同じ答えが面接マニュアル通り順次繰り返される。学生の声は一段と高く、子供の合唱のように空疎だ。端に座った自分の番まで回ってくるころには、私は気が遠くなりそうだった。こんな面接で、人事担当者は一体何を判断することができるのだろう。大学の序列と女の場合は顔、それしかないではないか。それなら履歴書で決めればいいことで、この場自体、無意味な茶番なのだ。そして面接が終わって外に出た途端の、女子学生たちの蓮っ葉で明け透けな口調の変わりようにも呆れた。

私はつくづく嫌気がさしてしまった。幾つかの中小企業から内定を貰ったが、結局全部蹴ってしまったのだ。一体私はどうしたかったというのだろう。それがわからないまま、私の就職活動は、尻の部分が妙にてかって不格好に飛び出てしまった、母に買ってもらったたった一着のスーツと共に終わりを告げ、

気がつけば秋が深まっていた。

大学の正門へと続くイチョウ並木に、柔らかい光が降り注ぎ、歩道に細く深い影が等間隔に並んでいた。その、細い木の影の上に私は立ってみた。そして午後の光を受けて黄金色に輝くイチョウの葉たちを見つめた。影と光が、歩道のへりからくっきりと分かれて、明暗を分けていた。それは、私の運命そのもののようにも見えた。いつかあちら側に行って、全身に光を浴びて立つ時が自分にもくるのだろうか。私は森閑とした寂しさを抱えたまま、大学を後にした。


 ヨンさんとは日本語教師の養成学校に入った年の秋に、学校のクラスメートの紹介で知り合った。時折クラスの後で食事などする仲の良い三人組みのあつこさんとみっちゃん。あつこさんは二つ年上の琥珀色の肌の美人、みっちゃんは鹿児島出身の同い年で、地元の短大を出てしばらくしてから東京に出てきた。

ある時みっちゃんが言った。友達の友達の韓国人留学生が、日本語に不安があるので修士論文を見てくれる日本人を探していて、日本語教師養成学校のみっちゃんが紹介された。だが男一人のマンションに一人で通うのは怖いし、その人おじさんっぽくて、でもあたしのことちょっと好きみたいで、困ってるんだけど一緒にマンションに行ってくれない?

みっちゃんはいかにも迷惑そうにその丸顔を歪めて言ったが、最後にショートカットの前髪に恥ずかし気に手をやって、ちょっとはにかんだ。男一人のマンションに通うなんて危ないよと、あつこさんと私はすぐに承諾して、次の日曜の午後、男のマンションに同道すると約束した。新大久保駅で待ち合わせをして、新大久保駅と大久保駅のちょうど中間辺りにある男のマンションに行った。笑顔で迎えてくれた韓国人の男の姿を見て、私は驚いた。もっと若い男を想像していたのだ。でも笑うと目尻に寄る皺が少し、気に入った。

 自分はキム・ヨンファン。韓国で大学と兵役を終えた後、来日して日本語学校に一年通い、その後日本の大学に一年生から入り直して、現在は大学院の二年生だ、と彼は気さくに自己紹介した。話し方はフランクで、時には外国人らしく明け透けな物言いもあったが、みっちゃんを見守る目は優しかった。言葉の端々にみっちゃんを擁護しようとする気配が感じられた。

「二人は中々美人ね。でもみっちゃんみたいなぽっちゃり型も悪くないね。僕は好きね」

打ち解けてくると彼はそんなことを言った。みっちゃんを本気で口説こうとしてるのか、と私は気になった。自分は勉強がとても好きで一日に八時間は勉強するのだ。勉強にもっと時間を取りたいが、仕事は忙しいし学校もあるし、中々時間が作れないのが悩みの種だ、彼はそんなことも言った。一日八時間勉強するという言葉に驚いた。

「一日八時間なんて体は大丈夫なの。仕事もして、一体いつ寝るの?」

私は聞いてみた。ヨンさんは真っ直ぐこちらを見て言った。

「体は大変よ。でも楽しい。寝るのは少しでいい。時間がもったいないからね。寝る時間がなければそれでも平気」

その眼差しには好きなことを懸命にやる人の自信が伺えた。

「韓国からお母さんがキムチ送ってきたから食べてってよ」

ヨンさんは冷蔵庫から大きなキムチのタッパーを取り出して、皿に大量に盛った。そんなに辛くなくて酸っぱくもなく、後味が複雑で、今まで食べたキムチの中で一番深い味がした。

「こんなおいしいキムチ、あたし食べたことない」

「気に入った? じゃ、少し持って帰る? たくさんあるから。あ、でも臭いから持って帰れないか。電車の中で臭いよね。どうしよう」

ヨンさんは本当に困ったように顔をしかめた。

「いいよ。匂いなんて全く気にしない。臭くなんてない」

私たちはそれぞれにキムチのお土産を貰って帰ることになった。

 帰り道であつこさんがみっちゃんに言った。

「あの人、優しそうで全然危なくなんて見えないじゃない。大丈夫だと思うけど」

「そうかなあ?」

疑わし気に、でも少し嬉しそうにみっちゃんが答えた。それが私の気に障った。

「いや、あたしはちょっと怖いなと思ったけど。年取ってるし、何考えてるかわからないよ。マンションに一人でなんて行かない方がいいよ」

私は前方を見据えながら咄嗟に言った。みっちゃんとあつこさんが驚いて横目で私を見つめていた。それから二、三日経った夕方、私は新大久保のヨンさんのマンションを一人で訪ねていた。


       2


 先日、久しぶりに新大久保に行ってみた。韓国人歌手ジーンのコンサートに刺激され、K―POPのメッカを歩いてみたくなったのだ。いつも利用している西武新宿駅から、歌舞伎町を抜けて職安通り方面へは、徒歩わずか十分ほどだった。昼の歓楽街を歩くのは不思議な感じだ。店の外には前夜の人々のストレスの放出とその享楽の名残が、白いビニールのゴミ袋と化して、あちこちに散乱していた。通りは今夜の新たな放出に備えて、ひっそりと息を詰めているようだった。途中で、黒のタイトなスーツの下から白シャツをちらりと見せ、茶色い髪を派手に立ち上げたり垂らしたりした、出勤前のホスト風の男たちとすれ違い、私は思わず足を止めて振り返った。ホスト(かどうかわからないが)を真近で見るのは初めてだったからだ。若い飾り立てた男を見るだけで、何だか胸がときめいた。

 静まりかえった街を抜け職安通りに近づくと、にわかに女性の数が増え始める。かつては新大久保駅周辺だけだったコリアンタウンは、ここ数年で職安通りのドン・キホーテを中心にあっという間に増殖した。韓流バザール、南大門市場、仁寺洞、コリアンプラザなど、韓流イケメン俳優・K―POPアイドル歌手のグッズショップや、韓国レストラン、食材店が軒を連ねている。一人歩きの女性は少なく、多くは三人、四人と連れ立ってお喋りをしながら、あまりよそ見もせずに歩いていく。目当ての店があるのだろう。

ドン・キホーテの角を曲がってイケメン通りと呼ばれる小道に入ると、そこからいきなり人間が奔流のように溢れ出した。多くは若い女性、年配の女性もちらほら、中年の父親を従えた家族連れもいる。原宿・竹下通りのような、留まる事を知らぬ賑わい、ただその中心が若い男女だけではないという違いだけだ。カフェ、屋台村、レストラン、韓国コスメショップなど、小さな店がそれぞれに我こそはと通りに張り出して、客引きの店員も、道行く客を一人でも振り返らそうと声を張り上げている。レストランの店員が店の前で客引きをするというのは、東京でもここだけで見られる光景だろう。私は屋台の行列に並んで韓国版お好み焼きのホットクを買い、そのほんのりとした甘さを味わいながら、人波をかき分けて細い通りを縫うように歩いた。

この通りはかつて、目立たぬ小さな看板を掲げた安いモーテルのような宿が並ぶラブホテル街だった。夜、人々が仕事を終え、その疲れた体を家へと運ぶひっそりとした時刻になると、薄暗がりの灯の下には街娼が立った。すらりとした足を持つ、中南米から来た女たちで、道行くサラリーマンを呼び止めては、何やら耳打ちしていたのだ。それが今は、日本中の中学生から中高年までの普通(、、)の(、)女たちが集う、唖然とするほど健全な通りになってしまった。

小道を抜けると大久保通り。左手に折れると、韓国の下町のスーパーマーケットそのままのようなソウル市場、向かいの有名焼肉店には階段の下まで行列ができている。韓流スターやK―POPアイドルのグッズが所狭しと並ぶ店々には、今一番人気のイケメンスターのポスターが貼られ、人々にこれでもかと笑いかけている。イケメン店員で有名なコーヒープリンスや、韓流百貨店を通り過ぎて高架をくぐると、やっと新大久保駅に辿り着いた。

大久保通りにもかつては、中南米系の派手な街娼が立っていたが、ヨンさんと街を歩いていた二十年前には、まだ彼女たちはいなかった。その頃多かったのは中華系だ。新大久保はもともと、歌舞伎町で働く人々が居住するための街で、大久保通りを歩くと中国語ばかりが聞こえていた。時々ハングルも聞こえたが新大久保駅の東側ではまだ数が少なく、韓国人の居住空間は、駅の西側に広がっていた。そして時折混じるアジア系の人々の声。新大久保は東京一、多文化が混じり合う街だった。現在のこの韓国一色の街はどうだ。あの頃と比べると、何と様変わりしたことだろうか。街は昔の風景を、記憶に留めているだろうか。

 新大久保駅の前を通り過ぎて大久保方面に向かうと、香辛料の臭いが強く立ち込めるイスラム横丁があり、浅黒い肌の人々がハラル肉などを売る商店が並んでいる。その通りの向いあたりに「皆中稲荷神社」の文字が見えて、私は足を止めた。二十年前、ヨンさんと夕食を食べに行った帰りによく立ち寄った神社だった。通りに面した入り口には鳥居の上面に古ぼけた柵がはってあって、境内の緑からこぼれる光が、柵越しに通りに落ちていた。神社の何かもが古ぼけていて、所帯じみていた。二十年前と何も変わっていない。

「この神社って何で皆中っていうか知っている?」

ある時、焼肉を食べた後のいっぱいになったお腹を抱えて、腹ごなしに寄った神社でヨンさんが言った。

「え、知らないけど」

「新大久保の住所は百人町っていうでしょ。昔、百人町の名前の元になった鉄砲組百人隊っていう人たちがこの辺りに住んでいて、その隊士の一人が射撃の腕に悩んでたんだけど、ある日ここの稲荷の神さまが夢に出てきたんだって。ちゅぎの日、お参りを済ませてから射撃場に行ってみると、射撃がひゃっぱちゅひゃくちゅう? の腕になってたんだって。それから隊士たちは皆、ここで祈願するようになったんだって」

「次の日、でしょ」

私はくすくす笑って言った。

「それで、他の人たちもいろんなお願いをするようになったの?」

「そう。ひゃっぱちゅひゃくちゅう」

「ひゃっぱつひゃくちゅう」

私は言葉を一語一語区切りながら言い直した。

「外国人なのにヨンさんよく知ってるのね。それじゃ、あたしたちも百発百中の神さまに何かお願いしなきゃ」

「なぎ子の日本語教師試験の合格」

「それは試験受けるかどうかわかんないよ」

「それじゃなぎ子の就職のお願い」

「それもわかんない」

「それじゃなぎ子の健康と発展」

「それじゃ平凡すぎる」

私は笑った。

「それじゃ僕たちの愛がずっと続きますように」

私は黙った。ヨンさんはよく「愛」という言葉を平気で使った。ヨンさんの言う「愛」は、そよ風に吹かれる犬の毛玉みたいにふわふわしていた。

「あたしを愛してるの?」

「んー、と思うよ」

「思う?」

「いいじゃない。そんなの。日本人はそうやってすぐ細かいことにこだわる」

「細かいことじゃない。あたしにとっては大事なことだよ。日本人じゃなくたってこだわるよ。韓国の女性はこだわらないの?」

「と思うよ」

「またあ」

私が怒るとヨンさんは笑った。

「愛しているってことは、サランヘ? あたしをサランヘヨ?」

「んー、それはわからない。韓国の男はサランヘはあまり使わない。日本の男だって愛してる、はあまり使わないでしょ」

「サランヘとは言えないってこと?」

「それは言えないなあ。今は」

愛は当時、私にとっては真剣な問題だった。私はヨンさんが好きだったが、果たして「愛してる」のかどうかはわからなかった。でもヨンさんにはサランヘと言ってもらいたい気がした。言えないということは、本当に好きではないということか。私はしばらく黙って考えていた。

「日本人はすぐそうやって黙っちゃう」

「だから日本人だから、じゃないってば」

「日本人だからだよ。韓国人はいつも喋ってる。あんまり考え込まない」

ヨンさんは笑って言った。そうなのかもしれない、と思った。ヨンさんと韓国人の後輩たちが会うと、いつも大声で唾を飛ばして喋り合っていた。沈黙するということがないのだった。私は考えるのはやめた。

「それじゃ、二人の健康と、ヨンさんの論文がうまくいきますようにって、お祈りしようよ」

私たちは賽銭箱の前に並んで立ち、小銭を投げ入れて鈴をじゃらじゃら鳴らし、しばし祈った。酔っ払いの男女が二人、私たちの後ろに立った。

「愛かどうかわからないけど、あたしはヨンさんのことが好き」

私は横に立つヨンさんを振り返って、真っ直ぐに目を見て言った。

「ほんとに好き」

「勉強しろよ」

それには答えずにヨンさんは言った。

「早く日本語教師にならなくちゃ」

それはわからないけど、と私は心の中で呟いた。

「どうして僕のことなんて好きなの。なぎ子は日本人なのに」

「日本人って。何人とか関係ないよ。好きになったら好き」

「日本人と韓国人は性格合わないでしょ。全然違う。僕となぎ子も違う」

「ヨンさんはあたしのことほんとに好き?」

「好きだよ」

少しの沈黙の後、ヨンさんが言った。そしてすぐ横を向いてしまった。星は出ていたが、月のない夜で、横を向いてしまったヨンさんの表情はよく見えなかった。うつむき加減の横顔を見ているうちに私は何だか寂しくなって、小さな赤い鳥居と、その向こうに見える星影をぼんやり見上げていた。


アルバイト先の家電量販店は、上野のヨドバシカメラだった。どうしてヨドバシカメラをアルバイト先に選んだかというと、単純に写真が好きだったからだ。私が働いていたのはフィルムの現像サービスをするDTPコーナー。デジタルカメラなどない時代だったので、ネガフィルムやポジフィルムを現像してプリントするDTPは、当時結構繁盛していた。

仕上がった客のプリントは従業員が見てはいけないことになっていたが、中身の確認と称して、私たちは時々こっそり、あいうえお順にずらっと並ぶ壁の棚から、写真を取り出しては眺めた。中には猥褻な写真などもあった。あまり露骨なヌードなど、ポルノに準ずるものは店の規定でプリントしないことになっていたが、そのルールを知らずにフィルムを現像しに来る客がいて、そんな時はプリントする前に現像所から知らせがきた。知らせがくると客に電話してフィルムを引き取りに来てもらわなければならない。これは誰もが嫌がる気まずい仕事だった。中身を知っていながら無表情を装って、客に引き取りの事情を説明しなくてはならないのだ。特に私には最も向かない仕事だった。私は何でもすぐに顔に出てしまうタチだった。おかしい時は笑ってしまうし、つらい時はすぐに顔を歪め、気まずい時には顔が引きつった。いつも女子高生のパンチラの写真を大量にプリントしに来る客がいたが、私たちは中身を見て知っているので、その若い男が受け取りにやって来ると(パンチラ程度ならプリント拒否にはならなかった)私は卑怯にもそそくさと逃げ出した。顔を見ると笑ってしまいそうになって耐えられないのだ。

そんな時、代わりにその客の相手をしてくれるのは、同じバイト仲間の遠藤君だった。遠藤君は太い黒ぶちの眼鏡をかけ、まだ二十代なのに少し腹の出た背の高い若者だった。能面のように無表情だが頭の回転が良く、機転もよく利いた。客の顔を見て私が身をよじると、とっさに横から出てきて受け持ちを代わってくれたりした。

「ありがとう。いつも遠藤君が察してくれるから、あたし助かるよ」

ある時、私は遠藤君に改まってお礼を言った。

「別にお礼なんて言わなくていいよ。俺は自分のやることをやってるだけだから。君のためじゃないよ」

「またまた。クールだなあ遠藤君は」

「そうでもないけど。それよりも、苦手な客が来たら逃げるのやめろよ。そんなことすると、君の印象悪くするだけだよ。客の方で嫌がって来なくなったらどうすんだよ。売上げが下がるだろ」

 遠藤君はただのバイトのくせに、店長のようなことを言った。

「そうだけど……。遠藤君はいつも売上げのこととか考えてんの?」

「当然だろ。働いてるんだから。バイトだってやりがいある方がいいだろ。おもしろくもなるよ。君はそんなこと全然考えてないんだろ」

 私は自分が考えてるかどうかについて考えてみた。

「考えてないなあ、売上げ伸ばそうなんて。毎日いいお客さんばっかりで、無事に終わればいいなあと思ってるだけ」

「そんなだから駄目なんだよ」

 遠藤君はきつい口調で言った。

「駄目って」

 大して年も違わない同じバイトの遠藤君に説教されているような気がして、私は少しむっとした。

「駄目は駄目。よく考えろ」

「遠藤君に駄目出しされちゃった」

 私は隣で聞いていたもう一人のバイトの女の子におどけて言った。そして二人でふふっと少し笑った。遠藤君が横目で私たちを見て、目尻のあたりをピクピクさせた。イラッときた時の彼の癖だった。私は少し驚いて、改めて遠藤君の横顔を眺めた。鼻が高く目鼻立ちは整っていて、天然パーマの髪は耳の上で形良く渦巻いている。頭も良く、面倒見も良くて、女の子にモテても不思議ではない人だった。だが、遠藤君は人気がなかった。その理由がわかったような気がした。

「だってあたしたちバイトじゃない。そんなに目くじら立てることないよ」

私の隣の女の子が遠藤君に言った。

「そういう問題じゃないよ。バイトだからとかじゃなく。どうせやるなら何でも気合い入れてやらなきゃってこと。君たちは何でもそうなんだろ。バイトに限らず。一生懸命やるってことあるのかよ」

 私は何も言えなかった。バイトに精魂込めていないからといって、代わりに勉強を頑張っているとも言えなかった。

隣の女の子が口を尖らせた。

「じゃ、遠藤君は他に一生懸命やってることがあるわけ?」

「俺は漫画を描いてる。漫画家になりたいんだ。というかなるつもりだ」

「へえー」

 私は思わず感嘆の声を漏らした。

「漫画描いてるんだ。どんな漫画?」

「ハードボイルドかな。ゴルゴ13みたいなやつ」

「へえ、すごいね」

「すごくなんかないよ。もう七年描いてるけどデビューもできない。でも絶対デビューしてやるさ。俺の夢だからね」

 夢、と聞いて私の心臓がどくんとひとつ音を立てた。

「そうかあ。遠藤君は夢があるんだ」

「ないのかよ。夢」

「うーん」

私はしばらく考えた。日本語教師になるのが自分の夢だろうか。勉強はそこそこしていたが、本当に日本語教師になりたいのかどうかはわからなくなっていた。本当は何になりたいのか、なりたいものなんて自分にあるのかもわからなかった。私はどこを取っても、どう見ても「ハンパ」な存在だった。ほんとのことなんて何もない。今の自分にはただヨンさんが好きなことだけが、ほんとのことのように思えた。

「今、夢はない」

 寂しく聞こえないように、できるだけ気をつけながら私は言った。

「つまんねえ人生だな。夢があったら、何でも全力投球になるんだよ」

「そんなもん?」

「うん」

 そう言った遠藤君の整った横顔は、自信に溢れていた。私は羨ましくなって、しばらくその横顔を見つめていた。


ヨンさんの部屋でソファに座ってくつろいでいると、ピンポンとチャイムの音がした。ヨンさんは机に向かって勉強の最中だった。やれやれまたかと思いながら立ってドアを開けると、いつものごとく、同じマンションに住むヨンさんの後輩たちが四、五人立っていた。 

ヨンさんの住むマンションは、大久保駅と新大久保駅のちょうど中間あたりにあった。途中のビルとビルの隙間には、中国人の頭の禿げかかったおじさんが座っていて、彼は国際電話屋だった。電話屋さんという商売を初めて見たが、この周辺には中国人が多く住んでいて、電話のない部屋で暮らしている人も多くかけ方もよくわからない、ということで、立派に成り立つ商売らしかった。おじさんにいつものようにこんにちはと一声かけて、おじさんの隣の中華料理屋の角を曲がり、路地を五十メートルほど歩いて住宅街に入ると、屋根が一方に傾斜した五階建ての鉄筋コンクリートのマンションがある。そこの三階の角部屋がヨンさんの部屋だった。圧巻だったのは、このマンションの住人のほとんどが韓国人の留学生だったことだ。留学生の中で最年長者のヨンさんと、その後輩たちだ。韓国では年齢の上下が人間関係の序列を決める重要な要素となるので、一人だけ三十代のヨンさんは、同じ大学でもないのに「先輩」と呼ばれて何かと頼りにされていた。

彼らは、週に三日、四日とヨンさんの部屋にやってくる。ヨンさんの部屋はそれら韓国人留学生の溜まり場と化してしまっていた。私にしてみればヨンさんと二人っきりの時間を、大勢つるんで押しかけてくる学生たちに邪魔されることになる。それでも、ヨンさんの大事な後輩たちに嫌われたくはないので、部屋のチャイムが鳴ると、慌ててしおらしい大和撫子を装いドアを開ける。

「アンニョンハセヨ」

 私は留学生たちに微笑んだ。

「アンニョンハセヨ、こんにちは」

 彼らが口々に言って少し恥ずかしそうに笑った。ワンルームのヨンさんの部屋は、たちまち韓国語の喧騒で溢れかえる。小さなテーブルに彼らがヨンさんを囲んで陣取る。私は急いで飲み物とお菓子を用意すると、テーブルの後方のソファに退散した。韓国語はわからないので、話の内容は想像するしかないが、彼らの話す様子から、今日大学であった出来事や、勉強のこと、日本人の友達のこと、陥ったトラブルやその解決法などを、皆で互いに相手を制していっぺんに喋っている印象だった。話には時々日本人の悪口が混じる。彼らの様子から私にはそれがわかってしまう。彼らは私にはわからないと思って遠慮せずに言っているのだが、そういうことは何となく伝わってしまうものである。私は居心地が悪くなってソファの上で身を縮めた。

「なぎ子、こっちに来れば」

 ヨンさんが韓国人たちの輪に加わるように私を誘ってくれる。私がソファから降りておずおず座に加わると、日本人の悪口をひっこめて、留学生たちは笑顔を見せた。

「なぎ子さんは、どこの大学だったの?」

 私の隣にいたチョンさんが日本語で聞いた。私が大学名を言うと、あ、僕と同じだ、とチョンさんは答えた。

「その大学は、日本人はそうでもないけど、外国人留学生が入るのは結構難しいんだよ」

 ヨンさんが笑いながら言った。それは私も知っていた。私の大学の留学生たちは、みな優秀だった。私の出た大学には当時、アジア系の留学生が大勢いた。クラスには韓国人の留学生もいて、私は彼らと話をしてみたかったが、あちらは中々打ち解けてくれなかった。韓流ブームの今では考えられないことだが、当時、韓国系の学生は人気がなかった。地味だったし、顔つきも垢抜けなかった。彼らはいつもグループで固まっていて、日本人学生たちとは全く交わろうとしなかった。

ある時、そんなことじゃ日本語が上達しないだろうと、私は心配しておせっかいを焼き、韓国人グループの一人に思い切って話しかけてみた。ペイズリー柄の青いシャツを、だぶだぶのジーンズの中に押し込んだ背の低い男の子だった。彼はいつ見ても同じ格好をしていた。その時、何について話しかけたのかはもう覚えていない。たわいのないこと、昨日さぼった講義の内容とか、サークル活動のこととか、あるいは単にお天気の話だったかもしれない。今日は暑くてやりきれないわねとか、たぶんそんなことだったろう。ペイズリー君は、瞬間、蝋人形のように固まってしまった。ペイズリー柄だけが両腕を広げたまま壁に張り付いてしまったみたいに見えた。彼はそのまましばらく動けなかった。よっぽど驚いたのだろう。その口が声にならない言葉を探してもごもごと動いた。そして彼はふいに、にかっと大きく笑った。十秒ほどの間の、その渾身の笑顔を見せられて、私は面食らった。傍にいた友達がペイズリー君を呼んだので、彼は我に返った。友達も驚いたような笑顔を浮かべていたが、彼らには突然話しかけてきた日本人女子学生のクラスメートに対して、なす術もないようだった。笑顔だけ残して彼らは行ってしまった。その後、再び彼らに話しかける機会はなかった。

そのペイズリー君に、チョンさんはよく似ていた。というよりも、多くの韓国人留学生が、とてもよく似た雰囲気を持っていたのだが。

「同じ大学か。じゃあ、僕の先輩だ。知らなかった。これからは先輩と呼びますよ。ねえ先輩」

 パンチパーマのようなきついクセ毛を振り上げて、聞き取りにくい日本語でチョンさんが言った。

「先輩だから聞きますけど、今、日本人の女のヒトのこと話してたの。日本人の女のヒトは中国とか韓国とかアジアの男のヒトがきらい? アメリカ人ばっかりじゃない? それか、かっこ悪くても日本人の男」

「そんなことないよ。だって、げんに私はヨンさんと付き合ってる」

「げんにって何? まあいいや。先輩はヨンファン先輩の彼女。だから特別。とても日本人とは思えない。特別なヒトだから。ふちゅうの日本人の女のヒトは違う」

「違わないと思うけどな。たまたまヨンさんと知り合うことができたから、好きになって付き合ってる。知り合う機会がないからじゃない。韓国の人が韓国の人同士、固まってると知り合えないから。大学でもそうだったよ」

「先輩はヨンファン先輩が好き? 恥じゅかしいなあ。よく言えたね。日本人の女のヒトはあまりそういうこと言わないでしょ」

 そう言われて私は顔が赤くなった。

「そうだね。あまり言わないね。外国の人だからいいと思って言っちゃった」

 ハハハとチョンさんは笑った。

「僕たち好きで固まってるわけじゃないよ。日本人が仲間に入れてくれないから。日本人の方が自分たちでグループちゅくって固まってるよ。日本人の女のヒトは僕たちのことじゃえんじぇん相手にしてないよ。いないと同じ。空気と同じ」

「そんなことないよ」

 私は言ってみたが、チョンさんの言うことは少なからず当たっていた。外国人を仲間として受け入れない雰囲気は、確かに日本人の方が作っているのかもしれなかった。

「韓国人だって日本人と話したいんだよ。でも日本人は中々受け入れない。僕も日本人の友達作るの大変だった」

 ヨンさんが言った。それはヨンさんが日頃からよく口にしていることだった。そればかりでなく、ヨンさんは私との距離が縮まるにつれ、日本人の悪口をよく言うようになっていた。多くはたわいのないことだったが、その冗談のような言葉の裏に、切実なものを私は感じ取っていた。

「でもその友達は受け入れてくれてるでしょ。女の友達もいるでしょ。その人たちは韓国人だからって区別してないでしょ」

 言いながら自分の言葉に空しさを感じた。私とヨンさんは恋人同士のはずなのに、見えないカーテンが二人の間に降りてくるような気がして、息苦しくなった。

「日本人はイエス、ノーをはっきり言わないね。この前、日本人の仲良くなったクラスメートを飲みに誘ったら、行きたいんだけど今日はバイトがあるからまた今度って言われた。そしたら後でその人、他の日本人と喫茶店にいるのを見かけた。すごく楽しそうに喋っていたよ。僕は悲しかったね。行きたくないならそう言えばいいのに。でもなんで行きたくないんだろ。講義の時は、代返したりノート貸したり、仲良くしてるのに」

 チョンさんが言った。 

「日本人には壁があるね。どういう風に付き合えばいいか、難しいよ。僕はもう慣れたけど」

 ヨンさんが言った。

「でも先輩は若いのに、こんなおじさんのヨンファン先輩と付き合ってる。韓国じゃ三十代はおじさんだよ。韓国のおじさんと付き合うなんて、先輩はほんとに変わってる」

 チョンさんが言うと、みな頷いて笑った。


時々、ヨンさんの仕事に私は焼きもちをやいた。ヨンさんが雇われマネージャーをしている歌舞伎町の韓国パブには七人もの韓国人の若い女の子がいて、その子たちの面倒を見るのもヨンさんの重要な仕事のひとつだった。ほとんどが私と同世代の女の子だったから、私はヨンさんが彼女たちと普段どんな風に接しているのかが気になった。一度、店に行ってみてもいいかと尋ねたら、即座に断られた。

「女の人のお客さんが行ったらおかしい? それじゃちょっと覗くだけでもいいから。場所を教えてよ」

「駄目だよ。来るのも覗くのも駄目」

「どうして」

「女の人の来るところじゃないよ」

「店の名前だけでも教えてよ。行って、ちょっと入り口から覗いて、すぐ帰るから」

 私は食い下がった。

「駄目って言ったら駄目」

「ケチ」

 そこまで断られると余計に気になった。店の女の子たちとどの程度親密なのだろう。彼は女の子たちの良き相談相手だろうから、あれこれと相談に乗っているうちに、職場の同僚以上の関係に至ることはないのだろうか。それとももうそういう関係があるのか。何しろ向こうはヨンさんと母国語で話せるわけだし、母国をこよなく愛するヨンさんのことだから、当然、韓国の女の子の方がいいに決まってる。私はそう思い込んだ。

「隠すなんてかえっておかしいよ。どういうこと? 隠さなくちゃいけないような秘密があるわけ?」

 つい詰問調になった。このままでは喧嘩になりそうだった。

「秘密じゃない。隠してることなんてない。ただ見られたくないんだよ」

 ヨンさんは言った。

「店で働いてる女の子はみんな韓国の女だよ。いろんな事情があって、日本に来て働いてる。まだ学生の子もいる。堂々と人に言える仕事じゃないよ。日本の女の人には見せたくない。彼女たちも見られたくない」

「嘘ばっかり。そんなの口実でしょ。店の女の子の誰かと付き合ってるの?」

「そうじゃない。僕が付き合ってるのはなぎ子だけ。わからない? 僕の気持ち。自分の国の女たちを、日本の女に見せたくないんだよ。彼女たちは傷つくよ。なぎ子だって同じ女だからわかるでしょ。僕も嫌だ。男は商売だから仕方ない、諦めてる。でも本当は男にだって、自分の国の女を売り物にしたくはないよ。勝手なことばかり言わないで」

 ヨンさんの言う意味は理解できた。しかし一旦口にしたら、私はどうしてもヨンさんの働いてる姿が見たくて見たくて、心配でたまらなくなっていた。でもヨンさんの留守中に彼の名刺を探し出すようなあさましい真似はしたくなかった。カッとなって、ソファのクッションをヨンさんの顔に投げつけた。

「勝手じゃない。心配なだけ。ヨンさんこそ全然わかってない。あたしの気持ちわかってない」

 叫ぶような大声になった。ヨンさんは黙ってクッションを床から拾うと、ゆっくりとソファに戻した。

「なぎ子と喧嘩したくない。その話はもうしないで」

 二人の間に沈黙が降りてきて、私は切なくなった。ヨンさんに少し嫌われてしまった気がした。

「ヨンさんはあたしを愛してる?」

 彼は無言だった。

「あたしを好きならサランヘって言ってよ」

 沈黙。

「言えないの? サランヘヨって言えないの?」

「今は言えない。今は。でもなぎ子だって言わないじゃないか。でも心配しないで。なぎ子のことは好きだよ。心配しないで」

 ヨンさんはそう言って少し寂し気に微笑んだ。ヨンさんはよくそんな風に微笑んだ。喜んでいるんだか悲しんでいるんだかわからないような、複雑な、でも温かみのある、優しい笑顔だった。その笑顔を見ると、私はつい何でも許してしまった。


 アルバイトが夕方からの日中は、ヨンさんの勉強の間を縫ってセックスした。後輩たちが勝手に入って来ないように鍵を閉め、声が外に洩れないように窓も閉めて、エアコンもかけずに汗だくになってセックスをした。強い西日がカーテンもない窓から差し込んで、裸の私たちの肌を焼いた。勉強とセックスを交互にしていると、頭がおかしくなりそうだとヨンさんが言った。ヨンさんは日本企業の経営学を研究していたが、私の胸の間の汗を舐めながら、時々難解なビジネス用語をぶつぶつと呟き、ああ集中できないと言っては、私の体を更に強く撫で回した。

「勉強なんてもうやめちゃって」

「いや、絶対やめない」

「どうしてそんなに一生懸命勉強するの?」

 私はヨンさんの背中をつかんだまま言った。

「いつか国に帰って偉くなるため。偉くなって日本に追いちゅいて、いつか追い越すため」

 私はヨンさんの背中から手を離して、ヨンさんの顔を下からまともに見つめた。

「日本を追い越すため?」

「そう」

 ヨンさんは急にその気がなくなったように体を離し、布団の上にあぐらをかいて、にやにや笑いながら私を見下ろした。

「日本を追い越すために日本で勉強してるの?」

「そう」

「そんな」

 私は体を起こして、薄いタオルケットを体に巻きつけた。

「いつか日本に勝ってやる。日本に、自分たちの負けですって這い蹲らせてやるの」

「どうしてそんなことしなくちゃならないの?」

「どうしてって。日本にだけは絶対負けたくないから」

 ヨンさんは額の汗を腕で拭いながら言った。

「勝ちとか負けとか、そんなの関係ないじゃない」

「関係なくない。日本人より韓国人の方が頭いいよ。それなのに日本に負けてる。今はね。今だけじゃなくてずっと負けてきた。一九一〇年に日本は朝鮮半島を占領した。日帝時代には、朝鮮人は抗日運動をたくさんした。僕がその時代に生きてたら、僕もやったと思うよ。日本は朝鮮人のきれいな女を、戦争に連れて行って日本人の男の慰みものにした。朝鮮人の男も、日本の戦争に従軍させられたりした。日本語教育をして、朝鮮人のプライドを傷つけた。日本で労働させるために、日本に強制連行もした。韓国人の方が頭いいのに、その韓国人を地に這い蹲らせた」

 ヨンさんはいつになく早口で一気に喋った。

「僕が学生時代、中学や高校の制服は日本の詰襟だった。知ってるでしょ。黒い上下で前にボタンがついているやつ。日本の学生も着てるよね。僕らも同じやちゅ着てた。何故かって、日帝時代に日本人が導入したから。日本人が無理矢理韓国の学生たちに着させたから。それが僕の学生時代にもまだつじゅいてた。今は大分変わったけどね。僕は学生時代、その制服がほんとに嫌だったんだよ」

 寝物語にするには、話題が深刻に過ぎた。ヨンさんの態度は落ち着いていたが、目は、次第にぎらぎらと光を帯びてきて、少し震えていた両の手を、内心の興奮を隠すかのように握りしめた。私はヨンさんの勢いに呑まれてしばらく声が出なかった。自分が悪いわけでもないのに、ヨンさんの言葉にひどく胸を衝かれたような思いで、彼の顔をまともに見られなくなった。いたたまれなくなって、私はシャワーを浴びにバスルームへ立った。長い髪を頭の周りに巻きつけ、冷たい水を顔に浴びせた。芯まで熱くなっていた体から徐々に熱気が引いていき、私は目を開いて、ヨンさんに何か言わなければいけないと考えた。このまま黙っていてはいけない、気まずいままでマンションを後にしてしまってはいけないと思えた。

 体を拭って、拭ったタオルを体に巻くと、私はバスルームを出てヨンさんの前に座った。

「ヨンさん、そんな風に思ってたんだね。日本が悪かったと思うよ。昔の戦争も占領も、日本が悪かった。そんなひどいこと、すべきじゃなかったと思う。悪かったよ。韓国の人たちを傷つけて」

「なぎ子が謝ってもしょうがない。僕たちの戦争はまだ終わってないんだよ」

「でもそれはみんな昔の話で、あたしたちはもう戦争を知らないじゃない。忘れなくてもいいけど、新しい関係を作らないといけないんじゃない? 韓国は教科書で、日本を憎む教育ばかりしているんでしょ。政府の方針で。日本はアメリカに沖縄戦で大勢殺されたりとか、原爆落とされたりしたけど、アメリカを憎む教育はしてないよ」

「教科書の問題じゃない。さっき言ったことはじじちゅ。全部ほんとのこと。なぎ子もそれを知ってなくちゃいけない」

「わかってるけど」

「わかってない。日本人はみんな何もわかってないよ。そんな昔のことなんて知らない、知ろうともしない。僕はムカチュクね」

 二人の間に沈黙が降りてきて、私は顔をそむけた。ムカチュクじゃない、ムカツクでしょ。心の中で突っ込んでみた。ヨンさんはムカツク、日本に、日本人にムカツク……。不意に泣きたくなった。目尻に涙がじわりと滲んできたが、私は慌てて手の平で拭い、それを隠すために立ち上がって、ヨンさんの目の前で服を着た。ヨンさんもジーンズを穿いて、布団の皺を伸ばした。

「帰るの?」

「帰るわ」

 私は言った。

「僕は店に行く。一緒に出よう」

 私たちは、マンションの鍵を閉め、大久保通りに出た。いつもは並んで歩くのに、今日はそんな気になれなかった。私はヨンさんの一歩後ろをヨンさんの背中を見ながら黙って歩いた。私たちは無言だった。中国人の電話屋のおじさんが、私たちを見て目を上げて挨拶したが、私は黙って通り過ぎた。真夏の太陽がアスファルトにじりじり照りつけていた。大久保通りの人並みが、視界の奥で蜃気楼のようにぼやけた。


 バイト中にも、ヨンさんに言われたことが心に引っ掛かって、中々仕事に集中できなかった。最初のうちは冗談半分だろうと思っていたヨンさんの日本嫌いが、実はかなり根が深いものに思えてきて、そのことが気懸かりだった。彼は口だけでなく、本当に心の底から日本が嫌いなのだと思えた。それは今に始まったことではなく、彼が子供の頃から頭に叩き込まれ、そして成長するに従って彼自身の思想となり、信念となったもののようだった。いつか嫌いな日本を追い越して、日本を見返してやる。それはヨンさんだけではなく、多くの韓国人留学生の本音なのかもしれなかった。そのためにわざわざ海を越えて、日本にやって来たのだ。日本と日本人が嫌いなのに、ヨンさんはこの私と付き合っている。何故なのだろう。嫌いな日本人の女を、果たしてどこまで本気で好きになることができるのか。私がもしヨンさんの立場だったら……。考えると怖ろしくなってきて、私は慌てて自分の考えを頭の中で否定した。自分の目の前に居るヨンさんの姿を信じたかった。自分を好きだから心配しなくていいと言ったヨンさんの言葉を信じたかった。

「なにぼっとしてるの?」

 遠藤君が、手に持ったフィルムを見つめたまま動かない私に言った。

「仕事中に考え事かよ」

 遠藤君はいつも動いていた。暇な時でも手を休めるということはなく、何かしら自分で仕事を見つけては手を動かしていた。

「また客からクレームがくるぞ」

 先日、女子高生のパンチラの写真を撮っている常連客からクレームがきた。私が出来上がったプリントのいくつかを、客に渡し忘れてしまったのだ。彼は出来上がった写真をその筋の専門の店に売って生計を立てているらしく、プリントが少なければギャランティーに影響し、彼にとっては死活問題になるらしかった。クレームを受けて店では残りのプリントを探し回ったが店内には見つからず、結局、まだ現像所に残されていることがわかった。私の責任ではなかったが、よく調べもせず、安易に客に引き渡した私の対応のまずさがあったのも否めない。その時も、遠藤君が丁寧にその常連客に謝ってくれた。二人揃って頭を下げ続けて、ようやく客の怒りを鎮めることができたのだった。

「あの時は悪かったよ。ごめんなさい。ほんと助かった」

「謝らなくていいけど、仕事中にぼっとするな」

 遠藤君に頭ごなしに言われて、いつものことだがと溜息をつきながら、私は言わずにいられなかった。

「こんなあたしにだっていろいろ考え事とかあるんだよ。悩みだってあるんだよ。ほっといてよ」

「悩み? お前に悩みなんてあるの? 言ってみろよ。相談に乗ってやってもいいけど」

 遠藤君は言った。遠藤君に恋人の事など相談する気にはなれなかった。私は黙っていた。

「恋の悩みだろ。どうせそんなとこだろ」

 遠藤君はそう言って、にやっと笑った。

「ほっといてってば」

「俺にだって経験くらいはあるぜ、恋の悩みってやつ。お前、相手に夢中なんだろ。恋に溺れるタイプだろ。泳げないのに溺れて、沈み込んで何も見えなくなるタイプ。でもって、周りに助けてくれる人は誰もいない」

「そんなこと何で遠藤君にわかるの? ほっといてって言ってるでしょ」

「でも恋に溺れるってのは、悪い人間のすることじゃないな。意外と情が深いやつなんだな。お前って」

 遠藤君の目がふいに穏やかになって、私を見下ろしていた。その目を見て、急に私は彼に洗いざらいぶちまけてみたくなった。今の苦しい気持ちを誰かに言いたいのは事実だが、言う相手がいなかった。日本語学校の仲間には、ヨンさんとのことは内緒にしていたから言うわけにはいかなかった。以前、ヨンさんのマンションに出入りしていたみっちゃんは、急にヨンさんから呼び出しがかからなくなったのを不審に思っている様子だった。賢い遠藤君なら、あるいは私の気持ちを理解してくれるかもしれなかった。

 DTPに客が来て、私はフィルムの現像を一本受付した。平日の午後の店内は客もまばらで、カメラコーナーに時折ひやかしの客が立ち寄る程度だった。クーラーの効いた店内は、肌寒いほどの冷気に包まれていた。

「あたし、好きな人がいるんだけどね」

 私は言った。

「その人、外国人なの。すごく好きなんだけれど、その人は、日本の事が嫌いなの。あたしはどうすればいいと思う? その壁を乗り越えることができると思う?」

 口に出して言ってしまうと気分が少し楽になった。ヨンさんとの気持ちのずれが、今はっきりと形になって目の前に立ち現れてきた気がした。乗り越えなければならないのは自分の方だとも感じた。努力しなくてはならないとしたら、ヨンさんではなくこの自分が、壁をよじ登ってヨンさんの立つ場所へと行かなくてはならないのだ。

「そいつはお前のこと好きなわけ?」

 遠藤君が言った。

「たぶんね」

「なるほどね。でも大丈夫。お互い好きならそのうち問題じゃなくなる。男女の気持ちに国境はないさ」

「本当にそう思う? 遠藤君なら、嫌いな国の女を本気で好きになったりすると思う?」

 遠藤君はしばらく黙って考えていた。どうやら真剣にその状況を自分の身に置き換えて想像してくれているようだった。眉間に二本、深い皺が寄っていた。

「あり得ると思うね。好きになったらしょうがない」

 しばらくして彼が言った。私はほうっと溜息をついた。

「ありがとう。あたしもそう信じてみるよ」

 私はにっこり笑ってそう言った。


 バイトの帰りに、ヨンさんのマンションに立ち寄った。チャイムを鳴らしても出なかったので、合鍵を使って中に入った。今日は早めに店に行ったのか、ヨンさんはいなかった。部屋は乱雑に散らかっていて、机の上にはヨンさんの修士論文のための資料が山と積みあがっていた。

 部屋の空気を入れ替えるために窓を開け、床の上に散らばっている服を丁寧に畳んだ。布団も畳み、用具入れから箒を持ってきて、部屋を隅々まで掃いた。汚れていたタオルを一本、雑巾代わりにして、床をきれいに拭きあげた。一通り掃除を終えてしまうと、後はやることがなくなって、私はソファに腰を下ろした。店に行ったのなら、今夜はもうヨンさんには会えない。無性に寂しかった。明日の朝まで、一人でいたくなかった。一人で寝るのもごめんだった。今すぐヨンさんに会って、その肩に抱きつきたかった。薄べったいその胸に触れたかった。熱く火照った首筋にキスをしたかった。抱き合って、床の上を転げ回りたかった。今の気持ちは「好き」では言い足りない気がした。何かが足りなかった。私はヨンさんを愛しているのだろうか。今すぐ彼に会ってそのことを伝えたかった。私はあなたを愛しているのかもしれないと言いたかった。この気持ちは愛というのかもしれないと伝えたかった。彼は何と答えるだろう。ヨンさんも同じ気持ちでいてくれたらどんなにいいか。私を抱きしめて、サランヘと言ってくれるだろうか。

 扉がガチャと音を立てて、ヨンさんが姿を現した。私を見て、ちょっと驚いた様子だったが、にこりと微笑んだ。

「なぎ子、来てたの」

 そして部屋の中をゆっくり見渡した。

「何だかきれいになったね。片付けてくれたの」

「散らかってたから。ヨンさんのために片付けた」

「それはありがとう」

 ヨンさんは荷物を降ろしてソファに座った。

「大学に行ってきたんだ。今日はゼミがあったから」

 話し始めたヨンさんを制して私は言った。

「ヨンさん、あたしのことが好きって言ったよね。あたしのどこが好き?」

 ヨンさんはしばらく黙って私の顔を見つめていた。

「急に変なことを聞く」

「いいから教えて。あたしには大事なことなの」

「なぎ子の、素直なところ」

「それから」

「かわいいところ」

「それから」

「自分について、悩んで苦しんでるところ」

「え?」

「人は悩んで強くなるんだと思う。悩まなければ自分のことはわからない。苦しんで、自分の道を選択しようとしているところ」

 そうだろうかと私は思った。

「なぎ子はこれからだ。なぎ子の人生は無限に開けてる。僕はそれを見てみたいと思う。なぎ子がどうするか、どうなるのか、傍で見ていられたと思う。でもそれはかなうかどうかわからない」

「どういうこと?」

 ヨンさんはそれ以上何も言ってはくれなかった。私はヨンさんの肩に手を回したが、ヨンさんはそれを制して立ち上がった。

「店に行かなくちゃ。仕事を早く切り上げて、明け方からは勉強だ」

「あたしはあなたと寝たいの。今すぐ寝たいの。あたしを抱いて欲しいの」

「今日は駄目。僕の時間は、無限にあるわけじゃない」

 ヨンさんはシャワーを浴びにバスルームに立って、しばらくして髭を剃って出てきた。手早く服を着替えて、そして、またね、と言って行ってしまった。私は一人取り残された。ヨンさんのいない夜は、無限にも感じられた。


 ヨンさんの修士論文は終わりに近付いていた。私はヨンさんが勉強している隣に座って論文のページをめくった。ざっと読んでも、特におかしい日本語など見当たらなかった。彼は優秀だった。開け放した窓から、ひやりとした風が吹き込んできて、肌に心地良かった。夏が過ぎ、いつの間にか空気には秋の気配が感じられた。私はまだ、ヨンさんに愛していると言えずにいた。サランヘと言いたいのに、ヨンさんを前にするとどうしてもその一言が口にできなかった。まだその言葉は、二人には重いのではないかと感じられた。ヨンさんが自分の国を愛するように、私を愛してくれるとは思えなかった。その言葉を強要すれば、二人の関係が壊れてしまうことが怖かった。

「論文が終わって、大学院が終わりになったらどうするの?」

 ヨンさんが勉強している横で、私は聞いた。

「論文の審査に通るかどうかわからない。通らないと卒業できないよ。なぎ子の協力がひちゅようなんだよ。もっと真剣に読んでよ」

「読んでるよ。ヨンさんは発音は悪いけど、文章は完璧だよ。大丈夫」

 私は笑った。

「それより、今日はまだセックスしてない」

「僕は忙しいんだよ。なぎ子はほんとに我がままだなあ」

 そう言いながらも、ヨンさんの目に光が帯びてきた。私は彼の髪を掻きあげて、耳の下にキスをした。

「ねえ」

「しょうがないな。なぎ子は」

 ヨンさんはパソコンから離れ、私を床に押し倒した。唇から首筋、胸とヨンさんの舌がゆっくり下りてきた。でも今日の彼は疲れているのか、中々その気になれないようだった。ゆっくり時間をかけて、ヨンさんは徐々に回復してきた。しかしこうして抱き合い、寝ていても、これは彼の一時しのぎだという気がしてならなかった。彼の本気を感じられなかった。もっと激しいものが欲しくて、もっと力いっぱいのものが欲しくて、私は貪欲に、ヨンさんの体をまさぐった。でもその思いは通じなかった。もどかしさで、焦りが募ってきた。

「今日はどうしたの?」

「疲れてるんだ」

 ヨンさんの目の周囲の隈が濃くなって、疲労が滲んでいた。

「大学が終わったら日本で就職するの?」

 聞きたくない質問だったが、私は思い切って聞いてみた。自ら聞いておいて、耳を塞ぎたいような心境だった。

「日本で就職はしないと思うよ。韓国に帰ろうと思う。お母さんが具合が悪いらしいんだ。この前電話で聞いた。今、入院してるらしいんだよ」

「お母さんのことはお父さんがついてるでしょ。心配要らないんじゃない」

「いや、お母さんに会いたくてたまらない。もしものことがあったら大変だ」

 ヨンさんは言い淀むように、しばらく目を宙に泳がせていたが、やがて決意したかのように言った。

「それに僕は国で働きたいと思っているんだよ」

 二人の間に緊張の時間が流れた。考えるんだ、時間が解決してくれる、時間があれば、今何を言えばいいか教えてくれるはずだと私は考えた。でも時間はただ虚しく流れただけで、何も応えてはくれなかった。私はただ呆然とヨンさんの顔を見ていた。

「それ本気? あたしはどうなるの?」

「わからないよ」

 ヨンさんは顔を背けて言った。両肩が小刻みに震えていた。

「どうすればいいか、僕にもわからない。でも僕は国に帰って、今度はビジネスで闘おうと思う。暴力ではなくて、ビジネスで闘って、そして必ず日本に勝ってみせる。日本に来た時からの、それが僕の目標だったんだよ」

「それじゃあ、あたしも韓国に行く。あたしも連れてって。何でもするから、あたしも一緒に連れてってよ」

 私は叫んだ。ヨンさんは背中を向けたままだった。やがて低い声で囁くように言った。

「なぎ子のことは好きだよ。別れたくはないよ。でも韓国に連れてはいけない。そんなことは無理だ。それはなぎ子もわかってるだろう」

「どうして?」

「韓国に行くってことは結婚でもするってこと? それは僕の家族が許さないよ。日本人と結婚するなんて絶対に許してはもらえない。僕は長男だからね。それになぎ子は韓国では暮らせないよ」

「どうして? そんなことないわ。どこだって同じよ」

「韓国は日本に比べて男尊女卑? が激しいよ。それに僕は長男だから、長男の嫁は大変よ。チェサっていって、日本で言う法事とか、冠婚葬祭は全部長男の嫁がやる。韓国は親戚多いよ。その料理とか準備とか全部長男の嫁がやる。お嫁さんとうちのお母さん、えっとだから姑? の関係も日本よりずっと厳しいよ。なぎ子が耐えられる社会じゃないよ。だから僕たち結婚するのなんて無理だ。僕は一人で帰るよ」

「日本では? 日本で結婚して一緒に暮らすのは?」

「日本にずっと住む気はない。僕は韓国の発展のために尽くしたい。ずっとそう思って勉強してきた。そして必ず勝つ」

 ヨンさんは振り返った。その顔は一層疲れているように隈が深くなっていた。

「なぎ子には済まないと思う。でもどうしようもない」

「でもあなたを愛してるのよ」

 ヨンさんの背中についに叫んだ。彼の猫背の背中が一層縮まったように見えた。

「愛していると言って。あなたの国の言葉で言って。あたしと結婚しようよ。あたしたち、一緒になろう」

 泣くまいと思ったが最後は涙声になっていた。

「あなたと離れたくない。ずっと一緒に居たいの。それがあたしの道なの」

「嫌いな国の女となんて一緒になれない」

 ふいにヨンさんが大声でどなるように言った。

「無理なんだよ。僕たちはもう無理だよ。わかって欲しい」

 カーテンの無い窓の向こうに、東京の空が濁って見えた。曇った空の切れ目から、一条の光がビルの屋上に射し込んでいた。それは一筋の希望の光にも見えたが、全ての望みを失って瀕死の自分の、最後のあがきにも見えた。

 

      3

 クリスマスは出張で留守にすると夫に言われて、私は迷わず、韓国人歌手ジーンのクリスマスコンサートに群馬まで出かけていくことを決めてしまった。我ながら早い決断だった。いつも何でもぐずぐずと思い悩む私が、誰かに会うために夫の留守中に行動を起こす

なんて、普段ならあり得ないことだった。クリスマスの二十五日は金曜日で、たまたま授業が午前中で終わる日だった。午後まで授業があれば、休んで生徒たちに迷惑をかけたくなかったので、諦めていただろう。日本語教師になってから、私は一度も授業を休んだことがなかった。異国の地で生きていくために、必死で外国語を学ぶ生徒たちをがっかりさせたくなかったからだ。

 新幹線を高崎駅で降りて、駅の傍のライブハウスに向かった。空は透明な青に澄み渡っていたが、気温は低く、木枯らしがコートの裾をめくり上げた。雪でも降ればロマンチックだと思ったが、それは期待できそうにない天気だった。駅前の広場には大きなツリーが飾られており、フェイクのモミの葉の先が、作り物の雪で白く染められていた。今日のところはこれで我慢するしかなかった。韓国人歌手ジーンも、高崎に降り立った時このツリーを見たのではないかと思うと、何だか嬉しくなった。

 コンサートには中高年の女たちが詰めかけていた。前回より会場は狭いが、ほぼ満員だ。食事とアルコールが付くディナー形式で、丸テーブルに数人と一緒に座り、ピアノ弾き語りのジーンの歌声に聴き入った。クリスマスということもあり、英語のクリスマスソングが多い。今回は女たちも野次を飛ばさず静かだった。前回の時は何度もジーンと目が合った気がしたのに、私の座る一番隅のテーブルに彼が目を向けることはなかった。ジーンが直接手渡すクリスマスプレゼントの抽選会があったが、私はそれにも当たらず、本人と向き合う機会はなかった。自分は何を期待して来たのだろうと思うと、我ながら恥ずかしかった。

 コンサートが終わって、クリスマスの夜の街に出た。新幹線の最終の時間には早かったので、駅前の繁華街を一人で歩いた。一時間程して、アルコールでも一杯飲んで帰ろうと思い、目に付いたバーに入ると、そこにジーンがいた。私は驚いて店を出かかったが、向こうが自分を知るはずもないので慌てることもないと思い直し、カウンター席に腰掛けた。カクテルを注文してカウンターの右端に座るジーンをこっそり眺めた。失礼だとは思ったが、やめられなかった。そのうち、私の視線に気がついた彼が、こちらに向かってにっこり微笑んだ。その笑顔は、舞台上よりずっと素敵だった。

「お一人ですか」

 私は思い切って声をかけた。これじゃナンパだわ。女の方からだと逆ナンと言うんだっけ。

「ええ。あなたもですか。女性一人は珍しいですね」

「あの、ジーンさんですよね。私、先程コンサートに行った者です」

「あ、本当ですか。失礼しました。どうもありがとうございます。道理で、どこかで見たことあると思った」

 ほんとか嘘か、そうジーンが答えた。

「マネージャーさんとか、ご一緒じゃないんですか?」

「しょくじをして、先にホテルに帰りました」

 食事、という言葉を言いにくそうにジーンが発音した。私は懐かしさを覚えて微笑んだ。

「ファンの方なら、お話したいです。よかったら隣に来ませんか」

 ジーンは隣の席を指差した。新幹線の時刻が気になったが、思い切ってジーンの隣に移動した。隣で彼の顔を見つめているうちに、妙なくすぐったさを覚え、それが嬉しくて新幹線のことなどそのうち忘れてしまった。どこに住んでいるのか、自分のコンサートに来るのは何回目かとジーンが尋ね、私が答えると、彼は丁寧に礼を言った。

「日本語はどうやって勉強したんですか?」

「J―POPを聴いて。日本にはいい歌たくさんありますね。韓国にもあるけどね」

 私たちはいろいろな話をした。韓国のこと、日本のこと、好きなアーティスト、嫌いな食べ物、日韓のアイドルの違い、映画やドラマ、友達や家族のこと。コンサートでは聞けない話ばかりだった。もっとも、私はK―POPについては詳しくなかったので、彼の気を少し悪くさせてしまったかもしれない。ジーンは、コンサートのお礼に僕がおごりますよと言って、私のカクテルのお代わりを次々と注文した。そのくせ、酔っていないか大丈夫かと絶えず気にした。私は大して飲めないカクテルを五杯も飲んだ。つまみが足りなくなれば、すぐに彼が注文した。終始柔らかな笑みを絶やさず、一生懸命丁寧な日本語を探して話す。一ファンに過ぎない自分とこんなに気さくに熱心に話してくれるとは感激だった。彼の少し吊り上った切れ長の目と白い横顔を見ていると、ヨンさんを思い出した。二十年前の若き日の自分が、ヨンさんの隣で寄り添っているようだった。ヨンさんと前にもこうやって、肩を並べてカウンターに座っていたことがあったのではないか、という既視感があった。大丈夫かというジーンの問いかけに、大丈夫、大丈夫とかろうじて答えながら、私は酔っていた。新幹線の最終時刻はとっくに過ぎてしまっていた。

「今日はどうやって帰りますか?」

 十二時を回った頃、ジーンが尋ねた。

「あ、新幹線の時間過ぎちゃった。どうしよう。高崎に泊まらなきゃいけない」

「それなら僕のホテルに来てください」

 ごく気軽な調子でジーンが言った。本能的に一瞬ひるみ、まさかと思ったが、こんなに紳士的な男に、変な悪気があるとは思えなかった。第一、私みたいなおばさんを、ジーンが誘ったりするはずがないと思い直した。空いてる部屋はあるかしらと呂律の回らない口調で言い、立ち上がろうとしてジーンの方によろけた。彼はがっしりとした逞しい腕で支えてくれた。

 気がつくと私はベッドの上に斜めに横たわっていた。バスルームからシャワーの音がしている。脱ぎ捨てた服が床の上に散らばっていた。はっと我に返って胸元を見ると、服はまだ着ていた。焦りが酔いを急激に醒まし、私は辺りを見渡した。酔いつぶれてジーンの部屋に連れ込まれてしまったようだった。それとも、ジーンの方にそれほど悪気はなく、ただ酔いつぶれたファンの女を見捨てるわけにもいかず、仕方なく自分の部屋に連れてきて、ベッドに寝かせただけかもしれない。いや、そんな馬鹿なことあるはずなかった。どう考えても飲まされて、こちらがつぶれたところを見計らって、ホテルに連れ込まれたのだ。恥ずかしさが募ってきて顔が火照った。今日初めて口をきいた相手と、寝ることなど頭になかった。そんなつもりじゃなかったのに。彼はヨンさんではない。何を勘違いして、雰囲気に酔って、ホテルにまで連れ込まれてしまったのか。自分が情けなかった。急いでバッグを探し出すと、足音を忍ばせて部屋の扉を開け、後ろ手にそっと閉めた。バスルームからはまだ水の流れる音が聞こえていた。

 すっかり人足も途絶えた通りを一人歩いた。携帯を見ると二時を回っていた。店はほとんど閉まっているし、どこにも行く当てはなかった。寒くて死にそうだった。どこか屋内に入らなければならなかった。一軒のラブホテルを見つけて飛び込んだ。前払いで料金を払うと、部屋に入った。そこは狭苦しくて暗く、穴蔵のようで、私はひどく惨めな気持ちになった。あの人はヨンさんじゃない。ジーンはただ韓国人の歌手だというだけで、ヨンさんとは全然違う人間なのに、私は何をやっているんだろう。いい年をして、ひどい失敗をするところだった。ヨンさんはもういないのだ。私の前から消え去ってしまったのだ。その時になって初めて、自分がどんなにあの人を好きだったかを思い出した。そしてそれは、まだ続いているのだ。どれだけ大事なものを、自分が手放してしてまったか。単なる思い出だと割り切り、普段は取り出すことを自分に禁じていた気持ちが溢れてきた。今も続いているのだ、私は乗り越えたわけではなかったのだ、そう思うと無性に悲しかった。気づきたくなかった。できればそっと心に仕舞い込んでおきたかった。

 朝まで寝ないで、ヨンさんのことを考えた。どうしてあの時、別れてしまったのか、縋り付いて、ロープで自分に縛り付けてでも、手離すべきではなかったのだ。ヨンさんも、自分を好きだと言ったではないか。ならば鍵をかけて閉じ込めてでも、どこにも行かせるべきではなかった。韓国に帰すべきではなかった。あるいは、ストーカーになってでも、彼について行くべきだった。日本を捨て、家族を捨てても、何もかもを失ってでも、彼を追って行くべきだった、そう思えた。あの頃の、自分のただひとつの真実、彼を愛したという事実が、二十年経った今でも、自分にとっての真実だという気がした。ヨンさんとの愛を守ることだけが、半端だった自分の、唯一の本物だった。それを手放せば、私が私ではなくなる。抜け殻の、まやかしの自分だけがこうして残ったのだ。無性に彼に会いたかった。会って尋ねたかった。私を愛している? 私を愛していた? 本気で愛していた? あの頃聞けなかった、二人には重すぎたサランヘという言葉を、彼の口から聞きたかった。

夜が明けて、暗かった窓から微かな光が洩れてきた。結局一睡もできずに、重い体を引きずってホテルを出、やっとの思いで駅に辿り着いた。人影もまばらな早朝のホームは妙に白々しく、空っぽの自分の心を写すかのように味気なくよそよそしかった。私は孤独だった。これから先の人生で、この思いを引きずっていくことは耐え難かった。倒れ込むように新幹線に乗ると、目を閉じた。次に目が覚めた時には、全てが夢であって欲しいと念じながら。


ソウルの梨大駅は、地下鉄ソウル駅から一号線に乗り、市庁駅で二号線に乗り換えて三つ目にあった。梨花女子大は、韓国で最初に誕生した名門女子大学だ。横文字の並ぶ華やかなカフェやブティック、アクセサリーや靴屋、屋台などが並ぶ学生街を抜けると、大学の正門があった。その向こうにグレーの石造りの、重厚な建物が聳えていた。正門前で、私は大きくひとつ深呼吸した。ソウルの二月の、肌を刺すような冷たい風が、肺の中いっぱいに広がった。いちかばちか、とうとうここまで来てしまった。自分の馬鹿さ加減に呆れて、笑い出したいような気分だった。インターネットで「キム・ヨンファン」を冬の間中検索して、これかもしれないと目星をつけた人物がここにいた。梨花女子大学、通称梨大イデの経営学部教授、キム・ヨンファン。日本人ビジネスマンの異文化コミュニケーション論や、日本と韓国のビジネスマンの比較調査に関する論文などもいくつか書いている。その情報ひとつを頼りに、休暇を取り、大事な生徒たちを置いて、私は韓国にやって来た。

正門の前の警備員に、英語で用件を伝えてみた。警備員は英語が不慣れらしく、中々用件が伝わらない。ここの教授の、キム・ヨンファンに会いたいのだ、と私はそればかり何度も繰り返した。アポイントメントはない、ただ伝えて欲しい、日本から友人が来ているとキム・ヨンファンに伝えて欲しいと私は必死で訴えた。やがて警備員はどこかに電話をかけ、確認を取っているようだった。胸がドキドキして、頭の中で鐘がガンガンと鳴り響いているようだった。これは危険な賭けだった。全くの人違いだったら、何と言ってその人物に謝るか、その言葉も全く準備していなかった。警備員は受話器を置いて、そこで待つようにと合図をよこした。私は大学の校舎を真っ直ぐに見つめた。時間が無限にも感じられた。このまま、走って逃げ出そうかとも思ったが、足が動かなかった。ハイヒールの両足を地に踏ん張り、仁王立ちのようになって私はそこに立ち尽くしていた。黒いコートに身を包み、黒髪をなびかせた女子大生たちが、立ち尽くす私の横を通り過ぎていった。

やがて、女の子たちの群れに混じって、毛糸の紺のベストにグレーのジャケットを羽織った五十年配の男性が、足を引きずるようなゆっくりとした足取りで近づいてきた。寒風に身を縮め、少し猫背気味に前屈みになっている。正門の前まで来て、男性は足を止め、顔を上げた。ヨンさんだった。皺が一層深くなり、頭髪はグレーというよりも白色に近かったが、細い切れ長の目と、皺の寄った口元は昔のままだった。

「なぎ子?」

 ヨンさんが日本語で言った。私は驚いた。ヨンさんに会いに遠く日本からはるばるやって来たのは自分の方なのに、最初に口を開いたのはヨンさんだった。彼が自分の名前を呼んだというのが信じられない思いだった。

「なぎ子なの?」

 ヨンさんがもう一度言った。

「ヨンさん。お久しぶり」

 夢にまで見た再会なのに、それ以上言葉が見つからなかった。何てつまらないことを言っているのだろうと焦り、気が遠くなりそうだった。

「元気そうね?」

 私はそう言って無理に微笑んだ。

「あたし、来ちゃったのよ」

 ヨンさんはじっと私の目を見つめていた。何を考えているのか、その表情からは伺い知れなかった。

「ここではダメだから、ちゅいてきて」

 ヨンさんは言って、背を向けて歩き出した。いくつかの建物を過ぎ、いくつかの坂を上り下りして、赤いひさしのついた可愛らしいカフェの前で彼はやっと立ち止まった。カフェの中は、学生たちで混み合っていたので、私たちは外のテラス席に腰を降ろした。真冬の弱々しい細い光が、緑色のテーブルに落ちて、運ばれてきたコーヒーカップに影を作っていた。

「元気だった?」

 私はもう一度尋ねた。

「うん。なぎ子も元気そうだ。変わってない。驚いたよ」

「日本語、忘れてないのね」

「もちろん。それは忘れられないよ。日本での生活は、良くも悪くも僕の青春の一部だ」

「教授になってるなんてびっくりしたわ。あなたはてっきり、最先端のIT企業の、ビジネスマンにでもなっていると思ってた」

「いろいろあって、こうなった」

 ヨンさんは微笑んだ。

「なぎ子は何をしてるの?」

「日本語教師」

「そう。じゃ、夢がかなったんだね」

「まあ、そうかな」

「教えるのは素晴らしい仕事だ。僕はそう思ってる。なぎ子はエライ」

「そうかな」

 私は笑った。

「どうして韓国へ来たの?」

「あなたに会いによ」

 我ながら即答だった。恥ずかしくなって、私は慌ててコーヒーカップに口をつけた。

「僕に会いにわざわざ? 僕はご覧の通りさ。年を取った」

 ヨンさんは腕を上げておどけてみせた。

「変わってないわ。昔のままのあなたよ。私の好きだったヨンさんよ」

 ヨンさんは黙って真っ直ぐに私を見つめていた。

「結婚してる?」

「ああ。子供がもう十五歳になる」

「そう。お子さんが」

「なぎ子は?」

「結婚はしているわ。子供はいない」

 もう話すことが無くなってしまったように二人の間に沈黙が流れた。過ぎ去った時間はもう取り戻せなかった。

「私、聞きたくて。あなたに会って直接聞きたくて。あの時別れてしまったけれど、私のことを愛していたかどうか、本気で愛していたかどうか。好きとは言ってくれたけど、一度も本気で愛しているとは言ってくれなかった。日本と日本人を憎んでいたあなただけど、私のことを愛することができていたのか、それが知りたくて、はるばる会いに来たのよ」

 ヨンさんは聞きながら、黙ってコーヒーを啜っていた。やがて静かに言った。

「好きだったよ。ほんとの愛、かもしれない」

「愛、サランヘ?」

「そうサランヘヨ。あの頃、言えなくて悪かったと思う。言いたかったけど、どうしても言えなかった。日本人を愛するのが怖かったんだ。言えない自分が情けなくて、なぎ子が可哀相だった。でもそれも、過ぎ去った、遠い昔の愛だ。懐かしい、とても懐かしい大事な愛だ」

 彼の言葉は深く静かに私の胸に降りてきた。私は幸せを感じた。これで充分だった。

「私たち、よく寝たわね?」

「寝た? セックスしたっていう意味? ほんとだね。ずいぶん若かったね」

「ふふふふ」

 私たちは声を揃えて笑った。空を見上げた。鳥が一羽、キャンパスの木々の間を飛んでいくのが見えた。異国の言葉で笑いさざめく女子大生たちの声が耳に心地良かった。冬空の低い雲の切れ間から一条の光がキャンパスの並木の上を明るく照らしていて、やがてゆっくりと西の彼方へ消えていった。

 

 


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