タイムトラベラー
こんにちは、愛しい妻よ。長らく傍を離れてすまなかった。土産話……と言えるのかわからないが、俺にとって面白い小話をしようと思う。君にとっても面白い話だったのなら、有難いが。
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「あんたが俺の父さん……で、間違いないよね」
突風の如くやってきたその少年は、少し生意気な眼差しで俺を見下ろした。その栗色の髪の毛が、妻のそれと重なり俺の思考回路を焦がす。俺は抜けた腰に叱咤しながら少年を見上げた。何のことだ、と声を荒げた。少年はやや面倒くさそうに頭を掻くと盛大に溜息を吐いた。
「あんたね、自分の子供のこと忘れちゃったの」
俺は眉を顰め歯を噛み締めた。――確かに、俺達には一人息子がいる。しかし息子は未だ5歳、地球がひっくり返ろうとも息子が急に成長するわけがないのだ。俺の目ではどう見たって目の前の少年は、15以上に見えた。
「悪い冗談はよしてくれ。……とりあえず礼を言う。化け物から助けてくれて有難う、君のお陰で命拾いした」
今度は少年が眉を顰める番だった…が俺はそんなことお構いなしに回復した腰を労わりながら立ち上がった。「昔からクソかよ、」とぼやいた少年を横目に俺は化け物の残骸へと足を進める。「なあ、君。君はコレが何かわかるかい」「そりゃわかるさ、唯の化け物だろ」嗚呼、確かに。
俺は残骸に膝を付き、それに手を伸ばそうとして――腕を掴まれた。
「何だ」
「悪い事は言わない、触れるのはよせ。あんた、化け物には成りたくないだろ?」
「へえ、コレに触れると俺はさっきのアレみたいになる、と」
「嗚呼、そうだ。あんたが化け物になったら俺が一番困る。俺はね、態々あんたをスカウトしに来たんだよ――そう、未来から」
少年は懐から小瓶を取り出し、その中身の一滴を残骸へと落とした。その瞬間、残骸が仄かに光ると花火が咲くようにその場に散った。俺は呼吸を忘れていた。そのあまりにも幻想的な風景が俺の脳には届きにくく、すうっと入ってこない。
「このとおり…俺はコイツらを倒せるし、消すことも出来る」
そうだ、実際この少年は魔物に襲われた俺を救い出したのだ。手に持つ鋭利な獲物で、実に慣れた手つきで。
「もしかしたら、あんたの大切な人も助けることが出来るかもよ?」
見開いた。目を見開いたのに夢想の様に蘇るあの風景。妻が魔物に襲われ心を喰われたあの瞬間が、少年の一言によって鮮明に蘇る。
「それに俺、いま困ってるんだよねー。この時代に来たのは初めてで右も左もわかんないし、」
少年は口角をゆるりと上げると笑わない瞳で俺を映した。
「…どうやらもうこの時代にはボス玉いないようだし」
だからさ、手伝ってよ。俺の力とあんたの力を合わせてあいつらを倒そう。なあに、簡単さだってあんたは強い。俺が言うんだ、ずっと見てた俺がね。
「……、…君の言うとおりにすれば妻を助けることが出来るのか」
「ああ、勿論。そうじゃないと困るのはあんただろ」
その返事で、俺は首を縦に振った。
此処からは不思議なものだったよ。少年が差し出した手を握ったんだが……いや、違うなその前にこの部屋に寄ったんだったか。覚えてるかな、そうあの日を。
過去に行くと言った少年はその前に君に会いたがった。どうしてもと言うものだから、俺も冷たくはねのける事が出来なくてね。
「……この人が、母さん?」
少年は妻を見下ろしながら俺にそう問いかけた。「そうだ」と答えた俺は妻の左手を救い上げそこに口付けを落とす。「うわ、キザだなあ、きも」「何とでも言え、彼女は俺の全てだ」「知ってるよ」そして少年はその手を俺から奪い去り、口付けた。
「こんにちは、……母さん」
少年が笑んだ。その微笑み方に俺は息を呑んでしまった。其れを知ってか知らずか少年は不躾に俺に暫くの間出て行けと言ったんだ。……勿論出て行ったさ、空気を読んで!
俺だって不思議に思う。息子と名乗る見知らぬ少年と君を二人っきりにさせたなんて、今でも信じられないよ。
嗚呼、そしてそれから……。
「ここが、過去?」
「そう、多分……9年前かな」
少し傾いた太陽の眩しさに目を細めた。その街の情景は俺の温かい記憶として確り刻み付けていたものそのもので。もう、有るはずのない風景で。
「本当に過去なんだな……、ほらあれ!確か、高校生の時――」
「きゃぁぁあああっ!」
劈く悲鳴に俺と少年は反応した。その位置をいち早く特定した少年が駆け出す、俺も少し遅れて駆け出した。裏路地を廻り廻ったとある行き止まりまで。
俺が漸くたどり着くと、目の前に黒いあの化け物が見えた。その姿を捉えた途端、心の奥に顰めていたどす黒いものが溢れだしたようで俺は近くにある鉄パイプを掴み、背後から殴りかかろうとした――が、その行為は見事少年によって阻害された。物陰に引きずり込まれた俺は少年の苛ついた瞳に睨まれる。
「あのさ、考えなしに突っ込むの止めてくれない?あんた、あの子を道連れにお陀仏するつもりだったの」
「――は?そんなわけないだろ、離せ!」
「うるさい、黙って」
「お前は―――ッ!」
「オマえ、まダ、マだ」
「……えっ……?」
「みライ、おいシイ、キット」
「なに……?」
化け物は少女を喰らわないでずっと左右に揺れてうわごとの様にその台詞を繰り返していた。お前、まだ、まだ。未来、おいしい、きっと?
俺が思考に口を閉じていると少年が急に立ち上がり影を出た。俺の静止など聞かずに。
「おい」
「ぁ、たすけ、」
「なあ、おい、化け物。お前が空腹状態で俺はすっげー嬉しいよ、有難う」
「オマえ、ナニ?」
「お初にお目に掛ります、化け物殿。俺は特殊兵器対策本部第一課一係所属――って此処まで言ったら俺の正体位わかるっしょ?」
「……おいおいだんまりかよそりゃないぜ」
少年は息を吐くと震えている少女に目を合わせた。かたかたと震える少女に微笑みかけると首を鳴らす。「父さん、その子頼むよ」少年はその身を躍らせた。
▽
少女の震えは中々収まらず、その事態に少女も困惑していた。すみません、と苦笑しながらも涙を堪えるためか何度も目を擦る。気にする必要はない、怖かっただろう。そんな類の言葉は既にかけたが、無駄だった。俺も少年の様に少女に触れることが出来たのなら、その恐怖を少しは取り除いてあげられたのだろうか?君は、どう思う?
「ボス玉を倒すか、この時代から奴等が居なくなるまで君の周りは俺とこの強面のおじさんが守ってあげるからもう安心していいぜ」
「誰が強面だ」
「本当……?でも、あのお化け怖いんだよ?お兄ちゃんとおじさん殺されちゃうかもしれないんだよ?」
「んあー、大丈夫。俺は鍛えてるし、……この強面おじじは死んじゃうかもだけど」
「誰がおじじだ」
「強面は認めるんだ」
ぎゃあぎゃあと二人言い合っていた。しかし、ある発言でその場は水を打った様に静まり返ったんだ。
「わた、わたしも――一緒にお化け探します!倒します!精一杯!」
「―――――ん?」
「―――――は?」
「お兄ちゃんとおじじだけじゃ心配っ!私、これでも足早いし、バレー部だし顧問の先生より怖いものないし!」
「確かに顧問の先生は怖いよねえ」
「うんっ!それとそれと、お兄ちゃんとおじじは何処か抜けてるから私がしっかりしないと」
「何其れ君俺のお母さんなの?母性本能ってやつ?」
「そう!ほっとけません!」
「なにそれヤバい」
誰がおじじだ。とは突っ込む暇が無かった。あの二人は初対面だと言うのに意気投合、反対する俺にスマッシュ。嗚呼、正直頭が痛かったよ。相手は未だ中学生だぞ、事案だろ!……って言うのもあったが、まず無関係の人間を巻き込むわけには行かないはずだろう。もし死んでしまったら、俺は責任を取ることが出来ないから。勝手についてきて勝手に死んだ、それで済むほど世界は甘くなくそれで済まされる程俺はどうやら冷徹ではないらしい。……嬉しいか?そうだと良いんだがなあ。
嗚呼、名前。……少女の名前は確か――。
「それで、君。名前は何というんだ?」
「あっごめんなさい。ついうっかり」
「あーあるよね、俺もうっかり忘れる事ある」
「ありません!私の名前は――」
俺が少女の名前を思い出そうとすると、少年の怒号が脳内に響いた。うっ……、くそ、頭痛い。妻が眠るベッドが、空が、花瓶に植えられた花が赤く……。
「やめろ、やめろやめろッやめてェエッ‼早く逃げろっつってんでしょ!」
「やだ……」
「何で!!」
「やだ……だ、だって、お兄ちゃん、死んじゃう」
「あんたが死んだら意味がない‼お願い、お願いだからッ‼」
「ぜったい、やだ」
「――っ父さん!早く母――この子を退かしてッ!俺一人でやれる、やれるんだ!」
霞んだ視界と煙るその場所で俺は声のする方向へ頭をもたげた。額から雫が滑り落ち、口の中に鉄の味が広がり俺はそれを体外へ吐き出した。何とか身体を持ち上げ、唸る化け物に近づく。引きずる足はもう使いものに成らなくなるだろう。いい、そんなことは。早く二人を連れて逃げなくては。
「――――あ、」
すぶり、と少女の胸を化け物の鋭い刃が食い破る。その光景が、あの、光景とかさ、重なって――。
「―――――――――――――」
俺のか少年の悲鳴か。今となってはわからない。俺は無我夢中で化け物に飛びかかりその首を落とした……んだと思う。化け物が倒れた後、動かないはずだったその傷だらけの身体で少女を抱き寄せ少年は泣き叫んでいた。背後で幼子のように泣きじゃくる少年に少女はそのか細い腕を頬へ伸ばし、ただ安心させるように「大丈夫」と繰り返していた。俺は其れを一歩離れた場所で、化け物の処理を一人しながら聞いていたんだ。彼の目が、声がはっきりと俺に対しての何かを孕んで、俺を呼ぶまで。
「父さん」
病室のドアが開く。あ、どうやら迎えが来たみたいだ。すまない、もう行かなくては。名前…名前は……良い、君が目覚めたら話そう。君がこの話を覚えていたら、という条件も付ける。
妻よ、必ず俺はまた戻ってくる。可愛い息子もいるからな、きちんと教育しなくては。君と一緒に、今度こそ。
「父さん」
「今行く」
少年が切なげに妻を見やる。それもそうだろう、全てはこの少年の犠牲の上に成り立つ未来。少年が目的を達成した所で、この少年の未来が――。
「妻は死なないし、死なせない。まあ、そう泣くなよ」
「はっ!?ふざ、ふざけ」
頭をぽんぽん、と軽く叩いてやる。少年は少女の事で心に傷を負い必要以上に孤独を示しだした。仕方ない、全て仕方がないこと。少女も、俺も、心の底では理解していた。
ありがとう。あの時に息子を守ってくれて。君は――あの頃から立派だった。何も知らないはずなのに、たった数週間共に過ごしただけで何もかも悟った様に俺達に笑いかける君がどれ程美しかったか。きっと今頃、あの少女は忘却に首を傾げる……ことさえしないか、そうだよなあ。
「……と、父さん。次の時代は…」
「何処へでもいく」
其れが、夫であり父である俺の役目なのだから。
お疲れ様でした!どういう話だったのか分かっていただけたなら幸いです!
実はこの話、一か月前から書き始めてたんですけど途中まで書いて気力尽きてこの時まで延ばすことに。ごめんよおじじに少年!
おじじは少年の言葉どおり強いんですが(旅の途中で少年に戦いのノウハウを教えて貰うがすぐに習得する)化け物の方が強いです。兵器ですからね、うまく立ち回って倒すそうモン●ハン!
されどやはり一番強いのは――そう、あなたの予想どおりです!




