2-5 Jチームからの招待状
「これはCAAの方々が掴んだ情報から始まりましたわ。千葉県勝川市のとある魚介類缶詰工場の地下に、宇宙人撲滅テロ組織、アーチャーズの大規模な地下実験研究施設があると掴んだそうです」
「アーチャーズの? しかもこの日本に?」
アーチャーズと言うと、クロム人の存在が明らかになった時、宇宙人の侵略から地球を守ろうと言う名目で、多額の寄付金で賄われた私設軍事会社アーチャーズの事だ。
しかし今じゃそれも、クロム人から地球を守ると掲げただけの、ただのテロ組織のようなものでしかない。
世界各地に組織はゲリラの様に点在し、クロム人を標的にした無差別破壊テロ活動が行われている。
それはアメリカだけにとどまらず日本にも被害が出ている。
日本と友好関係の悪い国が、アーチャーズへ資金を提供し、代わりに攻撃を行っていると言われているが、その国々は関与を全否定し、その証拠もないので何とも言えない。
アーチャーズの活動のせいで、再びの悪夢が始まりかねない、世界規模の戦争が勃発する緊迫した状態にもなった事すらある。
「我々の管轄の方で得た情報なのだが、その場所でマテリオンを使ったミサイル開発が行われていると言う事が分かった。そこで我々は日本へこうしてやってきた」
「マテリオンの事は知っていますわね?」
「あぁ、クロム人が自分たちの星に居た時の主要エネルギーの燃料の事だろ。原子力発電で得られる60倍ものエネルギーを、同じ比率のウランの量で賄えるって言う」
このマテリオンは人間が社会の発展に欠かせないウランや石油と言った物と同じ燃料で、金属の部類に入っている。
地球には存在していない原子で構成されていて、その原子同士が分離する際に、大量の電磁波を発生させる。
クロム人はその電磁波を電気のエネルギーに変換し、人間と同じように電気によって社会を発展させていった。
マテリオンは現在の人間では扱うのが危険だと言う事で、クロム人は使用方法や生産方法の情報を人間には提供していない。
人間は愚かな者だな。
今もそうだが何かあるとすぐに兵器に転用して、敵より強い兵器を作りたがる。エアカーの技術も戦車に使われ、今じゃどんな場所でだろうが、戦車での走行が可能な状態になっていて、戦争はよりハイテク化を極め、その被害も大きくなっている。
そんな人間の過ちが今、マテリオンを使用したミサイルに使おうと言う、もっともしてはいけない事が行われていると言う。
「そのマテリオンを起爆剤としたミサイルは既に完成したと言う噂もある」
「嘘だろっ! そんなハズはないですよねっ? っと言うより、まずはマテリオンは何処から入手したって言うんですか? 火星で厳重に管理がされているハズですよね? 盗まれたんですか?」
マテリオンは地球上では未だに発見されていない。地球上のどこかに存在しているか、太陽系の惑星や小惑星に存在しているか、現在も捜索されている。
今あるマテリオンは、クロム人が地球にやってくる際に使用していた宇宙船の残りの燃料だ。正確な量は公式には発表されていないが、相当な量が残っていると言われている。
そんな残ったマテリオンは、クロム人が火星に拠点を置くコロニー『マハヤド』に全て集められ、厳重な管理体制で守られていると言われている。
もしマテリオンがそこから盗まれたとなれば、一大ニュースになるのは間違いないのだが……、情報流出を抑えているのか?
「クロム政府にも問い合わせたが、マハヤドに管理されているマテリオンは豆粒一つも減っていない」
ならマテリオンは何処から?
「アーチャーズがマテリオンの開発をしていると噂を流せば、我々の行動が慎重になり、鈍くなるのを狙って流した嘘だろう」
「脅しやけん制の可能性があると言う事ですわね」
確かにな……。その可能性が高い。でも何か引っかかるな……。
「しかしミサイルの開発は行われているのは事実ですわ。彼らは自分たちに危害があれば、すぐにこのミサイルをその場で自爆させると言う事も言って来ていますの。もし完成しているとなれば危険ですわよ」
「我々はミサイルの破壊が目的だ。そんな中でキミがJチームの推薦で選ばれてここにいる。危険なミッションに一般人を巻き込むとは、とんだ考えだがね」
「え? 推薦って……。俺がこんな事態に何が出来るんですか?」
俺も場違いと正直思っていた。
「白雪さんには施設内部の構造を記録し、その兵器が置いてある場所の特定と人質となっている人たちの行方の調査を行ってほしいのですわ」
「なんと……。嘘だろ? 俺なんかが?」
んなバカな。一般人のジャーナリストなんかが、こんな仕事をやってくれと言う依頼が来るものだろうか。
「どうしてだ? 俺みたいな者なんかより、CAAとかのその道のプロに任せればいいのに。なんで俺なんだ?」
「ワタクシが推薦しましたのよ。アナタの能力でしたら、このミッションに申し分ないほどの実力と技量、根性があるとわかってますもの」
「うわぁ……、だからって頼むか普通?」
自信過剰とは思ってはないが、七姫に言われるだけの技量は自分でも持ってるって思ているけど。だからって普通頼みにくるか?
「白雪さんなら大丈夫ですわよ。いつもワタクシたちの後を追いかけて、色んな場面に置かれていますもの。自ら危険な所に足を踏み込む事もありますわよね?」
「まぁ……、ねぇ……」
「別にこの作戦に関わらなくてもいいのだぞ。我々CAAが全力を持って、この事態にあたる。ワタシは一般人を巻き込むのはお勧めしないんだがね。特にCAAは報道関係の者たちの海外活動の妨げにならないよう、彼らに協力させる事は許されない行為なのだ」
CAAの人が随分と不機嫌そうな態度でしゃしゃり出てきた。
んー、自分の仕事を部外者なんかが加わって色々とされるのって、嫌う傾向があるんだろうか。俺は協力できるなら、一緒に頑張って行きたいけどねぇ。
「あら、ならワタクシたちも特殊訓練を受けた一般人ですわよ。でしたらワタクシたちが加わらない方がよろしいと言うのですか?」
「あぁ、実際のキミたちの協力は必要ない。キミたちは我々の活動の補佐に廻ってもらうだけで十分だ」
「活動期間中の滞在拠点や食費、装備などの費用をこちらで負担しろっことですわね。こちらは無料宿泊のホテルではないのですから、一緒に協力するって事は出来ませんの? それに今回こうして国防省の方々がJチームにまで力を借りたいと申し立てる事になったのは、CAAの不手際のせいではありませんか」
「なんだとぅ!」
「ま、まぁ落ち着いてください」
二人が椅子から立ち上がり、口論となる中に入って仲裁に入る。
「あっ! マロンちゃんっ! そっちに行っちゃダメだってば!」
シマリスちゃんが突然椅子から立ち上がって、部屋の中を駆け回り始めた。
「なんだあの子は?」
「こらっ! 戻ってきなさいっ! 今飛び回ったらダメっ!」
シマリスちゃんはCAAの足元に行くと、その股の間を潜ろうとする。
「おい、こらっ! 何をするんだっ!」
「もぉ、ちょっとどいてよぉ! 捕まえられないよぉ」
「なんなんだコイツはっ!」
「あらあら、大変ですわね」
七姫がそのCAAの足元に行くと、両手で何かを拾い上げる動作をした。
「捕まえられたかしら?」
「うん、ありがとう! ごめんなさい。お騒がせしちゃって。もぉ、ダメでしょマロンちゃん。作戦会議中は大人しくしてないと……。うん、そうだよね。ウザいよねぇ」
シマリスちゃんは七姫の手から見えない何かを受け取り、自分の椅子の方に戻って行った。
アレは持病が発作を起こしたのだろう。
シマリスちゃんは12歳にして数学と言語の天才だ。だがその天才となるきっかけとなったのは、シマリスちゃんが生まれる前の事件が原因だった。
エアカーが大分一般化されつつある中で、まだまだ陸を走る車がそれなりに見られた12年前の出来事だ。
天気は晴れ。濃霧もなく、見渡しの良い環境だった。
ある橋の上をシマリスちゃんの両親、野乃原家が乗っていた。当時のシマリスちゃんはまだ母親の中に居て、妊娠9か月になる。彼らは普通に日用品を買い物しに出かけた、何気ない普通の一日だった。
そして橋の対向車線に、一台の木材を乗せたトレーラーが走っていた。
そのトレーラーのタイヤが外れ、野乃原家の車へ一直線に向かって走ってきた。
運転する父はタイヤを避けようとハンドルを切り、スリップした車はフェンスを突き破って30メートル下の崖へと真っ逆さまに落ちて行った。
地上へ激突し両親は気を失った。しばらくしてから車は炎上し始めた。
救助された時には全身致命的な大やけどをおっており、病院に搬送される頃には両親は死亡した。そして緊急手術によって、シマリスちゃんは生まれ、奇跡の一命を訪い止めた。
しかし脳に障害が残る結果となった。その生涯の一つに普通の人とかけ離れた数学の計算能力と、言語の記憶力だった。
それだけならよかったのだろうが、もう一つには幻覚症状と妄想癖と言う知覚障害が残った。
人には見えないものが見えると言い、そしてそれは時として現実にそこにあるかのように振る舞い、他の人がそれを指摘しても頑固として訂正しないことだった。
そして先ほどのマロンちゃんと言っている事も、シマリスちゃんが空想で飼っているメスのセキセイインコの事だ。
彼女は物心ついた時から一緒に居て、いつも自分の側に居てくれる家族と言っている。
こんな事もあって、シマリスちゃんは同じ年代の子たちとは理解し合う事ができず、小学校には通っていない。今は西条家のお蔭で専属の家庭教師を雇って勉強している。
「はぁ……。ミスター茂呂泉。なぜこんな者たちが加わると言うんですか? 自衛隊の協力はともかく、こんな一般人の成人を迎えてないような子供が、こんな世界問題のクラスのミッションに加えるなんて、正気の沙汰じゃないぞ」
この人、外国人なのに日本語がうまいなぁ。正気の沙汰じゃないとか、よく知ってるな。
「彼女たちは我々日本にとって力強い存在です。きっと役にたってくれます」
Jチームも国防省にまで認められる程の存在になってるかぁ。すごいな……。
「CAAが施設調査する為に潜入させた人たちが、既に捕まってしまっているのですわ。彼らの失態によって、より作戦は難航を極める事になりましたのよ。それでワタクシたちにも正式に協力が要望されましたの」
「くっ……。彼らは失敗したが、今度はアメリカから精鋭を送り込んでくれている。明日から活動を開始できるのだから、邪魔立てはしないでもらいたい」
「そっくりそのままお返ししますわよ。ワタクシたちも明日行動を開始しますわ。白雪さん、明日始めたいのです。決断は急がれますわ。どうされますか?」
ははっ、もうわかりきってるだろうに問いを求めるか。七姫もさも自信ありげな目でこっちを見ているし。
人類の平和の為にか……。それも良いが、あの憧れたJチームの一員となって行動出来る事も嬉しいな。報酬がどんなのであれ、俺にはやる価値がある。
「わかったよ。やるよ。で、どういう風な作戦なんだ?」
七姫は満足そうな顔をして、にっこりと笑顔を送ってくれた。
写真を撮る際に見せる笑顔と違って、なんか今のはドキッとしたな。
「今回、白雪さんが行うのは、地下施設内の見取り図の作成ですわ」
「それって……。なぁ、一つ質問をしていいか? アメリカ軍が開発した、衛星からの特殊な電波かなんかで、建築物内部の構造を透視して見れるヤツあっただろ。地下でもだいぶ深くまでは調べられるって言われてるけど。名前なんていったっけ?」
「RSATですわね。それはもうやっていますわ。それがMMSを遮断する防御壁が貼られていて、内部構造が把握できませんでしたわ」
「できていたら仲間を潜入させたりしてない。素人風情が分かった口でRSATを使えばいいと簡単に言ってくれる。オマエが考えている以上にこちらは既に手は打っているんだ」
一々CAAの人しゃしゃり出てこないでほしいな。
「シマリスちゃんがネットワークでの侵入も試みましたが、施設内部のネットワークは外部と完全に遮断していましたわ。外部との通信は、缶詰工場の施設を利用して行われているようですが、そちらの方の情報には利用できそうな物は何もありませんでした」
「だから内部へ潜入する工作員が必要なんだ。オマエがそんな重要で難しいミッションが出来ると言うのか? 我々のプロでさえ正体がバレてしまったんだぞ」
まぁあのJチームが俺のような者まで使いたいぐらいな切羽詰まってる状態だ。相手が相当手強いってことだな。
「俺なんかが入って大丈夫なのか? 本当に一般人でもあるんだけど。変わったヤツだけども」
「自信を持ってくださいな。ワタクシたちJチームが全力を持ってアナタをサポートし、何かあった時は守りますわよ」
「わかった。じゃぁその内部に入って色々と調べて来いって事だな。その兵器のある場所、それに捕まったCAAの工作員の場所がわかればいいのか?」
「えぇ。内部構造が大分わかれば、ワタクシたちJチームと自衛隊、それにアメリカ軍が突入し、迅速に行動がとれますわ。お願い致します」
かなり重要なミッションを受け持ったものだな。下手すれば俺もその人質の一人となり、命の危険もあるって事だな。
「で、その方法はどうやって行く?」
「内部調査の方法はアナタの方ですべて任せますわ?」
「なんと?」
「知っていますわよね? ワタクシたちJチームは、各自それぞれ自分の能力に任せて行動している事を。それをアナタにも同じ事をさせますわよ」
「フザケタこと……」
CAAの人の戯言は無視して俺は話を続ける。
「ははっ、わかったよ。じゃぁ俺が思う通りにやらせてもらうが、俺の持ってるだけの装備じゃ、満足行くような仕事は出来ないけどな。色々と貸してくれるんだろ?」
「もちろんですわ。アナタが好む最高の装備と、アナタでさえまだ知らないような、秘密道具も用意していますわ。ご自由にお使いくださいな」
「そりゃ楽しみだ。遠慮なく使わさせてもらうよ」
なんだろうな。スパイ映画の主人公にでもなった気分だ。社長にこの事を言ったら、Jチームじゃなくて、俺自身を撮って来いって言いそうだな。極秘任務だから言えないけど。
そしてその後は、Jチームと共に色々と作戦を立てた。
計画実行は明日の17時30分。世界平和の命運を賭けた戦いが始まろうとしている。