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デートのお誘い、という名の命令

 家に着くと、僕は真っ先にパソコンの電源を入れ、それから買ったばかりのCDの封を切る。

 生憎と、気分的には下降気味だが、蒼坂梨音の歌声が癒してくれることにわずかに期待を見出していた。

「さて、どうかな……」

 CDを挿入し、曲のイントロを今か今かと待ちわびる。

「おぉ……!」

 それはもう、歓喜の声を上げてしまうほどに。

 それから、時間にして大体1時間。僕は、新曲をヘッドホンで堪能し、次にDVDに収録されていたPVを、それこそ熱い視線でパソコンの画面が穴開くのではないかと、思わず危惧するぐらいじっくりと見続けた。

 はっきり言おう、――幸せだ。

 CDには【Stardust Treasure】の他、2曲が収録されており、どれも僕が身悶えてしまう程だった。ロック系、キュート系、そしてしっとり系と、多種に渡るメロディに合わせて、蒼坂梨音の声がそれぞれ歌詞を紡いでいく。先程店頭で映し出されていた【Stardust Treasure】のPVも実に恰好良く、またとても可愛く、何度見ても飽きることはなかった。

 正直、帰宅するまでの時間、僕は十和瀬のことをずっと考えていた。くれぐれも言っておきたいのが、恋愛感情云々の話ではない。

 要するに、彼女に僕の趣味を知られてしまったことについてである。

 十和瀬自身は、誰かに話すつもりはないと言っていたものの、やはり不安。かといって、その口を塞ぐ確実な方法などあるわけがない。結局のところ、彼女の良心を信じるしかないという、あまりに絶望的な状況だ。

 ……泣きたい。

 それに、気になるのは、最後に言い残した言葉だった。あの時の十和瀬は、まるで僕ではなく、別の誰かに言っているような気がしたからだ。

 ……ま、そんなわけないか。なんだよ、それ。僕ってば、なにライトノベルの主人公みたいなこと考えてるんだろう、恥ずかしい。

「よし、勉強でもするかな……」

 夕飯までは、まだしばらく時間がありそうだ。

気持ちを切り替えるため、軽く両頬を挟みこむように叩き、上向きになり始めた(というより、無理やり忘れようと、がむしゃらに上げた)テンションで、明日の予習でもしておくか、なんて、鞄に手を伸ばす。

だが、そうはさせないとばかりに、机の上に置いてあった携帯が振動した。青色のランプが点滅しているので、これは着信だ。

 画面に表示された番号は香川のものだった。

 何故か、嫌な予感がした。虫の知らせって奴かもしれない。

「……はい、もしもし?」

 しばし、躊躇ったものの、一向に切れる素振りすらないため、諦めて通話ボタンを押す。

『あ、もしもし。遊月くん、香川です』

「うん、なにか用?」

『すみません、いきなり電話してしまって……』

「いや、大丈夫だよ。どうかした?」

『はい。実は、十和瀬さんのことなのですが……』

 ……今は聞きたくなかった名前だ。テンション下降開始。

「……ん?」

『十和瀬さんが、遊月君の電話番号を知りたいと言ってまして……』

「へ、へぇ、そうなんだ。それで?」

『はい。勝手に教えるのもどうかと思ったので、一応許可を取ろうと思って。どうでしょう?』

 いつの間に、香川と十和瀬は連絡を取るようになっていたのだろうか。女の子って不思議だな。

 それにしても、僕の連絡先を知りたいなんて、突然どうしたんだ。

 いや、突然ってわけじゃない。さっきのアレがあったからこそ、彼女は連絡を取ろうと試みたのかもしれない。

 と、なると――

『ゆーづーきーくん、さっきは黙ってるって言ったけど、勿論、タダってわけにはいかないよね?』

 足を組み顎をしゃくり上げながら、黒い笑みを張り付かせる十和瀬。……なんかちょっといいかもしれないな。ぼ、僕はMじゃないけど。

『ほら、言わないでください、……でしょう? ほら、言ってみなさい?』

「い、言わないでください……」

 くれぐれも言っておくが、僕は決してMじゃない。大事なことなので、2回言ったけど。

『ゆ、遊月くん? 大丈夫ですか? そ、そんなに嫌だったんですか?』

 電話の向こうで、香川が慌てていた。

 どうやら、僕は想像上の十和瀬からの命令を受け、無意識に呟いていたらしい。そりゃ慌てもするってものだ。

「いや、ごめん。そんなことはないんだ、うん、大丈夫、大丈夫!」

 しいて言うなら、想像の方が危ない領域に突入しようとしている。

『そ、そうですか? それなら……教えてもいいんですね?』

 あれ? 今、香川の声のトーンが少しだけ落ちたような……。

「うん、いいよ」

『分かりました。それでは、これで失礼します』

「ん、また明日」

『はい、また明日……』

 くすっという柔らかな吐息の後に、通話が切れた。

 携帯電話を机に放り出すと、後頭部に手を当てて何気なく天井を見上げた。

 連絡先、か。そんなことの許可をいちいちとるなんて、香川はやっぱり律儀だな。

「ん?」

 その時、放り投げた携帯電話が再び振動した。

 画面には、知らない番号。

 この流れから考えて、十中八九、十和瀬朱里と考えて間違いないだろう。

「……はい、もしもし」

『もしもし、十和瀬ですけど……遊月くんの携帯でいいのよね?』

「うん、そうだよ。香川から聞いたけど、僕になにか用?」

『用があるから電話したんでしょ。用もないのにあんたに電話するほど、私は暇じゃないの』

「あ、そうですか……」

『……なによ?』

「……いや、別に」

 なんなんだ、この人格の変化は。腹黒とかいうレベルじゃない。むしろ、完全に別人じゃないか。

 そうか、これこそが十和瀬と初めて会った時に感じた違和感だったんだな。確かに、めちゃくちゃキャラを作ってたんだ。なんなんだ、コイツ。

十和瀬朱里……恐ろしい子!

「で、なんの用?」

 頭が痛くなってきた僕は、左手を額に当て、肘をつきながら話を促した。

『あぁ、そうそう。あんた、明日暇?』

「え? なんで?」

『……私は、暇か暇じゃないかを聞いてるの。YesかNoか。それ以外の答えは別にいらないから』

 どこの世界の女王様だ、おい。

「明日か。部活はないけど……あ、生徒会の出し物について考える予定だから……」

『あっそ。じゃあ暇ってことね』

 僕の答えは完全に無視じゃないか。今のどこに暇の要素を感じたんだよ。……いや、まぁ、暇なんだけどさ……。

『なら、明日1日私に付き合いなさい』

「え、それってどういう……」

『だから、ちょっと私に付き合いなさいって言ってるの!』

「そ、そんな無茶苦茶な……」

『……なによ、引っ越してきたばかりの転校生に案内もしてくれないの? 普通、こういう時は率先して案内してあげるよ、っていうのが生徒会長の勤め、義務でしょ? あんた、本当にアニメ好きなの? テンプレを見直しなさいよ!』

「いや、確かにそういうシチュエーションはあるけどさ。別にテンプレってわけじゃないし。別に、生徒会長である必要はないんじゃ……。ほら、友達たくさんできたみたいだし、女子とか、あ、康太とかに頼めば……」

『嫌よ』

 即答ですか。

『あんた、私に休日まで、猫かぶりしてろって言うの?』

「いや、それならむしろ猫かぶりを止めればいいんじゃ……」

 っていうか、自分で猫かぶりとか言っちゃダメだろ。

『あっそ。もういいわよ。適当に誰かを誘って、案内してもらうから。ま、話すことがなくなったら、秀才の生徒会長さんの秘密……口からぽろっと漏らしちゃうかもしれないけど……』

 受話器の向こうから、一際ご機嫌な高笑いが聞こえてきた。

 こ、この女……悪魔だ。

 いや、最初から分かってたことだけどね。秘密を知られてしまった以上、僕に断る術なんてないってことをさ。それでも、もしかしたらと淡い期待を抱いていたんだけど……。

 その期待は、脆くも崩れ去ってしまった。

『……で、どうするのかしら?』

 語尾が上機嫌に跳ね上がる。

 今の僕には、恋愛ゲームで出てくるような3択だの、4択だのという選択肢は存在しなかった。

「……分かったよ」

『え、なんですって?』

「……明日1日付き合わせて頂きます」

『よろしい。なら明日、駅前の噴水にお昼過ぎの1時集合。1秒でも遅れたら、一斉送信でばらまくから』

 うん、最早清々しいほどの外道ぶりだな、十和瀬朱里。

「はいはい、分かったよ、十和瀬」

『ん、それじゃ、また明日。……楽しみにしてる』

「え? あ、ちょっと……」

 最後に付け加えられた小さな一言。上手く聞き取れなかったけれど、楽しみにしてる、って言ったんだよな?

 あれも、猫かぶりなのかな……。

 そういえば、今の十和瀬、なんだか蒼坂梨音がいつも演じてるキャラとか、ラジオ放送の時のテンションに似てたよな。ま、あそこまでの傲慢ぶりはさすがにないんだけどさ。

 ま、どっちにせよ、明日は遅刻するわけにはいかないようだ。やれやれ、気が重いな……。



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