発覚!
白熱した学級会があまりにも強烈過ぎたせいか、続く授業はなんの印象にも残らずあっという間に駆け抜けていった。
僕にしてみれば、逆にありがたい展開だ。
なんといっても今日は――
「悪いな、香川」
「いえ、生徒会の仕事では仕方ありませんよ。それに、遊月君が来ないとなれば、覚悟を決めるしかないでしょうし……」
後半の言葉は、僕ではなく康太に向けられている。
「そ、奏真ー……」
「そんなうるうるした目でこっち見んなって。朝練に遅刻したお前が悪い。頑張って、香川先生の扱きを受けてくれ」
「香川ちゃんの扱き、ねぇ」
おい、顔がにやけてるぞ。なにを考えてるんだ、馬鹿。
「それでは、また明日。お仕事頑張ってください」
「じゃあなー!」
ぺこり、と約15度頭を下げた香川と、鞄を頭の後ろに持った康太に軽く手を振り返した僕は、生徒会室――ではなく、そのまま真っ直ぐに昇降口に向かった。
道中、僕を知る顔が1人もいなかったことに、凄まじい安堵を覚えて、ようやく溜まっていた息を吐き出す。
香川に『生徒会の仕事があるから部活を休む』と連絡をした時の心臓の高鳴り具合といったら、それこそ止まってしまうのではないかと思ったほどだ。その鋭い目は、僕の嘘を容易く見破ってしまいそうで、なんとも恐ろしい。警察で取り調べを受ける犯人の心境ってのはこういう感じなんだろうか。
――『嘘』。
そう、生徒会の仕事というのは全くの嘘だった。いや、生徒会の出し物を考えるという名目で言えば、部活を休んでアイデアを練るために色々と見に行くのはあながち間違いではないのかもしれない。
ただ、そんなものはあくまでもおまけに過ぎない。本当の目的は別にある。
学校の校門を出た瞬間、逸る気持ちが抑えられず、途端に自転車のペダルに力を込める。
僕の学校は坂道の上にあるのだが、その坂を自転車で一気に駆け降りていくと、まるで鳥にでもなったように心が軽くなり、飛べるんじゃないかとすら思えてくる。それぐらい、今の僕は、気分が高揚していた。
田んぼが両脇に並ぶ道を走り抜け、大型スーパーの横を通り過ぎ、そのまま力一杯ペダルを漕ぐと、やがて大きな建物が見えてきた。目的の店は、そこである。
店の前には、キーホルダーや缶バッチ類が入ったガシャポンが多数。自動ドアには、今放送しているアニメや、もうすぐDVDが発売する劇場版アニメのポスターが貼られており、開く度に中からアニソンらしき音楽が聞こえてくる。そう、言うまでもなくアニメや漫画の専門店だ。
僕の自転車の後ろのバンパーには、ばっちりと高校名が書かれたシールが貼られているため、店から少し離れたコンビニに自転車を停め、それから大通りに面している側ではなく、反対の車があまり通らない裏口から入る。なにもそこまで、と思うかもしれないが、用心し過ぎて困ることはない。むしろ、誰かに見つかって誤魔化したり、言い訳したりする手間を考えたら軽いぐらいだ。
店の中は、ライトノベルや漫画、週刊や月刊の雑誌がところせましと並んでいた。ちょうど学校帰りの時間帯ということもあってか、僕と同じ学生服姿も多い。
きょろきょろと周囲を見渡して、更に念入りに見知った顔がないことを確認。財布の中から予約券を取り出し、レジへと持っていく。
その途中、レジの上に設置されているテレビでは、蒼坂梨音が宇宙空間と思われる建物の中で、椅子に座りながら楽しそうに歌っている映像が流れていた。どうやら、【Stardust Treasure】というタイトルから、宇宙をイメージした内容のようだ。……うん、可愛い。
CDとDVDが1組になっている今回の新曲。このままじっと眺めていたかったが、それをぐっと堪えて、後の楽しみにして取っておくことにする。
「いらっしゃいませ」
「あ、これをお願いします」
「蒼坂梨音さんの新曲ですね、少々お待ちください」
レジに並び、店員に予約券を手渡すと、心得たとばかりに頷き背後の棚を振り返った。今日1日で何度その仕草をしたんだろうな、と何気なく口元に笑みを浮かべる僕。今にして思うと、待ち望んだ新曲の発売日ということで、正直浮かれていたのかもしれない。
いや、この時の僕は、単純に運がなかったと言った方がいいだろうか。予約した商品――初回盤のCDを探していた店員が申し訳なさそうに振り向くと、裏から取って来るからと告げ、そそくさと姿を消してしまった。
レジの前で立ち尽くす僕。
だが、あろうことか、その姿を見て、驚きの声を上げた者がいた。
「あれ……?」
「ん?」
その声を聞き、そちらに顔を向ける。
入店してきたのは、赤と白の珍しいデザインのセーラー服を着た女子高生。
「あ……」
転校生――十和瀬朱里だった。
僕と目が合った彼女は、軽く会釈をし、全く気にしていない素振りで品定めを始めている。
「す、すみません、お客様……お待たせ致しました。本日発売、蒼坂梨音さんの【Stardust Treasure】、こちらでよろしいでしょうか?」
戻って来た店員のとびきりの営業スマイル――最悪だ。なにも商品名まではっきりと言わなくたっていいじゃないか。
「あ、あの、お客様、いかがなされましたか?」
俯き、入口――正確には、入口付近にいる十和瀬から、極力見られないようにと顔を背けている僕を見て、店員はなにかあったのかと不安そうに尋ねてきた。
「あ、いや、その……」
口ごもり、上手く返答ができない。
高校に入学して以来、いや、アニメや声優なんかに興味を持ち始めて以来、家族や仲のいい友人にすら明かしたことのない僕の趣味を、転校生に知られてしまった。それも人気者の女子にだ。
明日になれば、このことは皆に面白おかしく広まってしまうだろう。康太や香川、クラスの皆からの見方や扱いが変わってしまうに違いない。『気持ち悪い』と笑われてしまうだろうか、『オタク』だと蔑まれてしまうだろうか。
「あの、お客様?」
「あ、はい……」
「こちらは、いかがなさいますか?」
「えと、買います。すみません……」
自らが思い描く、絶対に避けたい想像を消し去るように首を振り、のろのろと鞄から財布を取り出す。
いや、今の時代、アニメや漫画は世界でも認められている。それが好きだからなんだと言うのだろう。胸を張ってオタクだと公言――できないよな……。
こんなことになるなら、大人しくインターネットで買えば良かった。でもポイント付くし、ここでの特典の生写真も捨てがたいし……。
「……あ!」
ちゃりん、ちゃりんと、開け損なった財布から小銭が零れてはあらゆる方向に転がってしまう。
僕の足下、店の棚の下、そして入口の方へ。
あぁ、なにをやっているんだ、僕は……。
急いでしゃがみ込み、落とした硬貨を拾い、また店員からも受け取った僕は、残る1枚の行方を捜し、辺りを見回した。
すると、店を入ってすぐの場所に陳列されている月刊漫画雑誌を眺めていた十和瀬が、転がって来た500円玉硬貨を拾うべく屈み、それからこちらに歩み寄って来る。
「はい、これ」
「あ、ありがと……」
そう言って差し出された硬貨を、僕は受け取り、お礼もそこそこに、ただ会計を終えることだけをぼんやりと考えながら、店員に向き直った。
「ポイントカードをお持ちですか?」
「あ、はい、持ってます」
それだけで買い物が出来るぐらいにポイントが溜まったカードを差し出す。
「6230ポイント溜まっていますが――」
「そのまま溜めておいてください」
僕は店員の言葉を慌てて遮った。膨大なポイントを溜めているなんて聞かれたら、この店の常連だってバレてしまう。……ま、実際には、ここにいることが知られてしまった以上、もう手遅れな気もするが。
「こちら商品になります。ありがとうございました、またお越しくださいませ」
ぺこりと丁寧に一礼され、なんだか申し訳なく思いつつ、僕はレジを後にした。
それからすぐ、店の奥へ移動した十和瀬の元に駆け寄る。勿論、買ったCDは鞄の中に隠してだ。
「あの、十和瀬さん……」
「……なに?」
棚にある対戦ゲームの攻略本を手に取り、ぱらぱらとページを捲っていた十和瀬は、僕に顔を向けた。面と向かって会話をしたことはなかったのだが、教室にいる時のおしとやかな印象と違って、どこか無感情で冷たい印象を与える。
どっちが本当の彼女なのか。少しだけ気になったものの、今はそれどころではない。
「えっと、その……」
どう言えば分かってくれるだろうか。僕は、クラスでオタクだと隠している。だから言わないで欲しい、なんて。
だが、そんな僕の心情を察したかのように口元を緩ませる。
「……内緒にしてくれ、って?」
「え?」
顔を上げることなく、核心をつき先ほどの考えを的確に言い当てた十和瀬。驚きに素っ頓狂な声を上げた僕を見て、一層口端がつり上がる。
「見てたら分かるわよ。私と目が合った時、凄く気まずそうな顔してたし」
「あ、うん……」
「恥ずかしいんだ、自分の趣味や好きなものを知られるのが、さ」
「……そう、だね……」
依然として顔を合わせようとしない状態のまま、辛辣な言葉にて問いかけてくる。その言葉は、僕の心を少しばかり抉った。それは、彼女の口調が、僕の知ったものではなく、どことなく棘があるものだったからではない。図星をつかれ、反論ができなかったからだ。
「……心配しなくても、誰にも言わないよ。大体、今の時代、アニメとか知らない人間の方が少ないんだし。それに、言ったところで私にメリットがあるわけでもないし」
「そうだよね。それは、思う……」
僕だって、そのくらいのことは分かっている。だけど、ダメなんだ。僕の想像と、現実が必ずしも合致しているとは限らない。
アニメや声優が好きだ、と誰かに打ち明けたところで、その相手がなんの興味を示さなかったら……。むしろ、それによって僕を見る目や、接し方が変わってしまったら……。そう考えただけで、僕は誰かに打ち明けることを躊躇ってしまう。
「……ま、わからなくもないよ。私も――ううん、なんでもない。とにかく安心して、不用意に人の秘密を暴露する趣味はないから」
攻略本を閉じ、棚に戻した十和瀬は、そう自嘲めいた言い方をして、店を後にする。
残された僕は立ち尽くしていた。
せっかく手に入れたCDが、まるで重りにでもなっているかのような感覚を覚えながら。




