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決まる出し物、決まらぬ出し物

 それから2日が経った。

 転校生――十和瀬朱里の人気は下火になるどころか、より激しく燃え盛っていた。もう大火災レベルと言ってもいい。

 初めこそ、大人しい態度や仕草、それと逆をゆく派手派手しい服装(最も、これは前の学校の制服なので、彼女自身には責任はないのだが)、更には男子生徒達による苛烈な自己アピールにより、嘲笑を見せていた女性陣だったが、いざ話をしてみたら意外にも会話の引き出しも多く、時に真面目な話もできる。また、なによりも聞き上手で、控えめ。持っている小物のセンスも可愛く、共有したいとあっという間に友達になっていった。女というのは不思議なものだ。

 男子は言わずもがなで、女子とまで仲良くなった十和瀬さんは、今やうちのクラスの中心となった。いや、うちのクラスだけではない。クラスを、学年を超えて十和瀬を見に来る生徒も多く、学校全体が彼女を中心に回っていると言っても過言ではない。

 その一方で、僕はというと、文化祭の準備がいよいよ本格化してきたということもあり、会長職の雑務に追われていた。

 うちの学校の文化祭は、2日連続で開かれる。1日目はクラスごとに模擬店を開いたり、一丸になって作品を造ったりと、クラス単位で教室を使って行う出し物がメインとなり、翌日はブラスバンド部や合唱部、演劇部といった文化系の部活の発表、あらかじめ演劇や合唱などステージ使用の登録をしたクラスの発表といった、主に体育館での発表がメインとなる。

 僕が頭を悩ませているのは、この2日目――つまり、ステージ発表のことだ。クラスでの出し物については、クラス委員の香川に任せるとしても、生徒会の出し物をどうしようか。生徒会では毎年、芸術鑑賞という、プロの劇団の演劇を見たり、素人に毛が生えたレベルのバンドの演奏を聞いたりと、言ってしまえば生徒達よりもワンランク高い芸術に触れて感性を磨くことを目的とした出し物をしている。

 昨年同様に、今年も適当な劇団でも選んで終わりにするか、と安易に考えていた僕。だが、今日になって、その目論見は見事に崩れ去ることとなった。

 今朝の練習を終えた僕は、職員室に来るようにと放送で呼ばれた。呼び出したのは、生徒会の顧問だった。

 なんの用かと問いかけた僕に、顧問はなんとも言いづらそうに芸術鑑賞の演目について切り出した。言うには、プロの劇団やプロ1歩手前のバンドを呼ぶことで、それぞれの部活に所属している生徒達の士気が下がるとのこと。つまり、プロのレベルと比べられ、演じる側は非常にやりづらく、また観ている生徒も(悪く言えば)お遊戯程度の部活動の劇をなにが楽しくて見なくてはいけないのか、と遠回しな苦情らしい。更に付け加えるなら、そもそも生徒達が劇やバンド自体に興味がなく、もっと生徒達の興味を惹くような内容にしろとの業務命令だ。

はっきり言って、実に面倒くさい。口で言うには簡単だが、考えるこちらの身になってもらいたい。

 そんなわけで、僕は新たに追加された問題に、こうして教室で頭を抱えているのだった。

「成果がよくないみたいですね?」

 窓際の1番後ろ――昼下がり、眠っていてもほとんど怒られない絶好のポジションが僕の席だ。机の上に置いてある白紙の企画書を覗き込みながら、香川が前の席に腰を下ろした。ちなみに、前の席に座っている男子は、十和瀬さんの机の周りに集まっている。最も、僕を除いた男子全員が集まっているので、彼だけがそうというわけじゃないけど。

 真面目な香川は、休み時間といっても自らの席を立つことはあまりしない。それこそ、トイレに行ったり、質問をしたりする程度だ。そんな彼女がわざわざ僕に接触してくるのには、当然訳がある。

自分自身の席に座ることができないのだ。何故なら、隣が、あの噂の美少女転校生だから。次々に男子が寄ってきて、座っていたくないだけなのかもしれないが。

「うん、今日になって芸術鑑賞の内容を一新しろって言われてさ……」

 そんな彼女の心境を察して、僕は苦笑い気味に頷いた。

「そうでしたか。まぁ、去年のぐだぐだ具合を思い出すと、仕方ない気もしますけどね?」

「それはそうだけどさ。よりにもよって、なんで今年なんだよ」

「それだけ遊月くんへの期待が高い、ということの裏返しでは?」

「……そんな期待いらない」

「ふふ。それで、なにか案はあるんですか?」

「……全くない。大体、皆が興味を持ってることなんて知らないよ」

「そうですね、万人受けを狙うのはなかなか難しいのかもしれませんね」

「だね。まぁ、もう少し考えてみるよ。ところで、クラスの方の準備って順調?」

 生徒会の雑用が忙しくて、夏休みの準備時期にほとんどといっていいほど、顔を出せなかったため、クラスの出し物の進展具合をあまり知らない。

「そうですね。模擬店をするとまでは決まりましたが、詳細までは……」

「あれ、そうなの?」

「夏期講習や部活が忙しいという理由で中々皆が集まらず、かといって集まってもお喋りして終わり、でしたからね……」

 なるほど、劇や合唱のような全体で合わせる必要がない分、準備が楽そうで、皆、安易に考えているのかもしれない。

 そういえばクラスのまとめ役である香川も、クラスの準備を優先して部活動を休むということは少なかった気がする。とはいえ、剣道部でも部長である以上、そちらでも責任があるのだろうが。

「ですが、早いところ決めなくちゃいけないのは事実です。次のホームルームでもう少し進展してくれるとありがたいですけどね」

 苦々しく告げると、くすりとほほ笑み、次の授業のホームルームに備え立ち上がり、黒板に白色のチョークで、クラスの出し物について、と達筆な文字を書いた。

 チャイムが鳴り、名残惜しそうに十和瀬さんの席から離れていく男子達を尻目に、咳払いをした香川は眼鏡を押し上げながら切り出した。

「……それでは、ホームルームを始めましょう。議題は、迫って来た文化祭についてです。うちのクラスは模擬店をする、という大まかな内容こそ決まっていましたが……、具体的にどうするのかを詰めていきたいと思います」

 香川がちらりと僕を窺った。

「それでは、なにか案がある方はいますか?」

 それから、視線をクラスに戻しつつ、意見を求めた。

「はいはい、模擬店といったらやっぱり食いものだろ!」

 それから数分、勢いよく手を上げた康太の発言を皮切りに、議論は熾烈を極めた。

「あ、それいい! 焼きそばとかよくね?」

「えー、小物とかのお店のがいいって!」

「そうそう。服とか、手作りのアクセサリーとかさー!」

「大体、今から練習したって料理なんてできないって」

「そ、そりゃそうだけどさー。でも小物とかだって作れないだろ?」

 男子と女子、それぞれが発言をし、次第に収拾がつかなくなっていく。男子は食べ物系統、女子は小物系統――つまりは雑貨屋で意見が真っ2つに分かれた。

「あの、話し合いを……」

 途端に始まってしまった男女間の言い争いに香川の眉がぴくりと動いたのを僕は見逃さない。いや、話し合いに参加していないのは僕だけなので、否が応でも僕しか気づけないと言うべきか。あのぴりぴりとした雰囲気に気づかない方もどうかと思うんだけどな。

「絶対に食い物だって! な?」

「そうそう、小物なんてちまちま作ってられるかっての!」

 と、男子の主張。立ち上がって口を開く康太を代表に拍手が起こる。奴は、変なところで普段のお調子者属性が開花し、時に凄まじいリーダーシップを発揮する。僕も見習いたいものだ。

「そんなこと言って、自分達が食べたいだけでしょ。大体、食べ物なんてあんた達に作れるの?」

「私達に任すとか言うつもりだったんじゃないの? そんなのお断りだからね!」

 などと女子。実に見事な正論。

「なっ! ち、違うって! 俺達だって、練習するつもりだったんだって。な? な?」

 必死に食い下がってはみたものの、少しばかり苦しいか、康太。

「お、おう!」

 それに同意するべく頷いた男子だが、どこか歯切れが悪い。どうやら、図星をつかれたことで、動揺したらしい。

「ほーら、図星じゃない。絶対に嫌だからね、私達は!」

「そうそう。あんた達はどうせ食べてるだけなんだし」

 勢いづいた女子達はここぞとばかりに早口で捲し立てていく。男子達は押され、次第に小物屋ということで落ち着き始めようとしていた。

「だ、だけどさ……!」

 しかし、最後のあがきとばかりに康太が小声で反論する。

「小物って言ってたけど、実際なに作るつもりなんだよ? たくさん作らなくちゃ意味ないし。それこそ時間あるのか?」

「え? あ、いや、それは……」

 さっきまで饒舌に口を動かしていた女子が、途端に言い淀む。そこまでは考えていなかたのか。

 確かに、康太の言う通り。小物というのは案外作成に時間がかかるものであるし、模擬店という以上、いくつかの商品のバリエーションも揃えておきたい。となると、時間が厳しいのかもしれない。……ま、その点を指摘するなら、食べ物の方にも同じことが言えると思うけど。

 けれども、康太の方はその反応にしてやったりとばかりに唇を吊り上げ、胸を張った。

「ほら、見ろよ。やっぱり食いものに決定!」

「な、なんでそうなるのよ、小物って言ったら小物でしょ!」

「皆さん、いい加減に結論を……」

 議論(と呼ぶにはいささかお粗末な会話のドッジボール)に白熱し過ぎていたせいか、いつしかホームルームの時間が終わりに近づこうとしていた。前に立つ香川が、まとめに入ろうと声を上げるものの、その声に耳を貸す者は誰もおらず、再び騒ぎ出してしまっている。まずいな、これじゃなにも決まらないままってこともあり得るぞ。

 そんな風に僕が危惧したその時だった。

「あの、いいかな……?」

 今まで黙って、というより、話に入るべきか迷っていたらしい十和瀬さんが躊躇いがちに、顔の横に小さく右手を上げた。

 予想外の発言者が現れたことで、唐突に静まり返る教室。

「十和瀬さん、どうかしましたか?」

 ここぞとばかりに指名した香川に促され、立ち上がった十和瀬さんは皆を見渡しながら問いかけた。

「小物と食べ物の両方ってわけにはいかないのかな?」

「両方、ですか?」

「はい、両方。どう?」

 いともあっさりと呟いた言葉に、皆は目を丸くする。

「あ、あのさ、朱里ちゃん……今は時間がないっていう話をしてて……」

 根本的な問題がなにも解決していないどころか、むしろ悪化させた提案に、康太が言いづらそうに口を開く。十和瀬さんに嫌われないように言葉を選んでいる辺り、随分と必死に感じて吹き出してしまう。

 対する十和瀬さんの方は特に気にする素振りすらなく、康太の発言に首すら傾げていた。

「んー、話をまとめると、男子は食べ物がよくて、女子は小物系がいいんだよね? なら、少し趣旨が変わる気がするけど、皆が家にある雑貨やなにかを持ち寄って販売する。その一角で飲み物や簡単なお菓子なんかを出したりしたらいいんじゃない?」

 あれ、ちょっと待て。確かこれって……。

「えっと、つまり――」

「フリーマーケットみたいに雑貨屋を開く横で、休憩場所みたいな感じで飲食スペースを作る、ってことだよね」

「うん、そういうこと。どうかな?」

 皆が戸惑っている中、僕がいち早くそのイメージに辿り着いたのには理由がある。

 去年、蒼坂梨音が出演した学園アニメのワンシーンに、同じシチュエーションがあったからだ。その中では確か、フリーマーケットと喫茶店のような軽食を同時進行していたはず。メイド姿の女子生徒がたくさん出てくる話で、やや狙い過ぎ感はあったものの、視聴率は好調だった気がする。

「あー、なるほどね、考えたなー……」

 康太を始め、クラス中が口々に賛同の意見を口にする。

 確かに、その意見は的を得ている。飲食、小物、どちらにしても作成や練習に時間を使ってしまう。だが、その方法でなら、雑貨を持ち寄るだけで商品として活用することができるし、提供する料理もあらかじめメニューを簡易的なものに設定しておくことで、ペットボトルのジュースや市販されているお菓子を盛り付けるだけで済む。人件費や生産コスト、準備に必要な時間の短縮にも繋がるし、まさにいいことづくめってわけだ。……何故思いつかなかった、僕。

「で、では、十和瀬さんの意見に決定、という方向でよろしいでしょうか?」

 やや呆気に取られながらも、まとめ役としての責任感からか、最後のまとめを行う香川。当然のように、異議を唱える者などおらず、賛成多数で議論は終わりを迎えた。

 なにをやるか、から、なにを持ってくるか、や、なにを食べたいか、ということに切り変わったクラスの無駄話は、最早ついていけないと、香川が諦めて自らの席に戻ってしまったことで、止める者がおらず、次第に白熱していった。

 そんな状況で僕はというと、十和瀬さんについて考えていた。くれぐれも言っておくけど、別に恋心を抱いているとか、気になって胸が痛いとかそういうロマンチックな意味ではないのであしからず。

 自己紹介の時といい、さっきといい、蒼坂梨音の出演しているアニメのワンシーンや着信音をところどころ持ち出してくるのはどういうことなんだろう、ってことさ。

 僕の自意識過剰って言ってしまえばそれまでだけど、それだけじゃないような気もするし……。

「ん?」

 気がつくと、こちらをじっと見ていたらしい十和瀬さんがいた。僕と目が合うと、柔らかな笑みを浮かべ、右手を小さく振る。

「あ、えっと……」

 僕も手を振り返そうかと数瞬迷い、それから右手を上げようとした時だ。

「失礼します、生徒会長」

 机の上に、『企画書』と書かれた紙が置かれる。否、叩きつけられた。

 何事かと周囲の視線が僕達に集まる。

「ご、ご苦労様……」

「申し訳ありません、生徒会長の至福の時間を邪魔してしまいまして」

 清々しいまでの満面の笑みは、逆に恐怖心を煽った。

「い、いや、大丈夫……です……」

 さっきまでの緩やかな一時はどこへ行ってしまったのか。

どうやら、1人の鬼が降臨したことで、その雰囲気は霧散したみたいだ。

ま、そんなことは言っても、その危機に直面しているのは僕だけのようなので、他のクラスメートは面白そうにこちらの様子を窺っている。大体、なんで僕はこんなに威圧されているんだろうか。全くもって意味が分からない。しかも、至福の時間ってなんだ、そりゃ。

 ま、とりあえずこのクラスの出し物はフリーマーケット兼軽食屋という流れで決まりのようだ。

 それはいいとしても、生徒会の出し物はどうしようかな。全くいいアイデアが浮かんでこない、困ったな……。



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