君との約束
「ん、ん……」
突っ伏していた顔を上げ、何気なく周囲を見渡した。
口元がうっすらと濡れているのは、知らず知らずに涎を垂らしていたからか。
「うわっ、やべっ!」
寝ぼけ眼に飛び込んできた時計が示す時刻は、眠気を一気に吹き飛ばすには十分すぎた。
あれから約2時間近く。呑気にも熟睡していたみたいだ。
あぁ、なんて馬鹿なんだ、まだなんの問題も解決していないのに!
進行はどうなっているだろう。事前の打ち合わせでは、もうすぐブラスバンド部の演奏が終わる。その後、幕間を挟み、合唱部の発表だったはずだ。
早く体育館に行かなくちゃ!
そんな風に立ち上がった僕。
「……おはよ」
周りが見えていなかった。だから、僕の席の後ろ――本来ならば誰もいないはずのそこから、声をかけられるなんて思ってもいなかった。
ゆっくりと振り向いてみて驚く。
そこには誰もいなかった、なんて心霊現象だったわけじゃない。ロッカーの上には、ちゃんと生身の人間が座っていた。
そう、十和瀬朱里が。
「と、十和瀬?」
「なによ、そんな幽霊でも見たような顔して」
壁に背中を預け、左足を上にして組みながら、ぱらぱらと手にしている本のページを捲る。いや、本と呼ぶにはあまりにもお粗末なそれは、僕が手渡した読み聞かせの台本だった。
「それ……」
「なによ?」
「いや、その……」
なに、と聞かれては困るのだが。言葉を探す僕を見て、十和瀬は悪戯っぽく微笑んだ。
「ねぇ……」
台本を閉じてロッカーから下りると、立ち尽くしたままの僕の方へと近づきながら、そっと呟く。
「ん、なに?」
「……約束よ。最後まで、私の味方でいてくれるって。全部かき消すぐらい、大きな拍手をしてくれるって」
気恥ずかしそうに小首を傾げたその仕草に、間髪いれずに頷いた。
「うん、もちろんだよ」
「そ、ありがと」
相変わらず素っ気なく返事をするものの、十和瀬の顔には隠しきれない笑みが溢れていた。その顔の前に、僕はすっと手を差し出す。小指を立てながら。
「約束する」
「ばーか」
その指に、彼女もまた、小指を絡ませた。




