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優等生の仮面


「うぁ……、おうっ……」

 翌朝7時。本来ならば、ようやく起きてくる時間だが、今日の僕は既に学校に着いていた。更には、体操服に着替え、学校の周りをぐるぐると走っている。

 一体誰だ、朝練をしようだなんて言い出した馬鹿は……!

 ただでさえ睡眠時間が足りない水曜日。1分1秒でも長く布団に入っていたい憂鬱な朝に、誰が好き好んで竹刀を握ったり、体力つくりにランニングなんてしなくてはならないんだ。そんな風に内心で悪態をつきながらも、後輩達に見本を示すべく、律儀に走り続ける僕は、我ながらなんとも損な性格をしていると自覚している。

「はぁ……はぁ……。な、なんとか走り切った……」

「辛そうですね、大丈夫ですか?」

 あらかじめ決められていた3周(約3km)をなんとか走り終え、他の部員が集まっている道場の入り口にえづきながら倒れ込んだ僕を見下ろすようにして、1人の女が仁王立つ。

「……これが大丈夫に見えるなら、お前はすぐに眼科に行くべきだと思う」

「そんな軽口が叩けるなら大丈夫でしょう。でも、だらしないですよ? もしかして昨日は夜更かしでもしたんですか?」

「……正解」

「そうですか。成績優秀、スポーツ万能な生徒会長の遊月奏真(ゆづきそうま)くんは影でそれだけ努力しなくてはならない、って事ですよね?」

「いや、そういうわけじゃないけど……。それに、僕そこまでスポーツ得意じゃないし」

「成績優秀ってところは否定しないんですね。……昨晩は勉強ですか?」

「ん、まぁそんなとこかな……」

 さすがに声優のラジオを聞いていて、寝不足だなんて同級生には恥ずかしくて言えない。それでなくとも、僕が隠れオタクであることは誰にも言っていないのに。

 高校生にもなって声優が好き、アニメが好きだなんて周りに知られたらとてつもなく恥ずかしい。いや、むしろ高校生だからこそ、そういったものに興味が湧くのかもしれないが。声優好きやらアニメ好きは『オタク』と呼ばれるジャンルでくくられて、周囲から痛々しい目で見られてしまうことになる。

思春期というのは本当に複雑だ。様々なものに興味を抱き、他人とは違う個性を求める一方で、周囲から浮いた存在には手厳しい攻撃性を見せることとなる。いかに自分の趣味を知られずに、周囲と同調すべきか、それが高校生という肩書に必要不可欠なスキルなのかもしれない。つくづく疲れる年頃だ、と僕は常々思っていた。実際、高校生になって新しく出来た友人は勿論のこと、小中学校からの幼馴染や同級生にすら僕の趣味を知っている人間は皆無であった。

 当然、目の前にいる同級生の女も僕の趣味を知る由もない。

 目の前の同級生女子は香川真美歌(かがわまみか)といい、我らが剣道部のエース兼部長である。

 髪を右側で縛ったサイドテール。目元はやや垂れ気味で、生真面目なほど柔らかな丁寧口調、パッと見は優しい大和撫子の雰囲気を醸し出している。今着ている学校指定の赤いジャージですら、彼女が着るとなにか別のブランドなんじゃないかとすら思えるのが不思議なところだ。

 が、それは香川の甘い罠。

その雰囲気にふらふらとつられてやって来た下級生達は、今まさに情け容赦のないスパルタな練習メニューを体験しているところだ。まさしく綺麗なバラには棘があるとの格言を地で突き進む様は、どこかのセルドナさんを思い起こさせる。いや、そもそも2次元アニメのキャラと3次元の同級生とを重ね合わせるのはどうかと思うが。

 実際に、僕自身も今日朝練があるなんてことをすっかりと忘れていたわけだ。それを思い出させたのは、6時30分丁度にかかってきた香川からの電話だった。それこそアラームかなにかのように、律儀にも1分おきにかけられれば、起きるしかないだろう。ありがた迷惑と言わずしてなんと言うのか。

 とはいえ、彼女には感謝せざるを得ない。3人しかいない同級生の女子部員は勿論、容姿、強さ、立ち振る舞いなど人それぞれではあるが、香川目当てに集まった新入部員達も全員参加しており、ここでサボるのは立場的によろしくない。……ま、休んでる俺の同期が1人いるから言えるんだけどな。

「それで、遊月くん……橘くんはどうしたんですか?」

「……知らない。連絡してないの?」

「遊月くんにかけて橘くんにかけて、それからまた遊月くんに……といった感じで交互に連絡しましたよ」

「……で?」

「来るとは言っていましたが、大方また寝てしまったんでしょう」

「……だろうね」

 苦笑いとともに、この場にいないであろう部員の話をしつつ、呼吸を整える。

 他の部員達は、既に素振りや筋トレに移行しているようだ。信じがたい体力だと後輩達を称賛すべきか、それとも昨晩ラジオを聞いていたからだと内心で自分自身を慰めてやるべきか。

「……噂をすればなんとやら、ですね」

「え?」

 香川の言葉に顔を上げると、道場の入り口に座り込んでいた僕達の方に一直線に走って来る男がいた。

 先ほど話に出していた僕の同級生で、もう1人の男子部員だ。

「わ、悪い悪い……」

 走って来た男――橘康太(たちばなこうた)は開口一番に、僕達に頭を下げた。肩を大きく上下させ、額から出た汗をしきりに拭っている。その顔は俯き気味で、なにを考えているかはパッと見では分からない。

「……おはようございます。なにか言い訳があるなら聞きますよ?」

 溜め息交じりに軽く頭を振った香川の言葉に、待ってましたと言わんばかりに顔を上げると、康太は饒舌に自らの朝の状況を語り出した。

「いやー、まいっちゃうぜ。香川ちゃんから電話もらってから慌てて飛び起きて学校まで走ってたんだけどさ。途中で、コンビニからばったり出てきた強盗に遭遇してさ。警察の人と協力して逮捕してやったんだよな。勿論、怖かったけどな、なんていうかこう……使命感ってやつが俺の中でメラメラと燃え盛ってきてさ……」

 遠い目をしながら、さも激戦を潜り抜けてきたかのように話す康太。

だが、そんな修羅場が起こっていないことぐらい、小学生でも分かる。

 あまりに堂々とつかれた嘘によって、香川は怒る気力すら削がれたようで、再度の溜め息だけを漏らし、新入部員達の練習を見るべく道場の奥に引っ込んでしまった。

「よし、作戦成功!」

 ガッツポーズで、その背中を見送る康太。香川の生真面目過ぎる性格を逆手に取った作戦だったようだ。……その機転のよさを、どうして他の場面に回すことができないのだろうか、コイツは。

「で、実際はなにしてたんだよ?」

 呼吸が整ってきたこともあり、下駄箱で靴を脱ぎ何食わぬ顔で練習に参加しようとしている康太に、意地悪く問いただす。

「ん、当然2度寝ですが、なにか?」

 悪びれる様子もなく、サラッと言ってのけるその度胸に、ある意味関心すらしてしまう。

「っていうか、香川ちゃんも意地悪だよなー。朝練なんか自主参加にしてくれればいいのによー……」

 道場の隅に置いてある人型を模した面打ち練習用の器具と向かい合い、制服のままで手にした竹刀を大きく振り被りながら、康太は不服そうに呟いた。

「なに言ってんだよ、庶務が来ないと示しがつかないだろ?」

「あーあ、こんなことなら庶務なんかやらなきゃよかった……」

「いや、お前、庶務じゃなかったら生徒会長だぞ? なんなら交代するか?」

 その隣で振り下ろされる面打ちの太刀筋をぼんやりと見ていた僕がそう告げると、康太はしばし考える素振りを見せたものの、数回頷き、いたずらに唇を緩ませる。

 打ちつけた竹刀がパンッという軽快な音を道場内に響かせた。

「それも悪くないかも!」

「……いや、無理だろ」

「えー、なんでだよ?」

 文句なら庶務の仕事の1つでもまともにこなしてから言ってくれ。

 結局、いつものように無駄口を叩き合っているだけで、今日の朝連は終わりを迎えてしまった。


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