彼女の心
「いらっしゃいませ」
穏やかな昼下がり。扉を開けた僕を招き入れたのは、ベルの音と、一拍置かれた奥さんの声。
店内をぐるりと見回す。前回と同じ席に、机に頬杖をつきながら、窓から外の景色を眺めている制服姿の少女がいた。
十和瀬だ。
他には、相変わらず(といったら失礼になるけれど)、お客さんはいなかった。こんな状況で経営なんかは大丈夫だろうか?
だが、今はその状況に感謝するべきなのかもしれない。正直、誰かに聞かれるのは恥ずかしい。
「……遅い」
「ご、ごめん」
彼女の前に置かれたカフェオレのグラスの水滴が机に滴り落ちていることから察するに、随分と長く待たせてしまったみたいだ。
「風邪、大丈夫?」
「……わかってるくせに」
椅子を引き、向かい合う形で腰を下ろす。前回とは異なり、隣の席から正面と、座る位置が変わっただけで、こうも緊張感が増すものなのか。
「いらっしゃいませ、なにになさいますか?」
僕が席に着いたタイミングを見計らい、オーダーを取りに来てくれた奥さん。前回同様にオレンジジュースを注文する。
それが出てくるまでの間、僕らに会話はなかった。
「それで?」
と、十和瀬が切り出した。オレンジジュースが提供されてから、およそ5分近く経過していた。
「随分と焦らすけど、大事な話なんじゃなかったの?」
随分苛立っているらしく、人差し指の爪で机をこつこつと叩いている。
「早くしてくれないかしら? 私だってそんなに暇じゃないんだから」
鋭い目つきで睨みつけられ、僕は思わず怯んでしまう。
「ま、大方内容はわかってるけど。……明日のことでしょ?」
「うん」
「……そ。なら私には話すことなんてないわ。都合がつかなくなった、いいえ、急にやる気がなくなったって言った方がいいかしら?」
「そんな、あんなに乗り気だったじゃないか?」
「それは……」
勝ち気に捲し立ててはいるが、いささか表情が暗い。まるで、僕から突っ込まれるのを拒んでいるようだ。
「もう、いいでしょ! とにかく、私は明日行かないから。代役でもなんでも探せばいいじゃない!」
机に掌を叩きつけ、その勢いにて会話を打ち切る十和瀬。そのまま立ち上がると、そっと伝票に手を伸ばした。
「ごめん。……でも、もう私に構わないで」
弱弱しく呟かれた言葉。視界の横に映る表情が、本当にすまなさそうで、悲しそうで、僕の心を強く締めつける。
「なに、するのよ?」
その表情が、僕の身体を本能的に動かしていた。
歩き去ろうとした彼女の右腕を咄嗟に掴む。




