託される思い
うまく言葉が見つからなかった。間抜けにも聞き返してしまった自分を叱責しつつ、問い詰めるべきか、フォローすべきか、はたまた、そんな馬鹿なと笑い飛ばすべきか迷ってしまう。ただ、ここまで言うからには、なにかしらの理由があるのだろう。
僕は、続く言葉を待った。
「昨日の夜、朱里ちゃんに電話をしたの。最初の内は、明日が本番だね、なんて笑いながら話してたんだけど、私も見に行こうかなって言ったら、突然様子が変わっちゃって」
「様子が変わった?」
「うん。来ないで、とか、来てもつまらないから、って断ってきたの。だから私、意地悪のつもりで、絶対に行くから、って冗談言ったんだけど……」
「うん」
「そしたら、その……一気に不機嫌になっちゃって、取りつく島もなく、電話を切られちゃったんだ。慌ててかけ直したんだけど、出てくれなかった……」
「十和瀬、なにか言ってた?」
「……私を笑いに来るつもりでしょ、って。私、なにか傷つけるようなこと言ったのかな……?」
肩を震わせ、それでも気丈に微笑んで見せる蒼坂さん。
「そんなことないと思う。大丈夫だよ、話してくれてありがとう。十和瀬には、僕から話をしてみるから」
目頭に涙が滲み出した蒼坂さんをなだめるように、優しく笑いながら告げる。
なんてことをしてくれたんだ、なんて責任を押し付けたりすることはしない。蒼坂さんだって、故意に怒らせようとしたわけじゃない。仲のいい友達として、久しぶりに十和瀬の声が――演技が聞けるかもしれないと浮かれただけなんだから。僕も、少しだけ理解できるからだ。
「よかったらさ、明日来てくれない?」
「え?」
唐突の申し出に、蒼坂さんの目が見開かれた。それによって、溜まっていた涙が一気に零れる。
「でも、朱里ちゃんが……」
「大丈夫だよ。十和瀬には僕から話してみるし、それに――」
「それに?」
言いかけた僕は、思い直して首を振る。ここから先は、多分僕の口から言うべきことじゃないと思ったからだ。
「ううん、なんでもない。あ、でも無理にとは言わないからね?」
「大丈夫、なんとか時間を作ってみるから。その分、今日はたくさんお仕事しなくちゃ!」
少しだけ気分が上向きになったのか、涙を拭い、微笑んでみせる。
「そっか、頑張ってね」
「遊月くんも、ね?」
「は、僕の方は出来あいのものを出すだけだから」
「あ、そうじゃなくて……」
「あ、そういうことか。大丈夫、任せて」
「……お願いします」
ほぼ垂直に身体を曲げて、頭を下げた。
落ち着いて考えてみると、僕は今人気声優に頭を下げられているんだよな。なんていうか、逆に申し訳ない気がしてきた。
「そんなに気にしなくても大丈夫だよ。僕が絶対になんとかするから。ね、この前みたいに笑ってよ、せっかく来てくれたんだからさ?」
咄嗟に頭を撫で、励ましの言葉を投げる。柔らかな髪質が、僕の掌に伝わって来て、心地よい。
なんて、余韻に浸っていた僕を尻目に、蒼坂さんは口元に手を当て、少しばかり後ずさった。
「あ、いや、えと……」
もしかして、いきなり頭を撫でるなんて失礼だったかな。なんだか、目を合わせてくれなくなったけど、やっぱり気に障ったのだろうか。
「そ、それじゃ、私もう行くね。ばいばい!」
帽子を深くかぶり直し、蒼坂さんは逃げるように教室を飛び出した。
本当にどうしたんだろう?
「……奏真」
その後ろ姿を呆然と見つめていた僕に、頃合いを見計らって声をかけてくる康太。
「もう済んだのか?」
「うん」
「そっか。やっぱり朱里ちゃん関係?」
「正解」
普段はおちゃらけている康太だが、こういう時の洞察力というか、推測には目を見張るものがある。
「どうするんだ?」
「そうだな。ま、店番が終わったらもう1度考えてみるよ」
そろそろ交代の時間、今から下校時刻までは店番をする時間だった。
「そっか。ならさ、こっちは俺に任せて、朱里ちゃんのところ行ってこいよ」
「へ?」
不意に背中が押される。
「善は急げ、って言うだろ」
「いや、それはそうだけど……」
「馬鹿、そんな上の空の状態で接客なんかできるかって。大体、俺達も不安で仕方ないよ。なぁ?」
そう言って振り返った康太に、皆が口々に同意を示す。
「でも、僕今日なにもしてないし、悪いよ……」
「それでしたら……」
僕の背後から、香川が優しく提案する。
「遊月くんには、十和瀬さんを明日連れてくるって仕事をお任せします」
呆気にとられてしまった。ものは言いようだ。おかげで、僕も引き下がれなくなってしまったじゃないか。
「皆……」
「そうそう。お前は明日死ぬほど忙しいんだし、今日ぐらいはゆっくりしとけって」
ダメ押しのごとく、康太から再度背中を叩かれた。
「……ありがとう」
大人しく、皆の好意に甘えておくとする。
ロッカーから鞄を取り出し、背中に担ぐと、皆の声援、と言えるのか甚だ疑問な、むしろ罵声ややっかみとも思える声を受けつつ、教室を後にした。
生徒や一般の観覧客がごった返す廊下を駆けながら、携帯を取り出し、ダイヤルをする。
勿論、相手は決まっている。
1回、2回、……
数十回コールをした時だろうか、無機質なコール音が止まり、静寂が訪れる。一瞬切られたのかと思ったものの、どうやらそうではないようだ。
『……うるさい』
受話器の向こうから、聞き慣れた声による冷たい一言。
「今、どこ?」
『……どこだっていいでしょ』
「話があるんだ。今からこの間の喫茶店に来られないかな? ううん、来て欲しい」
『イヤよ。なんでわざわざ……』
「大事な話なんだ。どうしても、直接会って話したい」
『……そう』
短い返答の後、再び訪れる静寂。
『……つまらない話だったら承知しないわよ』
下駄箱で靴を履き替え、自転車に跨った辺りで、溜め息と共に紡がれた答えに、僕は密かに拳を握りしめた。




