残り一週間
文化祭まで、あと1週間を切った。
作業は、初めの難儀が嘘のように、驚くほど順調に進んでいる。というのも、香川や康太が呼びかけてくれたことにより、クラスの皆が力を貸してくれることになったからである。
更には、各々クラスでの準備がひと段落ついたからと、早坂を初め、他の生徒会役員達も参加してくれたこともプラスしている。お礼を言おうとした僕を遮り、逆に負担をかけ過ぎたと謝罪すらされてしまった。
ポスターを作ってもらったり、演出を考えてもらったりと、生徒会の出し物というよりは、もはや生徒全体を巻き込んでしまっている気がするが、これはこれで有りなのかもしれない。
「うお、凄いことになってんな……」
放課後、生徒全員を対象に行ったアンケートを回収してきた康太は、そのあまりの数に目を見開いた。その数、約1000枚近く。生徒数からすれば当然といえば当然だが、ここまで真剣に取り組む辺り、皆の期待が伺える。いい兆候だ。
「えー、なになに……『走れメロス』、『銀河鉄道の夜』……おっ、『桃太郎』なんてのもあるぞ?」
「そりゃそうだろ。童話か教科書に載ってる作品っていう縛りなんだから」
今回行ったアンケートというのは、読み聞かせの根幹となる台本――つまりは、なんの作品を読んでほしいか、というものだった。
誰もいなくなった教室で、康太と一緒に1枚ずつ中身を確認しがてら吟味していく。本来、こういう仕事こそ、正規の役員達がやるべきなのだが、意外なことに、これに関しては頑として康太は譲らなかった。責任感、という大層なものではなく、単純に十和瀬に自分が選んだものを読んでほしいという邪な思いに違いないが。
「それにしても、朱里ちゃんが、ねぇ」
「ん、どうかした?」
「いや、自己紹介の時は大人しそうな印象だったから、まさか、こういうことに興味あるなんて想像もできなかったな、って。ま、それはお前にも言えることなんだけどな?」
「はは、本人曰く猫かぶってたらしいから」
クラスでは相変わらずの猫かぶりを継続しているものの、康太、そして香川の前では素の自分を出している十和瀬。それに関してや、僕の趣味についてなにも言わない辺り、どうやら康太は人の内面を深く詮索することは好まないようだ。十和瀬に読み聞かせを頼んだ、と報告をした時もそうだった。あの部室での議論はどうなったのか、と不思議そうにしていた香川に対して、康太の方は特に反論や追究などすることなく、笑って同意してくれた。
「どんな趣味や過去があろうとも、友達は友達だろ?」
そっと呟かれた言葉は、なんともくすぐったく、温かいものだった。
「んー、やっぱり統一がとれてないな。あ、いっそのこと、童話と名作の2話構成ってのはどうだ?」
「2話構成か。うん、いいと思う」
「なら、ここはやっぱり感動号泣コースだろ?」
「感動号泣か。そんな作品なにかあった?」
「いやー……」
「え、なんだよ、その反応?」
「いや、聞く相手を間違えてんじゃないのかな、って」
「あぁ、そう言われればそうかも」
普段から本など読まないであろう康太に、その質問は間違いだったのかもしれない。授業中すら眠っているこいつに、そんな知識などあるはずがなかった。
「だから作品の決定はお前に任せる」
「なんだよ、それ。自分からやりたいって言ったんじゃないか、全く。んと、そうだな、感動するならやっぱり、鉄板の『走れメロス』とか、童話なら『ごんぎつね』とか『泣いた赤鬼』とかいいんじゃないかな」
『走れメロス』は僕らの学年の教科書に載っている名作だし、『ごんぎつね』や『泣いた赤鬼』も割と有名なはずだ。話の筋も分かりやすいし、康太のように知らない人にも理解しやすいだろう。
「あっ、その作品あったぞ!」
「本当?」
僕があげた作品の名前にぴんと来たらしく、用紙の束をめちゃくちゃに散らかしつつ、探し出した数枚を差し出してきた康太。なるほど、確かに。急遽行われたアンケート故に、皆急いで教科書を捲ったようだ。
「ち、ちなみにさ……」
「ん?」
「それってどんな話?」
思わず溜め息が出た。
「この間授業でやっただろ。教科書に載ってるから、後で読めば。もしくは、読み聞かせまで楽しみにしとけ」
「ちぇっ、冷たいな。でも、ま、楽しみにしとこうかな、朱里ちゃんの声……ぐふふ」
「お巡りさーん、ここに変態がいます」
冗談交じりに告げた僕は立ち上がり、机の横にかかっていた鞄を肩にかける。
「あれ、帰るのか?」
「うん。図書館に本を探しに行くよ」
「手伝おうか?」
「いや、大丈夫。そこまで手伝ってもらったら、なんだか申し訳なくなる」
「なんだよ、遠慮するなって」
そう言ってくれたものの、僕は首を振り遠慮した。本を探すという簡単な仕事ぐらいで、康太の時間を潰すわけにはいかないと思ったからだ。
「いや、大丈夫。本当にありがとう」
「いいって、いいって、友達だろ?」
友達。
何気なくそう言ってくれる存在がいてくれることを嬉しく思う。康太に、そして、そのきっかけを作ってくれた十和瀬には本当に感謝している。
だからこそ、目前に迫った文化祭。僕は、十和瀬のために最高のステージにしてやりたい。ステージ、なんて言い方は少し大げさかもしれないけど。
「じゃあ、またな、康太」
軽く手を振り、心なしか足取りも軽く図書館を目指した。




