明かした秘密
時が停まった……と、思ったのは僕だろう。
「せ、声優?」
驚愕――その反応は予想通り。ただ、康太や香川とは違って、十和瀬だけはまた別の意味での驚愕ではあったが。どんな心境の変化か、とその顔ははっきりと物語っている。
「うん、そう。ダメかな? ぴったりだと思うんだけど……」
冗談だ、と笑ってはぐらかしてしまいそうになる心をグッと堪えた。
1分、それとも3分……いや、もしかするとまだ30秒すら経過していないのかも。それだけ、僕には時間の感覚というものが無くなっていた。
沈黙が、室内に訪れる。康太と香川は思案気に、そして十和瀬は黙って事の成り行きを見守っていた。
今、なにを考えているんだろうか。
僕にこんな趣味があったこと?
それとも、これからも仲良くできるだろうかという不安?
僕の心臓は早鐘のように動き続けていた。
「どう、思う?」
沈黙に耐えきれず、僕はおずおずと口を開く。恥ずかしい話、僕の声はとても小さくなってしまっていた。あぁ、こんなことなら変に暴露なんてするんじゃなかった。
「どう思うって、そりゃ――」
ゴクリ。
勿体ぶった物言いをする康太。彼は、一同を見渡し、そして目をキラキラと輝かせた。
「めちゃくちゃいいアイデアじゃねーか!」
「へ?」
身を乗り出して僕を見る。その目は侮蔑なんかじゃない、どちらかというと感動、興奮だろうか。
「なるほど、声優ですか。それはまた、いい選択かもしれませんね」
香川の方も賛同し、納得したように頷いてくれていた。
「おっ、香川先生のお墨付きも貰えたことだし、これでいいんじゃねーか!」
康太は立ち上がり、僕の肩に手を回しながら、隣の椅子に腰掛ける。それはもう上機嫌で。
「お前、なんだってそんなテンション高いんだよ?」
はっきり言って拍子抜けだった。もっと、驚きというか、冷たい反応が返って来てもいいと思ってたのに。
「……アニメとか、声優とかが好きだなんて、気持ち悪く、ないのかよ?」
震えながらも絞り出した問いかけに、康太はしばらく僕の顔を不思議そうに見つめていた。やがて、その心意が少なからず伝わったのか、それとも、僕の不安を察したのか、柔らかく微笑んだかと思うと、すっと指が額に伸びてくる。
「いてっ!」
その指が、額を弾く。
「バーカ。そんなことぐらいでお前を気持ち悪いなんて思うわけないだろ? それに、初めてだっただろ、お前がこうして、自分の趣味を教えてくれるのって」
「そう、だっけ?」
「そうだよ。実は俺、寂しかったんだよな。奏真は本当に俺を友達と思ってくれてんのかってさ……」
知らなかった。僕が自分自身の面子のために、必死で隠していた趣味が、結果的には康太を不安にさせる結果になっていたらしい。
「だからさ、俺、香川ちゃんや朱里ちゃんに相談したりしてたんだよな……」
気まずそうに香川が顔を逸らし、十和瀬がちらりとこちらを窺う。
これもまた知らなかった。でも、腑に落ちないこともある。
「いや、香川はわかるけど、なんで十和瀬にまで?」
僕と十和瀬の関係なんて、コイツは知らないだろうに。
「え? いや、それは、その……」
「ん?」
あれ、なんだ? 突然忙しなく、室内を見渡したかと思ったら、途端に落ち着きがなくなったぞ。
「わ……」
「わ?」
「話題作り?」
「いや、おい!」
さっきまでの僕の感動を返せ、この馬鹿野郎。舌をぺろっと出し、右手を後頭部に当てて、おどけて見せる。
「い、いいじゃんか! なんだかんだ、結果オーライだろ?」
お前、そういう問題じゃ――あ、いや、そういう問題なのか?
十和瀬のおせっかいと、彼女の気を惹くための話題作りが、結果的に僕がかねてから抱えていた不安を解消させてくれたのだから。
本当に嬉しかった。僕を気にかけ、少しでも理解しようとしてくれたその心遣いや不安を一蹴するような明るい笑顔が、なによりも。
こんなことなら、もっと早く話してもよかったかな。十和瀬の言う通り、全然大したことじゃなかった。
「……あの、1つよろしいでしょうか?」
僕らの会話を遮るように切り出したのは、驚いたことに、今まで黙って話を聞いていた香川だった。
「ん、なに?」
「い、いえ、声優を呼ぶのは構いませんが、その、伝手と言いますか、心当たりはあるのでしょうか?」
「あ、そうじゃん! 早いところ連絡とらないと!」
「ん、そうだね。後で先生に話をしてみるよ」
そんな風に言いつつも、僕の意識は十和瀬に向いていた。
「……なに?」
右足を椅子に乗せ、立てている膝に肘をつきながら、携帯を操作していた十和瀬が、こちらを見る。
「い、いや、別に」
「あっそ」
気のない返事。なんとなく不機嫌そうだ。
その後、テンションが跳ね上がった康太と、逆に著しく下がった香川。そして、我関せずといった表情の十和瀬と、議論を重ねた。
決まったことといえば、声優を呼ぶ方向であること。そして、肝心の読み聞かせの内容である。最も、最終決定とまではいかず、童話や教科書に載っている物語、つまりは皆が馴染み深いものを読んだ方がいいのではという案に過ぎない。
それでも、僕1人だけでは絶対に出てこないアイデアで非常に重宝した。
下校時間が過ぎているからという理由で、早く帰れと急かされた僕達は、蜘蛛の子を散らす勢いで、部室を飛び出した。そのまま、昇降口で靴を履き替える。
「それじゃあな、奏真!」
「……失礼します」
「うん、今日はありがとう。気をつけてね」
康太が手を振り、また香川が丁寧に頭を下げ、それぞれの帰路につく。
「あのさ、途中まで一緒に帰らない?」
2人に続き、無言で先を歩き出した十和瀬の背中に呼びかけた。うんとも、いいえとも言わなかったものの、立ち止まった動作を承諾と解釈し、自転車を押して彼女の隣に並ぶ。
「……少し、驚いた」
並び歩いてすぐ、口火を切ったのは十和瀬からだった。
「え?」
「正直、いきなり皆にバラしちゃうなんて思ってなかったから」
「自分からけしかけておいてなに言ってるんだよ?」
「けしかけたつもりはなかったけど。でも、よかったじゃない。軽蔑とかされずに、受け入れてもらえて」
「うん。ありがとう、十和瀬のおかげだよ」
「……別に、私のおかげじゃないでしょ」
薄暗くなったせいで、十和瀬の横顔からは表情が読み取れない。その声が弾んでいるように思えたのは、僕の気のせいじゃないと信じたい。
「そういえば、さ……」
さっきまで饒舌に動いていた十和瀬の口が、やや重くなった。
「ん?」
「さっきの話なんだけど、声優の心当たりって?」
「あぁ、そういえばそうだった。十和瀬にお願いしたいことがあるんだよ」
「お願い? なに、梨音のこと? 言っておくけど、私から出演してくれなんてお願いするのは絶対にイヤだからね!」
声に棘がある。そりゃそうか、蒼坂さんに連絡を取ってもらうための手段と思われているなんて、当人からすれば面白くないはずだ。
しかし、僕のお願いは蒼坂さんに出演してもらうことじゃなかった。
「いや、違うんだ」
「じゃあ、なによ?」
「あのさ、十和瀬、お前、文化祭で読み聞かせをしてくれない?」
「は?」
凄まじい勢いで、その顔がこちらに向けられた。……あ、やっぱり十和瀬って可愛いかも。




